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北方の地の、とある奇跡
ずっと呼びたかった、その名前は 2
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「ありがとうジェニス。
さて、ミュー。」
アラスタ様が私を見て。
「お前は、どんな家族がいたんだ?」
「私は…父の顔は覚えていません。
ただ母は、母のことは覚えています。」
「そうか。
どんな方だったのだ?」
その言葉に、静かに目を閉じる。
「優しい人でした。
常に優しくて…優しいことしか、覚えていません。
いつもそばにいて、私たちのことを見てくれて。
フワフワの立派な尾で…私はよく、しがみついていました。
頭を撫でてくれました。」
「そうか。
いい母上であったのだな。」
「はい。
残念ながら、私が幼い時にいなくなり、そこから会えていません。」
「踏み込んだ質問になるが…恨んでいるのか?」
私は右に立つジェニスを見て。
ジェニスに「私のことは気にしないでください。」と言われて。
「微塵も、です閣下。
私が母を恨むなんて、ありえません。」
改めて私は胸を張る。
「後から、母の身に色々とあったことは知りました。
私も、まぁ母程ではありませんが…少し…色々とありました。
それでも。
母が私たちを身勝手に捨てて消えたのだとは全く考えられません。」
もう何年も会えていない。
今もどこかで生きていて欲しいと願っているし、もしかしたら既に亡くなっているかもと恐れてもいる。
「私が母にかける言葉は…
私もキューも元気だということ。
顔を覚えていないキューに、しっかりとその顔を見せてあげて欲しいこと。
そして、いつか私が子を産んだなら、あなたのような母になるということ。
そんなところでしょうか。」
「…そうか。
お前が今なお母を愛しているのはよく分かった。」
アラスタ様が立ち上がる。
「私は、王都で何人かを招へいした。
知っての通り、この領地はあまりにも貧しい。
しかし、いつまでも貧しいのでは困る。
だから今すぐには無理だが、将来を見据えて新たな産業を育てる必要がある。
その一つが、芸術だ。」
「芸術ですか?」
あまり縁のない世界だ。
以前に暮らしていた商家では多数の絵画や彫刻が飾られていたが、あくまでも商家の持ち物だ。
奴隷の私にそんなものを買う余裕も、楽しむ余裕も無い。
「絵画とか工芸とか彫刻とか、そういったものだな。
まぁ森林が豊富なので木工製品などには興味が湧くのも当然だろう。
とはいえ産業と呼べるレベルになるには何年もかかるだろうがな。」
壁の方へゆっくりと、部屋を横切るように歩くアラスタ様。
「その中で、一人の女性と出会った。
私は、その女性の描く絵の虜になったよ。
ところが、全くもって残念なことに、彼女は王都を離れたくないと言うんだ。
大昔に別れた人を未だに想っているとな。
だから、私は賭けをした。
彼女に『ベガドリアで暮らしたい』と言わせられれば、私の勝ちなのだが…」
引き戸を開けるアラスタ様。
書類と物品の置き場になっている小部屋には、二人の女性がいた。
床に膝をつき、顔をタオルで覆い、声を殺して泣いているらしく肩を震わせる女性。
その女性の頭には、ヒューフォックスの耳があり。
傍には、不安そうな顔で女性の尾にしがみつく、娘らしい子がいて。
『キューを少し幼くしました』というくらい、私たちにそっくりで。
「賭けは私の勝ちのようだな、マダム。」
アラスタ様の言葉に、その女性は何度も頷き。
「え…あの、閣下…?」
「マダムが王都を離れられなかった理由は、な。
娘様を身籠った時、その相手の両親に無理やり遠方へ売られたらしいのだが。
その時、傍にいた我が子2人と無理やり引き離されたらしい。
後に、やっとの思いで王都へ戻り、苦労しながらも王都で暮らしたのは。
店に近づくと2人を殺すと脅されていたから。
それでも王都にさえいれば、偶然でも一目だけでも、と願っていたから。
そんな奇跡を、ずっとずっと夢見ていたから。」
「嘘…嘘…!」
「お姉ちゃん…!?」
私の様子を見て、妹も、そこにいるのが誰なのか感づいたようだ。
そして、タオルから顔を上げ、涙あふれるその顔で。
「ミュー!キュー!」
そう言われて、我慢できるわけなかった。
「総員、気を付け!」
アラスタ様の言葉に、動き出そうとしていた体が反射的に硬直する。
こんな時でも日々の訓練で叩き込まれた体は無意識で反応するらしい。
「ミューとキューに命ずる!」
アラスタ様は私たちの前へと歩み寄る。
「このお二方は、私が王都より招へいした方々だ。
失礼があってはならない。
ただ、残念ながら私は所用があって、この部屋には数時間ほど戻れない。
従って両名は、こちらの方々を丁重におもてなしせよ。
なお娘様のお名前は、ニューと申されるそうだ。
マダムのお名前は…」
そう言ってアラスタ様は、少し意地悪そうな笑顔で、下から私の顔を覗き込み。
「あぁ、すまん。
お前たちは既に知っているのだったな。」
あまりにも反則だった。
こらえきれず涙があふれ出す。
横を見ると妹が嗚咽していて。
その向こうで、両手で口を抑え泣きながら何度も何度も頷いていて。
「では、後のことは任せる。」
ジェニスを促し、アラスタ様はドアを開け、廊下へ出る直前に一言。
「元気だと伝えたいのだったな?
