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第六章 ルタド
第3話
しおりを挟む「人払いを。」
ーーはっ!
「良く来てくれたなトルト君。して、そちらはどなたじゃ?」
「はい、僕の恋人のミコーディア・ミックです。」
「初めまして、ミコーディア・ミックと申します。エルフです。本日お伺いしましたのは、フリジール城の魔法研究所に勤めさせて頂きたく…。」
「うむ宜しい、採用!では、所内受付で必要書類に記入の上、提出し…。」
はやっ。
「あの、王様?面接や審査は?一応、これまで私が研究してきた魔法についての論文もまとめてきましたが…。」
「面接は今したじゃろ?審査もした。合格じゃ。論文の方は一応受け取っておこう。」
「その…良いんですか?」
「トルト君の恋人でトルト君の紹介。それに君は恐らく、リリーディアさんのお子さんじゃろ?」
「いえ、私は孫ですけど…リリーディアをご存知なんですか?」
「知ってるも何も、子供の頃に家庭教師をして貰ったことがある。」
リリーディアさんの知られざる過去!まぁ、俺が知らないだけだけど。ミコもか。
「そうだったんですね。知らなかったです。」
「知らなくて当然じゃ。王となる者の家庭教師には皆口止めをしておるからな。近親者でも、知られると良くないことが起こることもあるでな。」
王子の家庭教師ともなると、おかしなことに利用される可能性もあるしな。
「あと、リリーディアさんを口説いて振られたこともある。」
「そ、そうだったんですか…。」
なんて言えば良いのか…ミコなんかどんな顔して良いのかも解らんよな。
「妾にと思ったんじゃが、独身とはいえ子供がまだ小さいからと言ってな。その子が君かと思ったんじゃが…孫だったとはの。」
あれ?王様の小さい頃なら、リアンさんはとっくに大人だよな?
「…ん?すると、リリーディアさんはわしに嘘を?」
何年前の話か知らんけど、王様は今気付いたらしい。
「…大変申し上げ難いのですが、その頃父は既に結婚していたかと…祖母が嘘を吐いたことを心からお詫び申し…。」
「はっはっはっ!いや、構わんよ!実にリリーディアさんらしいお茶目な逃げ方じゃったな!」
リリーディアさんは昔からお茶目。
「ま、そんな訳で、リリーディアさんの孫となれば優秀な研究者だろうということで採用じゃ。更にトルト君からの紹介じゃからな。」
リリーディアさんは兎も角、俺?
「王様?有り難い話だと思いますし、ただ純粋な疑問なんですが、そんな事で決めても良いのですか?」
「知り合いや世話になった人の縁ある者を選ぶのは、悩む時間を省くことが出来る。縁ある者だろうがそうでなかろうが、どうせ1度会っただけでその者を理解することは出来んからの。」
「はぁ…。」
「それに、そういう理由があれば例えば君も、トルト君やリリーディアさんの為に頑張ろうという気になるじゃろ?」
「それは…そうですね。」
「その分頑張ってくれれば良い。ただ、そういった理由で採用した者の中には努力しない、又は才能の無い者も居ないでも無い。それどころか以前、城に出入り出来ることを利用して悪い事をする者もおった。」
「その人はどうなったんですか?」
気になって聞いてみた。
「一家丸ごと処刑した。」
「えぇ?それは流石に…。」
「厳しい、かね?しかし、そうした方がお互いすっきりせんかの?悪さを働いた者のみを処刑するのと違って、その一家は悪さを働いたものの親族だと思われてずっと嫌な目で見られる事も無いし、親族を殺された恨みを持って暗い感情を持ち続けて生きることも無い。わしは、悪さを働いたものだけでなく、その親や紹介した者にも責任があるのかどうか考える必要も無い。合理的な判断だと思うがね。」
合理的、か…。
「確かに個人個人を見れば、可哀想だとか残酷だという風に思うだろう。しかし、わしは王じゃ。王とは個人では無い。国そのものじゃ。わし自身はあと20年生きるかどうかじゃが、フリジール王はその後も存在する。妙な禍根を残すことは無い。そこに個人の感情など入る余地は無いんじゃ。」
王様は個人では無い。それは、感情を殺して王として、国として生きるということなんだ。だけど…。
「それは、寂しくなりませんか?」
「寂しい、か…確かに寂しく思うこともある。じゃがね?わしは知ってるんじゃ、どうすれば良いかをね。そういう時はいつも行くんじゃよ。」
どこへ?と聞かずとも王様の顔を見れば分かる。
「王妃のところへ、な。」
ほらね。
「…じゃから、トルト君の…ミコーディア君はトルト君の魔法については知ってるのかな?」
「えっ?ええ、まぁ…。」
「…わしの薬のことも?」
「…ええまぁ…。」
「そうか。それなら良かろう。そんな訳じゃから、トルト君の薬には大変お世話になっておる。そうじゃ、思いの外減りが早くてな。来月位にまた持ってきてくれい。」
「来月で宜しいのですか?」
「ああ。アレも喜ぶ。頼んだぞ。」
む?丁度良いな。お土産渡そう。
