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レベル4.女騎士と女奴隷と日常①
4.女奴隷とググる
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ある日の昼。
「ぴーしー?」
「ああ。リファがスマホ使ってるの見たろ? あれと同じようなキカイだ」
裸エプロン女奴隷ことクローラは、ちゃぶ台の上に置かれたノートパソコンをまじまじと見つめた。
ちなみにこのパソコンは俺が使っているものではない。
今朝、家のポストに無造作にツッコまれていたものだ。
「木村さん……からですか」
「まぁな」
これで贈り物は何度めだ?
リファの戸籍書類に、スマホ。
つい先日にもクローラの戸籍謄本が届いてたので、今回もまたスマホかと思っていた矢先にまさかのPC。
いずれ教えるつもりではあった。だが自分のPCを触らせるのはいろいろな意味で抵抗がある。
大学で提出する予定の数々の論文、レジュメなどなど、そこそこ重要なデータが詰まっているのだ。
オイ今どうせエロ画像だろとか言った奴。オメー後で屋上な。
何にせよ、こうして彼女専用のPCが届いたのは非常にありがたい。これなら思いっきり好きに使わせてやれるしな。
しかし、まだネットの世界に足を踏みれるのは早いのではないだろうか。
クローラはこの世界にやってきてまだ1ヶ月も経たない。
生活習慣がようやく身についてきたレベルなのに、こんなもんを学ばせるのは些か急が過ぎる。
……と、いいたいところだが、実際そうでもない。
なぜなら。
「ふむ、なかなかこのクッ○パッドとやらは便利だな」
すでに先駆者がいるからである。
リファは台所でスマホを眺めつつ、鍋をかき混ぜている。レシピサイトを参考に、今日の昼食を作っているのだ。
彼女はすでに俺からTwitter、LINE、などのSNSの使用許可を得ている。
インターネットブラウザも、つい最近やっていいぞとのお触れを出した。もちろん、俺がその場にいる時に限っているが。
で、彼女がスマホを操る横で、クローラはそれを熱心に観察していたのである。
その度にドヤ顔でリファも彼女にあれこれと説明してくれていたので、すくなくともビギナーではない。
初めて目にするのは、単なる「PC」というデバイスであり、やることはスマホとほぼ変わらないからな。敷居はそれなりに低くなっている。
「すまほ以外にもねっとの世界に入れるキカイがあるのですね」
「歴史はこっちのほうが長いんだけどね。スマホはああやって持ち運びに便利だけど、スペックの関係上やれる事にはいろいろ制限がある。でも、このPCだとサイズはでかいけど、その分できる作業の幅は広いってわけ」
「なるほど」
「さて、じゃあ早速始めるか」
「はい!」
ということで、数分軽くタイピングの授業を行った俺達。
飲み込みが割りと早いクローラは、そこまで習得に時間はかからなかった。
「すまほ、とは随分違いますが……これのほうがやりやすそうです」
両手の人差し指で、ぎこちなくキーを叩きながら女奴隷は言った。
「リファさんに何度かスマホを触らせてもらいましたが、小さいし、複雑だったので思うように動かせなくて」
「確かにタップ、フリック、ホールド……指の動かし方一つとっても色々あるからな」
その点、これは押すだけでいい。
俺もスマホの文字入力は、かな入力ではなくローマ字入力だし。
だが世の中にはスマホ入力は簡単だけど、キーボードは苦手という人も大勢いる。要は向き不向きの問題だな。
「これを使って文字が打てるのはわかりましたが……次は何をすれば」
「んー、別になんでもいいんじゃない? ある程度はリファから教わってんだろ? SNSとか始めるんであればアカウントの登録から――」
「そ、それならば! 私、気になるものがあるのです!」
ずいっ、とクローラは俺に身を寄せて迫ってきた。
どうやらリファがやっているものの中で、興味惹かれるものがあったらしい。
果たしてそれは一体……。
「ぐーぐる先生という方にお会いしたいのです!」
○
人に当たり前のことを質問された時の魔法の言葉。
ググレカス。
人に聞くよりまずググれ、という意。
今の社会では、知識という知識はすべてネットの大海に流れ出る。
その支配者たるグーグル先生は、そこから求める回答を即座に探し当ててくれる。
どんなに曖昧なことでも、どんなにいい加減なキーワードでも、的確に。
俺達はただ知りたいことを彼に聞けばいい。そうすれば答えが返ってくる。
クローラは俺の指示の下、Googleというロゴと文字入力スペースだけが存在する簡素なページを開いた。
「わぁ」
念願の先生とご対面だ。さぁクローラさん、ご感想は?
