巡り会い、繋ぐ縁

Emi 松原

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怒りの元へ

「翼さん……。ここに居ること自体が、耐えられないでしょう。さぁ、行きましょう」
 一通り駒猫に拒否をして、黙ってしまった翼に、駒猫が優しくゆっくりと言った。
「いや、です。僕、僕……このモヤが、怖かった。やばいと思って、助けてくれるっていう緑風堂のことを聞いて、モバと出会いました。そこから、全てが変わったんです。もし、僕がモヤを気にせず、緑風堂のことも無視していれば、僕は、一人暮らしに戻って、何も満たされずに、でもどうすれば良いか分からずに、ずっと生きていったかもしれないんです」
「……」
 翼の目から、涙がこぼれる。駒猫は、黙って翼の言葉を聞いていた。
「緑風堂での毎日は、楽しかった。自然の中で、モバと遊んで、メウたちと遊んで、色んな神様や、あやかしさんと出会って、沢山話して、僕は、心を回復させました。それで、有美さんたちの活動を知って、駒猫さんのところの神様がお守りをくれて、一歩踏み出したんです。そこから、新しい道に出会えたんです」
 翼は泣きながら、自分の手を握りしめる。
 思い出すのは、有美と初めて出会った日。広仁神社のあった場所に、お参りした日。
「僕は、広仁様に感謝しているんです。ばぁちゃんと散歩でまわっていただけだったはずの神社が、みんなと繋いでくれたんです。僕は……こんなこと考えたらいけないのかもしれないけれど、広仁様の怒りのモヤがあったから、ここまで歩けるようになったんです。だから広仁様に感謝しているし、消えて欲しくないんです。憲和神様が言ってたんです。ヒトの声が、届くこともあるって。僕は、僕の、僕たちの感謝を、伝えに行きたい」
 泣きながら、だがハッキリと翼が言った。駒猫は、そんな翼をじっと見つめている。
「翼さん。今ここに居るだけで、あなたは立っているのもやっとのくらい、負担がかかっているのは分かりますね? これ以上、広仁様のお近くに行くと、ヒトであるあなたが、どうなるか分からないのですよ」
「はい。感覚で分かります。それでも、行きたいです。もし、目の前で広仁様が切られたら、その時に、本当に諦めます」
 翼の言葉に、駒猫が、黙って翼の側に来た。駒猫が側に来た瞬間、翼の体が少し軽くなり、呼吸が落ち着いてくる。
「絶対に、私が直に守れるように、私から離れないと、勝手に動かないと約束できますか」
 駒猫の言葉に、翼は目を見開いた。駒猫は、今までにないくらい力強い目で、翼を見ている。
 翼は、涙を拭きながら、ゆっくりと頷いた。
「はい。約束します」
 翼の言葉に、駒猫も頷くと、翼の側にピタリと張り付き、一緒に歩き出す。広仁神の元を目指して。

