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第Ⅴ巻 沈黙命律〈サイレント・コード〉
第2話 無言の兆し
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戦邦バルザへ向かう旅路の途中──
エインとティナは一度、ルミナリア北端の小さな街で足を止めた。
理由は単純だった。
街全体が、異様なほど静かだったのだ。
風は吹いているのに、旗は揺れない。
人々は歩いているのに、足音が遠い。
市場に灯る火は確かに燃えているのに、炎の“さざめき”が聞こえない。
ティナがそっと周囲を見回す。
「……おかしいよ。街の“祈りの声”が、ほとんど聞こえない」
エインは黙って頷き、炎核の反応に意識を向ける。
普段なら微弱でも感じるはずの“心の響き”──
今はそれがほぼ消えている。
祈りが弱っている。
いや──“奪われている”と表現すべきか。
道端で赤子を抱いた母親が、エインたちを不安そうに見つめた。
「……灯守様……あなたは、灯守様ですよね?」
ティナは驚いたように足を止め、微笑みを返した。
「はい。何か困っていることが?」
母親は震える声で言う。
「今朝から、子どもが……泣かないんです。
泣くはずなのに、声が出ないみたいで……。
呼吸はしているのに……“声”だけが……」
ティナの目が大きく開く。
「“声”が、出ない……?」
エインも息を潜めて赤子を観察する。
その子は確かに苦しそうに顔を歪めている。
泣き声だけが、出ていない。
命の危機ではない。
だが、生まれたばかりの命から“声”が奪われるというのは──祈りの崩壊と同質の現象だ。
ティナは震える手でランタンを持ち上げる。
「……ランタンの炎を近づけてもいいですか?」
母親が頷くと、ティナはそっと赤子に光を近けた。
ほんの一瞬、炎が脈打つ。
すると──
赤子の喉が小さく震え、「ひ……」と微かな音が漏れた。
母親が息を呑む。
「い……今、声が……!」
ティナは唇を噛む。
「ごめんなさい。完全に戻すことはできない……
でも、この子の声は“奪われてる”わけじゃない。どこかに……届かないよう塞がれてるだけ」
「塞がれて……?」
母親は不安げに眉を寄せた。
ティナは小さく頷く。
「ええ。きっと、この街全体が──何かに“声”を奪われている。
祈りも、叫びも、歌も……全部同じ」
エインが周囲を見回す。
市場の商人は口を開けて何か叫んでいたが、遠くからでは音が薄い。
鍛冶場の鉄槌は打ち続けているのに、金属音が“遅れて”聞こえる。
広場の祈祷台では、年老いた神官が祈りを捧げていたが……祈りの光がまったく立ち上がらない。
祈りの柱が消えるときと同じ──
世界の音が、薄くなる。
エインは低く呟いた。
「……沈黙の“前触れ”だ」
ティナが顔を上げる。
「この街にも……来てるの?」
「影のように広がっている。祈りが消える前に、“声”を奪う波が通る」
その時、街の奥から鐘の音が響いた。
いや──響いたはずだった。
本来なら金属が空気を震わせる鮮烈な音が飛んでくるはずなのに、
届いたのは歪んだ残響だけだった。
「……!」
ティナは肩を震わせる。
「今の……完全に“遅れた音”だよ……!」
エインの炎核に、冷たい波が走る。
音の遅れ。
祈りの消失。
声の遮断。
どれもひとつの現象に繋がっている。
(沈黙は……すでに世界に浸食を始めている)
ティナがランタンを抱きしめた。
「エイン……急ごう。バルザへ。
これ以上、世界から“声”が消えちゃう前に……!」
エインは頷き、静かに歩き出す。
沈黙は音を奪うだけではない──
祈りも、叫びも、心の響きさえも奪っていく。
それは確実に“近づいている”。
街を抜ける道すがら、エインはずっと周囲の“空気”を測っていた。
炎核が微かに軋む。どこかで、世界の“響き”が削られている。
ティナもまた、ランタンの炎を頼りに気配を探ろうとしていた。
炎は正常に燃えているが、周囲の“応答”があまりに薄い。
「……ねぇエイン。この街、祈りに対する“反応”がほとんど返ってこないよ」
「そうだな。祈りの層が薄い。まるで膜が剥がされたようだ」
ティナは歩きながら周囲の家々を見回す。
