創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

鳳凰

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 女神トロバリオンは上体だけ顕現した状態だった。しかし、時の魔力が増加するに伴い、その宇宙そらのように青く星が煌めく身体は全体が出て来る。
「フレデリカ、これはどういう状況ですか!?」
 騒ぎを聞き付けた除霊師が少数の部下を連れてやって来る。
「アレンの暴走を嗅ぎ付けたトロバリオンが降臨したのよ。早くトロバリオンを鎮めないと、アレンが本当に死んじゃう!」
 もう二度と、愛しい者を亡くしたくない。そして、リーサグシア城の攻城戦の勝利も欲しい。その為にアレンは苏月スー・ユエと作戦を練ってきたのだ。生も勝利も、フレデリカは逃すつもりは無い。
「しかし、トロバリオンへの有効打となる攻撃はあるのですか?」
 フレデリカはガンダゴウザと交戦中の苏月の方を向くと声を張り上げた。
ユエちゃん、こっち手伝って!除霊師はガンダゴウザの相手をお願い。それと、この場に居る〈桜狐オウコ〉を貸してほしい」
「分かりました。お前達、暫くフレデリカに従いなさい!」
 そう言って除霊師は御祓棒を手に取るとガンダゴウザの元へ向かった。入れ違いでやって来た苏月はトロバリオンを見上げる。
「あれの表皮は…結界か」
「表皮という表現が合ってるかは分からないけど、ヌールハーンの展開する結界よりも強固よ。破壊して欲しい」
 苏月は溜息を吐くと長い手を前に突き出した。
「破壊出来るか先ずは聞くもんだろう」
 しかしそう言う彼は自信に満ちている。
「破壊行動はあんたの十八番でしょ?隙は何とかして作るから、頼んだわ」 
 そう言って箒を取り出すと、フレデリカは地面を蹴った。
 上空に上がったフレデリカは城の惨状に顔を顰める。トロバリオンが触れた物は全て時が加速し、終わりを迎える。投石機の柱は朽ち、城壁は砂礫に変わっている。
「トロバリオン、アレンを返して!」
 フレデリカがトロバリオンに攻撃をしながら目の前を高速で飛行すると、トロバリオンは首を傾げながらフレデリカを狙った。
『何故?この者は自ら望んで力を振るっている』
「それはアレンの力じゃないわ!」
 トロバリオンが一時的に与えただけの膨大な魔力では、アレンの身体は保たない。生に拘るアレンが心から望んでいるとは考えにくい。
「アレン、戻って来て!目を覚まして!」
 フレデリカは高い声で叫んだ。
「お願い、もう私を独りにしないで!」

