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第四章
死神の彼女は行く先を決める。2
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「──名前は駿河夢依」
「え…………」
一瞬、時が止まったかのように固まってしまった。
「かずと、知り合いなの……?」
「知り合いもなにも……」
どうする? 亞名に言っていいものなのか? いやというか亡くし屋の依頼? あの母親がしたのか? いやまさか……
「かずと?」
「はっ、あ、ごめん」
亞名に呼ばれて思考の渦から現実に戻る。
「あら~、なんか面白いことになったわね~」
「っっ」
急に現れた声、その方向を見る。
「なぁに? そんな顔で私を見てもなんにもでやしないわよ?」
間違いなくそこにいるのは黒猫のしろではなく、魔女だった。
「こんばんは」
「あら、亡くし屋さん、お久しぶりね」
亞名もいる時を見計らって出てきただろうに、とてもわざとらしい。
「お久しぶりです」
「どう? 亡くし屋の仕事、とそれからそこの死神くんは」
「かずとは、いい人、です」
「ふふふっ、あははははっ、いい人だって! そうよねいい人過ぎるくらい、いい人よね」
静かな部屋に似つかわしくない笑い声が響き渡る。
「何がそんなにおかしいんだよ」
「いやいやあの亡くし屋さんがここまで変わるのも面白いし、何もかも面白いわよ。やっぱり私が選んだものは正解なんだわ」
「……それよりお前、この状況になるって知ってたのか?」
「なんのこと?」
「メ……駿河夢依のことだよ」
「あー、知ってはいないわ」
「嘘つくなよ」
「私は嘘はつかないわ。知ってはいないけれど、こうなれば面白いなって思っていたところよ」
「どういう意味だよ?」
「亡くし屋の招待状、覚えているかしら?」
「愛歌の鞄にも入っていたやつか……。あれはお前が入れたんだろ?」
「ご明察。亡くし屋の仕事は私が適切な人間に招待するか、もしくは病院や施設などは口コミみたいな感じで広まるようね」
「それで?」
「今回は病院だけれど、私が直接、院長に営業しにいったわ。と言ってもシステムを紹介しただけの手紙を置いてきただけ、だけれどもね」
「……それでなんで駿河夢依が選ばれることになるんだよ。システム上なら条件は家族の同意が必要だろ? あの母親が同意したとは思えない」
「そんな条件、ただの気休め程度に設けたものだからね。人間っていうのはいくらでも嘘がつけるものよ」
「嘘、だって……?」
「えぇ、あの院長は病床を空けるために、駿河夢依の母親にこう言ったってのも考えられるわ。『お母さん、娘さんは現在の医療ではもう起きることはありません。娘さんはすでに死んでいるのと変わらないのです』とかね」
「なっ」
「だってもう十年だものね。そりゃあお金があればずっと置いておけるでしょうけど、病院からしたら迷惑よねぇ」
「そんなこと医者がするわけ……」
「ないとは言い切れないわよね?」
「……本当にあいつは起きることはできないのか?」
「そんなわけないでしょ。だってあれ此の世では寝てるだけだもの」
「は? 事故にあったんじゃ……」
「事故にはあったわよ?」
「じゃあ大怪我とかして……」
「それはどうかしらね」
「?」
「事故にあった。暴走車に跳ねられた。だとしても軽症だった。ってことはありえない話ではないでしょう」
「……メルが嘘をついたってことか?」
いや、あの状況で嘘をついてなんのメリットがあるっていうのだろうか。
「……メル?」
話に置いてけぼりにされていた亞名が、オレの一言で断片を理解したらしい呟きが小さく聞こえた。
「嘘なんかついてないわよ。あの子は事故のショックで迷子になってしまっただけ。長い長い時間、ずっと迷子でいるだけ」
「迷子……」
「そう。まぁ面白そうだし、神様にあの子が気がつくまで死神として使っといたら? とか助言したのは私だけど」
「………………」
本当にこいつらは人間の価値観なんかどうでもよくて通用なんかしないのだろう。その言葉に怒ろうにも無駄なエネルギーを使うだけだとわからされた。こいつらがしたのはあくまで提案であって、それを選んだのは本人だからだ。
「まぁ私も流石に十年も迷い続けるとは思ってなかったけどね」
「なぁ、魔女」
「なぁに死神くん」
「お前の力でメルは、駿河夢依に戻ることはできるのか?」
「私の力なんか使ったら、それこそ君はあの子を裏切って他人に生きることを強制させることになるんじゃないかにゃー?」
ふざけたように魔女は言う。
「じゃあどうすれば」
「そもそもさ、戻るも何もあの子が帰ればいいだけの話なんだよ」
「えっ? でもメルは戻る方法はわからないって」
「それはあの子が帰る気がないから」
「っ」
「あの子は迷子のままでいたいんでしょ」
確かに、メルは母親に自分を諦めてほしいといった。これからも母親を犠牲に生きていくのは嫌だと。迷惑をかけたくないと。
でも、それがメルの勘違いなら? もしメルが事故で身体が不自由になったと勘違いしていたなら?
