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第三章 ブルーノ侯爵領

第七十七話 噂の美人店員?

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「今度はスライムに続いてネズミですか」
「サトーさんの従魔は何でもありですね」

 翌朝になって、宿の奥さんの治療はスラタロウとホワイトが行うことに。
 今度はネズミが回復魔法を使うのを見て、旦那さんと娘さんは呆れていた。
 うちの従魔は何でもありですから。
 治療の効果はちゃんとあり、奥さんの調子も随分と良くなったみたいだ。
 まだ起き上がるのは難しいけど、明日からはリハビリができそうだ。

「お姉ちゃん、行ってきます!」
「道中気をつけてね」

 朝食をとり終わった後、みんなそれぞれの分担に移動した。
 お昼も各自で取るらしいので、戻りは夕方の予定だ。
 ミケとシルとリーフを見送った後、俺もオース商会に向かう。

「「ヒヒーン」」

 そして頼んでいないけど、宿屋の入り口の前には馬が門番のように立っていた。
 だいぶ凶悪な用心棒だけど、これならならずものも勝てないだろう。
 それにスラタロウもホワイトもいるから、ならずものが集団できても無理だろうな。

 そんな宿屋を後にして、三軒隣のオース商会へ。
 店員さんが店前を掃除していた。

「おはようございます」
「おはようございます、サトー様。トルマ様がお待ちです、どうぞ中へ」

 既に俺がお店に来ることは、オース商会の店員に周知されていたようだ。
 すんなりと中に入り、二階の部屋へ案内された。

「サトー様、お待ちしておりました。どうぞおかけ下さい」
「ありがとうございます。失礼します」

 中にはトルマさんがいて、早速ソファーに座るように案内された。

「いやあ、朝ワース商会に何かがぶら下がっているのが見えて、またならずものが何をやったのだとわかりました」
「懲りない三人組ですね。あの位なら人数増えても問題ないですよ」
「しかし宿の前に馬が二頭いましたが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ、逆にやりすぎないか心配です。バスク領でのワース商会の事件の際に、オーク百匹とオーガを倒していますからね」
「は? 馬がですか?」
「はい、更に従魔を二匹つけていますので、一個師団レベルなら全く問題ありません」

 トルマさんが唖然としていたが、このくらいはしてもいいだろう。
 どうせまだやらかすつもりだろうだから、返り討ちにしてあげよう。

「さて、サトー様については本日店員をしていただきますが、お店で働いた経験はおありですか?」
「はい、似たようなお店で七年ほど勤めたことがあります」
「ほお、それは素晴らしい。逆にこちら側が教えていただきたいくらいです」
「いえいえ、少しブランクがありますので、最初はご迷惑をおかけするかと思います」
「それはお気になさらずに。それでは店員に紹介しますね、簡単に事情は話をしてありますので大丈夫かと思います」

 高校大学とコンビニでバイト三昧だったので、接客や陳列はお手のものだ。
 久々の店員だから気分が高揚するぞ。
 トルマさんと一緒に一階に降りて、店員の前で紹介された。

「こちらが店を手伝ってくれるサトーさんだ」
「サトーです、よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
「では私は上におりますので、何かあったら呼んでください」

 全員若めの女性だった。
 青色の髪の毛が長くてスレンダーなのがネルさん。
 茶色のボブヘアで少しふくよかなのがクレアさん。
 暗めの金髪で小柄なのがメルさん。
 と、トルマさんが上に上がった瞬間に、三人の女性に取り囲まれた。

「サトーさんは男性って聞きましたが、本当ですか?」
「男性なのにスリムで羨ましいですわ」
「肌がこんなに美しいのは、何か秘訣があるんですか?」 

 近いし、その迫力がとても怖いよ。
 別に何にもしていないよ。

「私は男性ですし、特に何もしていないですよ」
「いや、男性だとは信じられない。女性にしか見えない」
「「うんうん」」

 ああ、店員さんまで男性であることを否定されたよ。
 もう、何が何だか。
 こうなったら、話題を強引に変えよう。

「服なんですけと、執事服で来たのですが大丈夫ですか?」
「全く問題ないです」
「うんうん、女装執事って感じでいいですね」
「ああ、この服装で接客をするサトーさんを早く見たいわ」

