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相姦図 ~蝉しぐれ~
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涼し、涼しい河床で優雅なご昼食。もう最高やな。
天然ヤマメの焼いたんも美味しかったけど、添え物の谷水菜のおひたしが絶品やった。シメのそうめんも食べて、もう大満足。
小さな渓谷に面したこの料亭は、川を挟んでこっちが、おもてなし棟、川に掛かる屋根つきの渡り廊下の向こうが、調理場のある管理棟という作りや。
そのおもてなし棟真下にしつらえられた河床の縁に、わたしは今、腰掛けて、川の水に足を浸している。
子供の頃よう行った、岡崎公園脇の、時々生臭くなる疎水の水とは、冷たさがぜんぜん違う。
早希はといえば泰造の脇で、エロオーラ全開にして気持ちよさそうに寝転んでやる。
こんなんやったらわたしも、こんな清楚なワンピやのうて、もっと胸の開いた服、着てくればよかったなあ。
「ここの畳は、食事の直前にわざわざ敷きますのや。そやさかいに、さらさらで気持ちええやろ」なんて講釈を垂れながら、日に焼けたつやつやの肩に、そろそろと触れかけとる泰造の手には気にも留めず、早希は有樹哉にここの感想を述べてやる。
「すごいなあ。まるで時代劇の世界や。川に掛かってるあの渡り廊下も素敵やない」
「そりゃそうや。元はバブルの頃に建てられたもうちょっとモダンな建物やったんを、昔、時代劇のセット作りで慣らした俺の連れらに、うまいこと、古色な感じに化粧してもろたんやから」
「有樹哉は前に映画の仕事してはったん?」
「大部屋におったんや。時代劇もそやけど任侠映画にも、ぎょうさん出たんやで」
なるほどな。わたしの家の近所では、有樹哉はやくざ、ともっぱらの噂やけど、やくざ俳優さんちゅうことやったんやな。
「ところで小雪、きがけに、あんたのお父はんに遭うたんやて?」
早希のことを半ば諦めて、しょうことなしに泰造がわたしに話しかける。
「そやねん。ええ男になっててびっくりやったわ」
「ここが合うたんやろなあ。人間には得手不得手があって、わしはあいつの気持ちが痛いほどわかるはずやのに、跡継ぎやなんやで無理させてもうたわ。わしもな、昔、夢を追いかけた時期があってな。まあ、そっち方の才は、決定的になかったわけやけど。なあ有樹哉、覚えとるやろ」
「そうですなあ。懐かしいですなあ。ウエスタンカーニバル、夜行列車に揺られて東京まで観に行きましたわな」
「えっ? ウエスタンって西部劇か?」
「違うわいな。ロカビリーや、ほら、ロックンロールや、それやったらわかるやろ」
「なんて、なんて! ロックってお爺ちゃんらがか?」
寝ながら聞き耳を立ててた早希がすくっと起きだして尋ねる。
「そやがな。わしがドラムで、有樹哉はギターやった。あの頃はまだ、エレキギターのブームの前やったから、普通のギターなんやけど」
「ほなら、なんでやめてもうたん。あ、そんなん聞くのは野暮か?」
「五人組のバンド組んで市内のホールやジャズ喫茶でブイブイいわしとった頃に、東京から音楽プロモーターちゅうのがハントにきよってな。わしと有樹哉以外のメンバーを、東京に連れて帰りよったんや。わしらは才がないからいらん、ってわけや。あん時は落ち込んだなあ。人生終わりかと思たわ」
夜行列車でって話からして、まだ新幹線開通前のはるか大昔に、今は大旦那はんである泰造が、そないなことしてはった。そんなほろ苦い青春、してはったんやなあ。
しんみりした気分を洗い流すように、ひぐらしの鳴き声が、頭の上から降ってくる。
蝉しぐれ、か。
そんなことを思てたら、渡り廊下の向こうのたもとに、管理棟の方からお母はんと晴美さんが連れだって現れ、こっちに渡ってきはった。
ここの料理を仕切ってる晴美さんは、亡くなったわたしの伯父さん、大旦那はんの長男さんの奥さんやったひとや。跡継ぎ候補やった有能な菓子職人の伯父さんを支えて、長いことうちの店を切り盛りしてくれはった。夫亡きあと、身寄りのない晴美さんと泰造が養子縁組を結んで、今はここで、得意の料理に腕を振るてはる。
