創世戦争記

歩く姿は社畜

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バルタス王国編 〜騎士と楽園の章〜

楽園と地獄は紙一重

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 アルケイディア⸺かつて大陸東部の大半を支配した古代イルリニア帝国の首都。そして帝国が滅びた後にはイルリニア系民族最大の国家であるバルタス王国の王都として静かに鎮座している。
 石造りの都は荘厳で、街中には屋台が出回り、パンの芳ばしい香りが漂い、護衛船を引き連れた異国の商船が様々な商品と異郷の風を乗せて入港する。花売りの少女、異郷の香辛料スパイス…街中にあるあらゆる物が人々を魅了してやまない。まさに楽園の名を冠するに相応しいと言えよう。
 しかし五年前の〈東方連合〉崩壊と偉大な先王の死去により、この国は衰退の道を辿っている。だがそれを感じさせない荘厳で華やかなその町並みは迫りよる帝国の影すらも照らし続けていた。
 そしてその光と影は、王都の中心へ進むほどくっきりと浮かび上がってくる。

 少年は見た。楽園の守護者である騎士達が、郊外にあるスラムに火を放つ様を。
 逃げ惑う人々を火が飲み込み、騎士団が容赦無く殺す。
 少年は隠れる場所を探して、石橋の下にある掘っ立て小屋に入った。そこで少年は不思議な物を見た。
「本?何だこりゃ、光ってるぞ」
 青く輝く本は少年を呼ぶようにゆっくり明滅を繰り返している。
 少年は本を手に取ると頁を開いた。
「白紙…!?本って文字がいっぱい書いてあるんじゃ…」
 文字が無い代わりに、膨大な魔力が本の中に秘められている。
 少年は学が無い為、文字も大した知識も無い。だが少年の中に流れる西域の魔法を操るクテシア系民族の血が騒ぎ、理解した。この本は偉大な魔法使いの所有物だと。そして本は主を待っていると。
 少年は近くの布を引っ張ると、本を包んで掘っ立て小屋を出た。
 走って、人が居ない場所へ。騎士団が居ない場所へ。そして時が来たら楽園へ戻るのだ。何故なら、これこそが社会の底辺でしかなかった筈の自分に与えられた、偉大な役目だと理解したから。

