温泉聖女はスローライフを目指したい

皿うどん

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嬉しい再会

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 銭湯がオープンするまで、あと数週間。忙しいけれどとても充実している日々が続いている。休憩や睡眠時間はきちんと取れているし、会社で残業しまくっていた時期に比べれば余裕がある。
 私が覚悟していたほど負担を感じずにいるのは、エルンストとその同僚たちがとても優秀だからだ。私が責任者なので決めなければならないことは多いが、物事を私に届けるまでの仕事を、とても丁寧に素早くしてくれている。
 みんな仕事が大好きでちょっと社畜の気配を感じるけれど、笑顔で冗談を言い合いながら働いているので雰囲気はとてもいい。王様からぶんどったお金と、ヴィンセントから支払われたお金で高いお給料を払っているので、それも嬉しいようだ。あと、従業員は温泉入り放題なのが効いている。

 私が銭湯を経営したいと言った時からエルンストがすこしずつ知識を教えてくれていたので、オープン直前で慌てるようなことはなかったのがありがたい。
 うーんと伸びをして時計を見ると、おやつの時間になっていた。窓から差し込む光は、淡い空色をしている。


「お疲れ様です、サキさん。ヴィンセント様がおいでです」
「ヴィンスが?」


 エルンストからの知らせに驚き、伸びをやめる。
 ヴィンセントとその部下たちは北領中に散らばって、魔物除けと弱体化の温泉をまいて魔物退治をしているはずだ。ヴィンセントは指揮をするためにお城にいることが多いが、外に出ていることもある。
 お城で話すのはよくあるけれど、ここまで来るなんて何かがあったのかな?

 ぽきぽきと鳴る体を動かして、レオとエルンストと一緒に足早に銭湯の一階にある事務所から出る。
 エントランスに佇んでいたヴィンセントは、物音に気づきこちらを見た。


「サキ、仕事中にすまない。少し出れないか?」
「何かありましたか?」
「近くに魔力だまりがあった。魔力だまりというのは、魔力が集まりやすい場所にできる、圧縮された魔力というか……魔力が濃いのだ」
「それが近くに?」
「ああ。魔力だまりを放置すると、今までの北領のように強く大きい魔物が生まれる。強い魔物がいるから魔力だまりに近付けず、いっそう強い魔物が生まれる、というよくない流れになっていた。今後は定期的に魔力だまりを探していくが、このように近くに出来ることもある。見て覚えて、今後魔力だまりを発見したらすぐに知らせてほしい」
「わかりました。すぐに向かいます」


 北領に住む以上、魔物が強くなる原因の魔力だまりを知ることは義務だ。
 仕事を一旦止めてもらい、従業員も含めた全員でヴィンセントの後をついていく。ヴィンセントの言う通り、魔力だまりは街を出てすぐ近くにあった。


「うっ……!」


 魔力だまりは黒いもやのようで、私の両手で包んでしまえるほどの大きさしかなかった。黒と紫のもやが禍々しい。
 魔力だまりに近づくと、強い腐臭が鼻に流れ込んだ。思わず鼻を手で覆って後ずさる。


「人によって魔力だまりの感じ方に差があるようで、寒気がしたり耳鳴りがしたり、サキのように匂いを感じることもある」
「これは……恐ろしいですね。私のスキルが逃げろと叫んでいます。これが魔力だまり……」
「……目にもやがかかったような感じだ。魔力だまりと知らなければ、すぐに離れて近付かないだろうな」


 エルンストはスキルに、レオは目に違和感があるようだ。
 従業員たちもそれぞれ何かを感じているようで、平気な顔をしている者はいない。


「ここの魔力だまりはおそらく出来て十数年ほどだ。ここにゴミ捨て場があったため、気付くのが遅れてしまった」


 レオがすっと剣を構えると同時に、ヴィンセントが長剣を振りぬいた。
 三日月のような綺麗な銀色の残像のあとに残ったのは、真っ二つになった小さな魔物だった。


「弱体化の効果で、このように小さく弱い魔物しか生まれてこないので、非常に助かっている。大きな個体は家より大きいので、見たらすぐに逃げてくれ」


 剣を振って血を落としてから納刀したヴィンセントの頬を、風がなでていく。髪がわずかになびき、顔に影を落とす。
 ヴィンセントに見惚れてしまっていたことに気付き、慌てて頷いた。