「はい。ところで、今日は王様に渡す物がございまして…こちらです。」
王様に小瓶を渡す。前の薬と間違えない様に、王妃様と書いた札を下げている。
「ありがとう…また薬か?む?王妃?」
「えぇ。王妃様に、とお作りしました。」
「しかし、アレは女…。」
「効果が違いますので。それを女性が飲むと、ちょんと触られただけで気持ち良くなる薬です。」
「なんじゃと!?それに近いものは昔、女の捕虜に使って敵国の情報を手に入れてたという話は聞いた事があったが…。」
ホントにあったんか。
「なるほどな。しかし本当かどうか試そうにも…。」
王様はちらっとミコを見た。そして俺を見た。俺は首を振った。
「…やっぱりそうかそうじゃなそうじゃよな…よし!」
ちりんちりーん。
「メイド長を呼べ!…飲むのはどのくらいじゃ?」
「小匙1杯程度で充分かと。」
オイちゃんの犠牲は無駄にはしない。
「なるほど。あっちと同じくらいじゃな。お?」
メイド長さんが来た。オズの家のおかみさんと同い年くらいだろうか?恰幅の良いおば、お姉さまである。
ーーはいはい何ですか王様、私も忙しいのはご存知でしょう?それも大体は王様のせいなんですからね、王妃様と仲が宜しいのは結構ですけど、洗濯する身にもなって下さいな、倍ですよ倍、それにもう少しお部屋の方もご自分でお片付けになって下さいよ、脱いだら脱ぎっ放し、読んだら読みっ放し、遊んだら遊びっ放し、まったく、おいくつになられたら…。
「煩いなぁ、解った。解ったからとりあえずこれを飲め。」
ーーはぁ?また新しい遊びですか?まったく…んっ、ただの水じゃないですか、良い加減にして下さいよ、っと、あら?あんっ!えぇっ!?王様ちょっとあんっ!やだ、あぁっ!どういうおつもり、あっ、いや、あああっ!…はぁはぁ、王様?この責任は取って頂きますからね?今晩は久しぶりにお情けを頂戴しに参ります……。
「…どうしてくれる?小煩いメイド長がオンナになったぞ?」
「王様がつんつんなさるからですよ?」
「今晩来るって…。」
「嫌なんですか?」
「嫌では無いが…。」
「何かあるんですか?」
「アレが待っとる。」
「…そうですか。」
「誰か替わりにメイド長と…。」
王様はちらっと俺を見た。そしてミコを見た。ミコは首を振った。
「やっぱりそうかそうじゃなそうじゃよな…解った。トルト君。」
また一緒に?
「はい。」
「一緒にアレに謝ってくれるか?」
「いよいよ僕も怒られるんじゃないでしょうか?」
「…どうしても駄目か?」
「いやそこまでじゃないですけど、また怒られても知りませんよ?」
「大丈夫じゃ。一緒にミ…。」
「私は書類を出しに行って参ります。タキ君?終わったら手紙飛ばして?」
ミコは素早く逃げ出した。
「わしのサインが無いと受理されんが?」
しかし、回り込まれてしまった。
「そ、そんな…。」
「3人なら数で勝てるじゃろ。わしが今晩無理です、って言うから、トルト君は私のせいですって言う。そしてミコーディア君が私はトルト君の恋人ですって言うんじゃよ?」
「それ、私の意味あります?」
「大いにあるとも!アレも女じゃ。若い男女の恋話は大好物じゃ。仲は悪くないのじゃろ?」
「ええまぁ…。」
「最近の若者がどんな恋を楽しんでいるのか、それを聞けばアレの機嫌も悪くならないだろうという策じゃ。良いな?」
「まぁ、良いですけど…。」
「また怒られますからね。」
「大丈夫大丈夫。3度目の正直じゃ。」
・・・。
2度あることは3度ある、こともなかった。王妃様は俺の顔を見ると終始にこやかで、今晩はメイド長が来ると王様が言っても、偶にはあの子も可愛がってあげて下さいなとご機嫌だった。ミコを紹介すると、いつでも良いからお茶を飲みに来るようにという温かい命令とお菓子をくれた。王様がお土産の薬を飲ませたらお付きの人達が居なくなった。そして、最後に王様が書類のサインと、薬はやっぱり再来週にしてくれという言葉をくれた。
「…なんだか色々凄かったわね。」
そして、ミコの手続きをしに魔法研究所に向かってる。城は迷路のようで、案内板の地図だと近いのに、ぐるっと遠回りさせられる。
「今までは王様はいつも怒られてたんだけどな。」
「でも、いつもさっきみたいにお菓子頂いてたんでしょ?」
「うん。そういえば言ってなかったけど、こないだは王妃様から指輪も貰ったんだよ。」
「指輪?」
「うん。指から抜いて、お礼だって。ミコにあげるね。」
「えぇっ!?でもそれ、タキ君が頂いたものでしょ?」
「俺のものは全部ミコに捧げるって言ったでしょ?」
「…あの時のこと?」
「そう。お礼はちゃんとしないとね。」
「…ふふっ、それなら、今日はありがとね。だから私も、お礼しなきゃね?」
「それじゃ、帰ったらほっぺにちゅうして貰おうかな?」
「あら?随分無欲なのね。」
「そうかな?俺以外は絶対に貰えない大切なものだと思ってたけど?」
「それもそっか…うん!それじゃ、精一杯心を込めさせて頂きます!んふふっ。」
ーーミコ?
