きみに××××したい

まつも☆きらら

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第10話

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「あれ?」

彼を見かけたのは、近所のコンビニに寄った時だった。
雑誌コーナーで真剣に雑誌を読んでるその横顔が、あまりにもきれいで一瞬見惚れてしまった。
つい見すぎてしまったせいか、彼は俺の視線に気づいたようにパッと俺の方を向いた。

「あ・・・・桜木、さん?」
「今晩は、美作・・・先生ですよね?」

俺の言葉に、美作さんはその端正な顔をくしゃっとさせて笑った。

「ふは、先生なんて呼ばないでくださいよ」
「ふふ、優斗さんがそう呼んでたから、つい・・・。あ、それもしかして優斗さんの―――」

彼が手にしていたのは、優斗さんが表紙を飾っている雑誌で―――

「あ・・・・・」

途端に、美作さんの頬が赤く染まった。
―――あらら・・・この人、正直だなぁ・・・・。なんか、可愛い・・・・。

「あの、こないだすいません、ろくに挨拶もしないで・・・」
「へ?あー、いやいや、全然気にしないでください。大体、優斗さんとはいつもあんな感じなんで」
「そうなんですか?優斗もそう言ってたけど・・・家に行ったこともないって」
「ないですねえ。電話番号とアドレスは知ってるけど、お互いの家なんて知らないですもん」
「へぇ・・・・そんなものですか?でも仲いいんですよね?」
「まぁ―――」

『ねぇ、あれ桜木亨じゃない?』

その時、店の奥から聞こえた声に、はっと我に帰る。
―――やべ、ここコンビニだった。


「―――出ましょう」
「え・・・・・」

美作さんは手に持っていた雑誌を元の場所へ戻すと、俺の肩をそっと押し、自分が後ろになって一緒にコンビニを出た。

「すいません、あんなところで立ち話しちゃって・・・」
「いや、そんな・・・・あの、雑誌、買わなくてよかったんですか?」
「え?ああ・・・・雑誌くらいなら、いつでも買えますから」

そう言ってふわりと笑う。
わりときつそうに見えるのに、笑うと雰囲気が柔らかくなるんだな・・・・。

なんとなく、興味が湧いてきた。
あの、他人に興味のない優斗さんが好きになった人はどんな人なんだろうと・・・・。

「あの・・・・よかったら、ごはんでも一緒にどうですか?」
「え?」

美作さんが目を瞬かせる。

「僕、これからどっかで飯食おうと思ってたんですけど、1人じゃ味気ないし・・・・付き合ってくれませんか?」

俺の言葉にその大きな瞳をぱちくりとさせ、首を傾げるその仕草は妙にかわいらしい。

「あー、すいません、用事とかあるんでしたら別に―――」
「あ、いえ!」

美作さんは慌てて首を振った。

「用事なんてないです。僕も今日は1人なんで、ぜひ一緒に」

そう言ってにっこりと微笑んだ美作さんに、一瞬めまいを感じてしまったのは、優斗さんには内緒だ・・・・・。




「俺、亨がぁ、優斗と付き合ってたのかと思ったぁ」
「ははは・・・・すごい発想だね、凜くん」

2人で近くの居酒屋へ入って1時間。
すっかりできあがった凜くんを前に、俺は頬杖をつきその無邪気な笑顔を眺めていた。
いつの間にか凜くんは俺を亨と呼び、俺は凜くんと呼ぶように。
『優斗が亨って言ってた』そう嬉しそうに言って、俺のことも名前で呼ぶように言った凜くん。さすがに『凜』なんて呼び捨てにはできないから、『凜くん』。
ほぼ初対面なのに、同い年だからなのか酔っぱらって饒舌になった凜くんのせいなのか、俺たちはまるで親友同士のように語り合っていた。

「だってさぁ、優斗、亨に対して遠慮ないし、超仲いいじゃん」
「まあ、あの人とは性格的に似てるとこがあるんで・・・・でも、そういう対象では絶対ないから安心してよ」
「そっか・・・・んふふ」

そう言って嬉しそうに笑い、目の前のグラスに口をつける。
ほてった頬と赤い唇が、白い肌に映えて何とも言えない艶を感じる。
ルックスもスタイルも、モデル並みに綺麗だけれど決して女っぽいと言うんじゃない。
それでも彼を見ていると、男友達には感じたことのないときめきを感じている自分がいて、不思議な気持ちになる。