窓辺には祈祷札が吊され、家々には毎朝祈りを捧げる小さな祭壇がある。
この街は明らかに“祈りの文化”を持っている。
本来なら祈りの残響が、微弱でも空気に満ちているはずだ。
しかし──。
「……静かすぎる」
ティナが自分の胸元を押さえる。
「ここ、まるで“祈りが始まる前の場所”みたい。
祈りが馴染んでるはずの街なのに……何も響いてこないんだ」
エインは目を細めた。
「消えたのではない。奪われている。
この街全体が、何かに“触れられた”痕跡がある」
その時、路地裏から子どもたちの泣き声──のはずのものが聞こえた。
実際には「泣き声の動き」だけで、音はわずかしか響かない。
ティナは駆け寄ると、膝をついた。
「どうしたの?」
子どもたちは口々に言う。
「みんなの声が……変なんだ……」
「ぜんぜん、届かないの……」
その言葉と同時に、空気が“ひゅ”と削れるような気配が走った。
エインは即座に周囲へ視線を向ける。
(……いま、通った)
“音のない衝撃”。
祈りの柱を崩壊させたあの気配が、街中を撫でていった。
ティナが叫ぶ。
「また……! エイン、あの気配だよ!」
ランタンの炎が一瞬だけ細くなり、次の瞬間──
光が“息を呑むように”収縮した。
ティナは震えた。
「いま……“吸われた”……?」
「間違いない。沈黙の波だ」
エインの炎核は、まるで敵意を感じたかのようにざわめいていた。
その瞬間、街中央の祈祷台にいた神官が倒れ込んだ。
駆け寄った人々の声も、不安のざわめきも、
本来ならもっと大きく響くはずなのに──まるで遠い夢の中のように薄い。
ティナはランタンを高く掲げた。
「エイン……沈黙の波の“通り道”がある。
風じゃない、音じゃない……でも、通った跡が分かる……!」
「見えるのか」
ティナは頷く。
「炎が反応するの……消えそうになる方向が、“波が行った方”」
エインは彼女の指差す方向に視線を向けた。
街外れの丘へと続く一本道──
そこだけ、夕日が落とす影が、不自然に揺らいでいる。
「……あそこから来た。あそこへ抜けた」
エインは確信する。
“沈黙の波”はこの街を通り抜け、
より濃い“祈りの源”に向かって移動している。
その先には──
祈りの火を宿す国、戦邦バルザがある。
その時、街へ急ぎ足で入ってきた旅装の兵士が、エインたちを見つけて駆け寄ってきた。
「外から来た者か! 大至急の報せだ!」
息を切らし、彼は叫ぶ。
「バルザ東部の“誓炎心臓”が……脈を乱し始めた!
誓火が吸われ、火柱が低下している!」
ティナの顔が強張る。
「誓炎心臓が……っ? そんな……」
誓炎心臓は、バルザの“世界観そのもの”と言っていい。
戦士が誓いを捧げ、心の火を燃やす神殿であり、魂の揺らぎと深く結びついている。
そこが乱れるということは──
エインは短く告げた。
「……急ぐぞ。沈黙は、誓火を狙っている」
ティナがランタンを握りしめ、
「うん……! バルザに行く前に、世界から“声”が全部消えちゃう……!」
炎核がざわりと鳴る。
沈黙は音を奪い、
祈りを奪い、
魂の火を奪い──
次に何を狙うのか。
風のように、影のように、沈黙の波は世界を走っていた。
街外れの丘。
冷たい風が吹くたびに、音が半拍遅れて届く。
エインとティナは、昨夜から一人の帰還を待っていた。
──星読士シオンが北の空白帯へ向かったのは、沈黙の揺らぎを確かめるためだった。
ティナは胸の前でランタンを抱えながら落ち着かない様子で言う。
「……遅いよね。シオンさん、無事だよね?」
エインは地平線へ目を向けたまま答える。
「星の下なら、あいつは誰よりも強い。迷うことはないさ」
やがて、遠方に蒼い光が揺れ、砂煙を上げて馬が駆けてくる。
「──来た」
エインの言葉と同時に、シオンが馬から降り立った。
外套には砂がつき、息は荒い。それでも口調は落ち着いている。
ティナが駆け寄る。
「よかった! 本当に空白帯まで行ってたの? 全然風の声が戻らないから……」
シオンは軽く微笑む。
「ご心配をおかけしました。……ええ、行ってきました。
星の動きが“歪む”現象を、確かめる必要があったので」
エインが問う。
「沈黙の揺らぎはどうだった?」
シオンは鞍袋から星盤を取り出し、二人に見せる。
星盤の光が、ときおり“下へ”吸い込まれるように沈む。