 流石にヒラヒラしたドレスでは接客できないので、今日は執事服にした。
 メイド服を平然と着るようになったら、俺はもうおしまいだ。

「すみませーん、いいですか?」
「ほら、お客さんがきましたよ。仕事しないと」

 お客さんがちょうどきた。
 いいタイミングなので、話を切り上げて仕事を開始する。
 俺はネルさんについて仕事を教えてもらった。
 と言っても商品の補充に会計とかでいいので、そこまで忙しいわけではない。

「いらっしゃいませ」
「あら、新しい店員さん?」
「はい、他のところから研修で来ています」
「いいねえ、ベッピンさんの店員がいるとお店が華やかで」
「ありがとうございます」

 お店にきたのは、アフロヘアーの派手な服を着たおばちゃん。
 イメージは、前世の大阪のおばちゃんだな。
 おばちゃんと世間話をしながら接客をこなしている。
 ついでにこの街の事を色々聞いてみよう。

「すみません、まだこの街に来たばっかりでよくわかりませんが、ブルーノ侯爵領はどんな街ですか?」
「うーん、最近はあんまりだね。物価も高くなっているし、質も悪いし」
「そうなんですか? 昨日市場を見た際は、たくさん品物がありましたよ」
「見た目はね。昔の方が品がよかったよ。他の領の物が手に入りにくくなったね」
「そうなんですね」
「それにここだけの話、ワース商会がここ数年手を広げてから景気が悪くてね。領主様も具合悪いのか、表舞台に出てくるのは奥様の方なんだよ」

 ほうほう、流石はおばちゃん。街の噂には強いねえ。
 今後もちょこちょこと、おばちゃんから情報を集めよう。
 ルキアさんの父親の動向も気になるな。領主邸の調査班を少し増やすか。

「いらっしゃいませ」
「お、今日は若いお嬢さんか」
「はい、研修で来ています。冒険者さんですか?」
「ああ、昔からここを拠点としている」
「それは凄いですね」

 お昼前にお店にきたのは冒険者のおっさん。
 見た目からしてガタイがいいな。
 ここも少し世間話をしよう。

「私はこの街にきたばかりなのですが、どんな依頼があるんですか?」
「昔はいっぱいあったさ。商会の護衛もあるけど、薬草取りに魔物退治に秋には収穫の手伝いもあったな」
「へえ、地域に密着した依頼が多いですね」
「ああ。だが今は良くないな。護衛依頼はあるが、その他の依頼は激減している。ギルドにとって金になる仕事しかないさ。俺だって家族がいなければ、他の街に行っているさ」
「そんなに変わってしまったのですね」
「昔は何かあったら領主様が動いてくれたが、今は奥様が動いているのかあまり良くないな」

 ここでも領主不在で奥様が仕切っていると。
 これはどう考えても裏があるな。
 それにギルドも問題ありで確定だろう。

 その後もひっきりなしにお客さんがきている。
 色々話を聞いても、大体出てくるのが領主不在で奥様が仕切っている。
 数年前から景気が悪く、冒険者ギルドも依頼が少ない。

 あれ? じゃあ王都に災害関係で報告に行ったのは誰だ?
 以前ビアンカ殿下から聞いたのは、つい最近だったはず。
 ……もしかして影武者?
 この辺は、ビアンカ殿下とエステル殿下に聞いてみよう。
 考えを巡らせていたら、突然後ろから溜息が聞こえきた。
 
「はあ、サトーさんは凄いですね」
「いきなりなんでしょうか、ネルさん」
「いやね、仕事はそつなくこなすし愛想もいい」
「そこは長年の経験がありますから」
「しかも美人で声もいい。今日はうちの店に美人店員がいるって噂になっているんですよ」
「うー、それについてはノーコメントで」

 俺は男なのに、男である自信がなくなってきたよ。
 なんですか、その美人店員という評価は。
 女装男子に対して盛りすぎでしょう。

「あ、ワース商会から何人か人が出てきましたよ」

 クレアさんから、ワース商会から動きがあったと話があった。
 ちょうどお客さんがいなくなったので、みんなで店頭に出て様子を見ることに。
 ワース商会からは、昨日の三バカを含めてだいたい十人。
 集団でコマドリ亭に向かって歩いていく。
 対しては宿屋の玄関の前で寝ていた馬二頭。
 ならずものに気がついたのか、起きて集団に向かって歩いていく。

