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怒りの爆発
「うわぁぁぁ!!」
翼は、とてつもない恐怖を感じて、ベッドの上で飛び起きた。心臓はドクドクと脈打っていて、冷や汗が流れる。慌てて咄嗟にスマホを見て時間を確認する。今は夜中だ。
「怖い夢……じゃない。なんだ、この感じ、何が起きているんだ」
動悸が収まらず、少しパニックになっている翼は、声に出しながら、部屋の周りを見渡した。とにかく、何かが怖い。
「部屋が……暗い……??」
部屋がいつもより暗く感じて、さらに恐怖を感じた翼は、部屋の電気をつけた。
明るくなった部屋を見て、翼は叫びそうになった。だが両親が家に居るため、必死で耐える。
あの黒いモヤが、部屋の中にまで、濃く漂っていたのだ。
翼は、咄嗟に、枕元に置いてあった清一から貰った石の入った巾着と、駒猫から手渡された赤いお守りを握りしめた。手の中からあたたかさを感じて、少しだけ落ち着きを取り戻す。その時、翼のスマホが鳴った。有美からの着信だ。
「もしもし」
「翼くん? こんな時間に本当にごめんね。でも、でも……」
「分かってるよ。怖いんだよね。今までにないくらい」
「うん……。何か分からないのに、もの凄く怒りを感じて、それが周り全部にまとわりついている気がして……こんなこと、今まで感じたことなくて。こんな時間だし、他の人に言っても、変な人間だとしか思われないけれど、翼くんならって……」
「ありがとう、僕の感じることを信じてくれて。僕も同じ感覚になっていたから、有美さんの声を聞いて安心したよ」
自分より恐怖で怯えている有美をなんとか落ち着かせようとしているうちに、翼は今の状況を少しだけ冷静に考えることができた。
このモヤは、広仁神の怒りだ。そして、昨日再開された工事は、広仁神社の敷地内だった場所。
「有美さん、僕、この恐怖の正体が、なんとなく分かるんだ。これから、対応できる人のところに行って、手伝えることは手伝って来ようと思う」
「対応できる人……? それって、翼くんからよく聞く人たち……?」
「そう。僕にできることがあるか分からないけれど、行ってくるよ。帰ったら必ず連絡するから、待っていてくれる? 絶対にこの状況をなんとかするから」
「手伝えることがあるなら、私も……!!」
「この時間に交通手段はないし、危険だよ。それに、僕も邪魔になるかもしれないしね。でも、その代わり、お願いがあるんだ」
「うん、私にできることなら、なんでも言って」
「ありがとう。えっとね……」
翼は、有美との電話を切ると、酔った地元の友達から連絡が来たので、二次会から顔を出してくると嘘のメモを両親に残し、お守りを首から下げて準備をすると、外へと出た。
夜の暗さだけでなく、モヤの暗さが立ちこめている。
「行かなきゃ」
翼は、声に出して自分に気合いを入れると、歩き出した。すぐにお守りが光を示す。その方向は、緑風堂だ。
緑風堂に向かって、翼は夜中の山道に入った。持ってきた懐中電灯の明かりを頼りに、前に進む。
「めう、めう?」
「めうめう!!」
本来なら日が落ちたらすぐ眠ってしまう山のメウたちの声が聞こえた。この異変を感じて、起きてしまったのだろう。
もうすぐ駒猫の神社の近くにあたる分かれ道にさしかかった翼は、違和感を感じて立ち止まった。光は、緑風堂への道を示している。だが、モヤが異常に濃く、その恐怖の気配を感じるのは、反対の道なのだ。
反対の道には恐怖の気配の根源がある気がする。だが、光が指し示すのは、緑風堂。無意識にお守りを握りしめた翼は、ハッとなった。