「あそこですね。翼さん、無事ですか?」
「はい……なんとか……」
 駒猫の声に、翼はなんとか頷いた。駒猫に守られているので、山に入った時ほど辛くはないものの、恐怖が翼を支配している。懐中電灯はあっても無駄になってしまい、鞄の中にしまった。駒猫が光を発しているのか、駒猫の側にいると、ある程度見えるのだ。
 そして翼と駒猫の先には、深い闇があった。その深い闇から、黒いモヤが吹き出している。あの中に、広仁神がいるのだと、翼は無意識に感じていた。
「何故ここに、ヒトがいる」
 突然、数人の人影に囲まれて、翼はビクッとなり、固まった。どうすれば良いか分からずに固まっている翼に寄り添いながら、駒猫が声を上げる。
「この子は、広仁様に会いに来た、緑風堂の職員であるヒトの子。広仁様のお力になりたいと、自らここに来たヒトの子。お通し願います」
 人影が、じっと翼を見つめている。そんな人影の中から、煌びやかな着物を着て、黒いひげを生やし、腰に刀を据えた厳つい男の神が現れた。
「そのヒトの子は、玉沖の姉様のところの子ではないか。儂のところにもしょちゅう来ておる。お主ら、一旦下がるのだ。この子は、清い子だ」
 男の神の言葉に、人影がスッと一歩下がる。男の神が、翼に近づいた。
「ヒトの子、驚かせて済まなかった。我は亀本。そなたらがいつも集まっている場所に住む者だ。ここに居る神らは、広仁の側で、ずっと広仁を擁護してきた神たちでな。最後を見守ると聞かないのだ。それにしても、こんなところまで来るとは……。いくら玉沖の姉様のところの子で、緑風堂の職員であっても、そなたはヒトの体を持つヒトの子。こんな場所にいては、飲まれてしまうぞ」
 翼は、この男の神が亀本神だと分かり、少しホッとすると、必死で言葉を紡ぎながら、駒猫に言ったように、ここへ来た経緯を説明した。
「そうか……。お主らがずっと広仁の為に動いておったことは、儂も側で見ておる。皆の者、聞いたであろう。このヒトの子を、広仁の声が聞こえる場所へ。玉沖の姉様のところの子だ。くれぐれも何もないように、守るのだ。氏子に何かあった時の玉沖の姉様は、止められぬぞ」
 人影が頷くと、道が開く。翼は、亀本神に従い、側に張り付いている駒猫と一緒に、あの深い闇に近づく。

【許さぬ……。許さぬぞ……】

 深い闇の中から、低く、恐ろしい声が、翼の頭に響き渡った。その恐怖で、翼の足が止まり、体が震える。翼はそんな自分をしっかりと保たせる為に、自分の拳を握りしめた。
「聞こえるであろう。広仁の声が。我らが何を言っても、もう届かぬのだ。怒りに飲まれ、恨みに飲まれ、破壊しか生まなくなっている」
 亀本神の言葉に、翼は黙って頷いた。
 そして、必死に声を絞り出して、広仁神に向かって、声をかける。
「広仁神様、僕、神谷 翼です。子供の頃、ばぁちゃんといつもお散歩で、広仁神社へ行っていました。今回、広仁神様のお陰で、有美さんたちと出会い、広仁神社を復興できないかと活動している者です」
 広仁神から答えはない。それでも翼は続ける。
「僕、広仁神様に感謝を伝えたくて、消えて欲しくなくて、ここまで連れてきてもらいました。広仁神社が、沢山のものを繋いでくれたんです」
【感謝……? ならば、ならば何故、このような仕打ちを……!!】
 広仁神のいる深い闇から、一気に黒いモヤが吹き出した。即座に駒猫が翼の前に立ち、亀本神を初めとする神たちも、翼を守ろうとする。その黒いモヤは、深い闇と同化しているようで、一気に翼に向けて襲ってきた。
 翼は、その恐ろしさに、目を閉じた。体は一気に重くなり、吐き気がする。気がついたら翼は両足を地面につけ、体をまるめていた。
 ここで死ぬのだろうか。翼が、ふとそう思ったその時。

