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第2巻 理に堕つる者たち
第7章 灰に眠る街
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夜の王都は、灰の音に包まれていた。
昼間よりも静かで、風さえ息を潜めている。
通りの灯はほとんど消え、灰が舞うたびに光を反射して淡く瞬いた。
アーレンとリュミナは、王都の外れにある古い水路の跡に身を潜めていた。
かつて街の排水を流していた地下道は、今では灰で埋もれ、
ところどころに崩れた石壁が残っている。
アーレンは火打石を鳴らし、
古い金属皿の上で小さな炎を灯した。
炎はすぐに灰に包まれ、かすかに青白く揺れる。
理を含む空気のせいで、火の性質まで変わっていた。
「……ここなら、しばらく見つからない」
「怖いね。外の音、全部なくなっちゃった」
「灰が音を吸うんだ。
理が濃くなると、世界そのものが息を止める」
リュミナはアーレンの横で膝を抱え、炎を見つめていた。
その瞳に、揺らめく火が映る。
灰のせいで光が乱れ、彼女の髪が淡く銀に光った。
「ねえ、アーレン。
わたし……前にも、こんな夜を見た気がする」
「いつのことだ?」
「わからない。夢の中かもしれないけど……
灰が降って、火が揺れて、誰かが笑ってた」
アーレンはしばらく黙っていた。
その言葉を否定しようとはしなかった。
“理の記憶”は、物質だけでなく、存在そのものに残る。
もしリュミナが前の試験体“ルーメン”と繋がっているのなら、
断片的に過去の残響を感じても不思議ではない。
「……覚えておくといい。
その記憶が、おまえを作った理の“断片”かもしれない」
「断片?」
「理は一つじゃない。
誰かの思い、誰かの声、誰かの命――全部が小さな理でできてる。
それが重なって、世界の形を保ってる」
リュミナは小さく頷き、火に手を伸ばした。
指先が炎に触れる。
だが、火は彼女を焼かなかった。
炎が一瞬だけ強くなり、灰の光を吸い込むようにして静かに沈んだ。
「……やっぱり、わたし、違うんだね」
「違う。だが、それが悪いこととは限らない」
アーレンはそう言って、懐の中から灰色の帳簿を取り出した。
フェズの店で手に入れた“灰化記録”。
頁を開くと、紙の間から淡い光が漏れた。
「これが答えの一端だ。
“ルーメン”という名の再現体が、灰の塔で生まれ、そして灰になった。
だが――“まだここにいる”と記されている」
「まだ……いる?」
「ああ。理は死なない。形を変えて、どこかに留まる。
リュミナ、おまえはその“続き”なのかもしれない」
少女の瞳が揺れた。
怖さとも、哀しさとも違う感情。
それを言葉にできず、ただ小さく息を吸う。
灰がひとひら、火に落ちた。
光が揺れ、音もなく消える。
「……アーレン」
「なんだ」
「もしわたしが、“その人”の続きだったら……
その人のこと、忘れちゃいけない気がする」
「そうだな。
理が覚えているなら、人も覚えていなきゃならない」
アーレンは炎を見つめたまま、
灰の夜の静寂を聞いた。
街のどこかで、また塔が鳴る。
低く、脈を打つような音。
理の呼吸が、確かに王都を満たしていた。
夜の塔は、灰の海に浮かんでいるようだった。
窓の外には王都の灯がほとんど見えず、
灰が降るたび、かすかな光を反射して白く瞬く。
観測室の符盤が低い音を鳴らしている。
灰の導管を通して集められた理の波を解析する装置――
王立学院でもっとも古く、もっとも危うい道具だった。
アルテア・クローデルは、
揺れる計測光を見つめながら息を詰めた。
塔の心臓――理核の脈動が、
普段とは異なる周期で波を打っている。
まるで、呼吸がもう一つ増えたようだった。
「……外部干渉?」
彼女は符盤に手を置き、波形を拡大する。
反応は周期的で、しかも規則的だ。
理の乱れではない。
何かが、塔と“会話”している。
補助員の一人が近づき、