 
 目を開くと、そこは星空だった。
(此処…何処?それに、フレデリカの声が聞こえた気がする)
 しかし、なんて言っていたのか分からない。
 星の煌めく静寂の中、アレンが周りを見渡すと、星雲の中に映像が映っている。
(これは…)
 一つではない。幾つもの大きな星雲に、過去の出来事が映っている。
 盗んだ果物と死体から取り出した脂肪を固めた燃料を母親に渡す自分も、母親に殴られて逃げる自分も映っている。
 生まれて三十年、アレンは世間一般で言うあらゆる理不尽に耐えてきた。しかし、星雲の中の映像を見て無い筈の腸が煮えくり返りそうになる。
『巫山戯るな、何で私がこんな目に遭わなきゃならない!?私はフレデリカ・フェルザード・パノチサナスだ!』
 終わりの概念を奪われ、人間に捕らえられて焼かれた哀れな女。実父の彼女に対する理不尽な仕打ちは、アレンが味わってきた如何なる理不尽や苦痛をも上回る。だからだろうか、アレンは今まで感じた事の無い怒りで魂まで焼かれそうになっている。
 誰もが愛しい者の生を願うが、アレンは皆の終わりある生を望んでいる。フレデリカに終わりが無いのなら、自分が創ってしまえば良い。歪んだ物は全て、叩き直してしまえば良いのだ。そしてアレンにはその力がある。
 しかしその時、嫌な声が聞こえた。
『すまない、フレデリカ…』
 アレンは星空の中で声の主を探す。殴り殺してやりたくなるその声は、アレッサンドロのものだ。
 アレンは執念で蹲っているアレッサンドロの姿を見付けると、襟首を引っ掴んで押し倒す。
『お前のせいだ!お前のせいでフレデリカが長い間苦しむ事になった。お前、本当に何がしたいんだよ!戦争ふっかけて敵対者をどんどん殺してその癖アルヴァを滅ぼした後はアルヴァの女に手ぇ出してさ!そして生まれてきた子供を今度は殺すって、無責任過ぎるんだよ!』
 胸倉を掴み直して、自分より少し小柄な彼の顔を繰り返し殴る。しかし、魂だけの状態では殴る事は出来てもダメージは与えられない。
『何でフレデリカに金の髪飾りを贈った!?あいつは、あれをずっと大事そうに持ってたんだぞ!』
 肉体さえあれば、本当に殴り殺していた。すると、アレッサンドロが口を開く。
『…君は、彼女の事が好きなのか?』
『…え?』
 アレッサンドロの低い声は、会議室に姿を現さない皇帝のものとは大違いだ。何処か、優しさのようなものを感じる。しかし、アレンの手は止まらない。
『君の方が、私より道理という物が解っているようだ』
『…お前、言いたい事があるならはっきり言えよ』
 アレッサンドロはアレンの拳を掴むと、拳を退かして自身の顔がアレンの目にしっかり映るようにした。
『その顔は…!』
 アレンはその顔に衝撃を受ける。静かな青い瞳と鼻筋が通って整った顔、そして気難しそうな唇。朝起きて顔を洗う時に何度も、毎日のように見た顔がそこにある。
『何で…』
『君の事は見守っていた。スラムに居た時も、コーネリアスという将軍に拾われた時も…君が生まれた時から見ていたよ』
 そう言ってアレンの胸に触れる。
『魔導不完全疾患を患っている事も知っていた。だから私自らが魔力を抑える魔法陣となって、君の中に居たんだ』
 アレンはアレッサンドロの首を掴む。
『じゃあ何故俺の命を狙う?俺は闘技奴隷じゃない。お前の愉快な娯楽として死ぬのはまっぴら御免だ』
 この男がコーネリアスを殺し、オグリオンを傷付け、フレデリカに長い苦しみを与えていた。にも関わらずアレンの魔力を抑えていたのは、何か裏があるに違いない。しかし、返ってきたのは予想を裏切る解答だった。
『シュルークの最期の預言だ。十万年後…つまり現代で〈第三次創世戦争〉が起きると。そして手紙には、千年以内に私は神側の勢力によって殺されるとあった』
 アレッサンドロの首を掴むアレンの手の力が弱まる。
『…じゃあ、皇帝は何者なんだ』
『そこまでは分からない。だが、私はフレデリカに生きていて欲しいと願った。しかし私を狙うのならフレデリカも当然狙われる。だから私はフレデリカにをした』
『それが不死か』
『彼女の時を終わらせられるのは、トロバリオンの加護を受けた純粋無垢な時の力だけだ』
 あの皇帝は偽物で、何者かがすり代わって居た。しかし皇帝の魔法ではフレデリカを殺せない。未来への対抗手段として、フレデリカに死を与えなかったのだろう。それの代価が孤独であるとしても。
『アレン、君はフレデリカの事が好きなのだろう?』
 知らない、アレンはそう答えた。アレンは人に恋した事が無い。異性は誘われれば抱いたが、それだけ。だが、異性に対してここまで感情的になったのは、恐らく初めてだ。
『鳳凰という言葉は聞いた事があるか?二羽で一つ、番となっている夫婦の神獣だ』
苏安スーアンの国旗にも使われている鳥がどうした?』
『私達〈創り手〉は鳳と凰なんだ。恋とかそういう事じゃない。二人で一つだ。フレデリカを十万年も独りにさせたのは愚策だったかも知れない。だけど、今は君という鳳(鳳凰の雄)が居る。さあ、早くフレデリカの元へ戻るんだ。彼女は今も君を待っている』
 その時、声がした。
『私を独りにしないで、置いて逝かないでよ!』
 星空の向こうで何かがぶつかる音がする。星とは別の煌めきが繰り返し発生し、大勢の声が聴こえてくる。
『アレン、早く戻って来い!』
『閣下、早く!』
『アレン!』
阿蓮アーリェン殿!』
 そして星空の静寂にもよく響く甲高い声。
『アレンお願い、もう独りは嫌だよ…!』
 戻らねば。アレンは立ち上がると、アレッサンドロの方を向いた。
『此処を出たい。協力しろ』
 フレデリカを悲しませたくないのはアレッサンドロも同じだ。
『君の身体では危険だが、試すか?』
『どんな手段でも』
 現代でフレデリカの横に立つのは、自分だと決まっているから。
 アレンの言葉に頷くと、アレッサンドロはアレンに近付いた。
『私の力を与えよう。君の力ではまだトロバリオンを制御するのは不可能だが、これで少しはやり易くなる筈だ』
『此処はトロバリオンの中なのか?』
『トロバリオンとは時空そのもの。人で言う表皮は強固な結界に覆われている』
 アレッサンドロの身体は指先からどんどん光の粒子になってアレンの身体に流れ込んでくる。
『アレン、我が転生体よ。フレデリカを頼んだ』
 溢れんばかりの膨大な魔力。これならトロバリオンを制御出来る。
『早く帰ろう』
 もうフレデリカを悲しませたりはしない。前世のケリを付けてやる。
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