どうしてこうなった 第2章もしくは幕間 ~婚約破棄された公爵令嬢の凱旋~

レイちゃん

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王都の日常

貧民街の絵描き 6

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私は、男爵様にお話ししました。

王国西方の、とある子爵領で生まれたこと。
幼馴染と結婚したこと。
夫と共に仕事を求め王都へ出てきたこと。
仕事先の事故で、夫を失ったこと。
夫が仕事で作った借金を返せず、奴隷身分に落ちたこと。
ある商家に売られたこと。
主の手がつき、身籠ったことを知られ、再び売られたこと。
何か所か転々とし、南方のとある侯爵領で娘を産んだこと。
ちょうど侯爵お抱えの画家が人手不足で、乳飲み子がいてもいいからと、お買いになられたこと。
そこで絵を学んだこと。
画家が亡くなり、3年くらい前に娘を連れ王都へ戻ったこと。
そして、貧民街で暮らしながら今に至ること。

「お分かり頂けましたか…?」

話したくないこと、思い出したくないことも、全てお話した。
その私に対し、男爵様は。

「あなたの歩んだ人生は、よく分かりました。
 しかし、私があなたを諦める理由は見当たりません。」

「何故ですか!?」

思わず立ち上がる。
同時に険しい顔で右手をガラス戸の方へ、何かを押しとどめる様に広げる男爵様。
見ると、兵士が剣を抜こうと構え、侍女がスカートをめくって足に隠し持っていたナイフを抜き。

血の気が引き、慌てて座る。

「驚かせてごめんなさい、でも納得して。」

「は、はい…」

冷汗が流れる。
もし男爵様が止めなければ、私は、おそらく娘も、斬られていた。

「でも、お分かりになりましたよね。
 私は貴族様にお仕えするには、相応しくないのです。」

「相応しいか否かは、雇う側の私が決めることよ。」

「あなたには…貴族の男爵様には、思いつかないことでしょう。
 日々、生きていくだけで精一杯という暮らしが。
 あの子が高熱を出しても、薬代も払えなくて!
 解熱薬を飲んで眠るあの子の横で…避妊薬を飲まされて、医師や薬師に抱かれたことだって、一度や二度じゃ…!」

俯く私にハンカチが差し出される。
顔を上げると、いつの間にか男爵様が立たれていて。

「何を恥じることがある。
 マダム、あなたは責務を果たした。
 その身を犠牲にして、娘を守ったのだ。」

「しかし…」

「あなたは、強い。
 もしあなたが歯向かっていれば、あなたは殺されただろう。
 その結果、あなたの娘はどうなっていた?
 だからあなたは、娘を救ったのだ。
 相応しくない?
 マダム、それは思い込みだ。
 ゆえに。」

右手を胸に添え、左手でスカートをつまみ。


「私はあなたに対し、最大の敬意を示そう。」


「お、おやめください男爵様!」

深々と頭を下げる男爵様に、悲鳴のように声を上げる。

「お顔を、お顔を上げてください!」

「では、あなたを抱きしめれば信用して頂けるか?
 帝国兵を殺し、その家族を悲しみと怒りのどん底に叩き込んだ、この血まみれの手でよければ。
 私はいくらでも抱きしめよう。」

両手を広げて再び笑みを浮かべた男爵様に、いよいよ私は涙が止まらなくなる。

「ありがとうございます…
 今まで、そんなこと言われたこと、ありません…
 でも…私は…
 この王都を離れることは、出来ないのです…」

「それは、その絵が原因?」

テーブルの上に置かれた、私が描いた絵。
おそらく叶うことのない、私が描く夢。

「王都にいれば、いつか…いつか…」

頷く私に、男爵様は。

「貧民街の暮らしも、楽ではないでしょう。
 娘様の身にも、いつか、あなたが味わった屈辱が降りかかるかもしれない。
 それでも夢を追うというのであれば、私はもう何も言いません。」

「申し訳ございません。」

「とはいえ、それでは私の気持ちが収まらないのも、また事実。
 では、こうしましょう。」

涙あふれる私の目を、しっかりと見つめ。

「賭けをしましょう。
 マダム、あなたと私とで。」

「私は、何も差し上げられるものがありません。」


「あなたの体があるじゃない。」


驚く私に、男爵様は。

「私の領地を全く知らずに固辞されるのも、正直気に入りません。
 なので、10日間でいいです。
 もちろん費用の全ては負担しますので、ベガドリアの領館で滞在してください。
 あなたに、心の底から『ここで暮らしたい』と言わせられれば、私の勝ち。
 叶わなければ、そうね…
 お詫びとして10ゴールド進呈するわ。」

「そこまでして頂くのは…」

「遠慮も度を過ぎると失礼よ、マダム。」

その言葉に、慌てて頭を下げる。

「もちろん無理強いはしないけれど、出来れば、10日間だけ時間をください。
 失礼だけれど、貧民街で暮らすあなたに10ゴールド稼ぐ目途はある?」

あるわけない。
10ゴールドもあれば、仮に全く仕事が無くても春まで十分暮らせられる。
極論だけれど、私と娘自身を奴隷商人から買って、市民階級になることすら出来る。

「分かりました。
 では、よろしくお願いします。」

「私は数日内にベガドリアへ戻ります。
 迎えを寄こしますから、娘様と一緒にお越しください。」

男爵様は大きく手を叩く。

「さぁ、もういいでしょうマダム!
 涙を拭いて、娘様を呼んでください。
 侍女に新しい紅茶を用意させるわ。
 あと、このお菓子はあなたと娘様を喜ばせる自信があるわ。
 私が子供の頃からの、大のお気に入りだもの!」

そうして、少女らしい笑顔で。

「これは、賭けとは無関係。
 無理にお連れした本日のお詫びと、あなたと出会えた感謝よ。」
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