創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

大罪人共

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 生まれた時から、私は罪人一族の娘でした。
 貴族のお嬢様達は皆、護衛と侍女を何人か連れて、日傘を差して外出するんです。だけど、私には侍女も護衛も居なかった。
 十五になる頃には、ある程度はお見合いも進むのですけど…私の前には素敵な殿方も、そうでない殿方も現れなかった。
『こっちに来るな罪人風情が!』
『あっち行け、俺達を操るつもりなのだろう!』
 内戦でお父様達は官軍として戦い、敗北しました。勝てば官軍、負ければ賊軍という言葉があるけれど、私は生まれながらの賊軍でした。人の精神を操る能力は危険なモノだからと、幼いながらも私は割り切っていましたし、年に一度だけ会えた母もそう言っていました。
 そしてやはり、令嬢が桃の木の下で素敵な殿方について語り合う権利は、智稜城の姫となる筈だった私には与えられませんでした。いつも東屋の遠くから日が照りつける中見ていたあの桃や藤、牡丹、舞踊る蝶達は確かに美しかったけれど、それは監視役という檻の向こうにあって、私の手にはどうしても届かないのです。
 だから私は自由を欲しました。自由を得る為に士官学校への推薦を得る為に公主に漬け込み、ゼク・グムシク学院に入学したのです。だけど…
梓涵ズーハンって頭良いねぇ!』
『梓涵、ここ教えてよ!赤点取りそうなんだ!』
『梓涵ちゃん、このおやつの作り方教えて!』
 そこで私は自由を知ってしまったのです。苏安スーアンでは罪人魏梓涵ウェイ・ズーハンだけど、『外』では只の少女梓涵でした。もう、戻りたくない。束の間の自由は私を魅力し、自由であるのに束縛されてしまう。どんな恋愛小説や官能小説よりも魅力的で、私に此処に居て良いと、あの桃の香りのように甘く優しく囁いてくる。私の遅過ぎる初恋は、『自由』でした。
 戻りたくない。だけど、戻って監視されている家族を助けたい。そう思い悩む学生時代のある日、何処からか声がしたのです。
『自由が欲しいか?』
 深淵から響くような低い声に取引を持ち掛けられたのです。だけど、恐ろしいとは思いませんでした。だって、東方連合の国主達を抹殺する事で自由が手に入るなんて、これ程安い取引は無いじゃないですか。