そうすると話は違ってくる。確かに十年も眠り続けていたら体力などは落ちているが、軽症でもう怪我が治ってその他は五体満足だとする。そうだったら生きることはそんなに大変ではないのではないか? 一生母親の力を借りることなんてないのかもしれない。そんなのメルの想像でしかなかった。
「………………」
「あらあら? どうしたのかしら?」
「メルには」
「?」
「メルにはこのこと、言ってないんだよな?」
「どのことかしら?」
「メルが勘違いしているって話。誰も教えてあげていないんだよな?」
「そんなのあの子からなにも聞かれていないし、私達にはわざわざ言ってあげる義理もないしね」
メルがこいつらを信用するなって言ったことがよくわかる。
「あいつは、今どこにいる?」
「さぁ? 最期には誰のそばに居たいんだろうね?」
「くそっ」
オレは部屋を飛び出し、走って行った。
「あ、かずとっ……」
オレが居なくなったあと、亞名は魔女に聞いたらしい。「メルに駿河夢依の依頼情報を漏らしたのか?」と。答えは「イエス」だったそうだ。
「え…………」
一瞬、時が止まったかのように固まってしまった。
「かずと、知り合いなの……?」
「知り合いもなにも……」
どうする? 亞名に言っていいものなのか? いやというか亡くし屋の依頼? あの母親がしたのか? いやまさか……
「かずと?」
「はっ、あ、ごめん」
亞名に呼ばれて思考の渦から現実に戻る。
「あら~、なんか面白いことになったわね~」
「っっ」
急に現れた声、その方向を見る。
「なぁに? そんな顔で私を見てもなんにもでやしないわよ?」
間違いなくそこにいるのは黒猫のしろではなく、魔女だった。
「こんばんは」
「あら、亡くし屋さん、お久しぶりね」
亞名もいる時を見計らって出てきただろうに、とてもわざとらしい。
「お久しぶりです」
「どう? 亡くし屋の仕事、とそれからそこの死神くんは」
「かずとは、いい人、です」
「ふふふっ、あははははっ、いい人だって! そうよねいい人過ぎるくらい、いい人よね」
静かな部屋に似つかわしくない笑い声が響き渡る。
「何がそんなにおかしいんだよ」
「いやいやあの亡くし屋さんがここまで変わるのも面白いし、何もかも面白いわよ。やっぱり私が選んだものは正解なんだわ」
「……それよりお前、この状況になるって知ってたのか?」
「なんのこと?」
「メ……駿河夢依のことだよ」
「あー、知ってはいないわ」
「嘘つくなよ」
「私は嘘はつかないわ。知ってはいないけれど、こうなれば面白いなって思っていたところよ」
「どういう意味だよ?」
「亡くし屋の招待状、覚えているかしら?」
「愛歌の鞄にも入っていたやつか……。あれはお前が入れたんだろ?」
「ご明察。亡くし屋の仕事は私が適切な人間に招待するか、もしくは病院や施設などは口コミみたいな感じで広まるようね」
「それで?」
「今回は病院だけれど、私が直接、院長に営業しにいったわ。と言ってもシステムを紹介しただけの手紙を置いてきただけ、だけれどもね」
「……それでなんで駿河夢依が選ばれることになるんだよ。システム上なら条件は家族の同意が必要だろ? あの母親が同意したとは思えない」
「そんな条件、ただの気休め程度に設けたものだからね。人間っていうのはいくらでも嘘がつけるものよ」
「嘘、だって……?」
「えぇ、あの院長は病床を空けるために、駿河夢依の母親にこう言ったってのも考えられるわ。『お母さん、娘さんは現在の医療ではもう起きることはありません。娘さんはすでに死んでいるのと変わらないのです』とかね」
