刻限

都丸譲二

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第18話 主犯

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 午前八時半。
 国木市中心街の広場は、不気味な静寂に包まれていた。
 休日なら人でごった返す場所。
 今は誰もいない石畳に風が吹き抜け、古びたポスターを剥がして舞い上げている。

 広場の中央に、黒いコートの男が立っていた。
 フードを深くかぶり、マスクに隠された顔。
 その手にはタブレット端末が握られ、赤いインジケーターが点滅していた。

 九重誠治郎は銃を構え、距離を詰めた。
 背後では佐伯係長と若手刑事が展開する。
 息を呑むような緊張が広場を覆った。

「動くな!」
 佐伯の怒声が響く。

 だが男は怯まず、むしろ愉快そうに唇を歪めた。

「……やはり来たか。桐ノ宮県警の“番犬”ども」

 ⸻

 九重の声は低く研ぎ澄まされていた。
「お前が首謀者か」

「首謀者?」
 男は小さく笑った。
「俺はただ、この街に“終わり”を見せる者だ」

 佐伯が一歩踏み出す。
「市民を何人殺せば気が済む!」

 男の声は冷ややかだった。
「殺しているわけじゃない。……ただ“刻限”を前倒しにしてやっているだけだ」

 その言葉に、九重の胸が凍りついた。
「……お前、見えているのか。“数字”が」

 ⸻

 男の目がフードの奥で光った。
「そうだ。俺には見える。十年以上前からな」

 九重の心臓が強く打った。
(やはり……! 俺と同じだ)

 佐伯が鋭く九重を見やる。
「九重、どういうことだ」

 九重は短く息を吐き、目を逸らさず答えた。
「係長……彼は、私と同じものを見ています」

 ⸻

 主犯は愉快そうに肩を揺らした。
「そう、見えるのは俺とお前だけだ。
 他の連中は何も見えない。
 だから俺は“預言者”になった。
 『お前は三日後に死ぬ』と言えば、本当にそうなる。
 それを繰り返すだけで、信じる者は増えていった」

 九重は銃口をわずかに震わせた。
「……信者を集め、操ったのか」

「操った?」
 男は笑った。
「違うな。救ったんだ。
 “死の恐怖”に怯え、無意味な希望に縋るしかなかった人間をな。
 刻限を受け入れ、共に終わりを迎えることが“解放”だと教えた」

 ⸻

 佐伯が声を荒げる。
「詭弁だ! お前はただの大量殺人鬼だ!」

 主犯の目が氷のように冷たく光った。
「殺人鬼? 違う。
 俺は“神の眼”を与えられた者だ。
 数字を見える俺だけが真実を知り、人々を導ける。
 抗っても無駄だと証明するために、この街を“終わらせる”」

 九重の心臓が痛むように脈打った。
(……俺と同じ力を持ちながら、こんな道を選んだのか)

 頭上の数字が無慈悲に脈動する。

 〈1h 50m〉

 街の終焉は、着実に迫っていた。

午前八時三十五分。
国木市中心街の広場は、灰色の静けさに沈んでいた。
ポスターの切れ端が風に舞い、かつての喧騒は跡形もない。

広場の中央に立つ主犯は、黒いコートの裾を揺らしながらタブレットを操っていた。
その指が画面を滑るたび、周囲の街灯が不気味に明滅し、電子音が低く鳴る。

九重誠治郎は銃を構え、睨みつけた。
頭上の数字が容赦なく点滅する。

〈1h 50m〉



「……不思議か?」
主犯が口を開いた。
「俺がこうして立ち止まっていることが」

九重は額に汗を流しながら言い返す。
「当然だ。お前も数字が見えてるなら分かるだろ。残り時間を無駄にするはずがない」

主犯の唇が吊り上がる。
「無駄じゃない。残り一時間五十分は計算済みだ。
 仲間は配置につき、仕込みは終盤に入っている。
 俺がここで立ち止まることで、全体はむしろ噛み合う」



佐伯が低く吐き捨てた。
「……時間稼ぎってわけか」

「違う」
主犯は首を振った。
「これは“儀式”だ。
 信者は恐怖に縛られて生きてきた。
 だが、俺が警察を前にしても揺るがない姿を見せれば確信を深める。
 俺たちは選ばれた存在だとな」

九重は銃口をわずかに上げ、鋭く言った。
「選ばれた? 見えてるのはお前と俺だけだ。ほかの連中は何も知らない」

主犯の瞳が光った。
「だからこそ、彼らは従う。
 “数字が見える唯一の証人”に預言されたとき、人は逃げられない。
 『三日後に死ぬ』と言えば、実際にそうなる。
 その繰り返しで人は膝を折り、救いを求める」