「随分と特徴的なお顔をなさっていますのね!」
聞いたか今の?
まずこれを見て「顔」と認識するかふつー?
擬人化の先入観に囚われてるにしても、もうちょい他に感想あるだろうに……。
「あの、こんにちはグーグル先生! 私、クローラ・クエリと申します」
三指をついて深々と頭を下げる女奴隷。当然画面の検索エンジンは返事をしない。
うーん、これはマジモンの天然だなぁ。
「あの、あなたにお聞きすればわからないことなどない、とお聞きしたのですが」
先生は答えない。
「わ、私は実はこの世界とは違うところから来たばかりでして。ここでの生活は本当にわからないことだらけなのです。そこで、今後のためにもいろいろなことを知りたくて、グーグル先生のお力添えをいただきたく……」
先生は答えない。
「えっと……先生? 何か私、お気に触れることを申し上げましたでしょうか? さっきから何もおっしゃられないようなのですが……」
先生は答えない。
オロオロとし始めるクローラに俺は説明した。
「まぁ落ち着けよクローラ。まずグーグル先生ってのは見ての通り人間じゃない」
「そ、そうなのですか? 画面の中に潜む精霊だとリファさんは言っていたのですが」
あの野郎、テキトーぬかしおってからに。
「精霊と言うよりは……そう、図書館みたいなものだ。わかるか、図書館」
「としょかん……」
頭に?を浮かべるクローラを見て、俺は察した。
「あ、ごめん。奴隷ってやっぱそういうところには行けないものだったかな」
「いえいえ、そんなことはないです! たまに前のご主人様の用事でついていったことがあるので」
「あ、立ち入り自体は自由なんだ」
「はい。身分によって閲覧に制限がかかる書物はありますが、基本誰でも利用できる施設ですね」
「ふーん、結構寛容なんだな」
「ワイヤードでは身分にかかわらず、読み書きの教育を義務化していますから」
ああそういえばそうだったね。そんなら安心。
「話をもとに戻すけど、このグーグルってのは図書館にある本を探してきてくれるシステムだと思えばいい」
「本を探してきてくれる……?」
「例えば『ワイヤードの歴史について知りたい』って言えば、その手の資料を色々持ってきてくれるわけ」
「ふむ。彼自身がなんでも知っているわけではないということですか」
「そ。これを使えば大抵のことは調べられるから、いつしかこいつのことを先生って呼ぶようになっただけ。人間じゃないから声をかけても無駄なの」
「そうだったのですか……先程は恥ずかしい真似をしてしまいました」
ふぅ、と小さく溜息をつくとクローラは改めてグーグル先生に向き合う。
「それで……調べたいことがある場合はどうやってお聞きすれば?」
「それで文字を打つ。それだけ」
俺はキーボードを指して言うと、女奴隷はポンと手を叩いた。
「なるほど! 先程の操作はこのための伏線だったのですね!」
こんな想像するに容易いもんを伏線と呼ぶのなら、今の推理小説の大半が本格ミステリ大賞受賞しちまうよ。
「ではさっそく!」
ふんす、と鼻息を吐くとクローラは検索入力欄に文字を打ち込んだ。
さぁ、はたして彼女がこの世界で最初に調べたい項目とは一体……?
『ご主人様の性感帯』
こらこらこらこらこらこら。
何ちゅうもん調べてんねん。
記念すべき初検索がそんなんでいいのかい君ぃ。
「ご主人様のことを熟知しておくのは、奴隷として当然の勤めでございます」
「熟知しておくならもうちょい無難なところから調べるべきだと思うのですが!」
「ええ、ですから無難な事柄を――」
お前の最低レベル高すぎぃ!
「ではこれでグーグル先生が答えを出してくれるのですね!」
「出てたまるか!」
「出ました」
「でるんかーーーーーい!!!」
トップヒット
『君のご主人様の性感帯は左の上から二番目の肋骨』
ぴーーーーーんポインツっ!!!
ド直球すぎんだろ!! こうもドンピシャでヒットするとは思わなかったよ!!
ってかなにこれ? 何かの創作物のHPか?
俺とクローラはその下に書かれているスニペットを読む。
『カウンセラー木村のお悩み相談室:気になるカレの性感帯はずばりココ! 特に八王子郊外に住んでるご主人様は大抵ここが感じるよ!』
木村ァァァァァァ!!!!!
なんでオメーは異世界でも現実世界でも電脳世界でもしゃしゃり出てくんだよ!!!
いや別人だろうけど、言わせろ。いいかげんにしろよったくよぉぉぉぉ!!
ていうか八王子郊外とか範囲狭すぎんだよぉォォ!!