「サトーさん、馬が集団に向かっていますよ」
「ならずものは、手に何か持ってますよ」
「流石に馬が危ないのでは?」

 店員さんはとても不安そうだが、俺は全く心配していない。

「直ぐに終わるので、安心して下さい」

 俺が店員さんに声をかけた時には、既に事態は収束していた。

 ドッカーン、ゴロゴロ。

「「「……」」」

 店員はみんなあ然としていた。
 たまたま街道にいて、様子を見ていた人も目が点になった。
 男どもが刃物を抜いた瞬間に馬が風魔法を使い、集団をまとめてワース商会の方に吹き飛ばした。
 吹き飛ばされた衝撃で、男どもは動けなくなったようだ。
 慌ててワース商会から何人か出てきて、吹き飛ばされた集団を回収していた。
 うーん、随分とお早いお帰りで。
 馬は興味がなくなったのか、また地面に伏せて寝始めた。

「さあ、仕事に戻りましょう。店先でたまに音がすると思いますが、気にしないで下さい」

 店員さん達は何だか納得していない様子だったが、無理やり納得してもらった。
 その後も二回集団が馬にふっ飛ばされていたけど、みんな気にしなくなった。
 ワース商会は、明日も頑張るのかな。

 その内に夕方になり、今日の営業は終了。
 うーん、店内があまり広くないから、もし店員を増やしても一人だな。

「サトー様、お疲れさまです。美人店員がいると話題になり、今日は過去最高益でした」
「あ、ありがとうございます」
「もしかしたら噂が噂を呼んで、明日はもっと忙しいかもしれませんね」
「それは結構ですな、俺も頑張ります……」

 トルマさんは売上が良くてほくほく顔だけど、俺は何だか微妙な気分だ。
 うう、明日のことを考えたくない。
 
 コマドリ亭に戻ってみんなで夕食を食べていた時に、ふとオース商会の話になった。

「あ、そういえば今日街を歩いていたら、何か美人店員がいるって話があったよ」
「うむ、妾もその話は聞いたのじゃ」
「間違いなくサトーさんの話ですよね。オース商会って言ってましたし」
「街中の噂なんて勘弁してよ」

 ミケは元気よく話していたけど、他の人はニヤニヤしながら話していた。
 みんなの耳にも届いているなんて、本当に勘弁してほしい。

 ちなみに今日の夕食は、オーク肉を薄めにスライスした生姜焼きもどき。
 ご飯もバッチリありますし、お味噌汁もどきもある。
 バスク領のギルドに卸した分を除いてもオーク肉はいっぱいあるから、適宜消費していかないと。
 旦那さんと娘さんは、白麦の使い道とその味にビックリしていた。
 
 食事が終わったら、昨日と同じく俺の部屋に集合。
 今日集めた情報を持ち寄って話をする。

「店頭で色々な人に話を聞いたけど、大体が領主不在で夫人が仕切っているのと、ここ数年は景気が悪く物価は上がり気味でギルドの依頼も少ないみたいですよ」
「サトーよ、店員しながらよくそこまで情報を集めたのう」
「はは、街のおばちゃんは色々な噂を知っているので、接客しながら話をききだしましたよ。後はワース商会から三回襲撃がありましたけど、馬に風魔法で吹き飛ばされてました」
「あのゴロツキレベルでは、いくらいても大した脅威じゃないもんね」
「ところで、領主が不在なのに王城に災害の報告にきたんですよね。その人は誰なんでしょうか?」
「それは妾も気になった。念の為に、父上にブルーノ侯爵の書いたサインの筆跡鑑定をお願いしてみよう」

 俺からの報告はこんなもんだな。
 店員やりながらは、このくらいが限度です。

「次は妾達じゃな。ギルドに行ってみたが、まあむさい男ばかりで息もできぬ。依頼掲示板はサトーの言った通りに、護衛依頼しかないぞ」
「そういえば、金になる依頼しか掲示してないって言っていたな」
「ここはギルドも怪しいと思った方が良いのじゃ。後は郊外に足を伸ばしたが、結構な大きさのスラムがあって、しかも獣人が殆どじゃった」
「これは、獣人から仕事を奪ったとみて間違いないですね」

 ビアンカ殿下の報告と今日接客した冒険者の話を聞く限り、ギルドもどこかで内部調査しないと。必ずどこかで闇ギルドなりとつながっていそうだ。
 スラムに関しては、今は手を付けられないな。