このお守りは、翼を安全な場所へと導くもの。翼を助けてくれる何かがいる場所に、導いてくれるもの。緑風堂に行けば、翼は必ず守られる。だってあそこには、この山そのものの、モバと清一がいるのだから。
でも……。
翼は息を吸い込むと、意を決して、光の示す方向と反対方向に歩き始めた。モヤが一気に体を包み込む。お守りのお陰でなんとか耐えられるが、今までに感じたことのない重さに、恐怖。それでも翼は、その方向に歩く。
翼は、この恐怖の根源がこの先にあると感覚で感じていた。そしてそれはきっと、広仁様だ。何故、広仁神社のあった場所でなく、梅山町でもなく、緑島町の山中から感じるのかは分からないが、翼には、この感覚に確信めいたものもあった。
守られる場所に行くのは簡単だ。だが、翼はそれを選べなかった。清一は、きっと翼を危険から守ってくれるであろう。でも、このモヤのことから始まり、様々な出会いを得て、ここまで来たのに、ここで守られて、何もできないのは嫌だったのだ。
そう考えて歩くことに、翼自身が驚いていた。前の翼だったら、こんなに恐ろしいところに行こうなんて思わなかった。怖いことがあれば、清一を始め、いつも誰かが守ってくれていた。それが安心できた。だからこそ、前に進めた。前に進めて、自分の力で少しずつ歩けるようになったのだ。それでも今は、自分の意思で、広仁様のところに行きたい。そう思い、重い体を引きずり、前へと進む。
少し歩いたところで、翼は動けなくなった。恐怖の度合いが、一層強くなる。懐中電灯の明かりがあるはずなのに、明かりが映すのは、黒いモヤ。
危険だ。本当に、キケンだ。
感覚が、翼に警告をする。体は重く、足がすくむ。恐怖で、動悸も冷や汗も止まらない。人如きが、近づくことすら阻まれる感覚に、翼は恐怖で泣きそうになったが、それでも引き返すという選択肢は浮かばなかった。
「翼さん!! 何をしているのですか!! 早く緑風堂の、モバ様と清一様の側に!! ここは今、ヒトのあなたが耐えられる場所ではありません!!」
聞き慣れた声が聞こえて、翼は声の方向を見た。真っ暗で見えないはずなのに、その場だけがハッキリと見える。
そこには、駒猫が、見たこともない険しい顔をして、立っている。駒猫があの場所から動いているところを初めて見るくらい、今の状況は危険なのだろう。
「でも……。この先には、広仁様がいるんですよね……??」
駒猫の姿を見て、翼は少し安心感を覚えながら、必死で駒猫に聞いた。
「そうです。だからこそ、早く緑風堂へ行くのです。私が送ります。主に命じられたのです。翼さんを守るようにと。あのヒトらが、広仁様の神社で大切に奉られていた石を、ゴミと一緒に、山へ捨てました。見た目は普通の石ですし、敷地内に置かれているだけでしたから、ヒトらには区別ができなかったのでしょう。広仁様の怒りは、もうどうにもできません。さぁ、早く行きましょう」
翼に説明をしながらも、急かす駒猫。だが、翼は動かない。
「どうにもできないって……じゃあ、どうなるんですか……??」
「こうなってしまえば、もう我々にも、主にも、何もできないんです。ヒトらがゴミを捨てた場所は、緑島町。玉沖様の領域です。本来なら亀本様のみ動くのでしょうが、玉沖様が直々に動き、終わらせるでしょう。さぁ、早く」
「終わらせる……??」
翼が呟いた言葉に、駒猫が慌てた顔をした。翼の安全を優先して急かすあまり、翼に聞かせるには酷な事実を言ってしまったのだ。
「終わらせるって、どうやって……?」
「……翼さんの安全が先です」
駒猫は、そう言って譲らない。そんな駒猫を、翼は真っ直ぐに見た。
「お願いします。教えて下さい」
