創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

独りにしないで

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 先端に巨大な刃の付いた分銅鎖が街の建物の間を飛び、トロバリオンの手脚を捉える。
 つい先程、トロバリオンの動きがどういう訳か鈍ったのだ。とは言え、トロバリオンの巨体を苏月スー・ユエ独りで拘束して破壊するのは少し無理がある。腕から何本も伸びる分銅鎖を引っ張ってトロバリオンを妨害する彼のアレンより少し背が低く細い身体は、適正体重を下回る程の痩せ型なのだ。暴れられては一溜まりもない。身体超化は身体能力の限界を超えて強化出来るが、残念な事に体重は増やせないのだ。
 苏月は突如襲い掛かってきた魔人の攻撃を躱すが、髪が数本切れた。
「死ねぇぇぇッ!」
 毒で濡れた手甲鈎が身動きの取れない苏月の顔に迫った、その時。
「でりゃぁぁぁぁ!」
 突如響いた甲高い声と共に、青い旗袍チーパオの少女が扉から飛び出して来る。
 勢いの良い飛び蹴りは魔人の顔面を容易く潰し、一瞬で命を刈り取った。
美凛メイリン!?」
 お団子頭の娘、美凛は苏月を見ると、拳を握り締めた。そして、ふぎゃああと喚きながら拳を振り回す。
「痛いっ、痛いって!阿凛アーリン、痛い!爸爸パーパ 痛い!」
 幼い顔を膨らませて潤んだ目で睨んで来る美凛に苏月は困惑した。
「美凛、助けてくれてありがとう。ところで、何でこんな所に…あっ、ちょっと美凛!?」
 再びふぎゃああと喚いて美凛は近付いてきた魔人を掴んでは投げ掴んでは投げ、父に敵を近付けないようにしている。
「もう、美凛は素直じゃないんだから」
 扉の中から今度はザンドラが出て来る。
「陛下、〈プロテア〉幹部一同、増援に参りました」
 ザンドラは胸に手を当てて敬礼すると、トロバリオンを見上げた。
「あの中にアレンが居るのですね」
「ああ。表皮は強固な結界で出来ていて、私が破壊を試みている」
 今話している間も、何本もの分銅鎖がフレデリカを守りながらトロバリオンの身体に攻撃を仕掛けている。
「陛下、やはり戦いとは数ですよ。圧倒的物量であれの隙を作りましょう」
 いつの間にか〈プロテア〉の拠点に入っていた苏安スーアン軍の兵士達が大砲を押しながら扉から現れる。
 ペータルは大砲に触れながら言った。
舞蘭ウーラン様から事の次第は聞きました。グラコス戦で使われた魔導大砲を小型化した試作機です。初回無料ですよ。後でレビュー書いてくださいね」
 苏月は魔導大砲を見ると笑った。
「ミシェンコフ家の扱う商品に間違いは無い。星五つだ。早速援護を頼もうか」
 フレデリカなら砲撃を躱しながら飛行出来る。
「全員、トロバリオンの隙を作るのに協力してくれ。私は隙を作りながらあの結界を破壊する」
 社龍シャ・ロンが叫んだ。
「砲撃用意!放て!」
 グラコスでの戦闘も経験した彼は、この大砲について熟知している。任せても良いだろうと苏月が意識を大砲から逸らすと、いつの間にか横に最愛の妻が立っていた。
「舞蘭、何故此処に?」
「あら?私は皇后であると同時にあなたの戦友よ?鳳凰はいつも一緒なんだから」
 そう言って高速で光線の間を飛行するフレデリカを見る。
「凰は鳳の横が相応しいわ。そうでしょう?」
「万物は相応しき場所へと還る」
「ええ、あなたがあの城から私達の元へ帰って来たように」
「君達のお陰だよ。しかし手段は選べんな。舞蘭、隷属魔法を使えるか?」
 舞蘭は顔を曇らせる。
「私、あれ嫌いなんだけど」
「仕方無いだろう。私の主は君として登録されてるし、私の身体じゃ軽過ぎて、このままだと木の葉のように飛ばされる。それにこの靴は君がくれたお気に入りだからな。穴が空いたら嫌だ」
 今もほら、と言う苏月は身体を起こそうとするトロバリオンに引っ張られて引き摺られそうになっており、地面には十センチほど引き摺られた後が残っている。
「分かった。ただし、危なくなったら止めるからね」
 そう言って舞蘭は夫の背、心臓がある位置に触れた。直後、苏月の腕に赤黒い亀裂が網目のように走った。瞳孔が大きく開き、表情の一切が消える。
「美凛のお父さん!」
 異変に気付いたクルト達を手で制すると、舞蘭は言った。
「お前は飛ばされてもいけないし、引きずられてもいけない。その場から一歩も動く事なく、トロバリオンを妨害して結界を破壊しろ」
 苏月の薄い唇が僅かに動く。
「…御意」