何!? この界隈じゃ俺以外にもご主人様が一定数いるの?
わざわざそこまで絞らなくちゃならんくらいこの国にはご主人様溢れかえってんの!? メイド喫茶いらねぇなもう!
「……」
「さわんなや!」
「ひっ、すみません」
俺の左の上から二番目の肋骨に指を伸ばしていたクローラは、小さく悲鳴を上げて手を引っ込めた。
ったく、疑うことを知らない奴にこんなもん見せるとろくなことにならん。
「とにかく、これはもうやめ。別なの調べよーぜ」
「別なの……でございますか」
「もうちょっと普通なやつで頼むよー。もっとあるだろこう……なんていうか、趣味とかそういう話題」
「ご主人様の趣味……」
「いや、別に俺に限定しなくても……」
クローラは悶々とした表情でいつつも、またぱちぱちとキーボードを弾く。
『ご主人様の性癖』
待て待て待て待て待て!!
今普通って言ったよね!? 普通って言ったよね!?
ボクの話聞いてた!? 日本語通じないの? 今頃になって異世界人だから言葉通じねーよって理屈持ち出す気!?
「ご主人様の性癖を知れば、趣味とかも自ずと見えてくるのではないかと……」
「だったらなんで趣味の方をダイレクト検索しないのぉ!? 大体性癖で連想する趣味なんていかがわしいもんオンリーだろがぁ!」
「しかし、殿方がいかがわしいことを考えるのは普通なのではないかと」
「『普通』であることと、『それしか脳にないこと』は全く別モンなんだよ! 覚えとけこのすっとこどっこい!」
「わかりました。ご主人様はいかがわしいことしか脳にないのですね!」
んもぉぉぉぉぉぉぉこのポンコツ天然奴隷がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「そうと決まれば早速検索です!」
「だからそんなんで出るわけねぇだろっつってん――」
「出ました!」
「ホワァイ!?」
トップヒット
『君のご主人様の性癖は褐色!:カウンセラー木村のお悩み相談室』
『こんがり焼けた小麦色のグラマラスな身体に興味津々! 特に八王子郊外のご主人様に多め!』
木村ァァァァァァ!!!!!(2回目)
再びやってくれたなこの似非カウンセラーがぁぁぁ!! しかもまた八王子郊外でエリア制限かましやがってよぉぉぉ!!
八王子のご主人様全員褐色フェチとかきもっち悪ぃなオイ!! こんな変態ばっかが集まる街いたくねぇわ! 実家に帰りたいマジで!
「ご主人様は……お肌が焼けた女性が好みなのです……?」
クローラは色白な自分の腕を見ながら寂しそうにつぶやいた。
ほーら自信喪失しちゃったじゃぁん! 相談者落ち込ませといてなーにがカウンセラーじゃい!
「ご、ご主人様のお望みとあらば……火で自分の肌を炙るくらい……どうってこと……」
「ステイステイステイステイステイステイステイ!!!」
涙目で台所に向かっていこうとしたクローラを引き止める。
焼くってそっちじゃねぇわ! 小麦色どころか黒一色だわ! 世間ではそれを焦がすっていうんだわ!
くそー、余計な二次災害まで出さそうとしやがって……。
「もう性癖はわかったろ、次だ次!」
「ぐす……はい」
「今度はちゃんとまともなのにしろよ?」
「わ、わかりました……」
目尻に浮かぶ涙を拭き、クローラは三度キーを打つ。
『ご主人様のおちんちんの大きさ』
おいおいおいおいおいおいおいおいおい!!
今までで一番やべぇわこれ。性感帯とか性癖とかよりも格段にいけないボーダーライン超えちゃってるわ。
「だってご主人様のおちんちん、一度も見たことがなくて……」
「さも見せるのが当然みたいな言い方やめろい!」
「寝てる間にこっそり見ようにも、私は奴隷ですからそんな無礼は許されませんし……」
「それが無礼って自分でわかってんなら、主のちんちんのサイズ本人前にして調べるのも無礼って思ってくんない!?」
「こんな時にこそ、グーグル先生の出番ですっ! えい」
「聞けよ人の話!」
カチャカチャカチャカチャ。ッターン!
「出ました!!」
「もうなんでもありかよ!」
トップヒット
『ご主人様のおちんちんのサイズは松茸Mサイズ程度:カウンセラー木村のお悩み相談室』
『気になるご主人様のアソコのサイズが知りたい? 大丈夫! 八王子郊外に住んでるご主人様は殆どこれぐらいの大きさだよ!』
木村ァァァァァァァァ!!!!(3回目)
よくもこんなえげつねぇこと書きやがったなゴラァ! 松茸って表現でマイルドにした気になってんじゃねぇぞ!!