「・・・・大樹さんとは、連絡取り合ってるの?」

それとなく大樹さんの名前を出してみると、凜くんの瞳が一瞬揺れたように見えた。

「うん・・・・こないだ、電話で話したよ」
「優斗さんと付き合ってるって話したんだ?」
「・・・・知ってるんだ?」

凜くんがふっと微かに笑った。

「こないだ、たまたま3人でお茶して。その時に聞いたんだよ」
「じゃあ、大樹くんが俺たちのこと反対してるのも、聞いた?」
「なんとなくだけどね。でも、大樹さんは凜くんのこと心配して―――」
「俺と付き合ってるってばれたら、優斗は・・・・どうなる?」

長い睫毛が白い頬に影を作る。
その向こうの大きな瞳はゆらゆらと揺れていた。

「俳優の仕事が、出来なくなる・・・・?契約を切られたり、する?俳優をやってる優斗が好きなのに・・・・俺が、それをさせなくするの?」
「凜くん、そんなことないよ。そりゃあ、大っぴらに付き合ってるとはいえないかもしれないけど、でも傍にいたっていいんだよ。優斗さんだってそれを望んでる。それに、大樹さんはそんなこと言ってるわけじゃ―――」
「わかってるよ」
「凜くん・・・・?」

凜くんは、グラスに半分ほど残っていたビールを一気に喉に流し込むと、ふうっと息を吐きだし、俺をまっすぐに見た。

「・・・・俺が、子供の頃誘拐されかけたっていう話・・・・聞いた?」
「・・・・うん」
「そか。―――大樹くんは優しいから、俺のことを心配してくれてるんだってことは、わかってるよ。昔からそうだった。誰かが俺の悪口を言ってたりすると、それが俺に聞こえないようにって、いつも俺に話しかけてくれた。優しくしてくれた。浩也以外にそんなことしてくれる人初めてだったから・・・・すごく嬉しかった」
「・・・そうなんだ」
「中学卒業してからは会うこともなくなっちゃったけど・・・・大樹くんが俳優としてデビューした時には本当に嬉しくて、浩也とお祝いしたんだ。それから大樹くんの出てるドラマは全部見てるし、映画も浩也と見に行った。俺も浩也も、絶対世界一の大樹くんファンだって言ってたんだ」
「うん」
「・・・・電話で、言われた。もしも、俺たちが付き合ってることがばれたら、たくさんのマスコミに追いかけられることになる。ファンにも・・・・もしかしたら嫌がらせされるかもしれない。お前を、そんな目に合わせたくないって」
「・・・・そう」
「でも・・・・俺、やっぱり優斗が好きなんだ」

凜くんの瞳から、涙がポロリと零れ落ちた。

「凜くん・・・・」
「傷つくかもしれない。辛いかもしれない。でも・・・・・好きなんだ。俺・・・・ずっとあの人に手を掴まれてるような気がしてた」
「あの人?」
「俺を、誘拐しようとした男・・・・。あの男に腕を掴まれた、その感触がずっと消えなかった。誰かに触れられるのが怖くて、触れそうになると、体が震えて・・・・全身が拒否してた。大丈夫だったのは、浩也と、大樹くんだけだった。だから・・・・俺があの人にレイプされたんじゃないかとか、浩也と付き合ってるんじゃないかって噂された時も、辛かったけどみんなが傍に寄ってこないことにほっとしてた。浩也が傍にいてくれれば、それでよかった。恋人なんていらない。結婚なんてできなくてもいい。浩也が傍にいてくれればって・・・・でも、テレビで優斗を見た時に・・・・初めて、この人に会ってみたいって思ったんだ」
「それは、なんで?」
「わかんない。でも、俺の教室に来てくれて、初めて話をして・・・・どんどん、好きになっていった。俺は・・・・優斗といるときだけは、あの事を忘れられた。腕を掴まれたあの感触も・・・・いつの間にか忘れてた。そんなこと、初めてで・・・・・初めて、これが恋だって知ったんだ」

そう言って、凜くんは涙を浮かべながら笑った。
それは、今まで会ったどんなきれいな女優よりもきれいな笑顔だった・・・・・。
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