 アレンはフレデリカ達に梓涵の存在を知らせようとした。しかし口からは声の代わりに血反吐が出るだけで、もう声は出ない。
 未だ身体を貫いている黒い刃のようなそれには返しが付いていて、簡単には抜けそうにない。
(智稜の地下であれに取り憑かれたか)
 それ以外に心当たりは無い。ファズミルは建物を好奇心に任せて滅茶苦茶に動かし、ヴェロスラヴァは獲物の追跡に躍起になっている。
 アレンは口から大量の血を吐くと、もう一度梓涵の存在を報せようと試みた。しかし、もう身体が限界最期を迎えようとしている。
 遠のく意識の中、フレデリカの甲高い声が響く。
「…ン、…だ、死んじゃ嫌!」
 苏月が思薺スーチーに何か指示を出すと、攻撃を仕掛けてきたガンダゴウザと交戦を始める。
 思薺が黒い刃のようなそれの返しを短剣で削り始めるが、もう血を流し過ぎた。臓腑の多くがズタズタに切り裂かれ、生存は不可能だろう。
 嘲笑うような声がアレンの頭に響く。
『貴方と私は同類だと思ってましたけど…着く陣営を間違えましたね』
 もうアレンの目には何も映らない。フレデリカの声が遠退く代わりに、梓涵の声が大きく頭に響く。
『私は自由を手に入れます。貴方の次は、フレデリカと苏月スー・ユエです。苏月を智稜の地下で痛めつけて処刑した後、フレデリカをアレッサンドロに献上すれば、ウェイ一族は自由を得られる!』
 この悪女めと、アレンは罵ってやりたかった。しかし、アレンはアレンで生きる為に大勢を殺した。他人の事を言えないと思いながら、アレンは掠れた声で最期の息を吐く。
「…死にた、く、ねぇ、な…ぁ…」
 がらん、と虚しい音を立てて白い大剣クレイモアがアレンの手から落ちる。まるでちっぽけな弱い何かが落ちるかのように簡単に、アレンは絶命した。
「ねぇアレン?アレン!」
 もう動かない身体をフレデリカが揺する。しかし、アレンの身体はフレデリカが揺すっても力無く揺れるだけだ。
 肉体を破壊されたアレンは、自分の身体を泣きじゃくりながら揺するフレデリカを上から見て呆然としていた。
(俺が、死んだ…?)
 自棄糞になった思薺が短剣をアレンの影に繰り返し突き立てる。しかし、アレンの身体を穿った刃は嘲笑うように塵と化して消える。
 フレデリカが泣き叫ぶと、アレンは肉体が無いにも関わらず、何処かがずきりと痛む感覚に襲われた。今のアレンの身体は、肉体から解放されて魂だけになっている。自分が認識しやすいようにする為かは分からないが、魂の形は肉体とそっくりそのままだが、実態は無い。
(何で、何でお前が泣くんだよ…)
 泣きたいのはこっちだ。何でこんな死に方しなきゃならない。
 不意討ちにしても悪質な攻撃で臓腑を掻き回されて、魂になった今は黒い影のようなものが脚から侵食を始めている。
(今度は何?また黒い刃に刺されるの?)
 もううんざりだ。幸い意思は残っているのだから、魔法で肉体を修繕してやろう。そう思ったその時。
『アレン!』
 大剣から懐かしい男が出て来る。
『コーネリアス…』
『何で死んじまった!?なぁ、気を付けろって言っただろ!』
 魂同士ならば触れ合えるのか、コーネリアスの大きな手はアレンの肩を掴んで強く揺すってきた。
 アレンは憤慨する。何で死んじまった?それはこっちの台詞だ。内通がバレて殺された奴に言われたくない。
 手を振り払って両手を握り締めると、八つ当たりするようにコーネリアスの胸に叩き付けた。
『それは俺の台詞だ!お前だってノコノコ出て行って、挙げ句の果てには殺されちまったじゃねぇか!何でだよ、何で…!』
 鼻の奥がつんとする。もう涙も出ないのに、泣きたくなる。
『…何で、皆死んじまうんだよ。俺も、お前も…!』
 フレデリカ以外の生命体はいつか、終わりを迎える。
 コーネリアスは身を屈めてアレンと目線を合わせた。
『ごめんな。だけど、魂だけになったからこそ出来る守り方があるんだ』
 そう言って黒く変色したアレンの脚に触れる。
『お前をずっと見守ってた。あんなに辛い思いをするなら、最初から帝国に絶対的な忠誠を誓うように洗脳教育してやれば良かったと、度々思ったよ』
 コーネリアスの手に黒が侵食していく。
『おいコーネリアス、何やって⸺』
 アレンを侵食するのが遅かった割には、コーネリアスの身体は顔以外あっという間に黒に染まる。
『あっはは、懐かしいなぁ。初めて皇帝に謁見した時の事を思い出すよ。確か、二百歳の頃か…時空魔法で記憶を消されていたらしいな。そうだ、あいつは、闇の魔法も使ってたんだ』
 コーネリアスの身体と形見の大剣に深い亀裂が走る。
『コーネリアス!』
『ごめんなぁ、父ちゃん、ここまでみたいだ』
『待って⸺』
 儚い音がして、コーネリアスの魂と大剣が砕けた。魂の破片は、砕け散った刀身に吸い込まれて行く。
『何で…何で…!』
 今なら解る。フレデリカに『死』という概念が無い理由が。誰もが最愛の人の『生』を願う。時と死を司るアレッサンドロは、フレデリカの生を望んだ。だからフレデリカに『死』が無い。アレッサンドロが奪ったのだ。
 アレッサンドロが大陸東部へ宣戦布告し、魔法族マギカニアの聖パノチサナス王国を滅ぼし、フレデリカはどれだけの苦しい時期を過ごした事だろう。果ては一人の女に手を出し、己の不始末で出て来た子とその養父を殺したのだ。
 アレンは無我夢中で肉体の修復を行なうフレデリカを見て拳を握る。
『…アレッサンドロ…殺してやる!』
 憎悪の感情がアレンの魔力を覚醒させる。
『全てを、正しき流れに戻す』
 すると、威厳に満ちた女の声が響く。
『汝の願いに応えよう』
 次の瞬間、アレンは何者かによって元の身体に戻された。
『心赴くまま進むが良い、真なる〈創り手〉よ』
 リーサグシア城に一陣の風が吹き、アレンが目を開く。
「アレン!」
阿蓮アーリェン殿!」
 しかし、フレデリカが何かに気付く。
「思薺!」
 思薺が足を止めた瞬間、膨大な魔力の嵐が発生する。
「あれは…」
 アレンの身体から溢れた魔力は、一人の巨大な女の形を形成する。
「時空の女神トロバリオン!」
 アレンの願いを叶える為に、万物に『死』をもたらす女神が降臨した。
 フレデリカは砕けた白い大剣を回収すると杖を構えた。
「…彼を返してもらう。皆、目標変更よ!トロバリオンを鎮める!」
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