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相姦図 ~蝉しぐれ~
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「ここでしばらく、ゆっくりしはったらええ」
晴美さんが、残ったわたしら三人を、おもてなし棟の二階、すなわち料亭のひと部屋に通してくれはった。
部屋に通されたとたん、息を飲んだ。
開け放たれた窓の向こうの、楓の葉の緑が目が痛いくらい鮮やかで、窓自体がまるで一枚の絵画やないか。
「ほんまゆうたら、今日は定休日なんよ。人数も少ないし、若い子ぉらには休んでもろて、わたしひとりでお相手させてもらおって、思ってたんやけど、どうしてもあの子らが、皆さんにお会いしたいぃ、って言いやるから」
「そやったら、こっからは無礼講ちゅうことで、ここに遊びにきてもろたらええがな」
泰造が、目ぇをキラキラさせて、なにやら期待に満ち満ちたまなざしを晴美さんに向けやる。
「無礼講って、なに言うてますのや、おとうさん。あないな質の悪い猛獣を野に放してどうしますのや。あ、噂をしとったらきやったわ、あの子らが」
バーテン姿のふたりの仲居さんが、戸口から恥ずかしそうに顔を覗かせた。さっき川床で配膳してくれてはったひとらや。
「質の悪い猛獣たちでございますぅ。無礼講ということで、遠慮なくさせてもろても、よろしいんでしょうか?」
黙々と料理を並べてたひとらも、普段はこんなにも気さくな感じなんや。
「もう! あんたら」
「せやかて、はるみんの声、大きいから、丸聞こえやったもん。な、さくらん」
そう呼ばれた、ちょうどわたしくらいの歳の、ソバージュ頭の小柄で華奢な仲居さんが、口を開く。
「おおきにぃ。あ、あたし、咲良っていいます。みんなからは、さくらんって呼ばれてますぅ。それからこっちは、結希乃ちゃんです。みんなキノって呼んでますぅ」
紹介を受けて、最初にしゃべってはった仲居さんが、すうっと部屋の中に入ってきやった。
さくらんより少しお姉さんな感じ。ワンレンのロングヘアー。しかも、うわ! あらためて見ると背ぇ高い。スタイルよさそうや。
「キノでーす。ここに居る早希ちゃんとは、以前から仲ようさせてもろてます。な、早希」
そんなやりとりを聞きながら、晴美さんが手を打つ。
「はい! はい! しゃあありませんなあ。無礼講でな。わたし、こないな格好やし、一旦戻って着替えてきますよってにな、あんたら、ハメ外し過ぎたら、あきまへんのやで。ええな!」
晴美さん、最後のフレーズが、極道の妻みたいになっとった。しかも、はるみんって呼ばれてるんや。なんや意外。
「はるみんのお墨付きももろたし、リラックスさせてもらおっと」
晴美さんが去ったのを見計らって、キノさんが畳の上に大胆に寝ころがりはった。
「ここは、気持ちええなあ。もうじき八月やいうのに、エアコンも必要ないしい」
と体をのけぞらせると、バーテン服のベストのV字からはみ出して、白シャツのボリュームのある胸が、天井目がけて尖り出す。
「相変わらず、巨乳やなあ、キノちゃんは」
そう言いながら、早希が人目もはばからずその尖り出た胸を大仰に揉む。
「もう、あかんって。感じるやろ」
窓辺に腰掛けた泰造が、すかさず身を乗り出す。
「キノちゃん、前は大阪でポールダンサーしてやったんよ。脱いだらすごいんやで」
「早希の花魁スタイルも、どエロいよなあ。よう焼けて。またハワイ行ってきたんか?」
「もっぱら最近は日サロや。ハワイかあ、しばらく行けてないわ」
そうこうするうちに小柄な方のさくらんが、泰造の脇に細い脚をそろえて横座りに腰掛けはった。
「大旦那はんって、小雪さんと、つき合ってはるんでしょ」
いきなり核心をつく質問を、かわいい顔してさらりとかましはる。
「あ、うん。まあ、そうなんかな」
そりゃ普通、答えられんわな。はるみん、漏洩しはったか?
「女将さんからちらっと……。実のお孫さんにって、罪悪感とか感じはらへんと、いけますもんなんやろか?」
ああ! お母はんやったか。それにしても禁断過ぎる質問や。
たとえ興味があったとしても、ふつう飲みに行ってはしごして三軒目あたりでべろべろになりながらようやっと口にできる質問やろ。それを会った早々に、かしずくように寄り添って子供みたいな小さい顔向けて、なんや。
ああ、こっちの顔が紅うなる。
さくらん、……錯乱。ああ、そういうことか。
晴美さんが言うてはった『質の悪い猛獣』ってフレーズが耳によみがえる。
「おいおい、さくらん。気になるんはわかるけど、いきなりそれはなあ」
すぐに気づいたキノさんが割って入る。
「そやかて、あんまりにも普通に。ふん! そんなんあかんやろ。さっきかて、小雪ちゃん、川床で、この大旦那はんの膝に手ぇ載せてなあ、ほぐしたお魚をあーんなんてしてはったやない。あんなん初めて会うたひとでも、感づくやん。なあ、小雪ちゃん、小雪ちゃんは、ほんまにそんなんでええの?」
え、矛先がわたしに? ふん!って、なんやの感じわる。
せやけど、なんか、答えなな。
「……うん。そやね」
ああ、その先が、出てきいひん。
それに……。
『そんなんあかんやろ』
『ほんまにそんなんでええの?』
顔がかあっと熱くなる。日光に晒された吸血鬼が、燃え尽きるみたいに、熱うなる。
もう、晒さんといて。
こないな関係は、人目を忍んだ暗がりでこそ成立する。白日の下に晒されたら、そんなん、消えてなくなるしか、ないやない。
「さくらん。言い過ぎやで。謝れ!」
ずっと黙ってた早希が、そう言うた。
「せやかて……」
初対面の早希にきつく言われたのが悔しかったのか、さくらんはべそをかき始めた。
「もうやめなはれ」
泰造が眉間に皺を寄せて口を開く。
「すべてわしが悪いんや。小雪のことが、かわいいてかわいいて仕方ない。それを非常識なやり方で、表現してもうてる。わかっとるんやけど。わし、ほかに思いつかんのや」
あ、この続きやったら、わたしにかて言える。それに、聞きとうもない言葉の続きが始まる前に、言わんと。
『小雪が嫌なんやったら、いつでも……』
わたしは、大きく息をついて、ひと思いに話し出した。
「わ、わたしかてそうやで、お祖父ちゃん。ほかに思いつけへん。大好きなお祖父ちゃんに抱き締められたら、震えるほどうれしいし、ずっとずっと、お祖父ちゃんが死ぬまで、こうしてたいって思う。今日あったこと、面白おかしゅう語り合いながら、キスをする時間なんか、最高に幸せやから、時間が止まってくれたらええって思う。さくらんちゃん、そういう風に思うのって、あかんことなんかな?」
話し切ってわたしは、泰造に駈け寄り、そのままへたり込んで体を預けた。
ああ、いつもの泰造の森の匂い。
ふたりの時はいっつも、お祖父ちゃんやのうて、泰造って名前で呼んでるけど、それは現実から逃げてるわけやないで。愛しいから、自分のもんにしたいからやで、お祖父ちゃん。
泰造の体に密着したまま、さくらんの方を窺い見た。
さくらんは電池の切れたおもちゃみたいに、うつむいたまま黙ってしもてる。
嫌な沈黙や。
そこに、開いたままになってた戸口の方から声がした。
「はあっ。そないなことになるんやないかと思て、急いで戻ってきて正解やったな」
見ると浴衣姿に着替えた晴美さんが立っとった。
「晴美さん、すいません」
ヘマをやらかしたやくざの子分みたいに、キノさんが晴美さんに頭を下げた。
「あんたがついとって、なにしてますのや。さくらん、さあ、こっちおいで」
さくらんが、頭を下げたまま固まってるキノさんの脇をすり抜けて、晴美さんの胸に飛び込んだ。
「小雪ちゃん、嫌な思いさせてしもたな。このさくらんは、まあ、ここにくるまでの境遇でいろいろあったんやわ」
さくらんの頭をやさしく撫でながら、晴美さんはそう言うたあと、
「はああっ! 嫌な空気やな」と言うと、
「はるみん。ごめんなさい」とさくらんが胸の中で声をくぐもらせてようやっと口を開いた。
晴美さんはその頭をポンと叩いて、さくらんをその場に残し、こっちにやってくる。
「ようあるやろ。集まりの誰かが失言して気まずうなって、皆してあらぬ方を見ながら、『さてと……』なんて手を打って解散する、あの感じなあ。あれ大嫌いなんよ。幸い今はここの旦那さんは山に入ってはるし、女将さんは出てやるし、ゆうげまでは時間もある。小雪ちゃんもこのまま、さいならして、このおとうさんと気まずうなるのは、嫌やろ。小雪ちゃんとは、いっぺん忌憚のないところで話してみたかったしな。うん! ちょうどええわ」
と、わたしの目の前に膝をついて、くっきり美人の顔をぬうっとこっちに向けて微笑みながら、
お祖父ちゃんの股間に、なんの躊躇もなく手を置きはった。
「ほら、やっぱり!」と、花が開いたように笑わはる。
晴美さん、そんなキャラやったか?
ていうか、わたしがよう知らんだけやったんか?
「おとうさん。この状況でなに硬としてますのや。そら小雪ちゃんにべったりくっつかれて、サラサラの髪の毛からはええ匂いもしてますよってになあ。はあ、変わらんなあ、おとうさん」
と、手を叩く。
「キノちゃん! そこの襖、開けてえな」
キノさんが部屋を仕切ってある襖をさっと開けると、隣の部屋にはすでに二組の布団がひっつくように、手回しよう敷かれてあった。こっちの部屋と同じく開け放たれた窓には、すだれが下げられてあって、これからの時間を暗示するような暗がりができてある。
「おとうさんの考えてはったことは、だいたい読めてたわ。どうせ、小川のせせらぎを聞きながらなんとやら、みたいなこと、小雪ちゃんに言うて連れ出さはったんやろ。そのもくろみ通り、寝床も用意させてもろてます。早希ちゃんやったかな、あんたは、このおとうさんに、どないなこと言われて、ついてきはったんかいな?」
他人事のつもりで話を聞いてた早希が、はたと我に返る。
「あ、あ、うちは特にぃ、いや、ほんま言うたら、小雪と三人でおもろいことしょ、みたいな、まあ、そんなお誘いもあったような……」
早希、突然話を振られて、しどろもどろやな。もう泰造! わたしの親友をおかしな道に引き込まんといて。
「まあ、男ちゅうのは、どのみちそういう生き物やってことなんかな。ふふっ。それにしても、ええ歳やのに見上げた活力やねえ。キノもさくらんも、そんなおとうさんに、実のところ、興味津々なんよ。……ということで、おとうさん。これから、どないする? 小雪ちゃん連れてこのまま、さいならするのか。わたしらと、おもろい時間を過ごすのか。さあ、どっち?」
晴美さんがその白い指で、服の上から泰造の剛直はんを。ぎゅっと挟みはった。
うわっ。……それにそれに、おもろい時間って、なに?
「おおっ。そやな。元はといえばわしが蒔いた種なんやし、このままわしが、みんなのなぶりもんになることで、この場が収まって、みなさんの憂さが晴れるんやったら。それが一番ええのやけど。ここは、小雪の気持ちもあるよってになあ……」
え! わたしがネックになってるってか?
独占欲丸出しの協調性のない女、空気の読めん女ってか。
そのおもろい時間、っていうのが、お祖父ちゃんをみんなでなぶりもんにする時間、ちゅうことやったら、さあさ、どうぞどうぞご自由に!
「なんやお祖父ちゃん。そんなん気にせんでもええのに。わたしはかまへんよ。それに、なんか楽しそうやない」
ああ、二百パーセント強がり言うてしもてる。
それを聞いて、晴美さんが立ち上がる。
「そうか、小雪ちゃん。ふふっ。よっしゃ! そしたらみんなで、隣に移りましょ。で、早希ちゃんはどうする? くる? 一緒にあほなことする?」
「え? なにしはるんですか? ちょっと見てみたい気も……」
と言いつつ、すでに身を乗り出してやる。
早希は相変わらず好奇心旺盛なんやから。
晴美さんが、残ったわたしら三人を、おもてなし棟の二階、すなわち料亭のひと部屋に通してくれはった。
部屋に通されたとたん、息を飲んだ。
開け放たれた窓の向こうの、楓の葉の緑が目が痛いくらい鮮やかで、窓自体がまるで一枚の絵画やないか。
「ほんまゆうたら、今日は定休日なんよ。人数も少ないし、若い子ぉらには休んでもろて、わたしひとりでお相手させてもらおって、思ってたんやけど、どうしてもあの子らが、皆さんにお会いしたいぃ、って言いやるから」
「そやったら、こっからは無礼講ちゅうことで、ここに遊びにきてもろたらええがな」
泰造が、目ぇをキラキラさせて、なにやら期待に満ち満ちたまなざしを晴美さんに向けやる。
「無礼講って、なに言うてますのや、おとうさん。あないな質の悪い猛獣を野に放してどうしますのや。あ、噂をしとったらきやったわ、あの子らが」
バーテン姿のふたりの仲居さんが、戸口から恥ずかしそうに顔を覗かせた。さっき川床で配膳してくれてはったひとらや。
「質の悪い猛獣たちでございますぅ。無礼講ということで、遠慮なくさせてもろても、よろしいんでしょうか?」
黙々と料理を並べてたひとらも、普段はこんなにも気さくな感じなんや。
「もう! あんたら」
「せやかて、はるみんの声、大きいから、丸聞こえやったもん。な、さくらん」
そう呼ばれた、ちょうどわたしくらいの歳の、ソバージュ頭の小柄で華奢な仲居さんが、口を開く。
「おおきにぃ。あ、あたし、咲良っていいます。みんなからは、さくらんって呼ばれてますぅ。それからこっちは、結希乃ちゃんです。みんなキノって呼んでますぅ」
紹介を受けて、最初にしゃべってはった仲居さんが、すうっと部屋の中に入ってきやった。
さくらんより少しお姉さんな感じ。ワンレンのロングヘアー。しかも、うわ! あらためて見ると背ぇ高い。スタイルよさそうや。
「キノでーす。ここに居る早希ちゃんとは、以前から仲ようさせてもろてます。な、早希」
そんなやりとりを聞きながら、晴美さんが手を打つ。
「はい! はい! しゃあありませんなあ。無礼講でな。わたし、こないな格好やし、一旦戻って着替えてきますよってにな、あんたら、ハメ外し過ぎたら、あきまへんのやで。ええな!」
晴美さん、最後のフレーズが、極道の妻みたいになっとった。しかも、はるみんって呼ばれてるんや。なんや意外。
「はるみんのお墨付きももろたし、リラックスさせてもらおっと」
晴美さんが去ったのを見計らって、キノさんが畳の上に大胆に寝ころがりはった。
「ここは、気持ちええなあ。もうじき八月やいうのに、エアコンも必要ないしい」
と体をのけぞらせると、バーテン服のベストのV字からはみ出して、白シャツのボリュームのある胸が、天井目がけて尖り出す。
「相変わらず、巨乳やなあ、キノちゃんは」
そう言いながら、早希が人目もはばからずその尖り出た胸を大仰に揉む。
「もう、あかんって。感じるやろ」
窓辺に腰掛けた泰造が、すかさず身を乗り出す。
「キノちゃん、前は大阪でポールダンサーしてやったんよ。脱いだらすごいんやで」
「早希の花魁スタイルも、どエロいよなあ。よう焼けて。またハワイ行ってきたんか?」
「もっぱら最近は日サロや。ハワイかあ、しばらく行けてないわ」
そうこうするうちに小柄な方のさくらんが、泰造の脇に細い脚をそろえて横座りに腰掛けはった。
「大旦那はんって、小雪さんと、つき合ってはるんでしょ」
いきなり核心をつく質問を、かわいい顔してさらりとかましはる。
「あ、うん。まあ、そうなんかな」
そりゃ普通、答えられんわな。はるみん、漏洩しはったか?
「女将さんからちらっと……。実のお孫さんにって、罪悪感とか感じはらへんと、いけますもんなんやろか?」
ああ! お母はんやったか。それにしても禁断過ぎる質問や。
たとえ興味があったとしても、ふつう飲みに行ってはしごして三軒目あたりでべろべろになりながらようやっと口にできる質問やろ。それを会った早々に、かしずくように寄り添って子供みたいな小さい顔向けて、なんや。
ああ、こっちの顔が紅うなる。
さくらん、……錯乱。ああ、そういうことか。
晴美さんが言うてはった『質の悪い猛獣』ってフレーズが耳によみがえる。
「おいおい、さくらん。気になるんはわかるけど、いきなりそれはなあ」
すぐに気づいたキノさんが割って入る。
「そやかて、あんまりにも普通に。ふん! そんなんあかんやろ。さっきかて、小雪ちゃん、川床で、この大旦那はんの膝に手ぇ載せてなあ、ほぐしたお魚をあーんなんてしてはったやない。あんなん初めて会うたひとでも、感づくやん。なあ、小雪ちゃん、小雪ちゃんは、ほんまにそんなんでええの?」
え、矛先がわたしに? ふん!って、なんやの感じわる。
せやけど、なんか、答えなな。
「……うん。そやね」
ああ、その先が、出てきいひん。
それに……。
『そんなんあかんやろ』
『ほんまにそんなんでええの?』
顔がかあっと熱くなる。日光に晒された吸血鬼が、燃え尽きるみたいに、熱うなる。
もう、晒さんといて。
こないな関係は、人目を忍んだ暗がりでこそ成立する。白日の下に晒されたら、そんなん、消えてなくなるしか、ないやない。
「さくらん。言い過ぎやで。謝れ!」
ずっと黙ってた早希が、そう言うた。
「せやかて……」
初対面の早希にきつく言われたのが悔しかったのか、さくらんはべそをかき始めた。
「もうやめなはれ」
泰造が眉間に皺を寄せて口を開く。
「すべてわしが悪いんや。小雪のことが、かわいいてかわいいて仕方ない。それを非常識なやり方で、表現してもうてる。わかっとるんやけど。わし、ほかに思いつかんのや」
あ、この続きやったら、わたしにかて言える。それに、聞きとうもない言葉の続きが始まる前に、言わんと。
『小雪が嫌なんやったら、いつでも……』
わたしは、大きく息をついて、ひと思いに話し出した。
「わ、わたしかてそうやで、お祖父ちゃん。ほかに思いつけへん。大好きなお祖父ちゃんに抱き締められたら、震えるほどうれしいし、ずっとずっと、お祖父ちゃんが死ぬまで、こうしてたいって思う。今日あったこと、面白おかしゅう語り合いながら、キスをする時間なんか、最高に幸せやから、時間が止まってくれたらええって思う。さくらんちゃん、そういう風に思うのって、あかんことなんかな?」
話し切ってわたしは、泰造に駈け寄り、そのままへたり込んで体を預けた。
ああ、いつもの泰造の森の匂い。
ふたりの時はいっつも、お祖父ちゃんやのうて、泰造って名前で呼んでるけど、それは現実から逃げてるわけやないで。愛しいから、自分のもんにしたいからやで、お祖父ちゃん。
泰造の体に密着したまま、さくらんの方を窺い見た。
さくらんは電池の切れたおもちゃみたいに、うつむいたまま黙ってしもてる。
嫌な沈黙や。
そこに、開いたままになってた戸口の方から声がした。
「はあっ。そないなことになるんやないかと思て、急いで戻ってきて正解やったな」
見ると浴衣姿に着替えた晴美さんが立っとった。
「晴美さん、すいません」
ヘマをやらかしたやくざの子分みたいに、キノさんが晴美さんに頭を下げた。
「あんたがついとって、なにしてますのや。さくらん、さあ、こっちおいで」
さくらんが、頭を下げたまま固まってるキノさんの脇をすり抜けて、晴美さんの胸に飛び込んだ。
「小雪ちゃん、嫌な思いさせてしもたな。このさくらんは、まあ、ここにくるまでの境遇でいろいろあったんやわ」
さくらんの頭をやさしく撫でながら、晴美さんはそう言うたあと、
「はああっ! 嫌な空気やな」と言うと、
「はるみん。ごめんなさい」とさくらんが胸の中で声をくぐもらせてようやっと口を開いた。
晴美さんはその頭をポンと叩いて、さくらんをその場に残し、こっちにやってくる。
「ようあるやろ。集まりの誰かが失言して気まずうなって、皆してあらぬ方を見ながら、『さてと……』なんて手を打って解散する、あの感じなあ。あれ大嫌いなんよ。幸い今はここの旦那さんは山に入ってはるし、女将さんは出てやるし、ゆうげまでは時間もある。小雪ちゃんもこのまま、さいならして、このおとうさんと気まずうなるのは、嫌やろ。小雪ちゃんとは、いっぺん忌憚のないところで話してみたかったしな。うん! ちょうどええわ」
と、わたしの目の前に膝をついて、くっきり美人の顔をぬうっとこっちに向けて微笑みながら、
お祖父ちゃんの股間に、なんの躊躇もなく手を置きはった。
「ほら、やっぱり!」と、花が開いたように笑わはる。
晴美さん、そんなキャラやったか?
ていうか、わたしがよう知らんだけやったんか?
「おとうさん。この状況でなに硬としてますのや。そら小雪ちゃんにべったりくっつかれて、サラサラの髪の毛からはええ匂いもしてますよってになあ。はあ、変わらんなあ、おとうさん」
と、手を叩く。
「キノちゃん! そこの襖、開けてえな」
キノさんが部屋を仕切ってある襖をさっと開けると、隣の部屋にはすでに二組の布団がひっつくように、手回しよう敷かれてあった。こっちの部屋と同じく開け放たれた窓には、すだれが下げられてあって、これからの時間を暗示するような暗がりができてある。
「おとうさんの考えてはったことは、だいたい読めてたわ。どうせ、小川のせせらぎを聞きながらなんとやら、みたいなこと、小雪ちゃんに言うて連れ出さはったんやろ。そのもくろみ通り、寝床も用意させてもろてます。早希ちゃんやったかな、あんたは、このおとうさんに、どないなこと言われて、ついてきはったんかいな?」
他人事のつもりで話を聞いてた早希が、はたと我に返る。
「あ、あ、うちは特にぃ、いや、ほんま言うたら、小雪と三人でおもろいことしょ、みたいな、まあ、そんなお誘いもあったような……」
早希、突然話を振られて、しどろもどろやな。もう泰造! わたしの親友をおかしな道に引き込まんといて。
「まあ、男ちゅうのは、どのみちそういう生き物やってことなんかな。ふふっ。それにしても、ええ歳やのに見上げた活力やねえ。キノもさくらんも、そんなおとうさんに、実のところ、興味津々なんよ。……ということで、おとうさん。これから、どないする? 小雪ちゃん連れてこのまま、さいならするのか。わたしらと、おもろい時間を過ごすのか。さあ、どっち?」
晴美さんがその白い指で、服の上から泰造の剛直はんを。ぎゅっと挟みはった。
うわっ。……それにそれに、おもろい時間って、なに?
「おおっ。そやな。元はといえばわしが蒔いた種なんやし、このままわしが、みんなのなぶりもんになることで、この場が収まって、みなさんの憂さが晴れるんやったら。それが一番ええのやけど。ここは、小雪の気持ちもあるよってになあ……」
え! わたしがネックになってるってか?
独占欲丸出しの協調性のない女、空気の読めん女ってか。
そのおもろい時間、っていうのが、お祖父ちゃんをみんなでなぶりもんにする時間、ちゅうことやったら、さあさ、どうぞどうぞご自由に!
「なんやお祖父ちゃん。そんなん気にせんでもええのに。わたしはかまへんよ。それに、なんか楽しそうやない」
ああ、二百パーセント強がり言うてしもてる。
それを聞いて、晴美さんが立ち上がる。
「そうか、小雪ちゃん。ふふっ。よっしゃ! そしたらみんなで、隣に移りましょ。で、早希ちゃんはどうする? くる? 一緒にあほなことする?」
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