ティナは息を呑んだ。
「……星が落ちるみたい……」
「星は落ちません。ですが──“光の層”が沈んでいたのです。
祈りでも風でもない。世界の“声の膜”の部分が、押し下げられたように」
その語りは説明ではなく、見たままを丁寧に紡ぐようだった。
エインが目を細める。
「圧されている……という感覚か」
「ええ。まるで“何かが通った跡”。
一瞬でしたが……完全な無音の刹那がありました。
風の音も、砂の落ちる音も、鼓動の響きすら……消えたのです」
ティナが震う。
「すべての……音が?」
「はい。私が感じたのは“奪われる”感覚ではありませんでした。
“すれ違われた”というべきでしょう」
沈黙そのものが、世界を横断している。
シオンは星盤を操作し、波紋のような光を示した。
「揺らぎは周期を持っています。
空白帯では九刻……ここでは七刻。
確実にこちらへ“近づいている”。」
ティナはランタンを握り締める。
「じゃあ……沈黙の波は、わたしたちを追ってきてるの?」
「追っているというより、“流れ”です。
ただ──流れの先は明らかでした」
シオンは丘の向こう、炎の国バルザを指す。
「誓火神殿。
世界でもっとも“誓いの光”が立ち上る場所。
沈黙の波がそこを通れば、祈りの柱は確実に揺らぎます」
エインは拳を握る。
「狙いがそこなら……放っておけない」
シオンは真剣な眼差しで頷く。
「だから急いで戻りました。
“正体を掴める段階ではない”ですが、今ならまだ追える」
ティナは不安を抱えたまま、しかし確かな決意で言った。
「行こう、エイン……!
誓火が沈んじゃう前に……!」
丘を渡る風が弱まり、音がまた一拍遅れた。
沈黙は、確実に近づいていた。
⸻
三人はバルザへ続く荒野を急いだ。
夕陽が地平を焼くように落ち、世界は赤金色の影を長く伸ばす。
本来なら──
誓火の国へ近づくほどに、大地の“熱い息吹”が肌を刺すはずだった。
だが。
風は冷たい。
砂は乾きすぎて、音がまるで遠い。
ティナが突然足を止め、目を見開く。
「……エイン、あれ……!」
エインとシオンも前方を見据える。
バルザの誓火神殿が立つ巨大台地──
そこに掲げられるはずの火柱が、信じられないほど低く、細く……揺れていた。
本来は夜空を裂くほどに迸る炎。
誓いを掲げた戦士の魂の象徴。
人々の歌が重なれば、火柱はさらに高く燃え上がるはずだった。
しかし、いまは──
まるで“押し潰されている”ように、炎が地面へ引き倒されている。
ティナの声は震えていた。
「誓火って……あんなに弱るものなの……?
戦に負けそうだった時でさえ、炎だけは絶対に沈まないって……聞いたのに」
シオンは星盤を開く。
盤面の光が、誓火の方向から来る風に反応して、低く、沈むように脈打った。
「誓火が弱っているというより……
“上向く力”に逆方向の圧が掛かっています。
本来立ち上がるはずの誓いが、どこかへ押し返されている」
エインは胸の炎核に走った痛みに眉を寄せる。
「……炎が苦しんでいる。
あれは“折れる前”の炎だ」
風が止まった。
世界が“息を吸うのを忘れた”ように、音が途切れる。
──す、と音が抜ける。
誓火の火柱が、ひと呼吸の間だけ“光”を完全に失った。
ティナが悲鳴のような声を漏らす。
「いま……消えかけた……!」
シオンは冷静な声で告げる。
「周期が縮んでいます。このままでは──
誓火の“心臓”が沈黙の波に呑まれる」
ティナはランタンを胸に抱きしめた。
「どうすれば……」
エインは迷いのない声音で言う。
「行く。
誓火が折れる前に、沈黙の波の“正体”を掴む」
シオンも頷く。
「誓火の心臓部なら、沈黙の力の“痕跡”が確実に残っているはずです。
それを読めば……道が開ける」
ティナは瞳を強く結んだ。
「行こう……誓火を、助けたい」
沈んでいく夕陽の中、誓火神殿の炎は小さく、それでも消えまいともがいていた。
それはまるで、
世界が沈黙へ呑まれようとする中で、最後まで立っている心のようだった。
エインとティナは一度、ルミナリア北端の小さな街で足を止めた。
理由は単純だった。
街全体が、異様なほど静かだったのだ。
風は吹いているのに、旗は揺れない。
人々は歩いているのに、足音が遠い。
市場に灯る火は確かに燃えているのに、炎の“さざめき”が聞こえない。