「わかりました。すぐに逃げます」
「これからは今ほど強い魔物は出ないだろうが、サキはか弱い女性だ。自分のことを一番に考えてくれ」


 その後はヴィンセントが魔力だまりを攻撃して消滅させてくれた。
 魔力だまりって物理で消せるんだ……。

 銭湯の前まで送ってくれたヴィンセントは、まだ仕事があると言って去って言った。一緒におやつを食べないか誘おうと思っていたので残念だけれど、忙しい人を引き止めてはいけない。
 レオがドアを開けてくれて中に入ると、懐かしい声が聞こえた。


「サキ様!」
「ほっほ、お久しぶりじゃ」
「リラ……? メロおじいさんも!」


 そこにいたのは、リラとメロおじいさんだった。
 驚きで息もできない私を、駆け寄ってきたリラがぎゅっと抱きしめてくれた。


「リラ、どうしてここに!?」
「サキ様がお手紙をくれたんじゃないですか。北領に住むことにしたって!」
「出したけど、でも、こんなにすぐ会えるなんて思っていなくて」


 北領で生きていくことに決めたあと、リラとメロおじいさんにはそれぞれ手紙を出していた。
 簡単な事情と、よかったら遊びに来てね、私も会いに行きますと書いた手紙を出してから、そんなに時間はたっていない。


「ワシは温泉があるところで生きると決めたからの。弟子たちにすべてを譲って北領へやってきた。とっくに独り立ちしてもいい頃なのにいつまでもワシを頼っとるから、いい機会だと任せてきたんじゃ」
「メロおじいさん……! 今日は温泉をサービスしますよ!」
「ありがたい!」
「私も、もう一度サキ様に会いたくて! サキ様が幸せそうで、本当によかった……! 北領の事情を知り、夫たちとここで新たに仕事を探そうと思ってやってきました」
「リラはあれからどうしてたの? 私のせいで逃げることになっちゃって、ずっと……」
「悪いのは王様です!」
「リラ……」


 今までどうしても「自分のせいでリラとその夫たちの生活を壊した」という考えが消えなかった。
 それを忘れてはいけないと思うけれど、リラの言葉も正しい。悪いのは聖女召喚を実行した王様だ。


「サキさん、今日はここで仕事を終わりにして、お話してくるのはいかがでしょう?」
「ありがとう、エルンスト! そうさせてもらうね!」


 仕事を続けても、うわの空で出来る気がしない。

 その日はリラと旦那さんたちに温泉を体験してもらって、ホテルの大きな部屋に泊まれるよう手配した。メロおじいさんはレオやエルンストと話が弾んでいるようだ。
 私はリラと二人きりで、ベッドがふたつある部屋に泊まっている。旦那さんたちはとてもいい人たちで、リラと二人で泊まることに賛成してくれた。
 温泉を気に入ってくれたリラと二人でご飯を食べながら、誰にも相談できなかったことをリラに打ち明ける。


「私のいた国では複数の人と結婚しなかったから、素敵な人達に好かれるのに戸惑っちゃって……。悪い気分じゃなくて、むしろみんな好ましいっていうか……でも、同時に何人もの人を好きになるのはよくないことじゃないかって考えが消えないの」


 リラは、常識が違う世界から来た私の話を、真剣に聞いてくれた。


「歴代の聖女様たちも、常識の違いで苦労したと聞いています。悩むのなら無理に結婚しなくてもいいと思います」
「うん……」
「結婚ではなく、まずはお付き合いや婚約はどうでしょう?」
「不誠実じゃないかな?」
「お互いに惹かれ合っていて、公平に接するのであれば、むしろ誠実です。サキ様の感情は、決して悪いものではありません。それだけ忘れないでくださいね」
「うん……ありがとう」


 リラに話すと、一気に心が軽くなった。
 上辺だけではない、心のこもった言葉は、地球の常識に囚われていた私の心を優しく変えてくれた。
 そっか、もう私は生きている場所が違うんだ。場所が違うと生活も常識も何もかも違う。
 そのことが染みた夜だった。


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