「続いては私です。国教会に行きましたが、なんと入館料を取っていました。しかも治療費も通常の十倍から五十倍です。ありえない金額です」
「うわー、なんですかその金の亡者は」
「そういえば、内装もかなり派手でしたね」
「これは父上に報告しないと。場合によっては、王都の本部が動く可能性もあるのじゃ」

 ルキアさんからの報告は、ある意味衝撃的だった。
 清廉潔白な教会が、金の亡者になっているのは問題だ。
 裏でどんな金の流れが出来ているか、とても不安だ。
 宿の奥さんの治療の件もあるから、ルキアさんは国教会に対して相当に頭にきているようだ。

「私は周辺の商会に色々聞きましたけど、サトー様の報告と大体は一緒です。その後城壁近くに行きましたが、またあの男がナンパしてきましたよ」
「あはは、昨日あったはずなのに、そのことを忘れてナンパしてきたからね」
「もうこの事は忘れましょう。その後はリン様とルキア様と合流して、人神教会に行きました。なんでしょうか胡散臭いというか怪しさ満点で、この宗教に騙される人が信じられないですね」

 オリガさんも災難だな。あの軽率な兵にまたナンパされたとは。
 そこまでのバカで、この街を守れるのかな?
 それと人神教会は、まだ様子がわからない。
 一体何をしているのか、もう少し探りを入れないと。

「サトーの言う通り、物価は高いねー。味も落ちるしあまりいいのじゃないよー」

 リーフの話は、おばちゃんの話の裏付けだな。
 物流が減少しているのが原因だろう。

 従魔からの報告はちょっと興味深いものがあった。
 タラちゃん達ワース商会組は、取り敢えず暫くは違法奴隷の移動が無いことが分かった。ただ、それを出荷というのはないだろう。
 後は、領主邸と人神教会に加えてギルドと国教会と頻繁にやり取りをしているという。
 やはりギルドと国教会は、ワース商会と繋がっていたのか。
 まだ牢などの位置が分からないので、明日も継続しての調査となった。

 ポチ達の領主邸組は、メイドさんの話を中心に集めたという。どうやら屋敷を仕切っているのは若い執事で、ワース商会や他の面会もまずはこの執事を通しているとのこと。
 後は領主は殆ど見たことがなく、夫人が内政を取り仕切り、若い執事も一緒に手伝っているという。
 夫人には子どもがいて、跡取り息子だという。
 前にルキアさんから聞いた、側室が今の夫人で、その側室の子どもが跡取り息子だろうな。
 こちらも、引き続き継続しての調査となった。

 一番の衝撃だったのは、フランソワ達の城壁組。何とあの軽率な兵含めて、城門の兵全てがワース商会の構成員だという。
 そりゃ兵の訓練なんぞ受けてないな。
 そういえば今日散々馬にワース商会のならずものが吹き飛ばされたけど、一回も騎士とかを見ていない。
 わお、これはかなり治安が危ういのでは。
 フランソワ達は、明日は国教会の監視になった。
 あの豪華な内装の裏側を探らないと。

「ビアンカ殿下、これは想像以上にまずい内容では?」
「妾も呆れて物が言えないのじゃ」
「しかしながら、騎士がいないのに何故か治安は悪くないですね」
「可能性としては自治会の様なものがあるのじゃろう。現に商会も普通に動いておる」
「明日トルマさんに、色々話をしたほうがいいですね」
「サトーに加えて妾とルキアも同席しよう」
「では、私達も明日はその辺を聞くようにしましょう」
「うむ、早速父上にこの事を報告するとしよう」

 まだ一日目だけど、分かったところと謎なところがあるな。
 明日はどこまで真相に近づけるのか。
 そう思っていたら、今夜もワース商会からのお客さんがきているようだ。

「はあ、タラちゃん。またバカがきたよ」
「本当に懲りない人だね、行ってくるね」
「宜しく」

 タラちゃんも思わず苦笑しながら、窓の隙間から下に降りていく。
 馬も気が付いたようだ。
 そして五分後にタラちゃん達が帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり、タラちゃん」
「今日は、人間ミノムシが十五個できたよ」
「それは中々爽快な光景だな。さあ、明日もあるから早く寝よう」

 今日はこれで解散。
 どうせ明日も懲りずにバカはやってくるはずだし、俺達は俺達で忙しいからさっさと休もう。
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