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第3話 終焉の幕開け

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 「――あっ、勇者様!おかえりなさい!……あれ?あいつはどうしたんですか?」
 
 日が落ち真っ暗になった森の奥から1人で戻ってきた勇者に、焚き火で暖をとっていた魔法使いが首を傾げながら尋ねた。
 それに対して勇者は気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら、飄々とした様子で語り始める。
 
 「あぁ、あのゴミなら森の奥で念入りに焼却処分してきたよ。あんな奴でも焼き殺せば自然に還って肥料になるかもしれないからな」
 
 「えっ!?こ、殺したんですか……?さすがに仲間を殺したことが国にバレたらヤバいんじゃ……?」
 
 魔法使いは顔を途端に青くして、震える声でそう言った。
 それに対して、魔法使いの隣で話を聞いていた武闘家がニヤリと口角を吊り上げる。
 
 「そんなの、魔物に殺されたということにしておけばいいだけじゃない。……そんなことより、これで邪魔者はいなくなったわけだし、これからは楽しい旅になりそうね!」
 
 「ああ!俺たち3人の冒険はここから始まるんだ!張り切っていこうぜ!」
 
 「それもそうですね!あんな奴がいなくても戦闘には全く問題ないですし!」
 
 皆、神官が死んだことに一欠片も悲しみの感情を抱くことはなかった。それどころか、死んだことを喜び、互いに顔を合わせて声を出して笑い合っている。
 
 ――そんな彼らの様子を、神官はすぐ近くで無表情のまま見つめていた。
 
 神官は表情を微塵も動かすことなく、ずっと見つめている。その表情から神官の感情を読み取る事は出来なかったが、彼の瞳の奥で猛り狂う憎悪は心の内を雄弁に物語っていた――。
 
 
 神官はゆっくりと、着実に、彼らに歩み寄っていく。
 
 そして、森を覆い尽くす闇の中から音もなく彼らの眼前に現れた神官の姿が、焚き火の揺らめく炎に照らされた。
 
 「――ッ!!?」
 
 死んだと思っていた神官が突如目の前に現れたことに驚愕した3人は立ち上がり、反射的に身構えると同時に息を呑む。
 
 だらりと垂れた両腕に、気味の悪いほど青白く感情のある人間とは思えないほどの無表情。さながら幽鬼のようだ、と彼らは感じたことであろう。
 だが、様々な状況での戦闘を行ってきた勇者たちはすぐに冷静さを取り戻した。
 
 「……神官の死体に憑依型のアンデッドが取り憑いたのか?いや、それじゃ怪我がなくなっている説明がつかない……」
 
 「死体そのものが再生能力を持った高位のアンデッド化した可能性もあるわね。一応、あれでも世界一の神官だったから可能性はあるかも。……どう?あなたの魔法でそろそろこいつの正体も分かったんじゃない?」
 
 武闘家は魔法使いをチラリと見て、問いかけた。
 この魔法使いは、敵の種族や大まかな強さを把握することができる魔法を使える。毎回、戦闘の最初に発動し、情報共有することがこのパーティの暗黙のルールとなっていた。
 しかし、今回は普段であればとうに情報共有がされている時間であるが、魔法使いは顔を青くしたまま固まっている。
 
 「どうしたんだ、早く情報をくれ」
 
 「勇者様、気をつけてください……!こいつ、『リッチ系』です……!」
 
 「『リッチ系』!?こいつが伝説のアンデッドになったってのか!?」
 
 勇者が驚いたのには、ある理由がある。
 
 この世界のほとんどのアンデッドは、大きく2種類に分けることができる。
 
 ひとつは『死体系』。いわゆる『ゾンビ』と呼ばれる種類のものだ。こちらに属するアンデッドのほとんどは肉体が腐敗しており、噛まれたり引っかかれるなどの外傷を負うことで感染する。そうして次々と数を増やしていくのが特徴である。
 そして、もうひとつが『霊体系』と呼ばれている。
 こちらは実体を持たないのが特徴のアンデッドで、物理攻撃を完全に無効化することで知られている。しかし、実体がないため物理攻撃を行うことができず、魔法による攻撃しか行えない。加えて、単体では非常に非力である。
 
 ……だが、この2種類に分けることが出来ないアンデッドも極々稀に存在する。そういったアンデッドを人々は『リッチ系』と呼称される。
 
 『リッチ系』のアンデッドは数百年に一度現れるかどうか、と言われる程度の出現率であり、その姿を実際に見た者は既に残ってはいない。
 しかし、一度でもその姿を人々の前に見せる時、それは後の伝承や文献に『大災害』として記録されることとなる。
 
 ――手を払うだけで空は割れ、魔法の衝撃で地は砕け散る。
 そこに存在するだけで、周辺の海は死の海と化し、森からは全ての生命が消える。
 
 『リッチ系』の詳しい能力に関しては、こうして伝えられてきた伝承、文献から推測するしかない。
 
 その人知を遥かに超えた力に人間、そして魔族は為す術もなく破壊されてきたのだ。そういった存亡の危機を前にしても、人類と魔族はこれまでの歴史上、一度も手を組んだことはない。
 思えば、この頃から人類と魔族の因縁は続いているといえる。
 
 魔法使いは強ばった表情のまま、話を続ける。
 
 「あれが『リッチ系』ということは分かったんですが……その……強さが測定できないんです」
 
 「測定不能なんてこと、今まで1回もなかったよな?どういう条件でそうなるんだ?」
 
 勇者の問いかけを受けた魔法使いはさらに表情を強ばらせ、数瞬の間を空けた後、意を決したように話し始めた。
 
 「……敵の戦闘力が非常に高く、私との間に大きな実力差がある時、です」
 
 それを聞いた勇者と武闘家は目を見開き、信じられないといった様子で顔を見合わせた。
 彼女は人類で最も優れた魔法使いなのだ。それが、仮に伝説の『リッチ系』になったとしても相手は神官、実力で負けるはずがない。……そう考えていた。
 
 「どうやらこいつ、アンデッド化した際に能力が大幅に強化されたみたいね」
 
 「へっ、なるほどな。こんな奴でも伝説の『リッチ』は名前だけじゃねえってことだな!おもしれぇ、それじゃ生前の時と、伝説のリッチ系になった後の強さを比較させてもらおうかァ!」
 
 勇者は鬼のような形相で叫びつつ、流れるような動作で鞘から剣を勢いよく抜き放つ。
 と、同時に魔法使いと武闘家も一瞬の隙すら与えない本気の構えを見せる。これはすなわち、アンデッドと化した神官を強敵と見定めた、といえるだろう。
 勇者は、剣の切っ先を神官へ真っ直ぐに向ける。
 
 「もういっかい、てめぇを殺してやるよ」
 
 狂気じみた笑みを浮かべながら、神官に対し冷徹に言い放った。
 その言葉を受けても、神官の死人のような表情はピクリとも動かない。
 
 ――だが、憎悪で既に塗り潰された彼の感情が、今の発言を聞いて猛り狂わぬはずがなかった。
 
 
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