 次の瞬間、分銅鎖の動きが変わった。隙を探るような動きだったそれは、全てが重たい一撃となって正確無比にトロバリオンを狙う。
「美凛のお母さん、命令に従えなかったら…どうなっちゃうんですか?」
 舞蘭は口を引き結ぶと、苏月に近付いて背中側の服をぎゅっと握る。
「厳罰が下る。臓腑を抉られるような痛み、と彼は言っていたわ」
 そう言って腰に手を回すと、身体が引っ張られないようにしっかり腕を掴む。
「…だから嫌いなのよ、こんな悍ましい魔法。誰が最愛の人が苦しむ姿を見たいのかしら」
 暗い雰囲気になったのを見ると、舞蘭は気まずそうな顔をした。
「ごめんね、こんな話しちゃって。あ~あ、デブ活するべきだったわ。でもこの歳だと太ったら落ちないものねぇ」
 年若い彼らに向けた、彼女なりの気遣いなのだろう。しかし、そんな物は不要だ。
「クルト君も手伝って。君なら私と彼の身体に手を回せるでしょ」
「分かりました。美凛に嫉妬されない事を祈りますね」
 クルトは舞蘭の後ろから手を回し、身体が引き摺られないように踏ん張った。
 一方、フレデリカは分銅鎖の動きの変化に気が付いた。
「全く…無茶をする!」
 隙を無理矢理作り出させるような動きは、苏月自身にも負担が掛かりかねない。一見ストイックな彼は身体に負担が掛かりにくい行動を普段から心掛けているが、今回は危険だが手っ取り早い手段を取ったらしい。
(全力でやってくれるのは有り難いけど…)
 フレデリカのすぐ上を分銅鎖が飛ぶ。分銅鎖は突風を巻き起こしながらトロバリオンの右腕に当たると、結界を削り取った。
「私に当たったらどうすんのよ!」
 敵に回すと危険だが、状況によっては味方に居ても危険な男。それを制御する舞蘭には尊敬しかない。
 フレデリカは魔法陣を展開した。
「アレン、聞こえる!?」
 無駄かも知れない。だけどフレデリカは叫んだ。魔力をぶつけるだけの単純で古典的な攻撃魔法。もしかしたら、フレデリカの魔力気配にアレンが気付いてくれるかも知れない。
 その時、魔鷹マギアイーグルのアンバーがフレデリカの横を飛行した。
『フレデリカ、除霊師さんからの伝言だ。美凛パパの攻撃で結界の表面に傷が出来てる。そこを狙ってみろ!』
 結界が脆くなっている場所からフレデリカの魔力を遅れるかも知れない。
 フレデリカはゼオルの言葉に頷いた。
「分かった。やってみる!」
『俺は出来るだけ傷が深い所を探して来る。気を付けろよ!』
 フレデリカは思わず笑った。簡単に死ぬ人の子に気を付けろと言われたのは、果たして幾星霜振りだろうか。だが、死なないからこそ好きなだけ好きな事を出来る。
(トロバリオンの結界は反射持ちだ。だけど反射が無いという事は…)
 顕現が不完全なのだろう。万物を無へと葬送おくるトロバリオンの放つ光線は、石畳の地面を抉るだけに終わっている。顕現が完璧だったら、破壊に特化した苏月でもトロバリオンの身体に傷一つ付けられなかったかも知れない。
(完全体じゃなくて良かった。完全体が顕現していたら、間違い無く世界は滅んでいた)
 分銅鎖がトロバリオンの頬を大きく抉る。
『フレデリカ!』
「分かってる!」
 ゼオルの声が響き、フレデリカはトロバリオンの顔の近くまで上昇すると、魔力をぶつけた。
「アレン!」
 トロバリオンの動きが一瞬鈍り、微かな声が聞こえてくる。
『…レ…リカ?』
「今行くからね、ちょっと待って⸺」
 しかし、トロバリオンはアレンの意識を掻き消そうと腕を振り回す。
「ぎゃッ!」
 フレデリカはトロバリオンの大きな手によって地面に勢い良く叩き付けられた。
(やば…再生しないと…)
 無惨に潰れた身体は骨も内臓もぐちゃぐちゃで、目玉は飛び出している。
「フレデリカ!」
 ザンドラが真っ青な顔で駆け寄って来たが、フレデリカの目玉はトロバリオンを見ている。
(独りは…嫌だ…)
 意識は残ってるとはいえ、身体は酷い損壊をしているだろう。このままでは再生に時間が掛かる。
(動け、動いてよ!彼が待ってるんだから!)
 フレデリカは自身の中に眠る創造神に必死で語り掛ける。
(ねぇどれだけ寝るつもりなの?そろそろ助けてよ!私だけじゃ、彼を助けられないの!)
 視界の中に、脳漿で汚れたアイビーの髪飾りが映る。この身体は再生するが故に、孤独だ。このアイビーの髪飾りも、今は歪に歪んでしまっている。
(助けてよ、ソピデモト!もう独りになるのは嫌だ。終わらせたい!)
 祈るように心の中で叫ぶと、微かな声が聞こえた。
『汝の願いに応えよう』
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