「翼さん、私たちは……私たちは、翼さんの頑張りを見てきました。それを少しですが手助けもしました。翼さんが、周りの助けを得ながらも、自分の力でしっかりと歩き続けた姿を、ずっと見ていました。それでも……それでも、その結果が、望むように叶わず、報われないことも、この世にはあるのです」
駒猫が、真っ直ぐに翼を見つめ返す。翼が、駒猫に頷いた。
「今なら、その言葉が分かります。どんなに頑張って努力しても、叶わないことは沢山ある。僕はあれだけ努力して入った大学で、必死で頑張ったけれど、あの場所で、自分が望んだような、何者にもなれなかった。でも、そういうことも全部自分の経験で、感謝して、時には逃げて、前に進んでいれば、次の道を知ることができる。道は一つじゃない。そう教えてくれたのは、駒猫さんたちです」
「これ以上、翼さんが重荷を背負うことは……」
「お願いです。終わらせるとはどういうことなのか、教えて下さい」
翼は、駒猫に向かって頭を下げる。
知るのは、怖い。知ってしまえば、辛いこともある。責任だって伴う。知る必要がないことも、沢山ある。それでも、知りたい。ここで何も知らずに安全な場所へと行ったら、きっと、後悔する。そう思いながら、翼は頭を下げ続けた。
「……玉沖様は、この領域を守るお方。この領域自体を、そしてこの領域に住むヒトらを、守らなければならないお方です。それが、玉沖様のお役目なのです。広仁様の影響は、多く出ています。翼さんにもですし、他の方にも。敏感な方は、体調をさらに崩しているでしょうし、キューピーさんのところに避難しているあやかしさんも……。広仁様は、怒りに飲まれ、もう、ご自身でも止められないのでしょう。ならば、玉沖様のお役目は一つ。広仁様を、切らねばなりません」
駒猫の言葉に、翼は、ゆっくりと顔をあげた。駒猫は、真っ直ぐに自分を見ている。嫌な汗が流れ、心臓がさらに早く鼓動を鳴らす。
「き……る……??」
「そうです。玉沖様は、この緑島の為に、必要とあれば、神を切ることも許されたお方。いえ、やらねばならぬお方なのです」
「そうしたら……広仁様は……」
「ヒトで言う、死を迎えます」
翼は、何も言えなかった。駒猫は、真っ直ぐに、真剣な顔で自分を見ている。
「もう、私たちですら、何もできないのです。さぁ、行きましょう」
「い、嫌ですっ……!!」
「翼さん!!」
「嫌です!! そんなの、嫌です!!」
「分かっています、ですが、どうにもならないのです!!」
翼と駒猫の言い争う声が、暗闇の山に響き渡る。
その様子を、起きてきてしまったメウたちが、不安そうに見守っているのだった。
※※※
「お、準備できたか」
玉沖神社で、いつものように、気怠そうにのんびりと憲和神が言った。手には、いつもの煙管を持っている。
「何故一緒に行こうとしておるのじゃ。お主の仕事ではあるまい」
憲和神に答えた玉沖神は、いつもと違う着物を着ている。氏神としての正装である煌びやかな着物と羽織を着て、手には大きな薙刀。
「なぁに。お前さんの仕事っぷりを見ようと思ってな」
いつものように笑う、憲和神。そこに、和幸神が入ってきた。和幸神もいつもとは違う着物。煌びやかな、神としての正装だ。
「和幸。どういうつもりじゃ」
「俺だって、母ちゃんと一緒に、ここを守っていくんだ。だから、ちゃんと見ておかなきゃいけないでしょ」
玉沖神が驚いた顔をして和幸神を見る。和幸神の目は真剣で、いつもとは大違いだ。
「なんだ、俺だけこんな格好じゃ、締まらねぇなぁ」
憲和神が笑う。
「お主ら……」
「何も言うなよ。俺たちは、己の意思で、お前と共に行くんだ」
玉沖神の言葉を遮り、憲和神が少し力を込めた声で言った。
「……感謝する」
