赤色灯の証言

都丸譲二

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第1章 交機に生きる

第2話 疑惑

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 午前十時過ぎ。
 桐ノ宮交機の詰所に緊迫した無線が割り込んだ。
「桐ノ宮から交機隊、篠原台工業団地前で衝突事故発生。至急急行されたし」
「交機隊了解」
 副隊長の声が飛ぶ。
「西條、加瀬! 現場へ急行!」
「了解!」
 二人の白バイが同時にサイレンを鳴らし、国道21号を切り裂いた。
 篠原台工業団地前に到着すると、軽トラックと黒塗りの高級セダンが衝突していた。
 トラックの荷台からは資材が散乱し、運転手は血を流しながら仲間に支えられている。
「意識は?」
 美由紀が駆け寄る。
「あります! でも出血が……」
 そのとき、セダンのドアが開いた。
 強烈なアルコール臭が辺りに広がる。
 運転席にいた男の顔は真っ赤に染まり、目は焦点が合わない。
「免許証を提示してください」
 美由紀が毅然と告げる。
 男は乱暴にカードを差し出した。
 ――神谷慎一。
 その名を見た瞬間、美由紀は思わず息を呑んだ。
 県議会副議長、その人だった。
「アルコール検知を行います」
 美由紀が機材を取り出すと、男は怒鳴った。
「触るな! 誰に向かって言ってると思ってる!」
 周囲の空気が凍りつく。
 軽トラの運転手がうめく声が、なおさら響いた。
「任意ですから拒否します」
 副議長は吐き捨てるように言った。
 美由紀は一歩も引かず、静かに返す。
「現場で拒否すれば、それ自体が記録に残ります」
 男の目に怒りと恐怖が交錯した。
 署に戻ると、すでに黒塗りの車から数人の男が降り立っていた。
 副議長の秘書と顧問弁護士だった。
「副議長は体調を崩されただけです」
「アルコール検査は任意で拒否されました。強制はできないはずです」
「記録には“体調不良による操作ミス”と記してください」
 美由紀は堪え切れず声を荒げた。
「現場では明らかに酒の匂いがしました!」
 秘書が一歩前に出た。
「県政に影響することを、あなたは理解していますか」
 そのとき、副隊長の机に電話が鳴った。
 短い応答のあと、彼は低く言った。
「……はい。承知しました。副議長筋に配慮せよと。波風を立てるな、とのことです」
 室内に重苦しい沈黙が落ちた。
 報告書の文面は「体調不良によるハンドル操作ミス」と整えられた。
 美由紀は赤ペンを握りしめ、訂正しようとした。
「これは嘘です」
 だがその手を加瀬が押さえた。
「無茶すんな、キャリア様」
「……亡くなった人がいるかもしれないのに」
「分かってる。でも、お前が潰されたら元も子もねえ」
 ぶっきらぼうな声。
 だが不器用な優しさが滲んでいた。
 秘書と弁護士が去ったあと、副隊長がため息をついた。
「どうやら本庁からも確認が入るらしい。氷室参事官が来るそうだ」
「氷室……?」
 美由紀は眉を寄せた。
「柔らかく笑うが、恐ろしく切れる男だ。気をつけろ」
 副隊長の声は低く重く、部屋の空気を一層沈ませた。
 美由紀は胸の奥に冷たい影を感じた。
 ただの事故処理では終わらない。
 そう告げられた気がした。
 夜。
 詰所に一人残り、美由紀は報告書を見つめ続けた。
 現場で嗅いだ酒の匂い。
 拒絶の声。
 血を流したトラック運転手の顔。
 ――それを「体調不良」の一言で片付けていいのか。
「現場は……嘘をつかない」
 小さな呟きは蛍光灯に吸い込まれた。
 だが、その言葉は彼女自身の胸に深く刻まれ、赤色灯の残光のように消えることはなかった。
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