では存分に伝えるといいぞ。」
さて、ミュー。」
アラスタ様が私を見て。
「お前は、どんな家族がいたんだ?」
「私は…父の顔は覚えていません。
ただ母は、母のことは覚えています。」
「そうか。
どんな方だったのだ?」
その言葉に、静かに目を閉じる。
「優しい人でした。
常に優しくて…優しいことしか、覚えていません。
いつもそばにいて、私たちのことを見てくれて。
フワフワの立派な尾で…私はよく、しがみついていました。
頭を撫でてくれました。」
「そうか。
いい母上であったのだな。」
「はい。
残念ながら、私が幼い時にいなくなり、そこから会えていません。」
「踏み込んだ質問になるが…恨んでいるのか?」
私は右に立つジェニスを見て。
ジェニスに「私のことは気にしないでください。」と言われて。
「微塵も、です閣下。
私が母を恨むなんて、ありえません。」
改めて私は胸を張る。
「後から、母の身に色々とあったことは知りました。
私も、まぁ母程ではありませんが…少し…色々とありました。
それでも。
母が私たちを身勝手に捨てて消えたのだとは全く考えられません。」
もう何年も会えていない。
今もどこかで生きていて欲しいと願っているし、もしかしたら既に亡くなっているかもと恐れてもいる。
「私が母にかける言葉は…
私もキューも元気だということ。
顔を覚えていないキューに、しっかりとその顔を見せてあげて欲しいこと。
そして、いつか私が子を産んだなら、あなたのような母になるということ。
そんなところでしょうか。」
「…そうか。
お前が今なお母を愛しているのはよく分かった。」
アラスタ様が立ち上がる。
「私は、王都で何人かを招へいした。
知っての通り、この領地はあまりにも貧しい。
しかし、いつまでも貧しいのでは困る。
だから今すぐには無理だが、将来を見据えて新たな産業を育てる必要がある。
その一つが、芸術だ。」
「芸術ですか?」
あまり縁のない世界だ。
以前に暮らしていた商家では多数の絵画や彫刻が飾られていたが、あくまでも商家の持ち物だ。
奴隷の私にそんなものを買う余裕も、楽しむ余裕も無い。
「絵画とか工芸とか彫刻とか、そういったものだな。
まぁ森林が豊富なので木工製品などには興味が湧くのも当然だろう。
とはいえ産業と呼べるレベルになるには何年もかかるだろうがな。」
壁の方へゆっくりと、部屋を横切るように歩くアラスタ様。
「その中で、一人の女性と出会った。
私は、その女性の描く絵の虜になったよ。
ところが、全くもって残念なことに、彼女は王都を離れたくないと言うんだ。
大昔に別れた人を未だに想っているとな。
だから、私は賭けをした。
彼女に『ベガドリアで暮らしたい』と言わせられれば、私の勝ちなのだが…」
引き戸を開けるアラスタ様。
書類と物品の置き場になっている小部屋には、二人の女性がいた。
床に膝をつき、顔をタオルで覆い、声を殺して泣いているらしく肩を震わせる女性。
その女性の頭には、ヒューフォックスの耳があり。
傍には、不安そうな顔で女性の尾にしがみつく、娘らしい子がいて。
『キューを少し幼くしました』というくらい、私たちにそっくりで。
「賭けは私の勝ちのようだな、マダム。」
アラスタ様の言葉に、その女性は何度も頷き。
「え…あの、閣下…?」
「マダムが王都を離れられなかった理由は、な。
娘様を身籠った時、その相手の両親に無理やり遠方へ売られたらしいのだが。
その時、傍にいた我が子2人と無理やり引き離されたらしい。
後に、やっとの思いで王都へ戻り、苦労しながらも王都で暮らしたのは。
店に近づくと2人を殺すと脅されていたから。
それでも王都にさえいれば、偶然でも一目だけでも、と願っていたから。
そんな奇跡を、ずっとずっと夢見ていたから。」
「嘘…嘘…!」
「お姉ちゃん…!?」
私の様子を見て、妹も、そこにいるのが誰なのか感づいたようだ。
そして、タオルから顔を上げ、涙あふれるその顔で。
「ミュー!キュー!」
そう言われて、我慢できるわけなかった。
「総員、気を付け!」
アラスタ様の言葉に、動き出そうとしていた体が反射的に硬直する。
こんな時でも日々の訓練で叩き込まれた体は無意識で反応するらしい。
「ミューとキューに命ずる!」
アラスタ様は私たちの前へと歩み寄る。
「このお二方は、私が王都より招へいした方々だ。
失礼があってはならない。
ただ、残念ながら私は所用があって、この部屋には数時間ほど戻れない。
従って両名は、こちらの方々を丁重におもてなしせよ。
なお娘様のお名前は、ニューと申されるそうだ。
マダムのお名前は…」
そう言ってアラスタ様は、少し意地悪そうな笑顔で、下から私の顔を覗き込み。
「あぁ、すまん。
お前たちは既に知っているのだったな。」
あまりにも反則だった。
こらえきれず涙があふれ出す。
横を見ると妹が嗚咽していて。
その向こうで、両手で口を抑え泣きながら何度も何度も頷いていて。
「では、後のことは任せる。」
ジェニスを促し、アラスタ様はドアを開け、廊下へ出る直前に一言。
「元気だと伝えたいのだったな?
では存分に伝えるといいぞ。」
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追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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