【R18】だからあなたは誰なんですか?

チハヤ

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2話

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 時刻は深夜一時過ぎ。
 バイト終わりにバイト仲間と寄り道をしたから普段より遅い時間になってしまった。
 大学に、バイトに、遊びに、と盛り沢山でハードな一日になったが、たまにはこういう気分転換も必要だ。
 しかし、精神的には楽しい気分でも肉体はついてこない。疲れ切ってふらつく足でなんとかアパートに辿り着いた。

 ポストにハガキが一枚届いている。
 見覚えのない請求書だった。防犯カメラのレンタル会社からみたいだけど――

「水原葵?」

 それは私宛てではなかった。宛名も違うし、住所がお隣りの部屋番号になっている。
 長いこと空き家だったはずだけど、いつの間にか引っ越してきていたらしい。
 隣人は名前からして女性だろうか。
 防犯カメラなんて物騒な。この辺は治安が良い方だからそこまで心配しなくていいのに、と思いながら隣のポストにハガキを入れ直した。

 そのまま部屋に向かうと今日も彼がいた。

「あ……早矢香さん、お帰りなさい。遅かったですね。もう一時ですよ……」
「ご、ごめん……」

 お馴染みのやりとりになるかと思ったら今日の彼は元気がない。私の帰りが遅いから心配していたのだろう。
 昨日と一昨日は満面の笑みで迎えてくれた彼がこんな感じだと少し調子が狂う。
 何故彼に謝る必要があるのかわからないけれど、素直に申し訳ないような気持ちになった。

「女の子のお友達だけでカラオケ……きっといい息抜きになったと思います。でも早矢香さんは働き過ぎだから心配で……体を大事にしてくださいね」
「う、うん。ありがとう」

 彼は優しげに笑って気遣ってくれている。
 親切で善良そうな人だけど、やはり何かが絶対におかしい――。
 そう強く思っているにも関わらず普通に接してしまうのは、彼は昔馴染みなんじゃないかと錯覚するくらい、それはもう親しげに接してくるからだ。

「それともう一つ心配なことがあるんですよ。早矢香さんのバイト先に不審者情報のポスターが貼ってありました。ここ最近、近辺で怪しい男の目撃情報が多発してるみたいです。俺は怪しい男を見かけたことはないのですが……念のため注意してくださいね」

 そういえば不審者の話はバイト仲間や店長も結構前から言っていたな。
 黒いフードを被った怪しい男が入店もしないで外からずっと店内の様子を窺っていることがあるって。
 この辺の地域も意外と治安が悪いのかもしれない。私もお隣りさんみたいに防犯意識を持とうと考えながら、わかったと頷いた。

「それじゃあ俺はこれで失礼します。お風呂で疲れを癒して、出来るだけ早く体を休めてくださいね」
「あ、うん。帰り道気を付けて」

 頭を下げて背中を向けた彼に何となく手まで振ってしまった。彼は後ろを見て立ち止まると笑顔で手を振り返す。
 こちらが手を止めても彼は嬉しそうにぶんぶん手を振り続けている。
 一体いつまで続けるつもりなのか……。

 時間がもったいない。私は早々に見切りをつけて鍵を開け、内鍵を閉める。
 すると、
 カチッ、ギッ、バタン
 外から全く同じ流れの音が聞こえたような……でも、私の口癖は"時間がない"だ。
 そんな些細な音を深く考えるはずもなかった。


「あーー……ねむ……」

 お湯に浸かりながら激しい睡魔と戦っている。自分の口から漏れた独り言すら今の私には子守唄のように聞こえた。
 目の前がかすむ。瞼が重くなっていく。
 ああ、もう目を開けていられない。

「……さ……ん……っ、早矢香さん……! しっかりしてください!」
「……っ、ゴホッ! ケホケホ……ッ!」

 気付けば浴室内に彼がいた。
 ぐったりしている私の肩を支え、心配そうな顔を見せている。
 そうか。お風呂で寝ちゃってたんだ。
 水を飲んでしまったようで喉が痛い。咳をして水を吐き出しながら呼吸を整える。

「やっぱり早矢香さんは働き過ぎなんです。俺が来なかったら死ぬところだったんですよ! 今日は大学休みだし、俺がバイト先に連絡しておくので家で安静にしてください! わかりましたね?」

 少し怖い顔をした彼がぼんやりしている私に言い聞かせてくる。
 お風呂で溺れかけていた私を助けてくれた彼は命の恩人だ。このタイミングで駆け付けるって奇跡だな。

 でも、でも。やはり何かがおかしい――。
 私を心から心配して怒ってくれているらしい彼の顔を見ながら、この状況の異常さが恐ろしくなる。

 彼はどうして私の部屋の浴室にいるの?
 肉じゃがも洗濯物もシャンプーの時も確かに鍵は掛けてあった。それに私がバイト先でご飯を食べたことや、女友達とカラオケに行ったことを知っている。
 彼はそれら全てが当たり前のことのような態度で接してくるから私もそういうもんかと思ってしまっていた。
 けど、間違いなく何かがおかしい。

 だって、私は未だに彼の名前すら知らないのだ。
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