メクレロ!

ふしかのとう

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第三章 血

第1話

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 人が何か新しいことを始めようとする時に春を選ぶのは、草木の逞しく萌える様が俺達を勇気付け、何か良いことがありそうな気持ちにさせるからだ。


 …だから俺は、勇気を持って、隣に座る博士に話し掛ける。


 「あの…。」

 「今本を読んでるので。」


 誰だよ、良いことがありそうとか言ったの。外はこんなにも夕陽が綺麗で、広大な緑の絨毯を染める様は大らかで、些細なことはどうでも良いと思わせられるのに、博士は機嫌を治さない。

 …まぁ俺が悪いのだが。

 発端は朝。手紙での打ち合わせ通りに引越し用の馬車に俺の家で荷物を積んだ後に博士の家に行ったところ、大好きないつものポニーテールではなく、三つ編みにした長い2つの房を頭の後ろで留めた髪型の博士が居た。輪っかになってて、可愛いことこの上無い。

 これは恐らく、俺のことが好きだから俺好みのポニーテールにしてるのでは?という先日の指摘に対する博士なりの抵抗なのだろう。

 「おはようございます。その髪型も凄く可愛いですね、大好きです。もしかして博士は…。」

 「おはよ。そして違います。」

 「まだ何も言ってないんですけど。」

 「俺好みのポニーテールにしてた訳じゃないことを証明する為に違う髪型にしようと思ったけど折角だから可愛いって言ってくれそうな髪型にしようって思いました?って言おうとしたんでしょ?違います。」

 俺のこと意識し過ぎだろ。

 「深読みし過ぎでしょう。そんなこと考えてたんですか?もう博士ったら可愛いんだから。」

 「ち・が・い・ま・す!…早く始めましょ。お昼の便に間に合わなくなるわ。もう荷造りは終わってるから運ぶだけだけど。」

 「手伝いますね…思ったより荷物が少ないですね。」

 「こっちに来た時になるべく買う物減らしたかったから色々揃ってる家にしたの。食器は置いてって良いみたいだし。だから衣類と小物と本位なのよ。」

 「なるほど。それじゃ博士は…。」

 「待って。さっきから言おうと思ってたんだけど、私はもう辞めたから博士じゃないわ。」

 「でも慣れちゃったし。」

 「でも知らない人が聞いたら勘違いしちゃうでしょ?」

 「それじゃ…ミコーディア。」

 「!」

 驚いた顔をしたあと、赤くなった。

 「そ、それはちょっと、仲が良さそう過ぎると言うか、恋人みたい過ぎると言うか…良くないです。」

 「えー?どうせもうじきですよ?慣れておきましょうよ。」

 「もうじきじゃありません。慣れる必要も無いので。」

 むぅ…。

 「でもミコちゃんだと普通過ぎません?皆そう呼んでるし。」

 「普通で良いじゃない。」

 「でもなんか特別感が欲しいなと。」

 「特別感は要りません。ミコちゃんでこれから永久にどうぞ。」

 永久ですって…。

 「じゃあ、ミコたんで。」

 「!」

 「ほらミコたん、早く運ばないと終わりませんよ?…ん?」

 「ミコたんはちっぱいミコたんはちっぱいミコたんはちっぱい…。」

 …やっちまったのはこちら、というか元々はあのクソジジイのせいだけど、そんなに気にすることないのに。ちっぱいだろうがなんだろうが博士のことを好きなことには違いないのに。そうだ、俺は博士が好きなんだ。

 しかし、どう伝えれば良いのか?

