【完結】その手をとらせて

※(kome)

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魔人さん髭を剃る。

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「髭の剃り方を教えてください。」
随分と座った目でそしてこれから人を殺しますとでも言うかのような雰囲気でそう口にした男の機嫌は大層悪かった。
「なんだって?」
「だから、髭の剃り方を教えてほしいの。」
再度繰り返されるお願いごとに首を傾げながらも了承を伝える。
それに安堵の息をつく男に疑問を呈した。
「なんだって突然そんなことを言い出したんだ?」
「必要になったからに決まってるじゃない。
 なんで人の身体ってお腹が空いて眠くなって髭が生えてトイレに行かなきゃならないの?」
逆に質問責めにされた。
「いや、どれもこれも生きてく上で必要な生理現象だろうが。」
「かーっ! 面倒くさい! 人ってすっごく面倒くさい!」
だん!だん!だん!と地団駄を踏む男に階下の人間への迷惑になるからやめろと声をかけるも耳に入らぬようで髪を掻きむしり怒りも露わに睨み付けられた。
一体全体どうしたんだ。何があった。何があればここまで荒れる?
いや少し待て。トイレに行きたくなる?
「あぁ、この間のお漏らし騒動か。」
「や~!!! なんでそれを言うのぉ!! 忘れてよぉ!!」
半狂乱で服を掴みぽかぽかと胸を叩く男につまりはそういうことかと得心した。
今までランプの魔人として無縁だったあらゆる生理現象に振り回されるのが面白くないようだ。
逆にあれだけ食べて飲んでいたのに排泄が不要だったことに俺はおおいに驚いたのだが男にとっては当たり前のことのようでいちいち排泄しなければいけない現状は大変面倒であるらしい。
特に小用については初日に迫り来る尿意をそうと気付かず粗相をしてしまったことでトラウマ級の手痛い記憶となっているようだった。
よくよく考えれば、人として生きてきた年月よりもランプの魔人として生きてきた年月の方が長いのだ。
人らしく振る舞えてはいても肝心のところは擬態できておらず、それをおかしいと指摘もされずここまで来たが為に今になって振り回される羽目になっているのだった。
「仕方ないだろ。
 今までやってこなかったんだから失敗してもおかしいことじゃない。」
「恥ずかしいの!! いい年扱いて粗相しちゃったのが恥ずかしいの!!」
忘れろ!と吠える男を宥めるように肩を叩き頭をなでる。
その肩を押し洗面台に連れてくれば神妙な面持ちで鏡を睨むのだから笑い出さないように頬の内側を噛んで耐えた。
「これがシェービングクリーム。
 頬骨から顎先まで両手で覆うようにして塗って、最後にこいつで剃る。」
カミソリを見せると肩が飛び跳ねる。
「正気?」
「何がだ?
 まだ慣れないだろうから、今日は俺が剃るぞ。」
動くなよと念を押せばがちがちに緊張で固まってしまったので宥めるように一度だけ肩をなでたがより一層頑なになってしまった。
仕方ないのでシェービングクリームを手に取り男の顔半分に塗ってやり、電動カミソリを頬にあてる。
「やっぱりちょっと待って! 今日じゃなくていい! 明日にしよ!?」
往生際の悪いことを言うのでそのまま無視して電源を入れる。
途端ぎゃわー!と妙な悲鳴をあげるので男の顎を手で固定してカミソリの刃を頬に滑らせる。
上から下へそれを右から左へと流していく。
徐々にクリームのついた面がなくなるにつれて涙目になりながらカミソリの行く先を見つめる男に笑いかける。
「もうすぐ終わるからそんな顔をするな。」
それに返事をしたそうな目をする男の口も表情ですら動かない。
動かした途端にカミソリで切れてしまうのではないかと気が気じゃないのがわかるので手早く済ませ、最後に洗い流す段になって肩を叩きお疲れさまと労ってやる。
「終わったの……?」
「左右を向いて剃り残しがないか確かめてから顔を洗ってお終いだな。
 どうだ、自分でできそうか?」
カミソリの電源を切りながらそう問えば、無理ぃと泣きそうな声が返る。
「無理も何も自分でやらなきゃ伸びるままだぞ。」
「君に毎日剃ってもらうからいいもん。」
いいもんと来たか。
かわいいおねだりだが平日の朝には難しいものがある。
「特訓するか。」
「ヤだぁ……。僕、髭の生えたダンディズムになる。」
たぶん似合わないからやめた方がいいと思う。
ひとまず顔を洗うようにいい、何か男の気を引くものがないかと思い浮かべる。
「駅前の喫茶店のプリンアラモード。」
「なんの話?」
「隣駅の和菓子屋さんのクリームあんみつ。」
「んん? それがどうかしたの?」
「乗換駅で売ってる数量限定のシュークリーム。」
「おいちょっと待てまさかですか?」
思いつく限りの甘味を並べ立てれば何かを察したのかにわかに気色立つのでわかりやすい。
「毎日髭を剃るなら連れて行くし買ってきてやってもいい。」
「うぅ~うううううぅ……。
 わかっ、た。髭、一人で剃ってみる。」
よろしい。契約成立だ。
ぽんぽんと頭を叩いてやれば苛立たしげに手を払われたので笑ってしまった。
実にかわいらしいことである。
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