「なっ」
「だってもう十年だものね。そりゃあお金があればずっと置いておけるでしょうけど、病院からしたら迷惑よねぇ」
「そんなこと医者がするわけ……」
「ないとは言い切れないわよね?」
「……本当にあいつは起きることはできないのか?」
「そんなわけないでしょ。だってあれ此の世では寝てるだけだもの」
「は? 事故にあったんじゃ……」
「事故にはあったわよ?」
「じゃあ大怪我とかして……」
「それはどうかしらね」
「?」
「事故にあった。暴走車に跳ねられた。だとしても軽症だった。ってことはありえない話ではないでしょう」
「……メルが嘘をついたってことか?」
いや、あの状況で嘘をついてなんのメリットがあるっていうのだろうか。
「……メル?」
話に置いてけぼりにされていた亞名が、オレの一言で断片を理解したらしい呟きが小さく聞こえた。
「嘘なんかついてないわよ。あの子は事故のショックで迷子になってしまっただけ。長い長い時間、ずっと迷子でいるだけ」
「迷子……」
「そう。まぁ面白そうだし、神様にあの子が気がつくまで死神として使っといたら? とか助言したのは私だけど」
「………………」
本当にこいつらは人間の価値観なんかどうでもよくて通用なんかしないのだろう。その言葉に怒ろうにも無駄なエネルギーを使うだけだとわからされた。こいつらがしたのはあくまで提案であって、それを選んだのは本人だからだ。
「まぁ私も流石に十年も迷い続けるとは思ってなかったけどね」
「なぁ、魔女」
「なぁに死神くん」
「お前の力でメルは、駿河夢依に戻ることはできるのか?」
「私の力なんか使ったら、それこそ君はあの子を裏切って他人に生きることを強制させることになるんじゃないかにゃー?」
ふざけたように魔女は言う。
「じゃあどうすれば」
「そもそもさ、戻るも何もあの子が帰ればいいだけの話なんだよ」
「えっ? でもメルは戻る方法はわからないって」
「それはあの子が帰る気がないから」
「っ」
「あの子は迷子のままでいたいんでしょ」
確かに、メルは母親に自分を諦めてほしいといった。これからも母親を犠牲に生きていくのは嫌だと。迷惑をかけたくないと。
でも、それがメルの勘違いなら? もしメルが事故で身体が不自由になったと勘違いしていたなら?
そうすると話は違ってくる。確かに十年も眠り続けていたら体力などは落ちているが、軽症でもう怪我が治ってその他は五体満足だとする。そうだったら生きることはそんなに大変ではないのではないか? 一生母親の力を借りることなんてないのかもしれない。そんなのメルの想像でしかなかった。
「………………」
「あらあら? どうしたのかしら?」
「メルには」
「?」
「メルにはこのこと、言ってないんだよな?」
「どのことかしら?」
「メルが勘違いしているって話。誰も教えてあげていないんだよな?」
「そんなのあの子からなにも聞かれていないし、私達にはわざわざ言ってあげる義理もないしね」
メルがこいつらを信用するなって言ったことがよくわかる。
「あいつは、今どこにいる?」
「さぁ? 最期には誰のそばに居たいんだろうね?」
「くそっ」
オレは部屋を飛び出し、走って行った。
「あ、かずとっ……」
オレが居なくなったあと、亞名は魔女に聞いたらしい。「メルに駿河夢依の依頼情報を漏らしたのか?」と。答えは「イエス」だったそうだ。
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