「学長の命で封鎖陣を確認に――」と声をかけたが、
アルテアは静かに手を上げて制した。
「いい。ここは私が見る」
補助員が下がるのを見届けると、
彼女は自ら符を描いた。
薄い紙の上に線を重ね、
塔の理核に直接触れるための観測符――禁制の符だ。
紙を符盤の中央に置く。
瞬間、空気が震えた。
灰が舞い、光が迸る。
視界が白く染まり、
彼女の意識は塔の深部へと沈み込んでいった。
⸻
闇の中に、音があった。
規則的な鼓動。
それは塔の理核の拍動に似ている。
けれど、その間にもうひとつ――
もっと柔らかく、温かい鼓動が混じっている。
アルテアは無意識に手を伸ばした。
灰の粒が光となって指先を包む。
そこに、声があった。
『……わたしは、ここにいる』
息をのんだ。
その声は、耳ではなく心に響いた。
幼く、柔らかい声。
だが、確かに“人”の声だった。
「あなたは……誰?」
思わず口に出した問いに、
灰の海がわずかに揺れた。
『……リュ……ミ……ナ……』
音が途中で途切れ、
塔全体が低く唸った。
符盤の光が弾け、意識が現実に引き戻される。
⸻
息を吸い込むと、灰の匂いが喉を刺した。
符盤の表面には焦げ跡が残り、
計器の針が震えたまま止まっている。
「……リュミナ」
その名を、アルテアは確かに聞いた。
だが、あり得ない。
彼女は王都を出たはず。
いや、学院は“失敗作”として処理した。
冷たい汗が背を伝う。
塔の理が外部と繋がった。
それも、“彼女”と。
アルテアは拳を握りしめた。
理が語りかけてくるということは、
理がすでに“人の言葉”を覚え始めたということだ。
それは、世界の崩壊にも等しい。
「……アーレン、あなたはいったい何を目覚めさせたの」
塔の外では、また灰が降り始めた。
その降りしきる音が、
どこかで誰かの声に聞こえた。
――光の中に、灰が舞っていた。
そこがどこなのか、リュミナには分からなかった。
音も、匂いもない。
ただ、灰だけが降り続け、
その一粒一粒がまるで呼吸をしているようだった。
彼女はゆっくりと手を伸ばした。
灰が掌に触れた瞬間、
世界がひとつ、震えた。
『リュミナ』
声がした。
それは懐かしい響きだった。
聞いたことがないはずなのに、
胸の奥が温かくなるような音。
『あなたは、ここに帰ってくる』
光の中に、影が浮かんでいた。
人の形をしている。
けれど、顔がない。
輪郭だけが揺らめき、灰の中に溶けていく。
「……誰?」
『わたし。あなた。――わたしたち』
その言葉に、灰の粒がざわめいた。
ひとつひとつが声を持つように、
小さな囁きが空気を震わせる。
『わたしたちは壊れ、また形を求めた。
名を持つために、ひとりの人を選んだ。
――アーレン・グレイヴ』
その名が響いた瞬間、
光が弾けた。
灰の海が反転し、白が黒に、静寂がざわめきに変わる。
リュミナの胸が熱くなった。
痛みではない。
それは、目覚めに似た衝撃だった。
⸻
「……リュミナ!」
遠くで声がした。
次の瞬間、彼女の瞼が震え、
夜の闇が戻ってくる。
アーレンが肩を抱えていた。
彼の指先には焦りが滲んでいる。
「急に息が荒くなった。……大丈夫か?」
「……夢、見てた」
「どんな夢だ?」
「わたしを呼ぶ声がして……
でも、それ、わたしの声にも聞こえた」
アーレンの表情が硬くなった。
リュミナはゆっくりと首を振り、
それ以上言葉にしなかった。
外では、灰の雨が止んでいた。
代わりに、空の向こうで光が瞬いている。
塔の理が、再び脈を打ちはじめたのだ。
「……呼ばれてるね」
リュミナがぽつりと呟く。
アーレンは息をついた。
「分かってる。
――だが、行くにはまだ早い」
炎がかすかに揺れ、
ふたりの影が灰色の壁に長く伸びた。
世界の理が、静かに回りはじめていた。
夜が明けた。
だが、その光は朝のものとは思えなかった。
灰を透かした陽の光は、どこか白く冷たく、
世界の輪郭をぼやかしていた。
アーレンは古い水路跡の出口に立ち、