 ちっぱいでも好きですよ?だと、タキトルトお前もか!?になって良くない。大きいですよ?だと嘘を吐いてしまうし、馬鹿にしてると思われる可能性もある。必要充分ですよ?だとちょっと生々しい…そうだ!確か…。

 
 「博士、博士。」

 「ミコたんはちっ…何?」

 「俺は博士が好きです。恋人になってくれませんか?」

 「…その話はこないだ…。」

 「最後まで聞いて下さい。俺と恋人になって、大人な関係になれば良いんです。」

 「大人…って、ききき、急に何言うのよ!?」

 「いや、恋人が揉めば大きくなるらしいですよ?」

 ばちーん。




 ・・・・・。




 「あの、さっきはすみませんでした。」

 「…何がですか?どすけべ変態肉食獣さん?」

 「いやさっきのは別に、博士のが小さいとか言うつもりは全然無くてですね…。」

 「それ以外に何か?」

 「いや、何かって言われると困りますけど、そもそも気にする必要あります?」

 「…いつも皆が、何年経ってもそこも変わらないよねって馬鹿にするんだもん…。」

 「皆博士が好きなんですよ。変わらなくて嬉しいって。でもほら、人間だと体型変わっちゃったりしますでしょ?羨ましいから軽く嫌味のひとつも言いたくなっちゃうんですって。」

 「……。」

 「俺はそういうの関係無く博士を好きですし、折角の長旅だから楽しく行けたらなって思うんですけど。」

 「…悪かったわよ。」

 「解ってくれましたか。」

 「…まぁその、意地張って面倒臭い女になってたわね。ごめんなさい。あと…ホントは私も折角なのに、って思ってたから、その、アリガト。」

 「お礼ならほっぺにチューがお勧めです。」

 「ふふっ、それは気が進みませんので。」

 「それは残念…ところで予約の手紙は送ったんですよね?」

 「ええ。届いてる筈よ。」


 シンの実家の宿兼レストランであるオズの家に泊まろうってことで俺がシンに近況報告がてら予約しようと思ったんだけど博士が、あなたに任せてダブルにされると困るから私が予約しますとか全然信用が無かったので任せた。


 「でも、オズの家はマキちゃんが居るんですよ?例え俺がダブルなんて予約取っても却下されそうですけど。」

 「…シン君が居るじゃない。」

 「いや、例え俺がそういうことしようとしても、あいつは乗らないと思うんですよね。」

 博士を尊重してるというかなんというか、そしてそれが結果として俺の為になるみたいなことを言ってたし。

 「…タキ君あなた、シン君に私が結婚してないこと言ってないの?」

 「え?いや、まだ手紙書いてないから辞めたことすら伝えてないですからね。でも前からあいつも疑ってたというか、博士が実は結婚してないんじゃないかって話はしてましたけど。」

 「…タキ君が言ってないなら良いんだけど。」

 「…何か隠してます?」

 「…何かとは?」

 冷静っぽく装いながら目が泳ぎまくってる博士。

 誤魔化すつもりならこちらにも考えがある。

 「…なるほどね。そういうことだったか。」

 「…え?まさかシン君から何か…。」

 「え?シンと何かあったんですか?」

 「え?な、何も?何も無いわよ?」

 「ふぅん…じゃあ俺も何も無いかな?」

 にやにや。

 「な、何よ?そんな顔してたら何かある、って思うでしょうが。」

 「博士は何も無いんですよね?それなら俺も、何も無いかな?」

 ホントに何も無いけど、にやにや。

 「……違うから。」

 「え?何がです?」

 「その、私がちょっと、これ以上嘘を吐くのは悪いなと思っただけだから。だからシン君には私から、そうね、嘘を吐いてた私が悪いんだから私の方から謝って本当のことを言うのが筋ってものだわ。」

 別にそんなの、俺の予想当たってたよって言えば良いのに。元々シンはマキちゃんが学校に来た時以外直接会ってないし、博士が結婚してるかどうかなんてシンにとっては、変な話どうでも良いから博士が謝るほどの…待てよ?

 「俺から言いますよ。元々は俺があいつに、博士は結婚してるって言ったんだし。任せて下さい。」

 「だ、ダメダメ!約束が、いや、何でも無いけど、良いの!いーのいーの!私が言うから!」

 約束?シンとの約束…そうか!前にシンが、博士が結婚してないって言う時は博士は落ちてるって言ってたけど、それ絡みで何か言ってあるんだな?