 アレンが船室のベッドで水晶盤を使ってバルタス王国について調べていると、コンラッドがやって来た。
「もうすぐ入港だが、右腕は動くか?」
 コンラッドに問われたアレンは右腕を動かして問題が無い事を確認して頷いた。
「流石の回復力だ。人間を遥かに上回る治癒速度で驚いたよ」
 意識が回復してから一週間、魔導エンジンを搭載した〈レジスタンス=プロテア〉の旗艦アーサー号はあっという間に大陸東部のバルタス海域へ入り、今まさに王都アルケイディアへ入港しようとしていた。
「アレーン!こっち来て!」
 フレデリカの黄色い声。アレンはしっかり綺麗に直されたグリーヴを履いて甲板へ上がると、目の前に緑が生い茂る陸があった。
「砂漠育ちじゃこんなの見ないでしょ」
「…ああ、でっかいオアシスでもあるのか?」
「オアシスとは言わないけど、水は砂漠より豊富だよ」
 そう言うフレデリカの表情は笑顔だが、その不思議な色の瞳は一切笑っていない。
 不思議な色の瞳が貫く視線の先を辿ると、桟橋に赤い制服の人間達が仁王立ちしていた。
「フレデリカ、あいつらは何」
「お出迎えの人間共よ」
 フレデリカは空間魔法でアレンの大剣クレイモアを取り出して渡した。
「戦闘になる可能性がある。それから、あいつらは君の顔を知らない。今からあんたは阿蓮アーリェン(リェンちゃん)よ。年齢聞かれたら十五歳って答えなさい。出身聞かれたら苏安北部って答えなさい」
「それ苏安スーアンの名前?しかも十五歳って結構サバ読むねぇ…」
 アレンは小言を言いながらもそれを受け入れた。雇用主はフレデリカだ。調子に乗らない程度に指示は聞いてやるとしよう。
 桟橋の横に船を停めて錨を下ろすと、〈レジスタンス=プロテア〉の面々が船を降りるのでアレンも続いて降りようとしたその時、アーサーがアレンの肩を掴んだ。
「先頭にいる太った騎士が見えるか?あいつは〈赤銅騎士団〉団長のカーヴェル卿だ。今まであいつらと鉢合わせて武力衝突にならなかった試しがない」
「逆に武力衝突にならないパターンってあるの?」
「騎士団の中でも親帝国派と反帝国派の二つに別れている。カーヴェルは親帝国派だ」
 アレンは先程調べていた内容を思い出した。
「バルタス王国は反帝国派だったよな」
「五年前まで、ドミンゴの在位中はな。今の王は左翼のベアガル。だから必然的に騎士団は〈赤銅〉みたいな左派が街を見回りしてる」
「武力衝突が起こらないのは、反帝国派の騎士団と鉢合わせた時か」
「ああ。だが俺はあいつらとの戦争を望んじゃいない。出来るだけ穏便に済ませてくれるか?」
「済ませてって、俺に任せるつもり?俺は帝国でも喧嘩しかしてなかったんだぞ」
「頼むよぉ、俺ってどうやらカーヴェルに嫌われてるみたいなんだ」
「善処するけどさぁ…」
 アレンは剣を持って船を降りた。
 船を降りると、色んな香りが押し寄せてくる。果物にパン、花や香辛料。しかし下手を踏めばこの空気は血に染まる。
 アレンは〈赤銅騎士団〉と対峙する〈レジスタンス=プロテア〉の面々を押し退けて進み、カーヴェルの前に立った。
「…通りたい」
 周りから失笑が漏れる。有能な司令官かと思えば、開口一番に出て来た言葉がこれだ。
(そんな笑わなくてもさぁ…俺が弁立つとでも思ったのかな)
 アレンの表情に変化は無いが、もしも表情筋が機能していたら、アレンの顔は恥ずかしさと悔しさでくしゃくしゃになっていただろう。
「アレンさん、大丈夫かなぁ」
 クルトが心配そうに大きな身体を揺らし、隣の兎人ラビットマンのロルツに問うた。
「大丈夫じゃねぇだろ…どうせ大した言葉も出ないさ」
 ロルツが腰の短剣に手を添える。クルトはそれを小声で叱責した。
「ロルツ!」
「どうせ戦闘になるのは目に見えてる。あいつはアーサーより有能だが、社交性は恐らくアーサーより低い」
 ひそひそと響く小声を振り払うように、カーヴェルは手を振って言った。
「通りたいと言って通す訳が無いだろう!国王陛下からの御命令だ。偽りの〈東方連合〉に与する者は一匹たりと入港させてはならぬとな」
 カーヴェルは船の上から見物しているアーサーを見て思い出したように言う。
「そういえば、アーサーはリーダーを辞めさせられたのだな。青髪のもふもふ、貴様がリーダーか。名は?」
「阿蓮」
「苏安出身か?」
「北部だよ」
 カーヴェルは疑わしげにアレンとその剣を見た。
「いや、その剣…貴様、十二神将のアレンだな!」
(俺の身分が漏れてる…!こうなったら…)
 カーヴェル達騎士が抜剣したのを確認すると、アレンはカーヴェルの剣を右足で蹴り上げ、今度はその脚を戻す勢いを利用して廻し蹴りを食らわせる。
「ぎゃあ!」
 カーヴェルが数名の騎士を巻き込んで桟橋から転落すると、辺りが静まり返った。
 数秒開けて、〈プロテア〉から小さく「よしっ」などと聞こえてくる。カーヴェルは〈プロテア〉の面々から相当嫌われているらしい。
 アーサーは眉をひそめてアレンの動きを思い返していた。
「あの蹴り…まるで叔父貴そっくりだ」
 そう呟くと、今度はアレンの顔を見た。
(何処かで見た顔だ…だが思い出せない)
 その時、思案するアーサーの意識を道行く見物人の声が奪った。
「今、十二神将って言わなかった?」
「嘘ぉ…」
(まずいな、十二神将の情報は帝国の外へは漏れていないと思っていたんだが…まさかアレンの奴は狙われているのか?)
 船で移動していた間、アレンは必要最低限しか喋らなかった。
 流石にまずいと思って口を挟もうとしたその時、アレンは挙手して言った。その姿は妙に育ちが良さそうだった。
「十二神将じゃなくて、〈プロテア〉の阿蓮です」
 道行く見物人は目を見合わせながら戸惑っている。
 アーサーは思わず吹き出し、横に立っていたフレデリカの肩を笑いながら叩いた。
「あいつ、めっちゃ面白いな!あのツラで敬語かよ!」
「可愛いわよね。何だかんだ言いつつやってくれてるわ」
 その時、カーヴェルが水中から顔を出した。
「あいつだ!青髪のもふもふ!奴を捕らえよ!」
 アレンは肩を竦めるとアーサーの方を向いた。
「殺すなよ!」
 アーサーの言葉に頷くと、アレンは剣を仕舞った。
「チンピラ共、殺すなよ。喧嘩の時間だ!」
 アレンの言葉にクルトは溜息を吐き、ロルツは表情を変える事無く短剣を抜き放ち言った。
「流れで戦闘に入るより、号令がある方が締まる。気ぃ引き締めな、カーヴェルみたいに桟橋から落ちたかねぇだろ?」
 先頭ではアレンが鬱憤を晴らそうと暴れている。
「僕、戦うの得意じゃないんだけど」
「俺達の快進撃の始まりくらい参加しようぜ。あの青モフちゃんとなら勝てる気がする。少なくともアーサーよりはな」
「うん、そうだね」
 敗北は許されない。それは小規模な喧嘩であっても。
 クルトの背中を仲間が押す。
「後ろが詰まってる。ほら行こうぜ!」
 クルトは大きく頷いた。
「うん!」
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