【完結】その手をとらせて《完全版》

※(kome)

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魔人さん、髭を剃る。

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「髭の剃り方を教えてください」

男は、実に悲壮極まりない声でそう言った。

いや、なんでそんな、断られたらあとがないと言わんばかりの顔をしてるんだよ。
髭剃りを教えるぐらいなんてことないし、断ったりしないから。

なぜそんなことを言い出したのかはわからなかったが、ひとまず了承の意を示すために一度頷いて見せた。
それに男が安堵の息を漏らすのに、なぜ今頃になって言い出したのかを尋ねたみた。

男はこれにもまた、なんとも気まずそうな顔をして質問返しした。

「怒ったりしない?」

正直に言う。

――内容に、よる。

派手なやらかしであるなら監督責任を果たさねばならないので、きっちりみっちり説教フルコースで迎え撃たねばならん。
なので、じぃっとジト目で見つめ返してやれば、男はすいと顔を逸らした。

あ、こらっ、鼻歌を歌って逃げようとするんじゃない!

まったく。
そうして五分ほどすったもんだをしたあげくに男が言うことには。

いままでズルをしてきたから、そのツケを払うことになった、と言うものだった。

俺から目を逸らし、両手の指を組みながら親指だけくるくると回して遊ぶ男曰く。

「その……僕、ランプの魔人であったときは、変身能力を持っていたじゃない?
 だから毎朝、目が覚めたら変身し直して、加齢をリセットしていたんだよね」

それにより、朝の身支度を済ませていた、と。

え、滅茶苦茶羨ましいな、それ!?

寝癖と格闘することも、シェーバーで顎を間違って剃ることもないんだろ?
羨ましすぎるんだが。

まぁ、そのせいで整容スキル全般が伸びず、こうやって泣きつくことになってるんだけどな?

もしかして、なのだが。
今までこの男がお手洗いを使用するところ、それを見たことがなかったのは――この絡繰りのせいか?
けどさすがにそれを聞くのもなぁ。

武士の情けとしてあえて掘り返す真似はしなかったが、俺の予想は概ね当たっており。
なおかつ、例の肉芽のせいで毎朝、大用を足すたびに怒り混じりの嬌声を聞くはめになることを申し添えておく。

ちらりと男の顔を仰ぎ見る。
褐色の肌に紺墨色の猫毛気味の髪と、とても肌馴染みの良い色合いと髪質をしているため、気付きにくいが。
ほんのりと産毛のように頬や顎周りに髭が生えているのを発見してしまい、塩っぱい気持ちが込み上げてきた。

今日で人に戻って三日目の朝。
おそらく、見ないように、気付かないようにしていたのだろうが。
それも難しくなり、先の髭剃り教えてくれ発言に至ったのだろう。

さて、納得もいったしサクサク済ませてしまうか。
立ち上がり、指遊びをしていた男の肩を叩いてから、くるりと身体を反転させてしまう。

おおっ!と急な視界の切り替わりに驚いた男の背を押し、洗面所へと向かう。
鏡の前に男を立たせ、洗面台の横に並んだいくつかの品を持ち上げて鏡越しに示してやる。

「これがシェービングクリーム。
 頬骨から顎先まで、両手で覆うようにして塗って、最後にこいつで剃る」

電動カミソリを見せると男の肩が飛び跳ねた。

「正気?」

「何がだ?
 まだ慣れないだろうから、俺が剃るぞ」

この男は器用だし、要領も良い。
一回手本を見せればすぐマスターするだろう、たぶん。

動くなよ、と念を押すと、びくりと肩が跳ね、見る間に男の全身が強張っていく。
宥めるつもりでそっと肩に触れたが、かえって石のように固まってしまった。

仕方がないのでシェービングクリームを手に取って男の顔に塗ってやり、電動カミソリを頬にあてる。

「やっぱりちょっと待って!
 今日じゃなくていい! 明日にしよ!?」

往生際の悪いことを言うので、そのまま無視して電源を入れる。
途端、ぎゃわー!と妙な悲鳴をあげるので、男の顎を手で固定してカミソリの刃を頬に滑らせた。

あぁ、本当に怖いのか。
手に微かな震えが伝わってきて、それならと手本とするためのゆっくりとした動きではなく、手早く頬に歯を滑らせていく。

はじめは限界まで大きく目を見開いていたのが、真っ白な面がなくなるごとに眉尻が大きく下がり、目の縁に潤みがたまっていく。

あぁもう、そんな顔をしてくれるな。
そう思えど、おそらく声をかけたところで返事なんてできないだろうなぁと残りもそそくさと済ませてしまう。

最後に洗い流す段になって肩を叩き、お疲れさまと労ってやる。

「終わったの……?」

「左右を向いて剃り残しがないか確かめてから、顔を洗ってお終いだな。
 どうだ、自分でできそうか?」

カミソリの電源を切りながらそう問えば、無理ぃと泣き言を返されて苦笑する。

「無理も何も、自分でやらなきゃ伸びるままだぞ」

「君に毎日剃ってもらうからいいもん」

いいもんと来たか。
かわいいおねだりだが、平日の朝には厳しいものがある。

「特訓するか」

「ヤだぁ……。
 僕、髭の生えたナイスミドルになるぅ……」

たぶん似合わないから止めた方がいいと思う。
ひとまず顔を洗うように言い、何か男の気を引くものがないかと頭の中でいくつか候補を挙げてみる。

よし、ある程度、金がかかってしまうが、あの手でいくか。

一つ頷くと、男の気を引くであろう魔法の言葉を並べ立てていく。

「駅前の喫茶店のプリンアラモード」

「なんの話?」

小首を傾げる男に、次の矢を放つ。

「隣駅の和菓子屋のクリームあんみつ」

「んん? それがどうかしたの?」

男がぱちくりと瞬きを繰り返し、再度、反対側へと頭を傾ける。

あぁこれ、伝わってないな。
赤褐色の瞳をまん丸に見開いた男に、駄目押しを重ねてやる。

「乗換駅で売ってる数量限定のシュークリーム」

「はえ?
 え、ちょっと待って?
 まさかまさかのまさかですか!?」

思いつく限りの甘味を並べ立てれば、やっと察してくれたらしい。
にわかに気色立つのでわかりやすい男なのである。

「毎日ちゃんと髭を剃るなら、連れて行くし、買ってきてやってもいい」

「うぅ~うううううぅ……。
 わかっ、た。
 髭、ひとりで剃ってみる」

よろしい。契約成立だ。

ぽんぽんと頭を叩いてやれば、苛立たしげに手を払われてしまう。

あぁ、本当に。
実にかわいらしいことである!
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