ミコを呼ぶ声に振り返ると…ルタさんが居た。
「こんにちは。」
「……。」
「こんなところで会うとは奇遇だね。城に何か用?」
「今日はミコが…。」
「いや、ミコに聞いて…。」
「ルタ?あんたに話す事は無いわ。100年か200年か、もっと先かも解らないけど、こっちから挨拶するまで私に声掛けないで。」
「ミコ?流石にそれは…。」
「この前の事を気にしてるなら謝る。」
「その必要は無いわ。あんたが本当に謝るべきなのは誰なのか、そんなことも解らないなんて本当にがっかり。とにかく、もう2度と私に話し掛けないで。タキ君、行こ?」
ミコが俺の手を引いてその場を離れようとする。でもこのままじゃあんまりだ…。
「待って?」
「待たない。」
「待ってったら…ルタさん、なんかすみません。今日は虫の居所が悪いようで…。」
「…どうやった?」
「え?」
「どうやってミコを騙した?」
「あ、あんた、良い加減に…。」
「俺は騙してなんか…。」
「嘘を吐くな!お前みたいなまぞぶっ!」
ルタさんが吹っ飛んだ。本当に吹っ飛んだ。殴ったのは…メラマさん?
「お前、格好悪過ぎだろ…いったたた、医者の癖に怪我させやがって、このクソが!」
「メラマ!大丈夫?」
吹っ飛んだルタさんより殴ったメラマさんの方が痛がってる。
「まぁ大丈夫だけど…それより衛兵に見付かると怒られるから、2人は早く行きな。ミコは研究所に行くんだろ?俺の部屋があるからそこで待っててくれよ。」
「あの、ルタさんは…。」
「こいつは…まぁ俺に任せてくれ。」
「……。」
ルタさんは無言だけど、気絶はしてない。
「メラマ?こいつをぶん殴ってくれてありがとう。私はこいつを絶対に許さないわ。もしあんたがまだこいつを何とかしようとするつもりなら、それは自由だけど、その時はもうお終いね。」
「おーこわ。ま、解ってるさ。それじゃまた後でな。」
「うん。それじゃ、私達は行こ?」
「うん…それじゃメラマさん、また後で。」
ーーおいそこ!なんだメラマか、ルタド先生?喧嘩?どーも喧嘩です、こいつ幼馴染みなんだけど、ちょっと熱くなっちゃってね、ふぅん、お前喧嘩出来るんだな、お前も殴ってやろうか?ぷふっ、出来るもんならな、魔法というやつは時として非常に便利な、ちょっ!魔法は駄目でしょ!まぁ良いや、城で揉めるなやるなら外でやれ、すまん、ほらルタ早く立て……。
メラマさんがルタさんを連れて行った。衛兵さんは2人を見送ってから人だかりを散らしていた。
・・・。
ミコはすたすた歩いている。手を取られているので、俺はなんとなく引っ張られてるようだ。でも、ミコの手をきゅっと握ると返してくるので、大丈夫。
城の付属棟、フリジール魔法研究所の入り口横の受付でミコは王様のサインを見せ、必要書類に記入して提出すると、研究員手引きと書いてある本とミコーディア・ミック博士と書いた名札を受け取った。博士、久しぶり!
そして受付の人にメラマさんと待ち合わせてることを伝えると、メラマさんの研究室を案内してくれた。ミコの研究室もすぐ用意されるらしい。また窓際に花を置いたら良いよな。次はまた違う花にしようかね、ふふっ。
…と、ここまで会話無し。
受付の人が出て行ったところで、俺達は取り敢えずソファに並んで座った。ミコは全然こっち向いてくれない。
「ミコ?」
「…何よ?」
「人と話す時は目を見て話すんですよ。」
「無理。顔見たら抱き付いちゃうかも知れないし、キスしちゃうかも知れないし…泣いちゃうかもしれない。」
「それじゃあさ、抱き締めるから、泣いちゃったらキスするってのはどう?」
がばっ!ぎゅう。
「ううっ、ううっ…。」
抱き付いちゃったミコが嗚咽を漏らしている。そして顔を上げたミコはその青い目に、怒りとか悔しさとか悲しさとか呆れとかの様々な感情をごちゃ混ぜにして絞り出したような涙をたっぷりと浮かべていた。よし、泣いて良いぞ?
「ううっうわぁぁんんんっちゅ、ううっんっちゅ、ううっちゅ、ちゅ、ちゅ、んふ、ちゅ…。」
…泣き止むの意外と早い。
でも、ミコがこんなに甘えてくるなら、偶にルタさんに遭遇するのも悪くないと思ってしまった。
ガチャ。
ばっ!
「ほい、お待たせ。ミコの研究室は扉の厚い部屋の方が良いな。」
…やり過ぎちゃいましたかね?
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