17 / 19
第4章 赤色灯の証言
第17話 届かぬ真実
しおりを挟む
春の曇り空。
桐ノ宮署の屋上から見下ろす街は、白く霞んでいた。
国道を流れる車列の中に赤色灯を載せたパトカーが混じり、その光が時折、鈍く瞬いて見えた。
美由紀は手元のノートを強く握りしめる。
〈篠原台事故:赤信号無視、飲酒検知0.5mg〉
〈公式報告:体調不良による操作不適〉
〈内部文書:庁から“言及不可”の通達〉
(このまま署内に置いておけば、私ごと消される……。外に出すしかない)
その夜。
古いノートパソコンを開き、匿名アドレスから資料を送った。
添付したのは、事故現場の写真コピーと呼気検知の数値を写したノートの抜粋。
宛先は地方紙の社会部だ。
「現場の真実が消されようとしています。取材をお願いします」
送信ボタンを押した瞬間、胸が高鳴った。
(これで……少しは光が差すはず)
数日後。
だが、どの新聞にも記事は出なかった。
どのテレビも、事故を「単なる操作ミス」として片づけたまま。
廊下で谷口警部補に呼び止められた。
声を潜め、ファイルを抱えたまま囁く。
「西條さん……地方紙の社会部に資料が届いたそうです」
「本当に?」
「ええ。でも編集局長の判断で“裏付けのない怪文書”扱いにされた。県警本部からも圧力があったと聞きました」
美由紀は言葉を失った。
(……匿名では、潰される。やはり)
午後。
副隊長に呼ばれ、執務室へ。
そこには一人の若い女性が座っていた。
まだ二十代前半、瞳を真っ赤に腫らしている。
「篠原台で亡くなった女性の妹さんだ。――遥さんだ」
遥は深く頭を下げた。
「西條さん……姉の事故のことで、どうしてもお話ししたくて」
美由紀は姿勢を正した。
「……はい。私は現場にいました」
遥は絞り出すように言った。
「新聞もテレビも、“ただの事故”としか言いません。でも、違うんですよね。お姉ちゃんは……信号を守っていたんですよね?」
「そうです。信号は赤でした。運転手は酒も飲んでいた」
遥の頬を涙が伝った。
「どうか……姉の死を“ただの事故”にしないでください。あなたが見たことを、どうか隠さないで」
副隊長は腕を組んだまま、黙って窓の外を見ていた。
その背中が「お前に託す」という無言の意思を語っていた。
夕方。
駐車場で氷室が待っていた。
傘を差し、穏やかな笑みを浮かべている。
「新聞に送ったそうだね。だが無駄だったろう」
「……やはり、あなたが」
「私は何もしていない。ただ、調和を守っただけだ」
「調和……?」
「そうだ。匿名の情報は、ただのデマだ。顔を出さなければ、真実にはならない」
――遥の言葉と重なった。
「西條君。君が表に出れば、組織からは完全に切られる。……それでもやるか?」
「……はい」
美由紀の声は迷いがなかった。
氷室の笑みが一瞬だけ固まり、次いで氷のように冷たい光が瞳に宿った。
「なるほど。ならば――君はもう、戻れない」
夜。
ノートを開き、最後のページに大きく記した。
〈匿名では潰される。私自身が証言するしかない〉
窓の外を赤色灯が過ぎ、部屋を赤く染めた。
その光の中で、美由紀は深く息を吸い込む。
(次は、私が顔を出して告発する。命を懸けても――)
桐ノ宮署の屋上から見下ろす街は、白く霞んでいた。
国道を流れる車列の中に赤色灯を載せたパトカーが混じり、その光が時折、鈍く瞬いて見えた。
美由紀は手元のノートを強く握りしめる。
〈篠原台事故:赤信号無視、飲酒検知0.5mg〉
〈公式報告:体調不良による操作不適〉
〈内部文書:庁から“言及不可”の通達〉
(このまま署内に置いておけば、私ごと消される……。外に出すしかない)
その夜。
古いノートパソコンを開き、匿名アドレスから資料を送った。
添付したのは、事故現場の写真コピーと呼気検知の数値を写したノートの抜粋。
宛先は地方紙の社会部だ。
「現場の真実が消されようとしています。取材をお願いします」
送信ボタンを押した瞬間、胸が高鳴った。
(これで……少しは光が差すはず)
数日後。
だが、どの新聞にも記事は出なかった。
どのテレビも、事故を「単なる操作ミス」として片づけたまま。
廊下で谷口警部補に呼び止められた。
声を潜め、ファイルを抱えたまま囁く。
「西條さん……地方紙の社会部に資料が届いたそうです」
「本当に?」
「ええ。でも編集局長の判断で“裏付けのない怪文書”扱いにされた。県警本部からも圧力があったと聞きました」
美由紀は言葉を失った。
(……匿名では、潰される。やはり)
午後。
副隊長に呼ばれ、執務室へ。
そこには一人の若い女性が座っていた。
まだ二十代前半、瞳を真っ赤に腫らしている。
「篠原台で亡くなった女性の妹さんだ。――遥さんだ」
遥は深く頭を下げた。
「西條さん……姉の事故のことで、どうしてもお話ししたくて」
美由紀は姿勢を正した。
「……はい。私は現場にいました」
遥は絞り出すように言った。
「新聞もテレビも、“ただの事故”としか言いません。でも、違うんですよね。お姉ちゃんは……信号を守っていたんですよね?」
「そうです。信号は赤でした。運転手は酒も飲んでいた」
遥の頬を涙が伝った。
「どうか……姉の死を“ただの事故”にしないでください。あなたが見たことを、どうか隠さないで」
副隊長は腕を組んだまま、黙って窓の外を見ていた。
その背中が「お前に託す」という無言の意思を語っていた。
夕方。
駐車場で氷室が待っていた。
傘を差し、穏やかな笑みを浮かべている。
「新聞に送ったそうだね。だが無駄だったろう」
「……やはり、あなたが」
「私は何もしていない。ただ、調和を守っただけだ」
「調和……?」
「そうだ。匿名の情報は、ただのデマだ。顔を出さなければ、真実にはならない」
――遥の言葉と重なった。
「西條君。君が表に出れば、組織からは完全に切られる。……それでもやるか?」
「……はい」
美由紀の声は迷いがなかった。
氷室の笑みが一瞬だけ固まり、次いで氷のように冷たい光が瞳に宿った。
「なるほど。ならば――君はもう、戻れない」
夜。
ノートを開き、最後のページに大きく記した。
〈匿名では潰される。私自身が証言するしかない〉
窓の外を赤色灯が過ぎ、部屋を赤く染めた。
その光の中で、美由紀は深く息を吸い込む。
(次は、私が顔を出して告発する。命を懸けても――)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる