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第四章 ランドルフ伯爵領攻略に向けて

第百六話 エステル殿下の失敗

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「「おはようございます」」
「おはよーござーます」

 朝食後に、トムさん家族がお屋敷にやってきた。
 ちょっとふくよかな犬獣人の奥さんに、小さな犬獣人の男の子。
 奥さんは杖をつきながらだけど何とか歩けていて、男の子は奥さんの後に隠れて顔だけこちらに向いている。
 舌足らずな感じで、年齢よりも幼い印象だ。

「おはようございます、トムさん」
「おはようございます、ルキア様」
「今、案内をさせますので」
「トム様、こちらにどうぞ」

 マルクさんの案内で、トムさん家族はお屋敷の奥の部屋に案内されていった。

「さて、わたし達も仕事を始めましょう」
「そうですね。新しい人がくるから、緊張します」
「サトー様も緊張するんですね」
「いやいや、俺は小心者ですから」

 ルキアさん、俺はただの一般人ですから。
 緊張は普通にしますよ。

 今日も執務室で書類整理。
 次の面接の候補者が上がってきたので、申込内容ごとに分類していく。
 今回も兵士の申込みが多いけど、女性からの申込みもあるな。

「アルス王子、ルキアさん。兵士の申込みに女性からのもありますね」
「一部隊は作る予定だ。王都からきている部隊が帰ったら、自分達でこの領を守らないといけない」
「ブルーノ侯爵領は広いですから。人員もそれなりに必要です」

 今の部隊がいつ撤収するか分からないけど、そのうち自分達で領を守らないといけないが、俺は人神教国の件もあるから王都からの部隊は暫く残るような気がするんですよね。
 おや? この資料は難民の件だな。

「アルス王子、ルキアさん。エステル殿下とリンさんが連れてきた難民の代表の報告が上がってます。帰還は問題ないそうですよ」
「ふむ、ではバスク領へ使いをだすか。訓練を兼ねて兵士も派遣するかな」
「帰還する人数も多いですし、護衛を兼ねて兵士を派遣するのは賛成です。自治組織の人にもサポートしてもらいましょう」

 この帰還がうまく行けば、ブルーノ侯爵領とバスク領の兵士と文官だけで難民の帰還対応できる。
 バルガス領の難民も、対応できると助かるな。

「失礼します、トム様のご用意ができました」
「おお、随分と見違えたな」
「これなら誰から見ても問題ないですね」

 着替えたトムさんが執務室に入ってきたけど、着替えると随分と違った印象だ。
 ビシッとして、かっこよく見える。

「トムさん。さっそくここにいる方々を紹介します」
「へい」

 ルキアさんが執務室内にいる人を紹介し始めたが、エステル殿下とリンさんは兵士の訓練に立ち会っていて不在。
 それでも貴族当主に王族がいれば、インパクトとしては十分だろう。
 トムさんは、この中のメンバーにかなりビックリしていた。

「サトー様は貴族ではないのですか?」
「俺はただの冒険者ですよ。どうしてかここにいますが」
「はあ、左様ですか」

 どうもトムさんは俺が貴族でないのが不思議らしい。とってもハテナな顔で俺を見ていた。
 そんな俺とトムさんの様子を、アルス王子とビアンカ殿下は苦笑した様子で見ていた。
 ともあれ、紹介も終わったのでさっそく仕事開始となったのだか、トムさんがとある物を見つけてしまった。

「サトーさん、この書類ですが計算があっておりません」
「どれどれ? あっ、足すべき数値が一個ずつズレている」
「恐らくこの書類の山全てかと」
「はあ、エステル殿下の書類だ。トムさん、申し訳無いけど再計算お願いできますか?」
「へい、分かりました」

 さっそくファインプレーを見せてくれたトムさんだが、この書類の山を処理したエステル殿下をどうしようか。

「アルス王子、エステル殿下にはどう伝えますか?」
「もちろんストレートに伝える。あのバカが。マルク、エステルをここに大至急呼んでくれ」
「かしこまりました」

 ちょうどお茶を持ってきたマルクさんに対して、エステル殿下を呼びつけるように指示を出した。
 あちゃ、アルス王子が青筋たてて怒っているぞ。

「失礼します。お兄ちゃん、話って何?」
「エステル、そこに正座しろ」
「あれ? お兄ちゃん、何か怒っている?」

 部屋に入ってきたエステル殿下に対していきなり正座しろと指示したアルス王子。
 アルス王子が怒っているのを見て、エステル殿下はうろたえはじめた。

「エステル、この間お前が処理した書類が全て計算違いだ」
「えっ、マジで」
「トムの最初の仕事がお前の尻拭いだ。私ははお前に計算は慎重にやれと何回言ったんだ」
「お兄ちゃん、ごめんなさいー!」
「トムにも謝れ」
「トムさん、ごめんなさいー!」
「あの、その」