九重の胸に怒りが燃え上がる。
「救いだと? それを口実に街を潰すのか!」

主犯は平然とタブレットを操作し続け、冷ややかに答える。
「どうせ死ぬんだ。なら恐怖をなくす方が慈悲だろう。
 無意味に抗うより、一斉に終わらせる方が楽だ」

佐伯が声を荒げる。
「ただの殺人鬼が何を正当化している!」

主犯は揺らがなかった。
「違う。俺は“神の眼”を与えられた者だ。
 寿命の数字を見える俺だけが真実を知り、人を導ける」



九重は一歩踏み込み、低く唸る。
「導く? 笑わせるな。俺は数字を見て、人を救ってきた。
 抗えば変わる。子供だってそうだった。
 絶対じゃない。俺は抗って救った!」

主犯の指が止まり、瞳が細められた。
「……変えられるだと?」

「そうだ!」
九重の声が広場に響く。
「お前が諦めただけだ! 俺は誰も死なせない!」

一瞬、空気が張り詰めた。
だが主犯はすぐに冷笑を浮かべる。

「なら証明してみろ。この街ごと抗えるかどうかをな」



タブレットの画面に赤いマークが次々と増えていく。
広場を囲む信号機が一斉に赤く点滅し、電線が低く唸った。

頭上の数字が再び脈打つ。

〈1h 40m〉

九重は銃を構え直した。
心臓が耳を打ち、汗が背を流れる。

(……こいつを止めなければ、本当に終わる)

広場は、決戦の舞台へと変わりつつあった。

午前八時四十分。
中心街の広場は、まるで無人の劇場だった。
割れたガラスが陽光を反射し、風が旗の切れ端を翻す。
その中央に立つ主犯は、タブレットを片手に冷ややかな目で九重を見据えていた。

九重は銃を構え、心臓の鼓動を抑え込む。
頭上の数字は、なおも赤く脈打ち続けている。

〈1h 40m〉

(……残された時間は少ない。ここで止めるしかない)



「九重」
主犯が低く名前を呼んだ。
「お前なら分かるはずだ。同じ目を持つ者同士だ。
 なぜ抗う? なぜ人間を死の恐怖に縛りつける?」

九重は吐き捨てるように答えた。
「抗えるからだ。人は死ぬまで生きようとする。
 それを踏みにじるお前に従う理由はない」

主犯の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「……だからこそ、お前を欲する。
 俺の隣に立て。お前が来れば、すべては“解放”になる」

九重の指がトリガーにかかる。
だが、次の瞬間――



タブレットの画面が赤く点滅した。
同時に、広場の周囲に仕掛けられていた金属ケースが次々と開き、小型の爆発物を抱えたドローンが数機、羽音を立てて飛び出した。

「下がれ!」
佐伯の怒声と同時に、刑事たちが散開する。

銃声が鳴り、ドローンの一機が火花を散らして墜落した。
だが残りは次々に旋回し、鋭い電子音を響かせて広場を包囲した。

九重は狙いを定め、一発撃ち抜いた。
金属片が弾け、破片が頬をかすめる。
(残弾は一発……)

冷たい計算が脳裏をよぎる。



主犯はその混乱を愉快そうに見ていた。
「見ろ、九重。これが恐怖の象徴だ。
 抗っても刻限は変わらない。ならばいっそ――」

「黙れ!」
九重は叫び、煙の中を突き進んだ。
爆風で耳鳴りが響く。
視界の端で数字が脈打つ。

〈1h 35m〉

九重は瓦礫を飛び越え、主犯の影へと肉薄した。

銃口が正面に突きつけられる。
だが主犯は逃げず、挑むように一歩前へ出た。

「撃てるか? お前に」

九重の手が震えた。
信じていた何かを突き崩すような声音が、広場を満たしていた。


午前八時四十五分。
中心街の広場は、張り詰めた静寂に包まれていた。
九重誠治郎は銃を握り、数メートル先の主犯を睨み据える。
互いに一歩も動かず、冷たい風だけが石畳をなぞっていた。

その静寂を裂いたのは、遠方から響いた轟きだった。

地面が揺れ、肺を圧迫するような衝撃波が広場を駆け抜ける。
空気そのものが震え、鼓膜を内側から殴られるような圧力が襲った。
振り返ると、百メートルほど先の雑居ビルの三階が吹き飛び、
炎と黒煙が噴き上がっていた。