「おお、仕度完了か。ほな、あにい、先に失礼させてもらいますわ」
と有樹哉が立ち上がった。
それにしても、犬猿の仲のはずのお母はんと晴美さんが、えらい仲よさそうにしてはるのが不思議や。
今日のお母はんは、見てるだけで涼しゅうなるようなエメラルドグリーンの薄物の小紋の訪問着に、なんや、かいらしい朝顔モチーフの帯を結んではる。歳もずいぶん若うなった印象で、しばらく見んまに、えらい綺麗にならはった。
晴美さんの方は、ここの制服である白シャツに黒ベストのパンツスタイルという、男っぽいバーテンみたいな格好なんやけど、それがかえってくっきり美人の艶やかさを引き立ててる様子や。
「あ、女将さん、髪留め、曲がってるやん」
「え? 嘘ぉ、直してえ」
「おおきにい。そやそや、晴美ちゃんが食べたがってた、あれ、買って帰ってくるからねぇ」
「ええっほんま? うれしわあ」
なんて言いながら、少女みたいにふたり手と手を合わせて腰をくねらせてはる。
絡み合う指と指がなにかしら、淫靡や。
どないしたんやろ。お家の政争で歪んでしもとったあのお母はんに、いったいなにが起こったんや。
お母はんと有樹哉を見送ったあと、早希と渡り廊下の上で少し話した。
「なあ、早希、さっきのお母はん、おかしなかったか?」
「あれは、できてるな」
「え? どういう意味よ!」
「せやから、そういう意味や。なんや、小雪は知ってるもんやと思とったわ。ここで仲居をしてはるうちの友達とはな、実は仕事帰りに憂さ晴らしに遊びに行った木屋町のレズビアンバーで知り合うてな、わたしらには夢のような桃源郷や、って、その子、ここのことをそう言うとった。晴美さんって性的な問題抱えた子ぉを引き受けて、住み込みで働かしたりもしてるんやて」
あの晴美さんがなあ。桃源郷って、レズビアンの? もしそうやとしたら、お母はんはすでに取り込まれてしもてんのやろか? としたら旦那のお父はんはいったいどんな立場なんやろか?
天然ヤマメの焼いたんも美味しかったけど、添え物の谷水菜のおひたしが絶品やった。シメのそうめんも食べて、もう大満足。
小さな渓谷に面したこの料亭は、川を挟んでこっちが、おもてなし棟、川に掛かる屋根つきの渡り廊下の向こうが、調理場のある管理棟という作りや。
そのおもてなし棟真下にしつらえられた河床の縁に、わたしは今、腰掛けて、川の水に足を浸している。
子供の頃よう行った、岡崎公園脇の、時々生臭くなる疎水の水とは、冷たさがぜんぜん違う。
早希はといえば泰造の脇で、エロオーラ全開にして気持ちよさそうに寝転んでやる。
こんなんやったらわたしも、こんな清楚なワンピやのうて、もっと胸の開いた服、着てくればよかったなあ。
「ここの畳は、食事の直前にわざわざ敷きますのや。そやさかいに、さらさらで気持ちええやろ」なんて講釈を垂れながら、日に焼けたつやつやの肩に、そろそろと触れかけとる泰造の手には気にも留めず、早希は有樹哉にここの感想を述べてやる。
「すごいなあ。まるで時代劇の世界や。川に掛かってるあの渡り廊下も素敵やない」
「そりゃそうや。元はバブルの頃に建てられたもうちょっとモダンな建物やったんを、昔、時代劇のセット作りで慣らした俺の連れらに、うまいこと、古色な感じに化粧してもろたんやから」
「有樹哉は前に映画の仕事してはったん?」
「大部屋におったんや。時代劇もそやけど任侠映画にも、ぎょうさん出たんやで」
なるほどな。わたしの家の近所では、有樹哉はやくざ、ともっぱらの噂やけど、やくざ俳優さんちゅうことやったんやな。
「ところで小雪、きがけに、あんたのお父はんに遭うたんやて?」
早希のことを半ば諦めて、しょうことなしに泰造がわたしに話しかける。
「そやねん。ええ男になっててびっくりやったわ」
「ここが合うたんやろなあ。人間には得手不得手があって、わしはあいつの気持ちが痛いほどわかるはずやのに、跡継ぎやなんやで無理させてもうたわ。わしもな、昔、夢を追いかけた時期があってな。まあ、そっち方の才は、決定的になかったわけやけど。なあ有樹哉、覚えとるやろ」
「そうですなあ。懐かしいですなあ。ウエスタンカーニバル、夜行列車に揺られて東京まで観に行きましたわな」
「えっ? ウエスタンって西部劇か?」
「違うわいな。ロカビリーや、ほら、ロックンロールや、それやったらわかるやろ」
「なんて、なんて! ロックってお爺ちゃんらがか?」
寝ながら聞き耳を立ててた早希がすくっと起きだして尋ねる。
「そやがな。わしがドラムで、有樹哉はギターやった。あの頃はまだ、エレキギターのブームの前やったから、普通のギターなんやけど」
「ほなら、なんでやめてもうたん。あ、そんなん聞くのは野暮か?」
「五人組のバンド組んで市内のホールやジャズ喫茶でブイブイいわしとった頃に、東京から音楽プロモーターちゅうのがハントにきよってな。わしと有樹哉以外のメンバーを、東京に連れて帰りよったんや。わしらは才がないからいらん、ってわけや。あん時は落ち込んだなあ。人生終わりかと思たわ」
夜行列車でって話からして、まだ新幹線開通前のはるか大昔に、今は大旦那はんである泰造が、そないなことしてはった。そんなほろ苦い青春、してはったんやなあ。
しんみりした気分を洗い流すように、ひぐらしの鳴き声が、頭の上から降ってくる。
蝉しぐれ、か。
そんなことを思てたら、渡り廊下の向こうのたもとに、管理棟の方からお母はんと晴美さんが連れだって現れ、こっちに渡ってきはった。
ここの料理を仕切ってる晴美さんは、亡くなったわたしの伯父さん、大旦那はんの長男さんの奥さんやったひとや。跡継ぎ候補やった有能な菓子職人の伯父さんを支えて、長いことうちの店を切り盛りしてくれはった。夫亡きあと、身寄りのない晴美さんと泰造が養子縁組を結んで、今はここで、得意の料理に腕を振るてはる。
「おお、仕度完了か。ほな、あにい、先に失礼させてもらいますわ」
と有樹哉が立ち上がった。
それにしても、犬猿の仲のはずのお母はんと晴美さんが、えらい仲よさそうにしてはるのが不思議や。
今日のお母はんは、見てるだけで涼しゅうなるようなエメラルドグリーンの薄物の小紋の訪問着に、なんや、かいらしい朝顔モチーフの帯を結んではる。歳もずいぶん若うなった印象で、しばらく見んまに、えらい綺麗にならはった。
晴美さんの方は、ここの制服である白シャツに黒ベストのパンツスタイルという、男っぽいバーテンみたいな格好なんやけど、それがかえってくっきり美人の艶やかさを引き立ててる様子や。
「あ、女将さん、髪留め、曲がってるやん」
「え? 嘘ぉ、直してえ」
「おおきにい。そやそや、晴美ちゃんが食べたがってた、あれ、買って帰ってくるからねぇ」
「ええっほんま? うれしわあ」
なんて言いながら、少女みたいにふたり手と手を合わせて腰をくねらせてはる。
絡み合う指と指がなにかしら、淫靡や。
どないしたんやろ。お家の政争で歪んでしもとったあのお母はんに、いったいなにが起こったんや。
お母はんと有樹哉を見送ったあと、早希と渡り廊下の上で少し話した。
「なあ、早希、さっきのお母はん、おかしなかったか?」
「あれは、できてるな」
「え? どういう意味よ!」
「せやから、そういう意味や。なんや、小雪は知ってるもんやと思とったわ。ここで仲居をしてはるうちの友達とはな、実は仕事帰りに憂さ晴らしに遊びに行った木屋町のレズビアンバーで知り合うてな、わたしらには夢のような桃源郷や、って、その子、ここのことをそう言うとった。晴美さんって性的な問題抱えた子ぉを引き受けて、住み込みで働かしたりもしてるんやて」
あの晴美さんがなあ。桃源郷って、レズビアンの? もしそうやとしたら、お母はんはすでに取り込まれてしもてんのやろか? としたら旦那のお父はんはいったいどんな立場なんやろか?
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