遠くに見える灰の塔を見つめていた。
王都の中央にそびえるその塔は、
朝日を浴びてなお、夜の名残のような光を放っている。
その光が、呼吸していた。
まるで生き物のように、脈を打つ。
「……感じるか、リュミナ」
後ろから小さな足音。
リュミナが眠そうな目で近づいてきた。
まだ夢の余韻が残っているのか、
彼女の瞳の奥に淡い光が宿っていた。
「うん……あの塔、今、動いてる」
「そうだ。塔の理が暴走を始めた。
いや……正確には、“応えている”のかもしれない」
アーレンは灰の塔を見つめたまま言った。
自分でも信じたくはない言葉。
だが、胸の奥で確信があった。
「昨夜の共鳴……おそらく塔の理と、
おまえの中の理が繋がった」
「……わたしが、呼んだの?」
「あるいは、塔が呼んだのかもしれない。
どちらにせよ、もう避けられない」
リュミナは静かに空を見上げた。
灰が、光を受けて舞っている。
それは雪にも似ていたが、
どこか懐かしい――生きているような温かさがあった。
「アーレン」
「なんだ」
「塔に行こう。
逃げても、ずっと呼ばれる気がする」
アーレンは目を閉じた。
灰の塔へ向かうことは、
学院、王家、そして“理”そのものに背を向けること。
それでも――。
「……ああ、行こう。
あの塔の中に、すべての始まりがある」
彼の声は静かだった。
だが、その奥に宿る意志は固かった。
リュミナは微笑んだ。
灰の光の中で、その笑みはどこか儚く、
けれど確かに“人”のものだった。
「ねえ、アーレン。
わたし、あの夢の中で“わたしたち”って聞いたの。
――わたしと、誰か。
もしかしたら、塔の中に“その人”がいるのかも」
アーレンの瞳がわずかに動いた。
昨夜、彼もまた塔の脈動を感じ取っていた。
リュミナの理の奥で響いた“別の声”。
それが何であるか、
確かめる時が来たのだと悟っていた。
「……なら、確かめよう。
灰の理が、何を生み、何を奪ったのか」
風が吹いた。
灰が二人の肩に降り、
朝の光を受けて、淡い銀色に輝いた。
その光の向こうで、塔が再び脈を打つ。
ゆっくりと、呼吸を始めるように。
昼間よりも静かで、風さえ息を潜めている。
通りの灯はほとんど消え、灰が舞うたびに光を反射して淡く瞬いた。
アーレンとリュミナは、王都の外れにある古い水路の跡に身を潜めていた。
かつて街の排水を流していた地下道は、今では灰で埋もれ、
ところどころに崩れた石壁が残っている。
アーレンは火打石を鳴らし、
古い金属皿の上で小さな炎を灯した。
炎はすぐに灰に包まれ、かすかに青白く揺れる。
理を含む空気のせいで、火の性質まで変わっていた。
「……ここなら、しばらく見つからない」
「怖いね。外の音、全部なくなっちゃった」
「灰が音を吸うんだ。
理が濃くなると、世界そのものが息を止める」
リュミナはアーレンの横で膝を抱え、炎を見つめていた。
その瞳に、揺らめく火が映る。
灰のせいで光が乱れ、彼女の髪が淡く銀に光った。
「ねえ、アーレン。
わたし……前にも、こんな夜を見た気がする」
「いつのことだ?」
「わからない。夢の中かもしれないけど……
灰が降って、火が揺れて、誰かが笑ってた」
アーレンはしばらく黙っていた。
その言葉を否定しようとはしなかった。
“理の記憶”は、物質だけでなく、存在そのものに残る。
もしリュミナが前の試験体“ルーメン”と繋がっているのなら、
断片的に過去の残響を感じても不思議ではない。
「……覚えておくといい。
その記憶が、おまえを作った理の“断片”かもしれない」
「断片?」
「理は一つじゃない。
誰かの思い、誰かの声、誰かの命――全部が小さな理でできてる。
それが重なって、世界の形を保ってる」
リュミナは小さく頷き、火に手を伸ばした。
指先が炎に触れる。
だが、火は彼女を焼かなかった。
炎が一瞬だけ強くなり、灰の光を吸い込むようにして静かに沈んだ。
「……やっぱり、わたし、違うんだね」
「違う。だが、それが悪いこととは限らない」