割れた窓からガラス片が降り注ぎ、
陽光を反射しながら無数の刃のように散る。
崩れた壁から鉄骨が軋み、悲鳴のような音を立てて崩落していった。



九重は咄嗟に腕で顔をかばい、肺に焦げた臭いを吸い込む。
呼吸が詰まり、目に熱気が刺さった。

「……爆発……!」

佐伯の声が背後で震える。
次の瞬間、腰の無線が震え出し、錯綜した声が重なった。

「こちら第二班、国木通りビルで爆発発生!」
「負傷者多数! 救急車を! 至急だ!」
「本部確認中……警戒レベルを上げろ!」

断片的な言葉が交錯し、現場の空気がさらに張り詰めていく。

広場の中心に残る噴水跡の石柱に背を預け、
九重誠治郎は荒く息を吐いた。
銃のマガジンを確認する――残り三発。
腰には交換マガジンがひとつだけ。

(……これで爆弾を止め、犯人も抑えろってのか)

火薬の匂いが漂い、耳にはまだ先ほどの爆発の残響がこびりついている。



「若手二人は歩道橋だ!」
佐伯係長の怒声が飛んだ。

広場の端に横断する歩道橋。その欄干には作業員の男が取り残されていた。
頭上の数字が赤く脈打つ。

〈4m 40s〉

若手刑事が階段に駆け出す。
だが銃声が石を砕き、弾痕が足元をえぐった。
破片が飛び散り、刑事たちは咄嗟に身を伏せる。

広場の外れ、主犯が銃を構えていた。
「無駄だ。抗っても、死は順に訪れる」



九重は石柱の陰から狙い、反撃の一発を放った。
石畳に火花が散り、主犯の体勢がわずかに崩れる。

(……時間を稼げば、まだ……!)

そのとき、九重の視線が歩道橋の基礎に止まった。
鉄骨の根元に、不自然なパネルがはめ込まれている。
煙の隙間から赤い数字が浮かんでいた。

〈3m 20s〉

(……支柱そのものが爆破の起点……? いや違う。
 地下のガス管に繋がってる……これは起爆装置だ!)



「係長!」
九重は声を張り上げた。
「爆弾は歩道橋の支柱に仕掛けられてます!
 地下のライフラインを利用してる! 本部に急がせてください!」

佐伯は即座に無線に怒鳴り込む。
「歩道橋基礎! ガス管に繋がれてる可能性あり! 処理班、至急!」

無線の向こうから本部の動揺が伝わる。
「……そんな手口か……!」



主犯の声が炎に混じって響く。
「気づいたか。地表を探しても無駄だ。
 俺たちは街の血管を使った。ガス、電力、通信……すべてが爆弾だ」

九重は歯を食いしばり、銃を握り直した。
「だからどうした。隠れていようが、数字は俺に見える!」

残弾二発。
目の前には銃を構える主犯、背後には迫る刻限。

〈2m 50s〉

爆発は確実に迫っていた。



九重は顔を上げ、煙の向こうに人影を見た。
瓦礫に取り残され、必死に手を伸ばしている。
その頭上に、赤い数字が浮かんでいた。

〈10m〉

赤い光が脈打ち、まるで心臓の鼓動のように点滅している。

(……まだある……)

視線を巡らせると、歩道橋の上に立ち尽くす整備員の姿が見えた。
その頭上には――

〈8m〉

九重の背筋を冷たいものが走った。

(やはり……一斉爆破じゃない。段階的に仕掛けられてる!)



「気づいたか」
主犯が低く呟いた。
タブレットの画面には、複数のカウントダウンが並んでいた。
赤い数字がそれぞれ違う時刻を刻み、狂った合唱のように点滅している。

「街全体を一度に消すより、順に終わらせる方が恐怖は長い。
 人は待たされるほど絶望を深める。
 だからこそ、刻限をずらしてやった」



九重の奥歯が軋む。
「……人を弄ぶのが、お前の“救い”か」

主犯の唇がわずかに歪む。
「抗ってみろ。だが次は八分後だ。
 誰も止められはしない」

九重は銃を構え直し、視線を逸らさなかった。

炎と煙が街を覆い、
赤い数字は無慈悲に脈打ち続けていた。

〈8m〉

次の刻限が、確実に迫っていた。

炎と煙が広場を覆う中、九重誠治郎は荒い呼吸を整えた。
黒煙に混じって降り注ぐ灰が、頬に張りつく。

〈8m〉

歩道橋の上に残された人影の頭上で、赤い数字が脈打っていた。
まるで心臓の鼓動のように、容赦なく縮んでいく。

(……次は、あそこだ)