玉沖神はそう言うと、歩き始めた。その後ろを、憲和神と和幸神が追って、玉沖神社を出たのだった。
「うわぁぁぁ!!」
翼は、とてつもない恐怖を感じて、ベッドの上で飛び起きた。心臓はドクドクと脈打っていて、冷や汗が流れる。慌てて咄嗟にスマホを見て時間を確認する。今は夜中だ。
「怖い夢……じゃない。なんだ、この感じ、何が起きているんだ」
動悸が収まらず、少しパニックになっている翼は、声に出しながら、部屋の周りを見渡した。とにかく、何かが怖い。
「部屋が……暗い……??」
部屋がいつもより暗く感じて、さらに恐怖を感じた翼は、部屋の電気をつけた。
明るくなった部屋を見て、翼は叫びそうになった。だが両親が家に居るため、必死で耐える。
あの黒いモヤが、部屋の中にまで、濃く漂っていたのだ。
翼は、咄嗟に、枕元に置いてあった清一から貰った石の入った巾着と、駒猫から手渡された赤いお守りを握りしめた。手の中からあたたかさを感じて、少しだけ落ち着きを取り戻す。その時、翼のスマホが鳴った。有美からの着信だ。
「もしもし」
「翼くん? こんな時間に本当にごめんね。でも、でも……」
「分かってるよ。怖いんだよね。今までにないくらい」
「うん……。何か分からないのに、もの凄く怒りを感じて、それが周り全部にまとわりついている気がして……こんなこと、今まで感じたことなくて。こんな時間だし、他の人に言っても、変な人間だとしか思われないけれど、翼くんならって……」
「ありがとう、僕の感じることを信じてくれて。僕も同じ感覚になっていたから、有美さんの声を聞いて安心したよ」
自分より恐怖で怯えている有美をなんとか落ち着かせようとしているうちに、翼は今の状況を少しだけ冷静に考えることができた。
このモヤは、広仁神の怒りだ。そして、昨日再開された工事は、広仁神社の敷地内だった場所。
「有美さん、僕、この恐怖の正体が、なんとなく分かるんだ。これから、対応できる人のところに行って、手伝えることは手伝って来ようと思う」
「対応できる人……? それって、翼くんからよく聞く人たち……?」
「そう。僕にできることがあるか分からないけれど、行ってくるよ。帰ったら必ず連絡するから、待っていてくれる? 絶対にこの状況をなんとかするから」
「手伝えることがあるなら、私も……!!」
「この時間に交通手段はないし、危険だよ。それに、僕も邪魔になるかもしれないしね。でも、その代わり、お願いがあるんだ」
「うん、私にできることなら、なんでも言って」
「ありがとう。えっとね……」
翼は、有美との電話を切ると、酔った地元の友達から連絡が来たので、二次会から顔を出してくると嘘のメモを両親に残し、お守りを首から下げて準備をすると、外へと出た。
夜の暗さだけでなく、モヤの暗さが立ちこめている。
「行かなきゃ」
翼は、声に出して自分に気合いを入れると、歩き出した。すぐにお守りが光を示す。その方向は、緑風堂だ。
緑風堂に向かって、翼は夜中の山道に入った。持ってきた懐中電灯の明かりを頼りに、前に進む。
「めう、めう?」
「めうめう!!」
本来なら日が落ちたらすぐ眠ってしまう山のメウたちの声が聞こえた。この異変を感じて、起きてしまったのだろう。
もうすぐ駒猫の神社の近くにあたる分かれ道にさしかかった翼は、違和感を感じて立ち止まった。光は、緑風堂への道を示している。だが、モヤが異常に濃く、その恐怖の気配を感じるのは、反対の道なのだ。
反対の道には恐怖の気配の根源がある気がする。だが、光が指し示すのは、緑風堂。無意識にお守りを握りしめた翼は、ハッとなった。
このお守りは、翼を安全な場所へと導くもの。翼を助けてくれる何かがいる場所に、導いてくれるもの。緑風堂に行けば、翼は必ず守られる。だってあそこには、この山そのものの、モバと清一がいるのだから。
でも……。
翼は息を吸い込むと、意を決して、光の示す方向と反対方向に歩き始めた。モヤが一気に体を包み込む。お守りのお陰でなんとか耐えられるが、今までに感じたことのない重さに、恐怖。それでも翼は、その方向に歩く。
翼は、この恐怖の根源がこの先にあると感覚で感じていた。そしてそれはきっと、広仁様だ。何故、広仁神社のあった場所でなく、梅山町でもなく、緑島町の山中から感じるのかは分からないが、翼には、この感覚に確信めいたものもあった。
守られる場所に行くのは簡単だ。だが、翼はそれを選べなかった。清一は、きっと翼を危険から守ってくれるであろう。でも、このモヤのことから始まり、様々な出会いを得て、ここまで来たのに、ここで守られて、何もできないのは嫌だったのだ。
そう考えて歩くことに、翼自身が驚いていた。前の翼だったら、こんなに恐ろしいところに行こうなんて思わなかった。怖いことがあれば、清一を始め、いつも誰かが守ってくれていた。それが安心できた。だからこそ、前に進めた。前に進めて、自分の力で少しずつ歩けるようになったのだ。それでも今は、自分の意思で、広仁様のところに行きたい。そう思い、重い体を引きずり、前へと進む。
少し歩いたところで、翼は動けなくなった。恐怖の度合いが、一層強くなる。懐中電灯の明かりがあるはずなのに、明かりが映すのは、黒いモヤ。
危険だ。本当に、キケンだ。
感覚が、翼に警告をする。体は重く、足がすくむ。恐怖で、動悸も冷や汗も止まらない。人如きが、近づくことすら阻まれる感覚に、翼は恐怖で泣きそうになったが、それでも引き返すという選択肢は浮かばなかった。
「翼さん!! 何をしているのですか!! 早く緑風堂の、モバ様と清一様の側に!! ここは今、ヒトのあなたが耐えられる場所ではありません!!」
聞き慣れた声が聞こえて、翼は声の方向を見た。真っ暗で見えないはずなのに、その場だけがハッキリと見える。
そこには、駒猫が、見たこともない険しい顔をして、立っている。駒猫があの場所から動いているところを初めて見るくらい、今の状況は危険なのだろう。
「でも……。この先には、広仁様がいるんですよね……??」
駒猫の姿を見て、翼は少し安心感を覚えながら、必死で駒猫に聞いた。
「そうです。だからこそ、早く緑風堂へ行くのです。私が送ります。主に命じられたのです。翼さんを守るようにと。あのヒトらが、広仁様の神社で大切に奉られていた石を、ゴミと一緒に、山へ捨てました。見た目は普通の石ですし、敷地内に置かれているだけでしたから、ヒトらには区別ができなかったのでしょう。広仁様の怒りは、もうどうにもできません。さぁ、早く行きましょう」
翼に説明をしながらも、急かす駒猫。だが、翼は動かない。
「どうにもできないって……じゃあ、どうなるんですか……??」
「こうなってしまえば、もう我々にも、主にも、何もできないんです。ヒトらがゴミを捨てた場所は、緑島町。玉沖様の領域です。本来なら亀本様のみ動くのでしょうが、玉沖様が直々に動き、終わらせるでしょう。さぁ、早く」
「終わらせる……??」
翼が呟いた言葉に、駒猫が慌てた顔をした。翼の安全を優先して急かすあまり、翼に聞かせるには酷な事実を言ってしまったのだ。
「終わらせるって、どうやって……?」
「……翼さんの安全が先です」
駒猫は、そう言って譲らない。そんな駒猫を、翼は真っ直ぐに見た。
「お願いします。教えて下さい」