アーレンはそう言って、懐の中から灰色の帳簿を取り出した。
フェズの店で手に入れた“灰化記録”。
頁を開くと、紙の間から淡い光が漏れた。
「これが答えの一端だ。
“ルーメン”という名の再現体が、灰の塔で生まれ、そして灰になった。
だが――“まだここにいる”と記されている」
「まだ……いる?」
「ああ。理は死なない。形を変えて、どこかに留まる。
リュミナ、おまえはその“続き”なのかもしれない」
少女の瞳が揺れた。
怖さとも、哀しさとも違う感情。
それを言葉にできず、ただ小さく息を吸う。
灰がひとひら、火に落ちた。
光が揺れ、音もなく消える。
「……アーレン」
「なんだ」
「もしわたしが、“その人”の続きだったら……
その人のこと、忘れちゃいけない気がする」
「そうだな。
理が覚えているなら、人も覚えていなきゃならない」
アーレンは炎を見つめたまま、
灰の夜の静寂を聞いた。
街のどこかで、また塔が鳴る。
低く、脈を打つような音。
理の呼吸が、確かに王都を満たしていた。
夜の塔は、灰の海に浮かんでいるようだった。
窓の外には王都の灯がほとんど見えず、
灰が降るたび、かすかな光を反射して白く瞬く。
観測室の符盤が低い音を鳴らしている。
灰の導管を通して集められた理の波を解析する装置――
王立学院でもっとも古く、もっとも危うい道具だった。
アルテア・クローデルは、
揺れる計測光を見つめながら息を詰めた。
塔の心臓――理核の脈動が、
普段とは異なる周期で波を打っている。
まるで、呼吸がもう一つ増えたようだった。
「……外部干渉?」
彼女は符盤に手を置き、波形を拡大する。
反応は周期的で、しかも規則的だ。
理の乱れではない。
何かが、塔と“会話”している。
補助員の一人が近づき、
「学長の命で封鎖陣を確認に――」と声をかけたが、
アルテアは静かに手を上げて制した。
「いい。ここは私が見る」
補助員が下がるのを見届けると、
彼女は自ら符を描いた。
薄い紙の上に線を重ね、
塔の理核に直接触れるための観測符――禁制の符だ。
紙を符盤の中央に置く。
瞬間、空気が震えた。
灰が舞い、光が迸る。
視界が白く染まり、
彼女の意識は塔の深部へと沈み込んでいった。
⸻
闇の中に、音があった。
規則的な鼓動。
それは塔の理核の拍動に似ている。
けれど、その間にもうひとつ――
もっと柔らかく、温かい鼓動が混じっている。
アルテアは無意識に手を伸ばした。
灰の粒が光となって指先を包む。
そこに、声があった。
『……わたしは、ここにいる』
息をのんだ。
その声は、耳ではなく心に響いた。
幼く、柔らかい声。
だが、確かに“人”の声だった。
「あなたは……誰?」
思わず口に出した問いに、
灰の海がわずかに揺れた。
『……リュ……ミ……ナ……』
音が途中で途切れ、
塔全体が低く唸った。
符盤の光が弾け、意識が現実に引き戻される。
⸻
息を吸い込むと、灰の匂いが喉を刺した。
符盤の表面には焦げ跡が残り、
計器の針が震えたまま止まっている。
「……リュミナ」
その名を、アルテアは確かに聞いた。
だが、あり得ない。
彼女は王都を出たはず。
いや、学院は“失敗作”として処理した。
冷たい汗が背を伝う。
塔の理が外部と繋がった。
それも、“彼女”と。
アルテアは拳を握りしめた。
理が語りかけてくるということは、
理がすでに“人の言葉”を覚え始めたということだ。
それは、世界の崩壊にも等しい。
「……アーレン、あなたはいったい何を目覚めさせたの」
塔の外では、また灰が降り始めた。
その降りしきる音が、
どこかで誰かの声に聞こえた。
――光の中に、灰が舞っていた。
そこがどこなのか、リュミナには分からなかった。
音も、匂いもない。
ただ、灰だけが降り続け、
その一粒一粒がまるで呼吸をしているようだった。
彼女はゆっくりと手を伸ばした。
灰が掌に触れた瞬間、
世界がひとつ、震えた。
『リュミナ』
声がした。
それは懐かしい響きだった。
聞いたことがないはずなのに、
