記憶を嫌う少年と記憶を探す少女の物語

Rin凜Lin

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1章 出会い

声を失った妖精

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 街の外れにある森の中。
 山道に備え付けられた分かれ道の看板が現れた。
 俺はそれを無視して、整備されていない看板の裏側の茂みを進んだ。
 しばらく草木を掻き分けながら進んでいくと、少し開けた空間に出た。
 その空間にポツリと一軒のボロ家が建っていた。
 ここが俺の帰る場所だ。
 街から離れており、人気も無いこの場所は静かで居心地がいい。
 家に近付き、鍵を差し込んで扉を開いた。

「ただいま。」

 その言葉と共に家の中へ入ると、1人の少女が小走りで出迎えてくれた。

「ベル、大丈夫だったか?」

「─────。」

 小さく頷き、ベルは手を器用に動かし始めた。
 そっちはどうだったのかと聞いているようだ。

「別に難しい依頼をした訳じゃないから大丈夫。どこも怪我はしてない。」

 よかったとベルは胸を撫で下ろした。

「─────。」

「ありがとう。すぐに行く。」

 ベルが俺の荷物を受け取り、居間へと戻っていった。
 俺は一度洗面所に向かい、着替えと手洗いを済ませてから居間に入った。
 扉を開けると美味しそうな香りが鼻をくすぐる。
 机の上を見ると、パンと卵料理が乗せられた皿が置かれていた。
 席に着くと、ベルも反対側の席に着き、手を合わせて小さく頭を下げた。
 俺も手を合わせ、

「いただきます。」

 昼食を食べ始めた。

 ベル。
 2年ほど前、俺がこの家に来てから同棲しているメイド服を着た少女。
 使用人にしては幼い見た目で、初めは困惑したが、今となっては特になんとも思わなくなった。
 それにベルの姿が幼いことには理由がある。
 彼女は人間ではなく、妖精なのだ。
 妖精は容姿は人間なのだが、翼が生えていたり、魔力が高かったりといった様々な違いがある。
 そして妖精は歳を重ねても体の成長が人間よりも遅い。
 そのためベルは容姿に反して俺よりも年上なのだ。
 だが、本来妖精と人間はあまりいい関係ではない。
 遙か昔の時代に人間が妖精たちを乱獲、売買したのが原因だった。
 妖精は今でもそんな人間たちを嫌い、妖精たちだけが住む国まで作るくらいだ。
 ではなぜベルは俺と暮らしているのか。
 これはもう一人の住人の存在が大きいだろう。

 元々ベルも妖精の国に住んでいた。
 いつも通りの日々を過ごしていたある日、ベルは人間たちに捕まってしまう。
 商品として目を付けられてしまったのだ。
 しかしベルはなかなか売れなかった。
 売れ残り続けるベルを奴らは酷い扱いをした。
 暴力はもちろん、奴らはベルの羽をもぎ、声帯まで破壊した。
 彼女は声を出すことができず、空を飛ぶこともできなくなった。
 そんなベルを助けたのが、この家の主だったハーバルトだ。
 ハーバルトは冒険家であり、とある依頼を受けた際にベルを見つけたらしい。
 見つけた時には、ベルは生きるか死ぬかの危険な状態だったという。
 ハーバルトはベルの惨状を見て、攫った奴らをその場で殺した。
 その後ベルを保護して、いい医者に診てもらい、なんとか一命を取り留めた。
 しかし、声と羽はどうしても治すことができなかった。
 妖精を治した人間がこれまでいなかったからだ。
 酷い扱いを受けたベルは人間たちを恐れ、心を閉ざしてしまった。
 だが、ハーバルトはベルに寄り添い続けた。
 仕事が終われば必ずベルの元へ行って世話をしていたらしい。
 このときに手話も教えたみたいだ。
 ハーバルトが助けたこともあってか、ベルはハーバルトにだけ徐々に心を開いていった。
 恩を感じたベルはハーバルトと共に過ごすことを決め、それから使用人のように家事をし始めたのだ。
 そうして2人がこの家に住み続けて約5年が経った頃、路頭に迷っていた俺がこの家に住むことになった。
 初めはやはりベルに警戒され、目も合わせてくれなかった。
 そんな中、ベルにさらなる悲劇が襲うのだ。

 今から1年前、ハーバルトは突然亡くなってしまったのだ。
 死因はダンジョンの崩落による事故死。
 その日、ハーバルトは依頼でダンジョンの調査に向かっていた。
 何人か仲間を連れていたが、瓦礫の下敷きになり、ダンジョンに向かった全員が亡くなった。
 死体は魔物たちに食われたのか残っていなかった。
 あったとしても損傷が酷かったと思う。
 実際に事故現場を見に行ったから分かる。
 ベルは酷く悲しんだ。
 飯もまともに食わず、眠れない夜もあった。
 大切な者を失う痛みというのは、人を狂わせる。
 俺も一番よく知っている痛みだ。
 このままではベルも彼の後を追うんじゃないか?
 そう思った俺はベルをよく気にかけた。
 当時まだ慣れていなかった手話も使ってなんとか接した。
 性格柄、ハーバルトほど上手く接することはできていなかったと思う。
 それでも俺なりに元気づけようとした。
 その甲斐があってなのか、ベルは少しずつ落ち着き、普段の生活へと戻っていった。
 今はこうして手話が当たり前のように使うことができ、普通に会話ができるほどになった。

 ベルと生活し始めてから2年が経とうとしているが、未だに本人に昔のことを聞くことはできていない。
 俺が知っているベルの過去はあくまでハーバルトから聞いたものだ。
 きっとベルも昔のことを思い出したくはないはずだから、本人から切り出さない限り詮索しないでいる。

「────。」

 ベルが朝食を食べ終え、食器をキッチンの方へと持っていった。

「洗い物はやっておくからいいよ。」

 ベルは小さく頷いた後、手話を使って小首を傾げた。
 今回の仕事の件で、昨夜に出発したから寝なくて大丈夫なのかと心配された。

「帰りの馬車で少し寝てきた。だから今日は大丈夫。」

「──────。」

 ベルは散歩に行きたいみたいだ。

「いいよ。」

 そう答えるとベルは嬉しそうに笑みを浮かべ、自室へと向かっていった。
 俺も朝食を食べ終え、キッチンで皿を洗い始める。

 今はこうした普通の生活が送れればそれでいい。
 昔のことをなるべく思い出さず、ただ普通の生活を送るんだ。
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