「佐伯係長!」
九重は振り返りざまに叫んだ。
「歩道橋だ! 八分後に爆発する!」

佐伯は即座に無線を握る。
「こちら現場! 歩道橋周辺を至急確認しろ! 爆発物の可能性あり!」

本部の声がすぐに返る。
「了解! 処理班を向かわせる!」

若手刑事の一人が走り出そうとしたが、銃声が足元をえぐった。
火花と石片が飛び散り、全員が身を伏せる。



主犯が広場の端に立ち、拳銃を構えていた。
タブレットは腰に下げ、冷たい瞳で九重を見据えている。

「焦るな。お前たちが動いたところで、もう止められはしない」

九重は身を起こし、銃口を向け返した。
「まだ間に合う!」

「間に合う? ……そう思ってきたはずだ。
 だが十五分前のビルを救えたか?」

喉の奥を冷たいものが突いた。
救えなかった光景が、脳裏に焼き付いて離れない。

だが九重は目を逸らさず言い返した。
「次は必ず救う!」



二人の銃声が重なり、火花が散った。
弾丸が石畳を削り、舞い上がる破片が頬を切る。
九重は低く身を翻し、柱の陰に飛び込む。

〈6m 30s〉

数字は刻一刻と減っていく。
歩道橋の上では、取り残された整備員が膝を抱えて震えていた。

(……あの人を守らなければ……!)



「無駄だ、九重!」
主犯の声が炎の中に響く。
「救うことは苦しみを延ばすだけだ。終わりを受け入れさせろ!」

九重は血のにじむ手で拳銃を握り直し、柱の影から飛び出した。
主犯が反応するより速く、一発を放つ。
銃弾はフードの袖をかすめ、主犯をわずかによろめかせた。

「……まだ抗うか」
「当たり前だ!」

二人の間に再び銃声が交錯した。

〈5m〉

爆発の刻限が、確実に迫っていた。


歩道橋の基礎部分。
支柱の内部に埋め込まれた装置が赤い光を脈打ち、警告音のような低い振動を響かせていた。

〈0m 50s〉

九重は駆け寄り、膝をついた。
鉄骨は冷たさを失っており、装置自体がわずかに熱を帯びている。
発熱でかすかな煙が立ちのぼり、焦げた臭いが鼻を刺した。

(……時間がない……!)



「九重!」
背後から佐伯の怒声。
「敵を抑える、今のうちにやれ!」

振り返れば、広場の反対側で主犯が銃を乱射し、佐伯と若手刑事二人が応戦していた。
銃声と火花が交錯し、瓦礫を跳ね飛ばす。
互いの注意は完全にそちらに釘付けで、九重の位置に狙いを定める余裕はない。

その一瞬の隙が、命を賭けて作られた時間だった。



九重は装置に向き直り、懐のナイフを抜いた。
ケーブルは赤と黒。
赤が点滅するたびに数字が縮んでいく。

〈0m 30s〉

(……どっちだ……間違えれば広場ごと吹き飛ぶ……)

掌が汗で滑る。
呼吸のたびに胸が焼けるように痛む。



「九重さん!」
階段を駆け上がってきた若手刑事が叫ぶ。
「黒の絶縁処理が甘い! 赤はダミーかもしれません!」

九重は目を細め、ケーブルの被覆を凝視した。
確かに黒の一部に不自然な擦れがある。
ダミーにしては雑すぎる。

(……賭けるしかない……!)



〈0m 15s〉

九重は黒のケーブルを掴み、力いっぱい引き抜いた。

……赤い光が消えた。

「……止まった……!」
若手刑事が声を上げた。

九重は全身の力が抜け、額に冷たい汗が流れるのを感じた。



その刹那、広場が白く弾けた。
視界を奪う閃光、耳を裂く破裂音。

「目を閉じろ!」
佐伯の怒声が飛ぶ。

煙幕が広場を覆い、銃撃戦の音が途切れる。
目を凝らしたときには、主犯の姿はもうなかった。
足跡だけが石畳に残され、闇に溶けていた。



無線がノイズ混じりに割り込む。
「……本部より! 市内の通信網に異常発生! 複数地点で同時に……!」

佐伯が歯を食いしばった。
「逃げやがった……。次の爆破に動いたな」

九重は歩道橋を振り返った。
救助された作業員が肩を震わせながら刑事に支えられている。
だが安堵はなく、街全体に浮かぶ赤い数字がなお脈打っていた。

(……止められたのは一つだけ。だが、まだ終わっていない……)
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