どうしてこうなった 第2章もしくは幕間 ~婚約破棄された公爵令嬢の凱旋~

レイちゃん

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北方の地の、とある奇跡

ずっと呼びたかった、その名前は 1

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王都に戻られていたアラスタ様が帰還された翌日。
私はアラスタ様の執務室に呼ばれた。

「入れ。」

ドアをノックし、お声にドアを開ける。

「失礼します。
 第7支援小隊、第3分隊。
 ミュー、キュー、ジェニス参りました。」

「ご苦労。」

机上の書類から目を離し、アラスタ様は直立する私たちを見られる。

「おかえりなさいませ、閣下。
 お土産ありがとうございました。」

「あの焼き菓子は美味かっただろう。
 私のお気に入りだ。」

素朴な外見なのに、口に入れた瞬間に美味しさが広がる。
あんなお菓子は初めてだ。

「ところで、任務中だったか?」

「いえ、待機中です。
 明日からは第3支援小隊の夜間行軍訓練のサポート任務ですが。」

20キロ先の村から領館まで、真夜中に月明かりだけで徒歩で帰還する徹夜の訓練。
水筒1本と少々の携帯食だけで、完全武装の各種装備を担いで。
野盗やオオカミ避けになると周辺の村々からは感謝されるが、歩かされる方はたまらない。
しかも事前予告なく、いきなり迂回させられたり、負傷者役を背負わされたりする。
正直、最も人気が無く、恐れられている訓練の一つだ。

「その顔じゃ、今から訓練が憂鬱らしいな。
 だが、いざという時に役立つのは武器や装具ではなく、経験と仲間だ。
 教練は積んでおけ。」

「それはそうなのですが…」

「よし、じゃあ第7支援小隊の時には野盗に襲撃させよう。
 野盗役は…第5歩兵小隊あたりでいいか?」

「勘弁してください閣下、全員が戦死判定になりますよ。」

ゲッソリする私たちの表情にアラスタ様も苦笑する。

「教練にならんな。
 まぁ安心しろ、そんな野盗が領内にいてたまるか。
 さて…今日呼んだのは、少し話を聞きたくてな。」

アラスタ様が引き出しから書類と取り出して、一瞥いちべつする。

「お前たちからは全員、身上書を提出してもらっているが。
 さりとて私は貴族の世界しか知らん。
 貴族社会は基本的に亜人を蔑視しているから、亜人社会は全く分からん。」

それはそうだろう。
そもそもアラスタ様が例外なのだ。

「以前も話したかと思うが、情報や意思疎通は大切だ。
 だから今日は、書類では分からないお前たちの話を聞きたいと思ってな。」

「私たちの…ですか?」

「例えば、ジェニス。」

アラスタ様に呼ばれ、ジェニスの尾がピンとする。

「お前の家族は、どんな人だったんだ?」

「基本的には身上書に書いた通りなのですが…
 父母と私の3人ですよ。」

ジェニスが語りだす。

「父は飲んだくれで、よく酒を飲んでは母や私を殴りましたね。
 ある日、殴り飛ばされた母が頭の打ちどころが悪くて死んじゃって。
 父は警務官相手にも相当暴れたので、死刑か終身犯罪奴隷になったと思います。
 身寄りのなかった私はアファーム商会に買われて、あちこちで奉公して。
 その後、ここへ来ました。」

「そうか…お前も色々と大変だな。」

「奴隷ですよ?
 閣下、誰しもがそれなりの過去を背負っていますよ。」

そんな過去にもニカッと笑うジェニス。

「でも幸せですよ、ここは。
 心底そう思います。」

「もし仮に、父親が迎えに来たとしてもか。」

「私事での使用は厳禁だと厳命されているのは承知で言いますが。
 目の前に現れたら、アサルトライフルをフルオートで撃ち込むくらいには恨んでいますよ。」

「安心しろ。
 お前が撃つことはない、私が撃つ。」

アラスタ様の言葉にジェニスは少し驚いて、そして丁寧に頭を下げる。

「ありがとうございます。
 だから閣下のこと、好きです。」
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