ティナがそっと周囲を見回す。
「……おかしいよ。街の“祈りの声”が、ほとんど聞こえない」
エインは黙って頷き、炎核の反応に意識を向ける。
普段なら微弱でも感じるはずの“心の響き”──
今はそれがほぼ消えている。
祈りが弱っている。
いや──“奪われている”と表現すべきか。
道端で赤子を抱いた母親が、エインたちを不安そうに見つめた。
「……灯守様……あなたは、灯守様ですよね?」
ティナは驚いたように足を止め、微笑みを返した。
「はい。何か困っていることが?」
母親は震える声で言う。
「今朝から、子どもが……泣かないんです。
泣くはずなのに、声が出ないみたいで……。
呼吸はしているのに……“声”だけが……」
ティナの目が大きく開く。
「“声”が、出ない……?」
エインも息を潜めて赤子を観察する。
その子は確かに苦しそうに顔を歪めている。
泣き声だけが、出ていない。
命の危機ではない。
だが、生まれたばかりの命から“声”が奪われるというのは──祈りの崩壊と同質の現象だ。
ティナは震える手でランタンを持ち上げる。
「……ランタンの炎を近づけてもいいですか?」
母親が頷くと、ティナはそっと赤子に光を近けた。
ほんの一瞬、炎が脈打つ。
すると──
赤子の喉が小さく震え、「ひ……」と微かな音が漏れた。
母親が息を呑む。
「い……今、声が……!」
ティナは唇を噛む。
「ごめんなさい。完全に戻すことはできない……
でも、この子の声は“奪われてる”わけじゃない。どこかに……届かないよう塞がれてるだけ」
「塞がれて……?」
母親は不安げに眉を寄せた。
ティナは小さく頷く。
「ええ。きっと、この街全体が──何かに“声”を奪われている。
祈りも、叫びも、歌も……全部同じ」
エインが周囲を見回す。
市場の商人は口を開けて何か叫んでいたが、遠くからでは音が薄い。
鍛冶場の鉄槌は打ち続けているのに、金属音が“遅れて”聞こえる。
広場の祈祷台では、年老いた神官が祈りを捧げていたが……祈りの光がまったく立ち上がらない。
祈りの柱が消えるときと同じ──
世界の音が、薄くなる。
エインは低く呟いた。
「……沈黙の“前触れ”だ」
ティナが顔を上げる。
「この街にも……来てるの?」
「影のように広がっている。祈りが消える前に、“声”を奪う波が通る」
その時、街の奥から鐘の音が響いた。
いや──響いたはずだった。
本来なら金属が空気を震わせる鮮烈な音が飛んでくるはずなのに、
届いたのは歪んだ残響だけだった。
「……!」
ティナは肩を震わせる。
「今の……完全に“遅れた音”だよ……!」
エインの炎核に、冷たい波が走る。
音の遅れ。
祈りの消失。
声の遮断。
どれもひとつの現象に繋がっている。
(沈黙は……すでに世界に浸食を始めている)
ティナがランタンを抱きしめた。
「エイン……急ごう。バルザへ。
これ以上、世界から“声”が消えちゃう前に……!」
エインは頷き、静かに歩き出す。
沈黙は音を奪うだけではない──
祈りも、叫びも、心の響きさえも奪っていく。
それは確実に“近づいている”。
街を抜ける道すがら、エインはずっと周囲の“空気”を測っていた。
炎核が微かに軋む。どこかで、世界の“響き”が削られている。
ティナもまた、ランタンの炎を頼りに気配を探ろうとしていた。
炎は正常に燃えているが、周囲の“応答”があまりに薄い。
「……ねぇエイン。この街、祈りに対する“反応”がほとんど返ってこないよ」
「そうだな。祈りの層が薄い。まるで膜が剥がされたようだ」
ティナは歩きながら周囲の家々を見回す。
窓辺には祈祷札が吊され、家々には毎朝祈りを捧げる小さな祭壇がある。
この街は明らかに“祈りの文化”を持っている。
本来なら祈りの残響が、微弱でも空気に満ちているはずだ。
しかし──。
「……静かすぎる」
ティナが自分の胸元を押さえる。
「ここ、まるで“祈りが始まる前の場所”みたい。
祈りが馴染んでるはずの街なのに……何も響いてこないんだ」
エインは目を細めた。
「消えたのではない。奪われている。
この街全体が、何かに“触れられた”痕跡がある」
その時、路地裏から子どもたちの泣き声──のはずのものが聞こえた。
実際には「泣き声の動き」だけで、音はわずかしか響かない。
