Angel tears

まつも☆きらら

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第29話

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「アキ、眠い」

「もうちょっと、がんばって」

「・・・・」

「こら、寝るな!」

「んふふ・・・・」

昼下がりのアトリエ。

俺はまた、ムウの絵を描き始めた。

毎日少しずつ完成していくムウの絵。

毎日半日ほどソファーで座ってポーズをとってくれているムウは、さすがに退屈なようでよく寝てしまっていた。

ちょっと一休みという時には2人で近所を散歩したり、潤が料理を作ってくれたり。

平和な毎日で、俺は幸せだった。

いつもムウが隣で笑ってくれている生活が、このまま毎日続けばいいと思っていた。

諒と奈央も、相変わらず毎日のように遊びに来る。

「やっぱりムウちゃんの作ってくれるご飯はおいしいね」

「ムウくんの作るサラダが一番うまい」

「んふふ、ありがと」

2人に褒められるとムウも嬉しそうだから、俺もなにも言わない。

この2人については、嫉妬してもしょうがない気がしてる。

なんかもう、家族みたいな感じになっちゃってるからな。

2人が帰った後は一緒にお風呂に入って、同じベッドで抱きあって眠る。

眠るときは、キスをして、お互いに『愛してるよ』と囁き合って。

2人きりだからね。恥ずかしいとは思わない。

だってムウはそれで幸せそうな顔をしてくれるし、俺も幸せを感じられるから。

そうして俺たちは、片時も離れることなく生活していた。

それが、当たり前になっていた。

そして、少なくとも俺はこの幸せがずっと続くと思っていたんだ。

この幸せに終わりがあるなんて、思いもしなかった・・・・・。




「絵の方、だいぶ出来上がってきたんだね」

リビングでビールを飲みながら、諒が言った。

「うん。もう、ほぼ出来上がりかな。ムウも頑張ってくれたから―――奈央?どうした?」

ふと入口を見ると、奈央が眉間にしわを寄せ立っていた。

俺が声をかけると、はっと我に返ったように顔を上げた。

「あ―――いや・・・・あのさ、ムウくんて・・・・どっかに行く予定とか、ある?」

「どっかって?」

「今俺、アトリエ覗いてきたんだけど―――あの、ドレッシングが無くてさ、買ってこようかと思ってムウくんに売ってる店聞こうかなって―――」

ムウは、絵を描いている時服を全て脱いでいるのでリビングに移動する時―――諒と奈央が来ている時は一応ちゃんと服を着てから来るので、アトリエから出るのはいつも最後になるのだ。

「そしたらムウくん、明来さんが描いた絵をじっと見ててさ、そんで指でそっと絵をなぞってたの。なんかこう・・・・すごくいとおしそうに・・・・まるで、その絵を目に焼き付けようとしてるみたいに見えてさ・・・・・」

俺の胸が、ざわりと音をたてた。


―――まさか


俺は、咄嗟にリビングを飛び出した。

そのままアトリエに入ろうとして―――

アトリエの扉に手をかけようとしたとき、扉がガチャリと音をたてて開いた。

「―――あれ、アキ。どうかした?忘れ物?」

ムウが出て来て、いつものように笑った。

「あ―――いや、その・・・・ムウ、遅いなと思って・・・・」

「あ、ごめん、絵がだんだんできてきたなあって、ちょっと見惚れてた」

そう言って、照れたように笑うムウ。

いつもと変わらないムウの様子に、俺はホッと息をついた。


―――きっと、奈央の気のせいだ。


ムウが、俺に黙ってどこかへ行ってしまうはずがない。

「―――奈央が、ドレッシングが無いから買ってこようかって」

「ああ、あのドレッシングなら買ってあるんだ。今、サラダと一緒に持っていくから―――」

「サラダなら、奈央が勝手に出してたよ」

「ふはは、じゃ、ドレッシング持っていく」

ムウはそのままキッチンへ行き、俺はリビングのソファーで待っていた2人の元へ戻った。


「・・・見惚れてた、だけだって」

俺の言葉に、2人もほっとしたように息をついた。

「よかった!ごめん、俺ちょっと心配し過ぎてたね」

「しょうがないよ。なんか、心配になっちゃうんだよね。でももう、大丈夫なんでしょ?」

「うん。ムウもいつも通りだったし、大丈夫だと思う」

ここのところ、天国にも行ってないしリロイの話も出ていなかった。

なんの問題もなく、幸せな毎日を送っているんだ。

それが終わるなんてこと、あるわけない―――




「アキぃ」

いつものように2人でお風呂に入っていると、ムウがアヒルのおもちゃを弄りながらぼそっと俺を呼んだ。

「ん?どした?」

「・・・・明日・・・・何の日か知ってる?」

「へ?明日?」

―――何の日・・・・?

なんか特別な日だったっけ・・・・・?