 トムさんはいきなり王族の人に土下座されて戸惑っているが、こればっかりは俺もかばえない。
 ルキアさんもルキアさんのお父さんもエステル殿下も、土下座しているエステル殿下を見てため息をついている。

「エステル、バスク領にリンと行ってもらおうとしたが、お前一人で行くように」
「えー、そんなー!」

 哀れエステル殿下は、難民の帰還対応を一人で行うことに。
 まあ、自治組織からもフォローされるはずだから、失敗はないと思うが。
 エステル殿下は相当落ち込んで、執務室を出ていった。

「アルス王子、暫くエステル殿下は書類整理は担当外ですね」
「ああ、余計な仕事を増やしやがって」

 珍しくアルス王子も頭を抱えていたが、書類整理は暫くエステル殿下の担当外は続きそうだな。

 それでもなんだかんだで夕方にはエステル殿下のリカバリも終わり、その後も順調に書類整理は進んでいった。
 トムさんも確実に書類を処理してくれるので、非常に助かる。

「「お兄ちゃんお仕事終わった?」」
「こらこら、まだ仕事終わってないぞ」

 仕事が終わりってところで、ララとリリが執務室に入ってきた。
 その後ろには、レイアとレイアに手を引かれたトムさんの息子さんがいた。

「パパ、この子のお母さんの治療終わったよ」
「そうか、どうだ?」
「うーん、あと一回は治療が必要かも」
「あー、レイアだけずるい。ララも治療したもん」
「リリも、リリもちゃんと治療したよ」
「はいはい、よくできました」
「「えへー」」

 レイアに治療のご褒美に頭を撫でてやったらララとリリも撫でろと言ってきたので、順番に頭を撫でてやった。
 
「その子とも仲良くしていたか?」
「うん、飛龍に乗って遊んでたー」
「そ、そうか」

 飛龍もすっかり子ども達の遊び相手だな。
 見た目はドラゴンなのに、子ども達の適応力は凄いな。
 レイアが返事していたけど、ララとリリも飛龍に乗っていたんだろう。
 
「父ちゃん」
「仲良くしてもらったか?」
「うん!」

 お、息子さんはトムさんに抱きついて頭をスリスリして甘えている。
 トムさんも子どもの目の前だと、父親の目になるんだな。

 ちょうどきりもいいので、今日の書類整理はこれで終了。
 明日は新たな面接もあるから、俺も頑張らないと。
 と、ここでアルス王子から俺に追加情報が。
 
「サトー、今回の難民の帰還にあわせてこの間話した軍務卿と孫も来ることになる」
「となると、明後日には到着するのですね」
「何でも軍務卿はサトーの噂を聞いており、是非会いたいと申しているそうだ」
「一体どんな噂が広まっているのか、とても不安なんですけど」

 俺のイメージの軍務卿は、とてもガタイがいいひげのおじいちゃん。
 一体どんな話をしてくるのか、とっても不安でならない。
 そして、廊下に出たところでシルとリーフから更に追加の話が。

「主、明日朝の訓練はドラコとベリルと一緒だぞ」
「兵士達に、普段の訓練を見せるって話になったよー。サトーは追加の訓練もあるよー」
「シルとリーフ。それは、さらりと言う話ではないぞ」

 さらりと朝の訓練に参加する事を言われてしまい戸惑っていると、後ろからドラコがニッコリとして俺の腕を掴んでいた。足元にはベリルもいる。
 これは逃げられないな。

「ララも参加する」
「リリも」
「レイアも」
「ミケも参加するよ!」

 更に子ども達が元気よく手を上げ始めた。
 これで参加しませんとはいえない空気になった。
 参加しないとなると、子ども達が一斉に泣きそうだ。
 くそう、完全にシルとベリルにしてやられた。
 明日筋肉痛にならないことを祈ろう。
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