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 レーエンスブルクの屋敷に戻らなくなって半月程経った。その間フリークが自分の元に来る事はなかった。フリークはやはり自分に対しての愛などないのだ。それを考えると悲しくなった。わかっていた事だ。だが自分にはマルディアスがいる。そう言い聞かせるエリサだが、レーエンスブルクの事業悪化のあの記事を見てからは、少しその心が揺らいでいた。
(フリーク様……大丈夫かしら?)
 きっと今、フリークは大変の状況にあるだろう。なのに自分は何も出来ない。妻としても聖女としても。このままこれでいいのかと思った。

ーもし全てがうまくまとまり、それでも貴女の心が私の元にあるなら、私と一緒になってもらえませんか?

 あの時のマルディアスの言葉。どうしてあの時「はい」と言えなかったのだろう。その言えなかった理由、実ははっきりとしている。
 言葉を放った時のマルディアスの笑顔が怖いと思ったのだ。エリサを切望する表情に見えなくもないが、何かその先にあるものを見据えているかのようにも見えた。
(でも、私とマルディアス様の愛は本物……だと思いたい)
 あの日からマルディアスの事がわからなかった。これまで見た彼が真実なのか。或いは……
 それにマルディアスはエリサを抱こうとはしない。フリークとの一件があって気を使っているのかもしれないが、それが余計に不安をあおった。


 その日の夜。マルディアスが帰宅すると、エリサは彼が仕事をしている書斎へと足を向けた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました」
 ニコリと微笑むマルディアスはエリサの元へと足を向ける。
「どうかしたのですか?表情が優れないように見えるのですが?」
「い、いえ……」
「フリーク氏の事ですか?」
 その名を聞いた時、エリサはドキリとなった。
「もう少し待って下さい。なかなか交渉に踏み込めてませんので」
「はい……」
「エリサ様?」
 フリークの事は確かに気にはなるが、それよりもここに来たのは真実を確かめる為だ。意を決したエリサはマルディアスを見た。
「あの、マルディアス様は私を抱かないのですか?」
「エリサ様……どうしたのですか?」
「だってここに来て口づけもしてくれません。もしかして私の事は飽きてしまわれたのかと……」
「そんな事ありません!私は貴女を愛しています。けれど貴女を傷つけたくないのです」
 そう言うとマルディアスは強くエリサを抱きしめる。
「私は大丈夫です。けど……何もないのは私だって悲しいです。もしかしたらマルディアス様にとって私は汚らわしい存在になってしまったのかと……」
「エリサ様!」
 マルディアスはエリサの唇を奪うと、そのキスは激しさを増していく。うまく息継ぎが出来ないでいたエリサは、解放された瞬間ふらふらになっていた。
「そんな事ありません。貴女はいつまでも清らかです。もちろん貴女を抱きたいです。ですがそれをすると貴女はもう戻れませんよ。それでもいいのですか?」
「私は……それでもかまわないです。マルディアス様の事を愛しているので……」
 若干の迷いはあったが、エリサはマルディアスと契りを交わす。マルディアスの愛が本当に自分の元にあるのかを確かめるかのように。

 そして聖女エリサは真の意味で愛する男の腕に陥落したのだ。
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