愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞

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記憶の欠片

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ああー…。そうだった、そうだった。
何故も何も、あのときは痛みで意識失う寸前だったわ。そりゃ、判断力以前の問題よねえ…。
必死に手を取ろうとしたのだ。救いの手と信じて。
しかし、唯一とされる番である私が息も絶え絶えの状況で、何故無理やりにでも連れ出さなかったのか疑問に思ったのだ。傷が癒え、平常心を取り戻した私が、異常な環境に放り込まれてからだったが。
質問はいつもはぐらかされるばかりで、明確な答えは返ってこなかった。後に獣人国の、番連れ去り事件が問題視されていると知ってから、おおよそ察することにはなる。
年齢、家族の有無、結婚の有無、一切考慮しない、誘拐でしかない事態が、近隣諸国から非難されていたと。
故に、”私が”選択したという名分が必要だったのだろう。実際、その後はそれを盾に、逃げ道を完全に塞がれ、それから。

…一気に過去のアレコレが脳内を駆け巡り、頭痛がした。前世の記憶は物心つく頃からあったが、徐々に薄れていき、思い出すこともなくなっていた。だというのに。
未だ目の前で跪いてる男を丸無視する形になったが、今は私の方が身分は上だから、返事が遅れようと多少なら問題にならない。
何の因果か、神があのような形で命を絶つことになった私を哀れに思ったのか、今の私は両親、兄弟に愛されている大国皇女の1人だ。1つ下の妹も私を慕ってくれている。
ちなみに、本日は各国の要人を招いた建国記念パーティである。
この男、そういえば公爵家だった。獣人は長寿で緩やかに年を取ると聞いていたが、10数年では加齢を感じさせるほどの年数ではないということか。まさかまったく同じ姿で再会した上に、再び番認定してくるとは。
いきなり抱き着いたりしないだけ前回よりは進歩したのか。さすがに身分が上の女性にそれをやると問題になるからなのか。じっとこちらを見つめたまま返事を待っている。

「番、と言われましたわね。つまり、わたくしに求婚していると思ってよろしくて?」
「はい。どうか、この手をとっていただきたい」
「あなた方、スビアナイト国では番は運命だとか」
「その通りです」
「生憎、わたくし、既に婚約しておりますの。隣国の王太子殿下と」
「…なっ」

驚愕のまなざしを向けてくる男に、知らなかったことにこちらが驚きだ。
まあそれも無理はないかとは思い直す。例の連れ去り、誘拐で、周辺の国、特に隣接している国との関係が悪化し、ここ数年はかの獣人国の情勢は決して穏やかとは言い難かったとか。
情報戦で後れを取っても仕方ないのかもしれない。とはいえ、私たちの婚約が発表されたのは昨年のことなのだが。
パーティも欠席の返信のみであったし、だから出逢うこともなかったと言える。幸いなことに。

「それは…っ」
「はい、そこまで」

何か言いかけた男を遮ったのは、2つ上の兄だ。何事かと周囲がざわつきだしたので、助かった。

「お兄様」
「セレスリア、ひとまず場所を変えようか。そちらの」
「スビアナイト国、ガネーシュ公爵が嫡子、アイドクレスと申します。第二皇子殿下」
「王太子も交えて後程場を設けよう。それでよいか」
「…承りました」

肯定以外の返事はなく、未練がましく私だけをちらちらと見ながら、不承不承といった体で離れていく男。
ああ、面倒なことになりそうと今後の展開を思うと頭痛が増した気がする。

「リア」
「はい」
「番とかなんとか言ってたけど、リアが嫌ならもちろん断っていいからね。エラルド殿は関係なく」
「そうですね、もし彼と婚約してなくてもお断りしてましたわ」
「だろうねえ」
「──私が少し離れていた間に、よからぬ虫が湧いたそうだね」

そう、私の婚約者である隣国ベリエラの王太子である彼も当然招かれていた。飲み物を取ってくると言って離れた数分の出来事だったのだ。
エラルドは美しいフルートグラスを手に、内心を悟らせない微笑みを浮かべている。

「エラルド様」
「セレス、違うだろう?」
「…エル様」

愛称を呼ぶと、外向きの笑顔からセレスに向ける甘い笑みに変わる。手にしたグラスを渡された自分も、きっと自然な笑みが浮かんでいるだろう。どこからか、痛いほどの視線を感じるが敢えて知らぬふりを装う。

彼とは政略結婚であるのは違いないが、幼い頃から交流を重ね、心を通わせてきた。お互い切磋琢磨し、国を豊かにしようと誓った信頼のおける唯一と決めた人。
ぽっと出の、ただの本能でしかない番など、積み重ねた年月と信頼に敵うはずがないのだ。














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