相姦図 〜全編京言葉による近親・年の差性愛日記〜

向坂倫

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相姦図 ~蝉しぐれ~

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 三条大橋のたもとで日傘をさして手を振る早希さきをひろて、大原おおはらのそのまた北の山奥にある、わたしのお父はんがオーナーを務める隠れ料亭に向かう。

 わたしが冬生まれやからなんかしらんけど、ここの夏の暑さにはもううんざりや。まだ朝の十時を過ぎたところやというのに、この街はもう、さしずめ火に掛けた土鍋の底やないか。

 年季の入った深緑色のジャガーの、エアコンのよう効いた快適な車内から、じりじりと陽に炙られつつある埃っぽい街に、別れを告げる。

 今日のわたしには、涼し、涼しい川床かわどこ料理が待ってるんや。

 うきうき。ほな、さいなら。余裕で街に向かって、手ぇさえ振ってまう。

 わたしは小雪こゆき。はたちになったばかりの美大に通う大学生ですが、この街で安政年間から続く老舗和菓子屋の店主に、この春なりました。

 店主といっても、何人ものひとらに後見についてもろて成り立っている修行中の身。
 わたしのお母はん言うところの、大旦那はんに、体をつこうて上手にとりいって、うまいことやりはった、そんな女です。

 大旦那はんとは、わたしの実の祖父のこと。名は泰造たいぞう。御年七十代後半。日々若いエキスを吸い、ここのところめざましい若返りを見せてはるロマンスグレーの素敵な紳士。昭和の時代から、うちの店を大きくしてきはった、やり手の経営者です。

 そんな紳士に夜な夜な、鏡張りの部屋でうしろから突かれて、あんあんと泣かされているのが、このわたしです。

 しかも、すぐにわたしらの関係を察知したお母はんからは、反対されるどころか逆に、利用されるありさまで、お家の安定のため、日々その努めを果たす、けなげな孫娘を演じております。

 どうです? この街で、しかも老舗の、と続いたら、誰もがふうっと連想してしまう、禁断かつ泥沼の関係、ってやつやないですか?

 その泥は、そりゃええ頃合いの人肌のぬくもりがあって、そうそう抜け出せるもんや、あらしませんのや。恐ろしいことに。

「早希。あんた、その格好なに? 祇園さんもすんだし梅雨も明けたしで、夏本番なんはわかるけど、浴衣から肩丸出しにしてなあ。それ、キャバの衣装やんな。しかも花魁おいらんモードでご着用とは、どういう了見なんどすやろか?」

「妙な京言葉しゃべらんといて! あんたんとこの隠れ料亭で仲居をしてやる、うちの友達にな、こんど見せたるぅ、って約束したんやから、しゃあないわな。それにこの暑さやしね」

 清楚な柄の浴衣をまるで肩出しドレスのように着こなした早希が、汗ばんでつやつやに光った小麦色の肌に手扇の風をパタパタと当てながら、屈託のう、笑ってやる。

 さっきから運転手の有樹哉ゆきやが、鼻歌を歌い始めたはる。男さんにはうれしい扮装なんやろうな。

「ところで、女将修行の方はどないなん? そろそろ板についてきたんかいな」

「まさか! まだまだペーペーの見習いどすさかいに、三条の店のバイトも続けさせてもろてありんす」

「わかったから、変な言葉やめって!」

 祇園のキャバで働く早希は、わたしの禁断な秘密さえ話せる、高校以来の親友や。


 ――そう、あれは三日前のことやった。

 朝日が差し込む居間での朝食のあと、大旦那はんに着衣のまま、うしろから突かれていた時のこと。

「泰造、もう、あかんて。やん。ほんまにあかんて……。まだ、中村なかむらはんの奥さんが台所で片づけしてはんのに」

「気づかれるかいな。あんたが声さえ上げんかったらの話やけどな。へへっ」

 ちゃぶ台の脇でふたり、添い寝のような体勢で繋がってる。

 わたしは脚も開かんと寝てるだけやのに、うしろから密着する泰造の剛直ごうちょくはんが、もうえらい深いところまで、突き刺さってる。

 お父はんが隠れ料亭のオーナーに就任して、お母はんも一緒にここを出てからというもの、この大きい家には、わたしと大旦那はんのふたりきり。それまでは毎週土曜日と決まってた研修会と称したふたりの時間が、無制限拡大版になってしもた。

 まあ、毎日のこととなると、おのずと新鮮味も薄れてきて、こうして一時の刺激を求めるようになってしもてるわけや。

 店の定休日を除く朝と夕、うちの店の番頭さんである中村はんの奥さんが、まかないをしにきてくれはって、中村はんも含めて四人で食事を摂るスタイルが続いてる。

 中村はんはついさっき、先に席を立って隣接する店の方に向かわはった。

「ああっ、あかん、や、や、ダメだって」

 泰造が首筋に舌を這わせたあと、耳元で囁く。

「はああっ。添い寝バックを甘うみたらあかんで。大した力も掛けんと、けっこう深いところまで入るんや。せやけど、まだ、もう少し入りますで。ここからが本番や」

 泰造の手がわたしの肩口に添えられ、そのまま軽く引き寄せられる。ただ、それだけやのに、もう、きつきつに子宮まで……。しかも、バイブみたいに小刻みに動かしはるし、ああっ。

 障子を隔てた隣の台所には、奥さんが居てはるというのに。

「はぁあああっ」と溜息程度の小さな声を、儚く上げてしまうわたし。

そこに泰造が、「どうやぁ?」と言いつつ、力を込めはった。

 きつきつのわたしの中で、剛直はんがさらに漲りひと周り大きゅうなる。

 ひやああああああっ!

