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告白

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 やはり体育用具倉庫にいたのはばれていたようだ。今更だが。

「確かに亮平君は魅力的だった、そう思った。でもきっと私の答えはNOだったよ。その後隠れている君を捕まえて怒鳴っていたよ。何も言うことはないの? て」

「それって……」彼には想像できなかった。いつも学校を一人で過ごし、放課後にやはり一人で図書室に現れる澄香のそんな激しい姿が。 

 ……だけど。

 今更思い返すと、蒲生澄香は強い。誰かではないが、この世界にうようよいる虫やら蛇やらと遭遇しても騒がないし、今回は別だが体調を崩すのも少ない。

 あるいは一人耐えているのか。

 とにかく、確かに橙夜は亮平に指摘されたように女々しいのかも知れない。
「あれ?」澄香は半身を起こした。
「まだ寝てなよ」と橙夜が慌てるが、澄香の澄んだ瞳は真っ直ぐ彼を見ていた。

「……今の話しってうやむやになるもの?」

 澄香は何か不満のようだ。唇を尖らせている。
「ええっと……何かあったっけ?」
「むーん」彼女は腕を組んだ。
「そっか、話しの流れで気付くだろうと思ったけど、橙夜君は簡単じゃないのね」
「え?」

「だーかーらー、亮平君の告白を断って橙夜君に訊ねるんだってば」
「あ!」橙夜は今更、先程の会話に込められた気持ちを悟った。

 だが俄に信じられない。目を瞬かせて、もう一度確認する。

「……それって……澄香さんが、僕を……」
「好きだって事よ! リリルの村でも言ったでしょ!」澄香が焦れて先回りをする。

「で、でも、何で? 僕なんか……」思い出す。彼女と知り合ったのは図書館で、本を取った時だ。それから仲がよくなり、自分の好きな本を挙げ合い、お互いに読んで感想を語り合った……だけだ。

「それがとても楽しかったの! ほら、私あまり友達いないから」

 不思議だ。蒲生澄香はこんなに可愛らしく、聡明なのに。

「何故かね……」彼女はまた彼の内心を読んだらしい。まるでエスパーだ。

「いつからか、日本の学校は運動が出来て活動的な子が凄い、と思われるようになったの。でも変じゃない? 本が好きで本に詳しい子や、草花が好きでそれに詳しい子だって価値は変わらないのに……だから私はただやかましいだけの人達から距離を取ってた」

 どうやら彼女の中には沢山の思いが詰まっているようだ。

「人の価値は運動能力やコミュニケーション能力じゃないと、思う。だってそうならばそんな人達が社会に出て偉くなる? 何かなせる? 結局それ以上の人達に埋もれていくだけよ。だけど優しさは違う。人を労って傷つけない、それが人間社会にとって最も重要だと私は思う」

 いつの間にか澄香の声に力が戻ってきていた。

「この世界、アースノアに来て生活して、色々見て、より一層そう強く思うようになったわ……人を騙してお金や名声を得ても、そんな物何にもならないのよ」

 ここで澄香は大きく呼吸をする。

「亮平君は間違っているし、格好よくもない。むしろ人の弱みにつけ込むなんて最低よ!
 彼は何か言ってたけど、私は橙夜君から離れて亮平君の所に行くくらいなら死ぬわ」

 橙夜は圧倒された。澄香がこんなに峻厳だとは思っていなかった。穏やかで清楚な見た目な彼女だが、人は見た目に寄らない。

「私はそれより、他人を思いやれる人の傍らで微笑んでいたい。どんなに辛くてもそんな人がいれば我慢できる……それが本当に女が誇るべきことよ」

 ここで橙夜に向いた澄香の瞳は苛烈だった。

「だから私は、橙夜君が好き……元の世界に帰ったら付き合うし、簡単に別れない……あなたは?」

 怯みはあったが、彼も笑みを浮かべた。

「きっと君は僕を過大評価し好きだよ……でも嬉しかった……僕も澄香さんが好きだ!」

 胸を張って、胸を張って告白した。いつかのようにこそこそ体育用具倉庫に隠れず、真正面から。

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