ティナは駆け寄ると、膝をついた。
「どうしたの?」
子どもたちは口々に言う。
「みんなの声が……変なんだ……」
「ぜんぜん、届かないの……」
その言葉と同時に、空気が“ひゅ”と削れるような気配が走った。
エインは即座に周囲へ視線を向ける。
(……いま、通った)
“音のない衝撃”。
祈りの柱を崩壊させたあの気配が、街中を撫でていった。
ティナが叫ぶ。
「また……! エイン、あの気配だよ!」
ランタンの炎が一瞬だけ細くなり、次の瞬間──
光が“息を呑むように”収縮した。
ティナは震えた。
「いま……“吸われた”……?」
「間違いない。沈黙の波だ」
エインの炎核は、まるで敵意を感じたかのようにざわめいていた。
その瞬間、街中央の祈祷台にいた神官が倒れ込んだ。
駆け寄った人々の声も、不安のざわめきも、
本来ならもっと大きく響くはずなのに──まるで遠い夢の中のように薄い。
ティナはランタンを高く掲げた。
「エイン……沈黙の波の“通り道”がある。
風じゃない、音じゃない……でも、通った跡が分かる……!」
「見えるのか」
ティナは頷く。
「炎が反応するの……消えそうになる方向が、“波が行った方”」
エインは彼女の指差す方向に視線を向けた。
街外れの丘へと続く一本道──
そこだけ、夕日が落とす影が、不自然に揺らいでいる。
「……あそこから来た。あそこへ抜けた」
エインは確信する。
“沈黙の波”はこの街を通り抜け、
より濃い“祈りの源”に向かって移動している。
その先には──
祈りの火を宿す国、戦邦バルザがある。
その時、街へ急ぎ足で入ってきた旅装の兵士が、エインたちを見つけて駆け寄ってきた。
「外から来た者か! 大至急の報せだ!」
息を切らし、彼は叫ぶ。
「バルザ東部の“誓炎心臓”が……脈を乱し始めた!
誓火が吸われ、火柱が低下している!」
ティナの顔が強張る。
「誓炎心臓が……っ? そんな……」
誓炎心臓は、バルザの“世界観そのもの”と言っていい。
戦士が誓いを捧げ、心の火を燃やす神殿であり、魂の揺らぎと深く結びついている。
そこが乱れるということは──
エインは短く告げた。
「……急ぐぞ。沈黙は、誓火を狙っている」
ティナがランタンを握りしめ、
「うん……! バルザに行く前に、世界から“声”が全部消えちゃう……!」
炎核がざわりと鳴る。
沈黙は音を奪い、
祈りを奪い、
魂の火を奪い──
次に何を狙うのか。
風のように、影のように、沈黙の波は世界を走っていた。
街外れの丘。
冷たい風が吹くたびに、音が半拍遅れて届く。
エインとティナは、昨夜から一人の帰還を待っていた。
──星読士シオンが北の空白帯へ向かったのは、沈黙の揺らぎを確かめるためだった。
ティナは胸の前でランタンを抱えながら落ち着かない様子で言う。
「……遅いよね。シオンさん、無事だよね?」
エインは地平線へ目を向けたまま答える。
「星の下なら、あいつは誰よりも強い。迷うことはないさ」
やがて、遠方に蒼い光が揺れ、砂煙を上げて馬が駆けてくる。
「──来た」
エインの言葉と同時に、シオンが馬から降り立った。
外套には砂がつき、息は荒い。それでも口調は落ち着いている。
ティナが駆け寄る。
「よかった! 本当に空白帯まで行ってたの? 全然風の声が戻らないから……」
シオンは軽く微笑む。
「ご心配をおかけしました。……ええ、行ってきました。
星の動きが“歪む”現象を、確かめる必要があったので」
エインが問う。
「沈黙の揺らぎはどうだった?」
シオンは鞍袋から星盤を取り出し、二人に見せる。
星盤の光が、ときおり“下へ”吸い込まれるように沈む。
ティナは息を呑んだ。
「……星が落ちるみたい……」
「星は落ちません。ですが──“光の層”が沈んでいたのです。
祈りでも風でもない。世界の“声の膜”の部分が、押し下げられたように」
その語りは説明ではなく、見たままを丁寧に紡ぐようだった。
エインが目を細める。
「圧されている……という感覚か」
「ええ。まるで“何かが通った跡”。
一瞬でしたが……完全な無音の刹那がありました。
風の音も、砂の落ちる音も、鼓動の響きすら……消えたのです」
ティナが震う。
「すべての……音が?」
「はい。私が感じたのは“奪われる”感覚ではありませんでした。
“すれ違われた”というべきでしょう」