 酸欠の金魚みたいに口をぽっかりと開けて、繋がったところを支点に体をくの字に曲げ、ただただ無言のまま、わたしは心の中で絶叫する。

 いやややややん、あかん!

 元プレイボーイは、さすがにテクニシャンや。わたしはあっという間に、イカされてしもて、そのあとに泰造も続いて……。

 あ、いつもよりいっぱい、ドクドクと出してはるわ。

 パイプカットちゅう不妊手術で種なしの泰造。せやから妊娠の心配はないんやけど、これから三条の店に立たんなあかんのに、シャワーを浴びる時間さえない。わたしの中にたっぷりと注ぎ込まれた泰造の精液が垂れ出てくるんやないかと思うと、もう、気が気でない。

 そんなわたしの心配事などどこ吹く風で、奥さんが淹れ直してくれはったお茶を、なに食わぬ顔で啜りながら、泰造が言った。

「今週の研修会な。川のせせらぎを聞きながら、って趣向でどうやろか?」

「え? もしかして、あの隠れ料亭にいきはるんだすか? そりゃよろしねえ。こう暑いとなあ」

 そう奥さんも、話に加わる。

「そうですのや。なんか最近、新味がのうなってしもてなあ。小雪、どうする?」

「ええかもな」と言いつつ、せせらぎを聞きながら泰造に突かれて……。そりゃ、よろしねえ、なんてことを考えてしまう。

 中村はんの奥さん、研修会のほんまの意味、知ってはりますか?

 そんなこんなで話はまとまったものの、次の日の晩に突然、早希から連絡がきた。

「ひゃっほー! 今、店に大旦那はんが有樹哉ときてくれてはってな、隠れ料亭、うちも一緒にいくことになったでえ」

 わたしでは飽き足らず、舎弟を連れて浮気とはな、と一瞬ムッとしつつも、

「そうなんやー。楽しみやなあ」と返す、そんな健気なわたしやった。


 ――かれこれもう一時間は走ってる。

 コンパクトなわたしらの街で、車で一時間は、充分な遠出ということになる。

「さっきすれ違うた軽トラのおっさん、ガン見したはったなあ」

「そりゃ、あんたがそないな格好やからやろ。サングラスにハンティング帽の爺が運転するジャガーに同乗する怪しさたっぷりな派遣コンパニオン、ってところやろ」

 運転手の有樹哉は、大旦那はんの幼馴染み。不動産業を営んではって、これから向かう隠れ料亭の物件を見つけてきてくれはったひとでもある。歳がひとつだけ下ということで、大旦那はんのことを、「あにい」と慕う、泰造のよき舎弟や。日頃からわたしらが『有樹哉』と呼び捨てにするのも飄々と許してくれてはる、気のええ爺さんや。営業会議とかで、朝一番からあっちにいってはる泰造に代わって、わざわざわたしらを送り届けてくれはって、帰路には、高校の同窓会に出掛けるという料亭の女将さん、すなわちわたしのおかあはんを、市内まで送ってくれはるらしい。

「あれか! 隠れ料亭は?」

 行楽気分全開の早希が明るく声を上げる。

 小さな集落を過ぎて、小川沿いの山道をしばらく進むと、楓林の向こうに、時代劇に出てくる旅籠みたいな建物が見えてきた。

 そして車の前方に目を向けると、リュックを背負たひとが道を横切りはって、今まさに森の中に分け入ろうとしてはる。あ! あれは。

「有樹哉、ちょっと止めて」

 ウインドウを開けて大声でそのひとを呼び止める。

「おとうはーん!」

 すぐに気づいたわたしのお父はんが、踵を返して駈けてきた。

「おう小雪。ようきたな。有樹哉はんもおおきにです。大旦那待ってはるで。おっと、早希ちゃんも。相変わらずセクシーやな。うっとりするわ」

 わたしが就任する前にしばらく、うちの店の店主をしてはった頃のお父はんとは、まるで別人や。技量の問題から引き継ぎが思うようにいかんと、賭け事に逃げてグレてはったお父はんが今は、よう日に焼けて体も少し締まって、余裕しゃくしゃくと女にお世辞まで使える、精悍なええ男になってはるやないか。

「これから山に入って、話の種に夏松茸を採ってきたろ思てな」

「ええっ! まったけか? 初物か? おっちゃん空振りは、なしやからな」

 職業柄なにかと口の肥えた早希が、大喜びや。

「あほ言いな。松茸ゆうても香りは本物には及ばんのやけどな。ゆうげ、楽しみにしとき」

 そう言うて、お父はんは森の中に消えていった。
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