 「なら任せますね。」

 「ほっ…任されます…。」

 …博士の目の前でシンに言ってやろ。

 



 ・・・・・。




 「…で、博士は俺とダブルベッドで寝たかった、と。どっちがどすけべ変態肉食獣なんですかねぇ?俺は勿論構いませんが。」

 「ち、違います!私はちゃんとシングル2部屋で予約って書きました!」


 夕方にフリジールに着いてオズの家に行くと、夕食時の混雑でシンは見えないしマキちゃんも忙しそうなので、とりあえずリズィちゃんに声を掛けた。

 ーーあ、いらっしゃいまタキさん!…と、ミコーディア・ミックさんですか?いらっしゃいませ!宿泊のご予約ありがとうございます!お話は伺ってますから、すぐに案内しますね!…はい、え、えっとこちらですごごごごゆっくり…え?ダブルでのご予約で受け付けてますけど?……。


 「でも、ダブルでの予約って…。」

 「違うの!何かの間違いよ!流石にまだ早い…違うから!」

 「…まぁ良いですけど。あとでご飯の時に他の部屋空いてるか聞いてみましょう。」

 「ええ…でもおかしいわ?ホントに私は2部屋って書いたのに…まさかシン君が勝手に?」

 「いや、シンは絶対違いますよ。」

 「でもマキちゃんがこんなこと…。」

 「…いや…これマキちゃんだ。」

 「え?でもあの子がタキ君と私を同じ部屋になんてするかしら?」

 「それですよ。きっと、あら間違えちゃったとか言います。そして、博士が困るから2部屋にしてって言うけど、恐らく空きは無いから満室です。」

 「でもそれだとここに泊まるしか無いじゃない。」

 「いや、そこできっとマキちゃんは、仕方ないから博士がここに泊まってタッ君は私の部屋に…いや違うな。そんなこと言っても俺が断るのは解ってるだろうから多分、シンの部屋かどっかで寝ろって言うんだ。そして、俺の寝込みを襲う。」

 「…やられたわね。」

 「やられるのは俺だし、やられてませんけど。」

 「そ、そういうことじゃなくて…でもそれだとタキ君が魔法使いになれなくなっちゃう…。」

 「いや別になりたくないですけど。」

 「じゃあマキちゃんとするって言うの!?」

 「しませんよ。俺は生涯ひとりと決めてますから…誰だと思います?」

 「…し、知らない。」

 「…まぁ良いや。とにかく、そんな訳で俺はマキちゃんとはしません。」

 「じゃあ、どうするの?」

 「……どうしましょう?」

 「どうしましょうって言っても…。」

 マキちゃんのことだ。逃げられないようにと色々考えてる気がする。マキちゃんの好意は有り難いが、行為は有り難くない。俺は博士以外は考えられないし…。

 「…仕方ない、諦めましょ。」

 「え?博士は俺の童貞がどうでも良いって言うんですか!?」

 「違うわよ!ここにふたりで泊まりましょってこと。」

 「え?博士が俺の童貞を?」

 「違います!今日は今更動けないから明日からのことはまた考えるとして、とりあえず今晩はここで私がソファででも寝るわ。」

 「いや、それなら俺がソファで寝ますけど…良いんですか?」

 「良いも悪いも、しょうがないじゃない。それに予約取ったのは私だし、それに…とにかく良いの。」

 「ありがとうございます。博士、好きです。」

 「…ちょ、ちょっと!こんな所でそういうこと、言わないでくれる?」

 「今が攻め時ってことですか?」

 「違います!その、変な空気になっちゃうでしょ!?」

 「まぁなったらなったで仕方ないですよ。」

 「仕方なくないの!…ホントに大丈夫かしらね?」


 コンコン。

 ーーあ、あの、ししし失礼します、今大丈夫ですか?ほっ、タキさん、と、ミック博士?席の用意が出来ましたので一階へどうぞ……。

 
 作法を気にする程肩肘張らなきゃいけない訳ではないけど、御馳走と呼べる程に豪華な料理は素晴らしいもので、噂のローストなどはロクラーンでシンが作ってくれたのより確かに美味かった。こんなとこに居たら太るわ。



 「いらっしゃいませ。お料理の方はお口に合いましたか?」




 その声に振り返ると…。



 本物のどすけべ変態肉食獣が居た。
 
 
 
 

 
 
 
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