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 エリサは部屋に戻りフリークからの手紙を読んだ。そこに書かれているのはレーエンスブルク家の今後についてだ。

「レーエンスブルク家は元々事業の経営は芳しくなかった。その資金巡りで苦難していた父親が頼み込んで婚姻を結ばせたのがエデンワース家だ。故にこの婚姻はそういう意味での婚姻だった。だが事業立て直しの為に、当主交代した今、このまま結婚生活を続ける事をしなくてもいい。元よりレーエンスブルク家は以前のようにはならない。わざわざ泥船に乗るくらいなら、お前が好いている男の元へ行くのがいいだろう。その紙はお前の好きにすればいい」

 簡素ながらもそう書かれた手紙を手にエリサは涙を流した。元々政略結婚で愛のない夫婦生活だ。以前のエリサならば早々に離婚の申告書を提出してマルディアスの元へと向かっていただろう。だが全てにおいて遅すぎた。
 自分のお腹にはフリークとの子供がいる。だがフリークは復縁の意思はない。ではその後はあのディアナの元へ行くのだろうか。行き場を失くしたエリサには頼る人はいない。マルディアスとの子ではないのでマルディアスの元へも行けないのだ。姉セリカは気が住むまでここにいていいとは言ったが、いつまでも家に頼るわけにもいかない。
 困り果てたエリサ。

 その翌日、エリサは忽然と姿を消した。


「それでは書類関係はこれで以上になります」
 仕事場兼自宅に使っているアパートメントにマルディアスが来たのは、全ての手続きの最終確認をする為だった。
「結局貴様の腹の内というのはわからないままだったが、これで従業員の生活は守られるわけだな」
「はい。後はフリーク氏の手腕でしょうが」
「ふん。全てを失った者と、全てを手に入れた者がこうして相まみえるとはな」
 マルディアスを見る度に嫌味の一つや二つを言うフリークだが、マルディアスは全然堪えてはない。むしろ薄気味悪いくらいの微笑を浮かべながら言い返してくるのだ。
「全てを失ったと言っても、貴方の元にはまだエリサ様がいらっしゃるのでは?」
「それは嫌味か?エリサ宛の手紙をエデンワースに送った」
「手紙を?」
「何も知らないのか?」
「はい。ここ最近エリサ様はエデンワース家にいらっしゃるので」
「成程な。なら教えてやる。喜べ。エリサに離縁の申告書を渡してやった。どうするかはエリサの自由だが、これでお前は晴れてエリサと一緒になれるというわけだ」
 それは祝福しているのかどうかはさておき、エリサと会っていないのだからその情報は初めて知った。だがマルディアスの頭の中には自分と一緒になってほしいと言った時の、エリサの複雑そうな表情だった。
「果たしてエリサ様は私の元へ来てくれるのでしょうかね?」
「何?わざわざお膳立てまでしてやってか?」
「あなたの方こそどうなのです?あの女性と一緒になるのですか?」
「話を逸らすな。私の事などどうでもいい」
 二人の間に会話が全く成立しなくなった時、部屋のチャイムが鳴った。ここに来る人間は限られている。誰が来たのか不信になりながらも、フリークは玄関へと向かった。扉を開けると、まさかの人物がそこにはいた。
「お前はエリサの姉のセリカ……どうしてここを?」
「その事については後でお話します。エリサを知りませんか?」
「どういう事だ?」
「エリサが……エリサがいなくなったんです」
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