「翼さん、私たちは……私たちは、翼さんの頑張りを見てきました。それを少しですが手助けもしました。翼さんが、周りの助けを得ながらも、自分の力でしっかりと歩き続けた姿を、ずっと見ていました。それでも……それでも、その結果が、望むように叶わず、報われないことも、この世にはあるのです」
駒猫が、真っ直ぐに翼を見つめ返す。翼が、駒猫に頷いた。
「今なら、その言葉が分かります。どんなに頑張って努力しても、叶わないことは沢山ある。僕はあれだけ努力して入った大学で、必死で頑張ったけれど、あの場所で、自分が望んだような、何者にもなれなかった。でも、そういうことも全部自分の経験で、感謝して、時には逃げて、前に進んでいれば、次の道を知ることができる。道は一つじゃない。そう教えてくれたのは、駒猫さんたちです」
「これ以上、翼さんが重荷を背負うことは……」
「お願いです。終わらせるとはどういうことなのか、教えて下さい」
翼は、駒猫に向かって頭を下げる。
知るのは、怖い。知ってしまえば、辛いこともある。責任だって伴う。知る必要がないことも、沢山ある。それでも、知りたい。ここで何も知らずに安全な場所へと行ったら、きっと、後悔する。そう思いながら、翼は頭を下げ続けた。
「……玉沖様は、この領域を守るお方。この領域自体を、そしてこの領域に住むヒトらを、守らなければならないお方です。それが、玉沖様のお役目なのです。広仁様の影響は、多く出ています。翼さんにもですし、他の方にも。敏感な方は、体調をさらに崩しているでしょうし、キューピーさんのところに避難しているあやかしさんも……。広仁様は、怒りに飲まれ、もう、ご自身でも止められないのでしょう。ならば、玉沖様のお役目は一つ。広仁様を、切らねばなりません」
駒猫の言葉に、翼は、ゆっくりと顔をあげた。駒猫は、真っ直ぐに自分を見ている。嫌な汗が流れ、心臓がさらに早く鼓動を鳴らす。
「き……る……??」
「そうです。玉沖様は、この緑島の為に、必要とあれば、神を切ることも許されたお方。いえ、やらねばならぬお方なのです」
「そうしたら……広仁様は……」
「ヒトで言う、死を迎えます」
翼は、何も言えなかった。駒猫は、真っ直ぐに、真剣な顔で自分を見ている。
「もう、私たちですら、何もできないのです。さぁ、行きましょう」
「い、嫌ですっ……!!」
「翼さん!!」
「嫌です!! そんなの、嫌です!!」
「分かっています、ですが、どうにもならないのです!!」
翼と駒猫の言い争う声が、暗闇の山に響き渡る。
その様子を、起きてきてしまったメウたちが、不安そうに見守っているのだった。
※※※
「お、準備できたか」
玉沖神社で、いつものように、気怠そうにのんびりと憲和神が言った。手には、いつもの煙管を持っている。
「何故一緒に行こうとしておるのじゃ。お主の仕事ではあるまい」
憲和神に答えた玉沖神は、いつもと違う着物を着ている。氏神としての正装である煌びやかな着物と羽織を着て、手には大きな薙刀。
「なぁに。お前さんの仕事っぷりを見ようと思ってな」
いつものように笑う、憲和神。そこに、和幸神が入ってきた。和幸神もいつもとは違う着物。煌びやかな、神としての正装だ。
「和幸。どういうつもりじゃ」
「俺だって、母ちゃんと一緒に、ここを守っていくんだ。だから、ちゃんと見ておかなきゃいけないでしょ」
玉沖神が驚いた顔をして和幸神を見る。和幸神の目は真剣で、いつもとは大違いだ。
「なんだ、俺だけこんな格好じゃ、締まらねぇなぁ」
憲和神が笑う。
「お主ら……」
「何も言うなよ。俺たちは、己の意思で、お前と共に行くんだ」
玉沖神の言葉を遮り、憲和神が少し力を込めた声で言った。
「……感謝する」
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