「我が可愛い氏子に、何をしておるのじゃ。誰であろうと、許さぬぞ」

 力強い、女性の声がしたと思った瞬間、翼の苦しみが消えた。
 翼は、まるめた体を持ち上げて、膝を付けたまま、顔を上げる。駒猫が自分に寄り添ってくれていて、女性の声のした方向を見つめている。その目線につられて、その方向を見た翼は、驚くと同時に、力が抜ける。
「よぉ。おめぇ、ここまで来ちまったのか。案外、執念深かったんだな」
 煌びやかな着物を着て、大きな薙刀を持っている女性の神の隣で、いつもの格好の憲和神が、くくくと笑っていた。
「翼さん、流石にここは駄目だよ。ヒトに耐えられるものじゃないよ」
 憲和神と反対側で女性の隣に立っているのは、和幸神。いつもと違い、煌びやかな着物を着て、強く、神秘的な雰囲気をまとっている。
「駒猫。これはどういうことじゃ。そなたは、我が可愛い氏子を守る為に動いていたはずであろう」
 翼は、女性の神を見た。
 憲和神と和幸神の中心にいて、翼のことを可愛い氏子だと言う。この女性の神こそが、豊穣の神であり、氏神。憲和神の伴侶であり、和幸神の母である、玉沖神だ。
「玉沖神様、申し訳ありません。私は、翼さんの心に打たれました。ならば、助けを出すのが、我らの役目。どんな罰でも、受ける覚悟です」
 駒猫の言葉に、翼はハッとなって、慌てて玉沖神に向かって頭を下げる。
「駒猫さんは悪くないんです!! 僕が、どうしてもって、無理を言って……」
「顔を上げよ。我が可愛い氏子」
 玉沖神の言葉に、翼は顔を上げた。
 玉沖神の言葉には、逆らうことのできない、圧倒的な力がある。他の神とは、比べものにならない程に強い力が、そこにはあった。
 憲和神は面白そうに笑い、和幸神は心配そうに翼を見つめている。
「我が可愛い氏子よ。そなたはよくやった。そなたは誇り高き行動をとった。じゃが、聞いたであろう。広仁の恨みの声を。広仁は、己を慕うヒトの声すら聞こえなくなったのじゃ。……分かってくれるな?」
 玉沖神が、力強く、ゆっくりとした言葉を翼にかける。
 翼は、何も答えることができず、黙って下を向いたのであった。

※※※

「飼い主様、誰かが泣いているもば」
「おや、モバ。起きてしまったのかい? そうだね、誰かが泣いているね。でも、そんなのよくあることだろう? さぁ、気にせず、寝ようね」
 いつもなら清一の言葉に従い、甘えてくるはずのモバが、真剣に清一を見ている。
「悲しいもば。とても、悲しくて、苦しいもばよ。行ってあげなくちゃいけないもば」
「モバ、モバが行く必要はないんだよ。もうすぐ悲しみも、苦しみもなくなってしまうからね」
「でも、モバが行かなきゃいけない気がするもば。飼い主様と出会った時も、悲しくて、苦しくて、泣いていたもばよ」
「モバ……」
「それに、いっぱの悲しみと、苦しいの中に、翼もいるもば」
「……翼くんは玉沖様のところの子だ。必ず守って貰えるよ」
「でも、モバが行かなきゃ駄目もばぁぁぁ!!」
 モバが、驚くほど大きな声をあげて、走り出す。
 清一はその姿を見て、どこか辛く悲しそうに、息を吐き出したのだった。

※※※

「はははっ……。終わりだ。終わったんだ」
 荒れた高級マンションの部屋。鳴り響く電話。男が、壊れた人形のように笑っている。妻はさっさと荷物をまとめて他の男のところに出て行った。息子も、絶望した顔をして飛び出して行く。
 そんな男を見ながら、貧天が楽しそうに、大きく伸びをした。
「あーあっ、終わっちゃった。久しぶりに、凄く居心地が良かったのになぁ」
「あんたって、ほんとある意味恐ろしい神よね。ま、利石会社はここで終わりね。弁護士が優秀で、利石会社の汚職や、多額の借金を見つけたんだから。あんたが居座った時点で、ほとんどはこうなる運命だけれど」
 貧天の横で呆れたように言う死乃子。そんな死乃子を、貧天が見る。
「そっちは仕事の時間?」
 貧天の言葉に、死乃子が静かに頷く。
「仕事があるか、分からないけれどね。あの子の名前、消えたし。さっきの子の名前は、まだこっちだし。私は一応あの子の様子を見に行くけど、あんたはどうする?」
「僕は、ここで最後の余韻に浸るよ。あの子によろしく言っておいてね。僕はあの子が大嫌いだけれど」
 楽しそうに笑う貧天に、死乃子は頷くと、部屋を後にしたのだった。

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