創世戦争記

歩く姿は社畜

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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜

喧嘩賭博

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 整形の影武者は想像していたより多くの事を喋った。まるで全てを諦めているようだ。
「…派閥?」
 アレンの声に『ファズミル』は頷いた。
「大体四つあるらしい。俺はその内のファズミル派に所属しているが、ファズミル派が〈深淵〉の最大勢力だ。派閥の構成員は全員、ファズミル顔だよ。お陰で誰が誰だか分からなくて、下っ端でも『これファズミル様からの命令だから』とか、『俺の命令を聞けないのか』と言えば、自分より強い奴をパシリに出来るなんて噂もある」
 火のないところに煙は立たぬという。恐らく、増え過ぎた影武者で〈深淵〉は統率がまともに取れていない状況なのだろう。
「ファズミルの影武者がグラコスに居るって事は、此処ではファズミルが指揮を取ってるのか」
ファズミルか、にもよるけどな。それと、ファズミル派は〈深淵〉の五割を占めてるって噂だ。ファズミル顔が多いだけで全く別の奴なんて可能性もある」
 アーサーは『ファズミル』の顔を見て問う。
「アレン、こいつの話は信用出来るのか?だってまだ爪を剥がしてもないのにベラベラ喋ったぞ。何か裏でもあるんじゃないか?」
 『ファズミル』はアレンに向かって問うた。
「なあ、あんたは何で帝国を裏切った?」
「お前らに殺されかけたから。後から知ったけど、アレッサンドロの命令だってな。今まで仕えてたのに殺されかけたら、裏切るのが普通だろ」
 そう言うと、『ファズミル』は笑った。
「少し、手を退けてくれないか?」
 アレンが『ファズミル』の頸から手を離すと、ファズミルは魔法で〈大帝の深淵〉が使う衣装に着替えた。そして腕と頸き厚く巻かれた包帯を捲る。
「毒か」
 長い腕は痩せ衰え、赤黒く爛れていた。その凄惨さはアレンですら顔を顰める程だ。元気に喋ってはいたが、先はもう長くないだろう。
「これで労災も出ないんだぞ。いくら隠密部隊って言っても酷い話だ」
「…じゃあ、何が望みだ。敵に情報を流すのは大罪だ。何か見返りが欲しいんだろ。俺に何をして欲しい?」
 『ファズミル』は黙りこくった。何も思いつかないらしい。
「まさか何も考えずに喋った?」
「…そうだな、何も考えてない。帝国にいた頃のあんたと同じだ」
 『ファズミル』は眩しそうに目を細めてアレンを見た。
「さっきあんたに見られた時、初めて自分の意思であんた達を追った。あんたの御付きの医務官から聞いていた様子とかなり違ったから気になったんだ。もしかしたら、あんたなら帝国を止められるかも知れないとすら思ってしまったんだ」
 そう言うと『ファズミル』はポケットから皺くちゃの紙を取り出した。
「毒の成分材料が書いてあるらしい。俺は元々文字が読めないから、無用の長物だ。お前達の戦いに役立てて欲しい」
 アレンが紙を受け取って中身を確認しようと意識を逸したその時、『ファズミル』は自分の喉に短剣を突き刺した。
「おい!」
 アレンは慌てて紙を置いて剣の柄を掴むが、『ファズミル』はどす黒い血と共に最期の吐息を遺して息絶える。
「…何だよ、これ」
 アレンの怒りに満ちた低い呟きに誰も答えない。
「アレン、今キオネの部下を呼んだ。こいつについて調べてもらおう」
 そう言ってアーサーは名も無い魔人の瞼を閉じさせた。
「キオネの部下?」
「キオネの面倒事を片付ける精鋭、〈処分者〉だ。司法解剖も行われるだろう。主が主なら下も下で癖の強い連中ばかりだ。今は酒場へ向かって情報を集めよう」
 アーサーの言葉に頷くと、一行は路地裏から出てアーサーの言っていた酒場へと向かった。