沈黙そのものが、世界を横断している。
シオンは星盤を操作し、波紋のような光を示した。
「揺らぎは周期を持っています。
空白帯では九刻……ここでは七刻。
確実にこちらへ“近づいている”。」
ティナはランタンを握り締める。
「じゃあ……沈黙の波は、わたしたちを追ってきてるの?」
「追っているというより、“流れ”です。
ただ──流れの先は明らかでした」
シオンは丘の向こう、炎の国バルザを指す。
「誓火神殿。
世界でもっとも“誓いの光”が立ち上る場所。
沈黙の波がそこを通れば、祈りの柱は確実に揺らぎます」
エインは拳を握る。
「狙いがそこなら……放っておけない」
シオンは真剣な眼差しで頷く。
「だから急いで戻りました。
“正体を掴める段階ではない”ですが、今ならまだ追える」
ティナは不安を抱えたまま、しかし確かな決意で言った。
「行こう、エイン……!
誓火が沈んじゃう前に……!」
丘を渡る風が弱まり、音がまた一拍遅れた。
沈黙は、確実に近づいていた。
⸻
三人はバルザへ続く荒野を急いだ。
夕陽が地平を焼くように落ち、世界は赤金色の影を長く伸ばす。
本来なら──
誓火の国へ近づくほどに、大地の“熱い息吹”が肌を刺すはずだった。
だが。
風は冷たい。
砂は乾きすぎて、音がまるで遠い。
ティナが突然足を止め、目を見開く。
「……エイン、あれ……!」
エインとシオンも前方を見据える。
バルザの誓火神殿が立つ巨大台地──
そこに掲げられるはずの火柱が、信じられないほど低く、細く……揺れていた。
本来は夜空を裂くほどに迸る炎。
誓いを掲げた戦士の魂の象徴。
人々の歌が重なれば、火柱はさらに高く燃え上がるはずだった。
しかし、いまは──
まるで“押し潰されている”ように、炎が地面へ引き倒されている。
ティナの声は震えていた。
「誓火って……あんなに弱るものなの……?
戦に負けそうだった時でさえ、炎だけは絶対に沈まないって……聞いたのに」
シオンは星盤を開く。
盤面の光が、誓火の方向から来る風に反応して、低く、沈むように脈打った。
「誓火が弱っているというより……
“上向く力”に逆方向の圧が掛かっています。
本来立ち上がるはずの誓いが、どこかへ押し返されている」
エインは胸の炎核に走った痛みに眉を寄せる。
「……炎が苦しんでいる。
あれは“折れる前”の炎だ」
風が止まった。
世界が“息を吸うのを忘れた”ように、音が途切れる。
──す、と音が抜ける。
誓火の火柱が、ひと呼吸の間だけ“光”を完全に失った。
ティナが悲鳴のような声を漏らす。
「いま……消えかけた……!」
シオンは冷静な声で告げる。
「周期が縮んでいます。このままでは──
誓火の“心臓”が沈黙の波に呑まれる」
ティナはランタンを胸に抱きしめた。
「どうすれば……」
エインは迷いのない声音で言う。
「行く。
誓火が折れる前に、沈黙の波の“正体”を掴む」
シオンも頷く。
「誓火の心臓部なら、沈黙の力の“痕跡”が確実に残っているはずです。
それを読めば……道が開ける」
ティナは瞳を強く結んだ。
「行こう……誓火を、助けたい」
沈んでいく夕陽の中、誓火神殿の炎は小さく、それでも消えまいともがいていた。
それはまるで、
世界が沈黙へ呑まれようとする中で、最後まで立っている心のようだった。
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そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
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「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
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気が付けば誰かがしゃべってる。
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より良いスキルは早い者勝ち。
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