上 下
16 / 39

第16話

しおりを挟む
『俺、男とでも、たぶん大丈夫だと思うから』

その言葉が頭から離れなかった。


―――男とでも大丈夫―――

それは、そういう経験があるということだろうか?

咲也は、俺と夏美のためにあんなことを言ってくれたんだって、頭ではわかってる。

だけど―――

俺の感情が、納得することを拒んでいた。

だって

たとえ中身が夏美だと言ったって、体は咲也なのだ。

咲也を、夏美と思って抱くなんてこと、できるわけがない。

抱いた後、それを覚えていない咲也とそれまでと同じように接することなんて、俺にはできない。


でも、咲也はそれでもいいという。

夏美のためなら、自分が男に抱かれてもいいと。

俺に、抱かれてもいいと・・・・・・



「―――おはよう」

朝、リビングにいくと咲也がすでに起きてコーヒーを飲んでいた。

「おはよ。コーヒー飲むでしょ?」

にっこりと微笑む咲也。

「ああ・・・・・うん」

目をこすりながら頷き、椅子に座る。


咲也が持って来てくれたコーヒーを一口飲み、小さく息を吐き出す。

「・・・・寝不足?なっちゃんの部屋で、よく眠れなかった?」

咲也の言葉に、俺は曖昧に笑う。

寝不足なのは、部屋が原因じゃない。

咲也のあの言葉が頭から離れなくて。

眠れなかった。

どこでも寝られるのが俺の長所なのに、こんなことは初めてだった・・・・・。

「・・・・今日、俺昼からバイトでいなくなるけど、よかったらここで寝ててもいいよ?」

「え・・・・・?」

「柊真が良ければ、だけど。自分ちじゃないと寝れないなら帰って寝た方がいいけどさ、なんか辛そうだから・・・・・。俺の部屋使ってもいいし。今日もあのカフェに来るなら、その時に鍵持って来てくれればいいし」

咲也の優しい言葉に、俺の胸がずきずきと痛む。

その優しさは、俺が夏美の恋人だから・・・・・?

咲也の優しさは、俺が夏美の恋人だから・・・・・なんだよな・・・・・。

「いや・・・・・いいよ。今日は、家に帰る。カフェにも行かない」

そう言って、俺は飲んでいたコーヒーをテーブルに置き、立ち上がった。

「え・・・・もう?朝飯、食わないの?これからなんか作ろうと思ってたのに」

「いいよ。ちょっと・・・・風邪気味なんだ。うち帰って、薬飲んで寝るから・・・・。ごめんな、ありがとう」

俺はそう言うと、咲也の顔を見ずにリビングを出た。


一度夏美の部屋へ戻り、自分の服に着替えると借りていたパジャマを畳み、バッグを持って部屋を出た。

そのまま玄関へ向かうと、パタパタと咲也の足音が聞こえてきた。

「―――柊真、待って」

「・・・・何?」

靴を履きながら、顔を上げずに応える。

「・・・・もしかして、俺が昨日言ったこと、怒ってるの?」

「・・・・なんのこと?怒ってなんか・・・・」

「俺が、なっちゃんのためなら柊真と―――してもいいなんて言ったから・・・・・だから、怒ってんじゃないの?・・・・ごめん、俺、柊真の気持ち、考えてなくて・・・・・」

「・・・・・んなこと・・・・」

「いくら中身がなっちゃんでも・・・・男の俺と、なんていやに決まってるよな。体はなっちゃんにはなれないし・・・・」

「・・・・・怒って、ないよ・・・・」

「でも・・・・・」

「怒ってなんかない!そんな・・・・そんなことじゃねえんだよ!」

まるで、抑えていたものが爆発したように、俺は大声で怒鳴っていた。

「柊真・・・・?」

咲也が驚いて目を見開いて俺を見ていた。

俺は、はっと我に返り―――

「―――ごめん。本当に、怒ってないから。ちょっと・・・・疲れてるだけ。じゃ―――」

「しゅーーー」

俺は、咲也から逃げるように玄関から飛び出し、扉を閉めた。

そして、後ろを振り返ることなく走り出す。

少しでも早く、あの家から―――咲也から離れたかった。

どうかしてる。

本当に、どうかしてる。

咲也は、悪くない。


『男の俺と、なんていやに決まってるよな―――』


ちがう。

いやだと思ったのは、咲也が男だからじゃない。

夏美の代わりに咲也を抱くのが、いやだったんだ。

咲也は、夏美の代わりじゃない。


俺は・・・・・・

男である咲也に、惹かれてるんだ。

咲也の優しさが、俺に向けられるたびに切なくなる。

笑顔が向けられるたびに、苦しくなる。

咲也は、俺が夏美の恋人だから・・・・・

夏美のために、優しくしてるんだ。

その事実が

切なくって・・・・・苦しくって・・・・・

それと同時に、夏美に対する罪悪感が、俺を苦しめていた・・・・・。

しおりを挟む

処理中です...