 路地裏から出て十分後、アレン達は目的の酒場へ到着した。酒場はガラの悪い男達で溢れており、喧嘩賭博が行われている。
「アーサー、どうやって情報を手に入れるんだ?」
「客の数だけ手段がある。例えば、喧嘩賭博とかな」
 突如響く、骨の折れる音。アレンは思わず「はぁ?」と言った。
「やってみるか?」
「何で俺?」
「俺は四十五で、普通に考えればオヤジ狩りに遭う年だ。そしてゼオルは若い」
 ゼオルは両の手を握り合わせてアレンを上目遣いで見やるが、全くもって可愛くないし巫山戯ているのが丸見えだ。
阿蓮アーリェン兄ちゃん、負けないだろ?」
 そう言ったゼオルの顔に何発か拳を叩き込みたくなる衝動を抑え、アレンはコートを脱ぐと防具を全て外して空間魔法で片付ける。
「何て聞けばいいの?」
「それに関しては俺の方から言おう」
 そう言ってアーサーは人混みを掻き分けて進む。
「誰か、この街に知らない奴が出入りしてないか、情報をくれないか?」
 すると奥の方からごつい男が答えた。
「昨日腰を痛めてヒィヒィ言ってたじゃねぇか。もう治ったのかぁ?」
「代打を連れて来た。甥の阿蓮だ」
 アレンは大男の前に立つと、短く「ども」と挨拶した。
「随分な優男じゃねぇか。お前と全然似てないぞ」
(似てない…)
 アレンは少し胸が痛んだ。アレンはアリシアにも似ていない。恐らく、父親に似たのだろう。
(親父は強い魔人の可能性があるって…もしかして、〈大帝の深淵〉に所属しているのだろうか)
 見つけたからと言って何かが変わる訳ではない。しかし、アレンは全ての真相を白昼に晒したかった。
「あんまり舐めないでよね。喧嘩くらい慣れてるよ」 
 そう言って裸足のままリングと化したカウンターの前に立って男を挑発する。
「二十秒待ってやる。その後また二十秒の間俺は手加減して、最後は一撃で仕留める」
 男は嗤った。
「お前が俺に勝てる訳無いだろう!その綺麗な鼻っ面、へし折ってやらァ!」
 男がリングに立つと、酒場の店主が声を張り上げる。
「レディ…ファイッ!」
 店主が言い切るより早く、男が動いた。しかし、その動きはアレンの想定内だ。
「フライングだけど、まあ良いや。今五秒ね」
 アレンを黙らせようと顔面に飛んできた拳を後方回転しながら躱す。手加減していなければ、このまま男に後方回転からの回転蹴りを叩き込んでやっていた。
「確かに、腕っ節はあるようだな!」
「偉そうに言う割に大した事無いね、お前。そろそろ俺も動くよ」
 腰を低く構えたアレンに男が一瞬怯む。
 アレンは確かに喧嘩に慣れて居るが、格闘技の達人である武公の梦蝶モンディエからも稽古を付けられていた。
 アレンの取った姿勢、苏安スーアン特有の武術に、男が初めてアレンが只の喧嘩慣れした若造ではない事を悟る。
「ぐッ…!?」
 次の瞬間、鳩尾を庇った男の腕が嫌な音を立てた。
「あれ、折れちゃった。まあ良いや。えーと、俺に負ける訳無いんだっけ。ちょっと頑張りなよ」
 反撃しようとした男の顔が突然上を向いた。アレンが蹴り上げたのだ。アレンは脚を戻す勢いを利用し、男に回し蹴りを食らわせた。いとも容易く飛ばされた男の身体は見物人の中に突っ込み、見物人達が悲鳴を上げる。
「も、もう降参だ…!これ以上は⸺」
「何言ってんの?まだ十秒あるよ?」
 男はその瞬間、アレンの瞳を見て息を飲んだ。
(これは、魔人の目…!?)
 魔人の象徴である、菱形の瞳孔。人間では、初めから勝てる訳が無かったのだ。
 冷たく薄い刃のような顔は無表情だが、男はその瞳が宿す感情に見覚えがあった。それは、破壊活動から得る興奮と快感。キオネや一部の人物、そして魔人が見せる物だ。
「お前は一体⸺」
 しかしその続きをアレンが聞く事はなかった。アレンの体内時計が二十秒を告げたその瞬間、アレンに顔面を一発強打された男の意識が刈り取られたからだ。
「…加減してたんだけど。よっわ」
 傍から見れば苛烈な攻撃を繰り出していたアレンは舌打ちして立ち上がった、その瞬間だった。
「阿蓮!幾ら何でも、やり過ぎだ!」
 アーサーの言葉にゼオルがテーブルから大金を掻き集めながら頷く。
「え、けど喧嘩ってこの位やるだろ」
「金はたんまり貰ったから良いけど、目的を忘れてないか?」
 ゼオルの言葉を反芻してアレンは伸びている男を見て救いを求めるようにアーサー達を見た。
「どうしよう、やり過ぎた!」
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