胸の奥が温かくなるような音。
『あなたは、ここに帰ってくる』
光の中に、影が浮かんでいた。
人の形をしている。
けれど、顔がない。
輪郭だけが揺らめき、灰の中に溶けていく。
「……誰?」
『わたし。あなた。――わたしたち』
その言葉に、灰の粒がざわめいた。
ひとつひとつが声を持つように、
小さな囁きが空気を震わせる。
『わたしたちは壊れ、また形を求めた。
名を持つために、ひとりの人を選んだ。
――アーレン・グレイヴ』
その名が響いた瞬間、
光が弾けた。
灰の海が反転し、白が黒に、静寂がざわめきに変わる。
リュミナの胸が熱くなった。
痛みではない。
それは、目覚めに似た衝撃だった。
⸻
「……リュミナ!」
遠くで声がした。
次の瞬間、彼女の瞼が震え、
夜の闇が戻ってくる。
アーレンが肩を抱えていた。
彼の指先には焦りが滲んでいる。
「急に息が荒くなった。……大丈夫か?」
「……夢、見てた」
「どんな夢だ?」
「わたしを呼ぶ声がして……
でも、それ、わたしの声にも聞こえた」
アーレンの表情が硬くなった。
リュミナはゆっくりと首を振り、
それ以上言葉にしなかった。
外では、灰の雨が止んでいた。
代わりに、空の向こうで光が瞬いている。
塔の理が、再び脈を打ちはじめたのだ。
「……呼ばれてるね」
リュミナがぽつりと呟く。
アーレンは息をついた。
「分かってる。
――だが、行くにはまだ早い」
炎がかすかに揺れ、
ふたりの影が灰色の壁に長く伸びた。
世界の理が、静かに回りはじめていた。
夜が明けた。
だが、その光は朝のものとは思えなかった。
灰を透かした陽の光は、どこか白く冷たく、
世界の輪郭をぼやかしていた。
アーレンは古い水路跡の出口に立ち、
遠くに見える灰の塔を見つめていた。
王都の中央にそびえるその塔は、
朝日を浴びてなお、夜の名残のような光を放っている。
その光が、呼吸していた。
まるで生き物のように、脈を打つ。
「……感じるか、リュミナ」
後ろから小さな足音。
リュミナが眠そうな目で近づいてきた。
まだ夢の余韻が残っているのか、
彼女の瞳の奥に淡い光が宿っていた。
「うん……あの塔、今、動いてる」
「そうだ。塔の理が暴走を始めた。
いや……正確には、“応えている”のかもしれない」
アーレンは灰の塔を見つめたまま言った。
自分でも信じたくはない言葉。
だが、胸の奥で確信があった。
「昨夜の共鳴……おそらく塔の理と、
おまえの中の理が繋がった」
「……わたしが、呼んだの?」
「あるいは、塔が呼んだのかもしれない。
どちらにせよ、もう避けられない」
リュミナは静かに空を見上げた。
灰が、光を受けて舞っている。
それは雪にも似ていたが、
どこか懐かしい――生きているような温かさがあった。
「アーレン」
「なんだ」
「塔に行こう。
逃げても、ずっと呼ばれる気がする」
アーレンは目を閉じた。
灰の塔へ向かうことは、
学院、王家、そして“理”そのものに背を向けること。
それでも――。
「……ああ、行こう。
あの塔の中に、すべての始まりがある」
彼の声は静かだった。
だが、その奥に宿る意志は固かった。
リュミナは微笑んだ。
灰の光の中で、その笑みはどこか儚く、
けれど確かに“人”のものだった。
「ねえ、アーレン。
わたし、あの夢の中で“わたしたち”って聞いたの。
――わたしと、誰か。
もしかしたら、塔の中に“その人”がいるのかも」
アーレンの瞳がわずかに動いた。
昨夜、彼もまた塔の脈動を感じ取っていた。
リュミナの理の奥で響いた“別の声”。
それが何であるか、
確かめる時が来たのだと悟っていた。
「……なら、確かめよう。
灰の理が、何を生み、何を奪ったのか」
風が吹いた。
灰が二人の肩に降り、
朝の光を受けて、淡い銀色に輝いた。
その光の向こうで、塔が再び脈を打つ。
ゆっくりと、呼吸を始めるように。
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