どうしてこうなった 第2章もしくは幕間 ~婚約破棄された公爵令嬢の凱旋~

レイちゃん

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王都の日常

貧民街の絵描き 5

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「単に労働力としてあなたを求めているのなら、単に金ずくで連行すればいい。
 でも、私があなたに求めるのは芸術的な分野よ。
 金ずくで連れて行っても、嫌々じゃ宝玉も石ころに変わるわ。
 仮に、仮にあなたの娘様を人質になんて卑怯なことをして働かせたとしても。
 あなたの絵が絶望に染まるだけよ。」

「何で私なのですか…?」

「信じられないかもしれないけれど、男爵なんてどこも借金まみれよ。
 ましてや私の領地は戦争で荒廃。
 残念ながら、そこそこの名の知れた画家をお抱えにすることなんて無理なの。
 没落して奴隷に身をやつした画家だって、有能な者は誰かが技能奴隷として囲っているし。」

少しため息をつかれる。

「私は、それなりに絵画は見てきました。
 宮廷画家として胡坐あぐらをかいた駄作、名前だけで売っている駄作。
 一方で、技能は高いのに名前が売れていないだけの傑作。
 平民なのに王立芸術院に特待生待遇で送り込めそうな逸材。
 そういうのを数多く見てきました。
 …あなたの絵は、もちろん特待生だとか宮廷画家なんて言えないけれど。
 でも、少なくとも、一般の労働奴隷の値じゃないの。」

男爵様はテーブルに置かれた私の絵を眺める。

「色々と計画はあるのだけれど未確定な部分も多いので、この場では割愛するわ。
 繰り返しになるのだけれど。
 お抱え画家というほど大げさに考えず、村民として暮らしながら絵も描くくらいの感覚で。
 私の領地、ベガドリアへ来てください。
 もちろん危険が皆無とは言えないけれど…
 少なくとも、親子で、あの貧民街で暮らすよりかは良い待遇を約束するわ。」




「ありがとうございます、男爵様。
 けれど、私はこの王都を離れられないのです。」

「…こうして連れて来られて無理もないけれど。
 私の名にかけた約束、信用できないかしら?」

「そんなことありません!
 そうでは…そんな理由ではないのです…
 貴族様にお仕えするには、私は相応しくありません。」

「理由をお聞きしても?」

話したくなかった。
少し沈黙が流れ。

「誤解しているかもしれないけれど。
 残念ながら、あなたは奴隷で、私は貴族。
 乱暴なことはしないけど、私が納得できないのであれば、帰る時間が遅くなるだけよ?」

「どうか…ご容赦を…」

「もしかして、ご息女にはお聞かせできない話?」

「後生です…」

男爵様はため息をつき。


「お嬢さん…と言っても、私と大差ないわよね。
 ねぇ、そこの池で魚でも見てらっしゃい。」


話しかけられた娘がビクッと身を震わせる。

「男爵様。」

「そこの池なら、ここからでも様子を眺められるでしょう?
 絶対に、危害は加えません。
 それは約束します。」

男爵様は後ろを振り返り。

「あなたたち、全員でエスコートして。」

「お待ちください、お嬢様!
 それでは万が一の際に!」

「万が一って、どんな万が一よ。
 こちらのマダムは、予告なくいきなり連行されてきたのよ?
 これで危害を加える準備なんて、神の加護で予知能力を持っていなければ無理よ。
 そんな天文学的な確率、ある?」

「しかし…危険です!
 聞き入れられません!」


「これはセージ公爵家長女としてのお願いではありません、ベガドリア男爵としての、貴族の意思です!」


ちょっと待って。
男爵様は今、何とおっしゃった?

(公爵家!?
 それって王族の次に偉い御方じゃない…
 何でそんな人が私なんかを…)

「…外にいる衛兵を呼んできます。
 ガラス戸の外で待機します。
 そちらの方が少しでもおかしな動きをすれば、直ちに反応させて頂きます。」

「ごめんなさい。
 あなたたちの気持ちは十分に理解しているわ。」

「失礼致します、お嬢様。」

侍女が私たちの方へ歩み寄って来る。

「お母さん…」

「大丈夫、この人たちの言うことを聞くのよ。
 お母さんはここからどこへも行かないから。」

娘はしばらく手を離さなかったが、不安そうに何度も振り返りながら出て行った。
庭にある池のそばで、3人の侍女に囲まれている。
その手前、大きなガラスの向こう側で、残りの侍女と呼ばれた兵士が立っていた。

「さて、人払いは済んだわ。
 あなたの理由を聞かせてくださるかしら、マダム。
 ただし。」

その瞬間、男爵様が浮かべていた笑みが消えうせ、真顔となり。

「これだけは覚えておきなさい。
 目の前にいるのは、貴族。
 謀略や策略の世界に身を置く者。
 嘘にも隠し事にも慣れている。
 お伝えしたかとは思うが、全てではないにせよ、私はあなたのことを多少は知っている。
 ゆえに、あなたの言葉と私の持つ情報に大きな齟齬そごがあった時。
 浅はかな嘘や隠し事が見破られた時は、その身をもって責を負うこととなりましょう。
 努々ゆめゆめお忘れなきよう。」
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