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第1章 交機に生きる
第3話 原付の少年
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夕暮れが迫る国道21号。
西條美由紀と加瀬は、篠原台バイパスを流していた。
通勤帰りの車が列をなし、街は慌ただしく一日の終わりを迎えようとしている。
「321、西條・加瀬、篠原台バイパスを北進中」
「交機隊了解」
無線を終えた美由紀は、前方にふらつく影を見つけた。
原付バイク。
車の流れを縫うように走り、時に車線をはみ出している。
「危ない!」
とっさに声を上げ、美由紀はアクセルを開けた。
原付はスピードを上げて逃げ始めた。
信号を無視して直進し、歩行者が慌てて飛び退く。
「加瀬さん、追います!」
「了解だ」
二台の白バイがサイレンを鳴らし、原付を追う。
狭い路地に飛び込んだ原付を追跡し、美由紀が前方から回り込んだ。
「止まりなさい!」
声を張り上げると、原付は急にブレーキをかけ、転倒した。
地面に投げ出されたのは、まだあどけなさの残る少年だった。
「大丈夫?」
美由紀が駆け寄る。
少年は膝を擦りむきながら、反発的に顔を背けた。
「うるせえ! 放っとけよ!」
声は震えていた。
免許証を確認すると、当然だが所持していない。
十五歳、中学生。
「無免許だね」
美由紀が冷たく告げると、少年は睨み返した。
「仕方ねえだろ……」
言葉の奥に、言い訳以上の何かが潜んでいるのを美由紀は感じた。
署に連行し、事情を聞く。
少年の名前は翔太。
母子家庭で、妹と二人暮らし。
母親は昼も夜も働き詰めで、家計は常に苦しかった。
「自転車、壊れちまってさ。バイト先まで歩くと間に合わねえんだ」
少年は目を伏せて言った。
「金もねえし、誰も直してくれねえ。だから、近所の知り合いから原付借りただけだ」
加瀬が鼻を鳴らした。
「理由になんねえな。事故ったら妹はどうすんだ」
少年の肩が震えた。
「……わかってるよ」
強がっていた態度が崩れ、涙が頬を伝った。
美由紀は黙って聞いていた。
兄を事故で失った記憶が脳裏をよぎる。
「守れなかった」という痛み。
この少年の無茶が、同じ悲しみを生むのではないかという恐怖。
「翔太君」
美由紀は静かに言った。
「無免許運転は犯罪だよ。君が死ぬだけじゃなく、誰かを傷つけるかもしれない」
「……」
少年は唇を噛みしめた。
「でも、自転車を直せばいい。歩くより早いし、妹を守れる」
「……本当に?」
涙のにじむ目で、少年は初めて素直に彼女を見た。
「私が直してあげる。約束する」
翌日。
美由紀は休日を使い、壊れた自転車を工具片手に修理した。
錆びたチェーンを張り替え、曲がったハンドルを直す。
加瀬も黙って手を貸した。
「キャリア様がレンチ握るとはな」
「笑わないでください」
二人で汗を流しながら作業を終えると、自転車は見違えるように甦った。
翔太は言葉を失い、自転車にまたがってペダルを踏んだ。
「動く……!」
喜びが涙に変わった。
「ありがとう……」
美由紀は微笑んだ。
「これで安全にバイトに行ける。無免許はもう終わりだよ」
その夜。
加瀬が煙草をふかしながら呟いた。
「キャリア様、人情に負けるな。けど、人情がなきゃ走れねえ」
美由紀は笑った。
「……それ、もう聞きました」
「だろうな」
だが彼女の胸には確かに、その言葉が響いていた。
「私は――守りたいんです。現場で泣く人を」
赤色灯の残光が、静かに二人を照らしていた。
西條美由紀と加瀬は、篠原台バイパスを流していた。
通勤帰りの車が列をなし、街は慌ただしく一日の終わりを迎えようとしている。
「321、西條・加瀬、篠原台バイパスを北進中」
「交機隊了解」
無線を終えた美由紀は、前方にふらつく影を見つけた。
原付バイク。
車の流れを縫うように走り、時に車線をはみ出している。
「危ない!」
とっさに声を上げ、美由紀はアクセルを開けた。
原付はスピードを上げて逃げ始めた。
信号を無視して直進し、歩行者が慌てて飛び退く。
「加瀬さん、追います!」
「了解だ」
二台の白バイがサイレンを鳴らし、原付を追う。
狭い路地に飛び込んだ原付を追跡し、美由紀が前方から回り込んだ。
「止まりなさい!」
声を張り上げると、原付は急にブレーキをかけ、転倒した。
地面に投げ出されたのは、まだあどけなさの残る少年だった。
「大丈夫?」
美由紀が駆け寄る。
少年は膝を擦りむきながら、反発的に顔を背けた。
「うるせえ! 放っとけよ!」
声は震えていた。
免許証を確認すると、当然だが所持していない。
十五歳、中学生。
「無免許だね」
美由紀が冷たく告げると、少年は睨み返した。
「仕方ねえだろ……」
言葉の奥に、言い訳以上の何かが潜んでいるのを美由紀は感じた。
署に連行し、事情を聞く。
少年の名前は翔太。
母子家庭で、妹と二人暮らし。
母親は昼も夜も働き詰めで、家計は常に苦しかった。
「自転車、壊れちまってさ。バイト先まで歩くと間に合わねえんだ」
少年は目を伏せて言った。
「金もねえし、誰も直してくれねえ。だから、近所の知り合いから原付借りただけだ」
加瀬が鼻を鳴らした。
「理由になんねえな。事故ったら妹はどうすんだ」
少年の肩が震えた。
「……わかってるよ」
強がっていた態度が崩れ、涙が頬を伝った。
美由紀は黙って聞いていた。
兄を事故で失った記憶が脳裏をよぎる。
「守れなかった」という痛み。
この少年の無茶が、同じ悲しみを生むのではないかという恐怖。
「翔太君」
美由紀は静かに言った。
「無免許運転は犯罪だよ。君が死ぬだけじゃなく、誰かを傷つけるかもしれない」
「……」
少年は唇を噛みしめた。
「でも、自転車を直せばいい。歩くより早いし、妹を守れる」
「……本当に?」
涙のにじむ目で、少年は初めて素直に彼女を見た。
「私が直してあげる。約束する」
翌日。
美由紀は休日を使い、壊れた自転車を工具片手に修理した。
錆びたチェーンを張り替え、曲がったハンドルを直す。
加瀬も黙って手を貸した。
「キャリア様がレンチ握るとはな」
「笑わないでください」
二人で汗を流しながら作業を終えると、自転車は見違えるように甦った。
翔太は言葉を失い、自転車にまたがってペダルを踏んだ。
「動く……!」
喜びが涙に変わった。
「ありがとう……」
美由紀は微笑んだ。
「これで安全にバイトに行ける。無免許はもう終わりだよ」
その夜。
加瀬が煙草をふかしながら呟いた。
「キャリア様、人情に負けるな。けど、人情がなきゃ走れねえ」
美由紀は笑った。
「……それ、もう聞きました」
「だろうな」
だが彼女の胸には確かに、その言葉が響いていた。
「私は――守りたいんです。現場で泣く人を」
赤色灯の残光が、静かに二人を照らしていた。
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