創られし命と灰の研究者

都丸譲二

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第1巻 理を識る者たち

第14章 再び、光の下で

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 薄明の光が森の葉の隙間からこぼれていた。
 夜の冷たさはすでに退き、土の匂いが柔らかく湿っている。
 アーレンは焚き火の跡のそばに腰を下ろし、微動だにせず座っていた。

 リュミナは静かに寝息を立てていた。
 昨日、あの異形と対峙してから一晩。
 呼吸は穏やかで、胸の奥の光も落ち着いている。

 アーレンはその光をぼんやり見つめながら、
 夢の中で見た街の灰と、あの冬の匂いを思い出していた。
 忘れようとしても、指の奥にまだ焦げた赤い糸の感触が残っている。

 ――ミリア。
 名を呼ぶ代わりに、小さく息を吐いた。
 声にしたところで何も変わらない。
 もう、あの子の“理”はどこにもないのだから。

 焚き火の灰をかき混ぜると、まだ芯に温もりが残っていた。
 アーレンは枝をくべ、小さな炎を蘇らせる。
 火が立ち上がると、隣のリュミナがわずかに身じろぎした。

「……あたたかい」

 かすかな声。
 アーレンが振り向くと、リュミナがゆっくりと目を開けた。
 焦点はまだ曖昧で、けれど確かに彼を見ていた。

「気分は?」
「……少し、からだが重い。でも、へいき」
「もう一日、休んでいればいい」

 リュミナは首を振る。
「アーレンは、寝てないでしょう?」
「慣れている」
「うそ。目が、つかれてる」

 その指摘に、アーレンは思わず笑った。
 こんな時にも、よく見ている。
 それが、命というものなのだろうか――他者を見て、感じ取ること。

 リュミナは火を見つめながら、小さくつぶやいた。
「……あれ、止められてよかった」
「錬成獣のことか?」
「うん。こわかったけど、あの子、痛そうだった」

 アーレンは頷き、灰を指で払った。
「感じることは悪くない。
 だが、あれはおまえのせいじゃない」

「でも、あれが生まれたのは、わたしの中にあるもののせいでしょ」

 その言葉に、アーレンは言葉を失った。
 焚き火がぱち、と小さくはぜる。
 光が彼の横顔を照らし、皺の影を濃くする。

「……そうだ。だが、それを選んだのは俺だ。
 おまえに“生きていい理由”を与えたのも、俺だ」

 リュミナは静かに彼を見た。
 まるで何かを探すように、真っすぐな目で。
 そして、小さく笑う。
「じゃあ、わたしは、生きていいんだね」

 アーレンはうなずく。
「当然だ」

 森の風が一度だけ吹き抜け、枝の葉が揺れた。
 その風に乗って、夜の名残が遠くへ流れていった。

 

 森の奥に朝が満ちていた。
 霧は薄くなり、葉の先から水の粒が落ちる。
 夜の冷たさがゆっくり退き、湿った土の匂いが広がっていく。

 アーレンは火の残りをかき混ぜ、灰の奥の熱を確かめた。
 隣ではリュミナが身を起こし、まだ眠そうにまばたきをしている。
 光に慣れない目がゆっくりと焦点を結び、彼の顔を見つけた。

「……あさ?」
「ああ。もう夜は終わった」
「ふしぎ。ながかったのに、すぐだった」

 アーレンは微笑んで頷いた。
「それが夜の理(ことわり)だ。長くても、いつか終わる」

 リュミナは黙って空を見上げた。
 木漏れ日の粒が髪の先に落ち、白い髪が金色に変わる。
 彼女はその光を手で掴もうとして、指の隙間からこぼす。

「つかめない」
「光はそういうものだ。けれど、君が歩けばついてくる」

 ⸻

 アーレンは荷を整え、鞄の中の符を確かめる。
 腰の鞄には水袋とパン、包帯と地図。
 旅を続けるには心も体もまだ不安定だったが、
 このまま森に留まるわけにもいかなかった。

「この先に別の街がある。
 小さいが、安全なはずだ」
「まち……また?」
「ああ。今度は逃げるためじゃない」

 リュミナは少し考えて、小さく口をとがらせた。
「まえのまち、においにがかった」
「酒と煙の匂いだな。あれは俺も苦手だ」
「でも、ひとが、うたってた」
「歌?」
「うん。すごく、おおきい声。こわいけど……すこし、きれい」

 アーレンは少しだけ目を細める。
「それでいい。怖くても、きれいと思えたなら。
 君はもう“感じる”ことを覚えた」

 リュミナは彼の言葉を聞いて首をかしげた。
「かんじる、ってなに?」
「……生きるってことだ」

 ⸻

 出発の準備を終え、二人は森の出口へ向かう。
 道はぬかるんでいたが、陽の光が葉の間から差し込み、
 湿った空気の中にも新しい朝の匂いがあった。

 リュミナは振り返って、森を見つめた。
 昨日まで自分を包んでいた暗がり。
 その奥で、まだ何かが眠っているような気がした。

「また、くる?」
「……そうだな。いつか」
「じゃあ、いまは、いかない」
「行かない?」
「だって、あさがある。そっち、いく」

 アーレンは苦笑し、肩の荷を整えた。
「そうだ。行こう、リュミナ」

 二人は光の射す方へ歩き出す。
 朝の風が吹き抜け、森の奥に静かなざわめきが残った。
 葉の影の間で、小さな白い羽虫が舞う。
 その一匹が、森の暗がりへと消える前、
 遠くからわずかに、金属の音が響いた――。
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