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第29話

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玄関の方で物音がして、俺は目が覚めた。


「―――さっくん、おはよう」

玄関から戻って来たらしいさっくんに声をかけると、さっくんはふわりと微笑んだ。

「おはよう、タク」

「真田さん―――どこか行ったの?」

「うん。個展の打ち合わせだって」

「へえ・・・・一応仕事してるんだ」

「ふふっ、そうだね。今コーヒー入れるね」

「ありがと」



コーヒーを淹れるさっくんをじっと見つめる。

笑みを浮かべながら鼻歌なんか歌っちゃったりして、超ご機嫌。

昨日から、何かあるとは思ってた。

真田さんと、さっくんの間に・・・・・



「―――今日は休みなんだよね?バイト」

コーヒーを持ってソファーに座ったさっくんに言う。

「うん。タク、何か予定ある?」

「ううん。さっくんは?どこか行くなら付き合うけど」

「俺も何もないよ。久しぶりに2人でゲームでもする?」

「いいね」

ご機嫌なさっくんに色々聞きたいことはあるけれど、せっかく今日は2人なんだしと言葉を飲み込んだ。




その後俺たちは床に2人で寝そべり、ずっとゲームをやって楽しんでいた。

昼にはさっくんがパスタを作ってくれた。

その後も2人でだらだらとゲームを続けていたけれど・・・・

夕方の5時を過ぎるとさっくんはちらちらと時間を気にし始めた。

「さっくん、どうかした?」

「え・・・・・別に、何でもないよ」

「・・・・真田さん?そろそろ帰ってくる時間なの?」

「うん、夕方ごろには帰るって言ってたから」

そう言って嬉しそうに笑うさっくん。

俺の胸にもやもやとしたものが広がる。

「・・・・嬉しそうだね」

「え・・・・・」

「さっくん・・・・・真田さんが好きなの?」

俺の言葉に、さっくんの頬が赤く染まる。

答えなんか聞かなくても一目瞭然だ。

俺が黙ってじっと見つめているのを、さっくんは不安そうに見つめ返した。

「―――男同士なのに、おかしいって思う?俺のこと、変だと思う?」

「・・・・・思わないよ」

「ほんと?」

とたんにパッと花が咲いたように目を輝かせるさっくん。

気付けば俺は、さっくんの手首を強く握っていた。

「思わないよ。だって・・・・俺は、ずっとさっくんが好きだったから」

「え・・・・・?」

さっくんの目が、驚きに見開かれる。

「なんで・・・・何で真田さんなの?あの人、夏美さんと結婚するはずだったんでしょ?自分の、義兄になるはずだった人のことなんて―――」

俺は、さっくんの両手首を掴み、そのまま床に押し倒していた。

「タ、タク、痛い・・・・・」

「なんで・・・・俺の方が、ずっと前から好きだったのに・・・・・ずっとさっくんの傍にいたのに・・・・・なんで、あの人なんだよ!?」

そのまま、さっくんに覆いかぶさりその唇を塞いだ。

「ん・・・・・・っ、ふ・・・・・・」

無理やり舌を 絡め、さっくんの細い手首を抑えつけたまま、片方の手をシャツの中へ侵入させる。

さっくんの体がびくりと震え、懸命に抗おうとするけれど、させない。

俺だって男だからね。

こういう時の力は、さっくんにだって負けない自信はある。

「や・・・・っ、タ、ク、っ、やめ・・・・・」

目尻に涙をにじませ、必死に抵抗しようとするさっくん。

そんな姿さえ、艶っぽく、俺を煽ってることなんて本人は全く気付いていない。

「もう、ずっと我慢してきた・・・・さっくんが好きだから、俺が守ろうって・・・・だけど、もう無理。人のモノになるくらいなら今、俺が―――!」

「タク、やめ―――っ!?うぁ・・・・っ」

突然、さっくんが苦しそうに呻いた。

「え・・・・さっくん?」

思わず手首を押さえていた手を離す。

「あ・・・・・っ」

さっくんが胸を押さえるように体を丸めた。

「さっくん!?どうしたの!?」

俺のせい・・・・・?

苦しそうなさっくんを前に、おろおろしていると―――

突然さっくんの動きが止まり、大きく息を吐き出した。

『―――咲也ってば、頑固なんだから・・・・・』

「!?」

さっくんが発した声は、まるで女みたいな声だった。

ゆっくりと体を起こし、髪をかき上げると俺を見てにこりと笑うさっくん。

その笑顔は、いつものさっくんとは少し違うように見えた。

「さっくん・・・・・?」

『タク・・・・久しぶりね』

「え・・・・・?」

この声・・・・・・さっくんじゃ、ない・・・・・まさか・・・・・

「なっちゃ・・・・・夏美さん!?」

『うふふ、覚えててくれた?いつの間にか、夏美さんなんて呼んでくれるようになってたのね』

そう言って笑うさっくんは、でも表情はやっぱり夏美さんだった。

「ほんとに、夏美さん・・・・?これ、どういうこと・・・・・?さっくんは・・・・・」

『驚かせてごめんね。わたし、ずっと咲也の中にいたの』

「ずっと・・・・?じゃあ、もしかして真田さんがここに泊ったりしてたのって・・・・」

夏美さんに会うため?

『さすがタク、勘がいいのね。わたしが、咲也に頼んで柊真に来てもらってたの。柊真と話がしたかったから・・・・。でも、今回のことは違うのよ』

「え・・・・違うって」

『柊真がね、咲也を守りたいって言ったの。だから、それならここに泊ったらって』

「えっ、なっちゃんが言ったの?なんで?」

『だって、柊真が咲也のことを好きだってことはわかってるし―――』

「わかってるって・・・・それでいいの?なっちゃんは」

自分の恋人が、弟のことが好きだって言ってるのに―――

『だって、わたしは死んでるのよ?生きてる咲也に、敵うわけないじゃない』

そう言って、なっちゃんはちょっと寂しそうに笑った。

『でも、生きてても敵わなかったかもしれない。それくらい、今の柊真は咲也に夢中なんだもの』

「それは・・・・俺もそう思うけど」

あんなにあからさまに、嫉妬する人も珍しいくらいだからね。

『でもね、悔しくはないの。それよりも、柊真が好きになったのが咲也でよかったなって』

「そんな風に思える?」

『だって、いくらわたしのことを思ってくれていたとしても、わたしは死んでしまって・・・・・いつかは他の人を好きになるわけでしょ?それは、わかっていても辛いなって思うの。でも、その相手が咲也だったら・・・・大好きな2人がずっと一緒にいて幸せになってくれたらそれが1番かなって』

「・・・・すごいね、その考え方。俺には、まねできないよ」

さっくんが好きだ。

他の誰にも渡したくない。

そんな気持ちが強くなりすぎて―――

俺は、さっくんにひどいことを―――

『―――タク、大丈夫よ』

「え・・・?」

『咲也は、タクのことを嫌いになったりなんかしないわ。絶対に』

そう言って、なっちゃんの声をした咲也くんが、にっこりと微笑んだ・・・・・。

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