う~んと首をひねって考えてみるけれど、何も思いつかない。

普通の、平日じゃんか。

「・・・・わかんない。なに?何か特別な日?」

「・・・・俺がここに来た日、覚えてる?」

「え・・・・ムウがここに来た日・・・・?」

冬の、寒い夜だった。

奈央と諒の飲みの誘いを断って、アトリエでぼんやりしてた気がする。

白い肌に、純白の翼。

ふわふわの栗色の髪に光る天使の輪。

まるで、絵画から抜け出してきたみたいだった。

「―――覚えてるよ」

そして、水晶の涙。

天使だなんて、始めは信じられなかったけど―――

「すごい寒かったよなあ。そういえば、もうすぐ春だな」

昨日、散歩に行った公園で見つけた桜の木に、蕾を見つけた。

桜が咲いたら、みんなでお花見しようって、俺は言った。

『お花見・・・・?』

不思議そうに目を瞬かせたムウ。

まだこの世界の冬しか知らないムウ。

これから春も、夏も、秋も

ずっと一緒に過ごしていきたい―――。

だけど―――

そうだ。

その時ムウは、ふと寂しげな目をしたんだ。

だけどすぐにいつもみたいに無邪気に笑っていたから、忘れていた・・・・・。

「ムウ?明日、何かあるの?」

なんとなく、胸がざわついた。

だけどムウは、またいつもみたいに無邪気に笑って、言った。

「・・・・明日は、俺がアキに会ってからちょうど3ヶ月の日なんだよ」

「え・・・・」

3ヶ月?ちょうど?

「そうだっけ・・・・ムウ、よく覚えてたね」

「うん。だからね、今日は一緒に寝よう」

「いつも一緒に寝てるじゃん」

「んー、ちがくて。いっぱい、ずっと愛し合うの!」

口を尖らせてそう言うムウに、俺は思わず噴き出す。

「ふは、何それ」

「だって、記念日だもん。だから、アキとずっと愛し合うの。ずっと抱き合って、いっぱいキスするの」

まるで宣言するみたいにそんなことを言うから、思わず顔が熱くなる。

「アキ?嫌なの?」

心配そうに俺の顔を覗きこむムウ。

「嫌なわけ、ないじゃん。でもそんなこと言ってると、俺手加減しないよ?今日は寝かせないけど、いい?」

わざと冗談めかして言うと、ムウはとても嬉しそうに―――

とても幸せそうに、笑って言った―――。

「うん、いいよ」




それから俺たちはハイテンションで裸のまま2人で手を繋ぎ寝室へ行き、ベッドに転がり込むようにもつれ込み、何度もキスをし、抱き合い、朝まで愛しあった。

いつもは途中で眠くなって寝てしまうムウが、今日は珍しく何度も自分から求めてきたのだ。

「アキ、もっと―――」

「俺の名前、呼んで―――」

「もっと、キスして―――もっと、愛して―――」

「もっと強く抱きしめて―――」

何度も何度も。

俺がムウの体をきつく抱きしめるたび、切なげに瞳を揺らし、その赤い唇から甘い吐息を漏らした。

「ムウ・・・・愛してる・・・・」

何度言っても足りない。

せがまれるまま愛を囁き、その細い体に愛を刻みこむように腰を揺らし続けた。

「ん・・・・はぁ、ア、キ・・・っ・・・・愛してる・・・・っ」




明け方、空が明るくなり始めたころには、さすがに俺もクタクタで―――

「は・・・・も・・・・無理」

「んふふ・・・・。アキ、痩せたんじゃない?」

「俺もそう思う。すげえ体力使った」

「・・・・朝になっちゃったね」

「うん。なぁ、お腹空かない?何か食べ―――」

俺がそう言いかけた時だった。



『バリーーーーーーン!!!!』



突然窓ガラスが割れる音ともに、ものすごい豪風が吹き込んできたのだ。


「ムウーーー!!大丈夫か!?怪我は―――!」

そう言ってムウの体に触れようとした俺の手は、だけど何も掴めなかった。

「ムウ―――!?」

隣にいたはずのムウの姿が、そこにはなかった。

「ムウ!!」

俺は慌てて体を起こし―――

そこで、ようやく気付いたのだ。

割れて砕け散った窓の傍らに、誰かが立っていることに―――

そして、さらにその横にいたのは―――

「ムウ!!!」

白髪の、長い髪と豊かな髭をたくわえ白い布をまとった大柄な男が俺を見下ろしていた。

そして、どこから伸びてきたのか、鋭い棘の生えた蔓が巻きついたムウの体が、宙に浮いていた。

「ムウ!!」

青白い顔でぐっとりとしたムウは、俺の呼びかけにも反応を返さなかった。

棘がその白い肌を傷つけ、蔓の巻きついた場所には血が滲んでいた。

「ムウ!ムウ!おい!ムウを離せよ!」

ムウの傍に駆け寄ろうにも、部屋中にガラスが飛びちり、行く手を阻んでいた。

「―――約束の、3カ月目だ」

男が言った。

「約・・・・束・・・・?」

一体、何のこと・・・・・?



俺は呆然と、棘の蔓に捕えられたムウと傍らの男を見つめていた・・・・・。
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