だいたいMサイズってなんだよ!? 結局それって具体的にどれくらいなんだよ!!
俺はポケットから自分のスマホを取り出して、松茸Mサイズが何センチなのかをググる。
ってか、なんで俺の方が気になってんだよくそ! 木村の手の上で転がされてるみたいで腹立つなもう!
程なくして結果が出た。
『松茸Mサイズ:約7~8センチメートル』
木ィィィィィィ村ァァァァァ!!!!(4回目)
おい八王子市民! 今すぐ武器持って立ち上がれ!
このくそったれカウンセラー野郎の素性突き止めてぶっ殺しに行くぞ!
俺らの男たる所以をここまでコケにしやがったこいつを生かしておくわけにいかねぇ!
「ご主人様! どうか、どうか落ち着いてくださいまし!」
クローラは怒り狂う俺の腰にしがみついて必死に止めようとする。
「ええい、止めてくれるな! 男には立ち向かわなければならない時が二つある! 大切な人を守る時と、己のプライドを守る時だぁ!!」
「気をしっかり持ってくださいご主人様! まだこの文章には続きがあるのです!」
続きだと?
俺は一旦矛を収めて、先ほどのスニペットの続きを目で追った。
『※注:勃起時』
熱盛ィィィィィィィィィィィィ!!!
「ご主人様! ダメです! 熱盛と、熱盛と出てしまっています!!」
「うるせぇーーーー!! 熱盛もクソ森もねぇんだよおどりゃ!! 俺のサイズはこんなもんじゃねぇぞ! 見たけりゃ見せてやr――」
ドスッ!
と突如そんな音がして俺達を強制的に黙らせた。
何かと思って音がした方を見てみたら。
ありました。
ちゃぶ台に深々と突き刺さる出刃包丁が。
それをぶん投げた張本人である女騎士は、ニコニコと屈託のない笑顔で俺達を見つめていた。
そして端的に一言。
「うるさい」
「「ごめんなさい」」
○
「もういいだろ。俺に関することはこれでおしまい」
「……はい」
しゅんとしてクローラは力なく言った。
はぁ、なんで好きなことをググるってだけの作業でこんなことに……。
まぁ十中八九木村のせいなんですけどね! ホント最悪だよ。
「でも、ご主人様のことを調べてはならないとなると……ほかに何を調べたらいいというのでしょう」
「他にいくらでもあるだろ……何でそんな俺のことばっか知りたがるんだよ」
「だって……私、奴隷なのに……ご主人様に尽くさなければならないのに……ご主人様のこと、何も知らない」
「……」
「何も知らなければ、ただの他人。ご主人様と距離を縮められなければ、それこそ奴隷にとっては死んでいるのと同じ。主のことを熟知しないと、お世話などできるはずがありませんから」
「クローラ……」
「ここに来てから、私、何の役にも立ってないです。料理も家事も、全部リファさんかご主人様がやっちゃいますし。私はその手ほどきを、たまに受けるだけ」
「それはお前がこの世界に来たばかりだから――」
「でも、何もできることがないわけではないはずです! 今の私は、本当に何もしていない……」
うつむいたまま悲痛な声を上げて、訴えかけるように彼女は言う。
「ワイヤードの生活では考えられませんでした。だって、こんなにも役に立たない奴隷は、絶対にすぐ捨てられるでしょうから。行き場をなくした奴隷に待っているのは、死のみ」
「……俺は別にお前を捨てたりなんか――」
「ご主人様はお優しいです。優しすぎます」
「え」
「こんな役立たずでも、笑ってこの家においてくださります。料理を作ってくれます。服を与えてくれます。でもそうされる度に辛いのです!」
両腿の上に置いた彼女の拳に、ポタポタと涙が落ちる。
「本当は私がすべきことを、全部私がしてもらっている。なんだか、自分がとてつもなく悪いことをしている気がするのです! ご主人様やリファさんが優しくしてくれると、その都度胸が締めつけられるような感じがして……このままずっと私は二人に世話をかけながら生きていくのだと思うと……耐えられません」
「……」
まぁ気持ちはわからんでもない。
何もせず、食っちゃ寝の繰り返し。でもそれは誰かの助けなしにはありえない生活。
だから何らかの形で報いなきゃならない。何もこれは奴隷に限ったことじゃない。
だが、世間にはその等価交換の法則を無視した奴がいる。
それが俗に言うニート。
家に金も入れず、手伝いもせず、浪費するだけの毎日。
今のクローラは限りなくそれに近い生活を送っている。
でも、彼女はニートじゃない。
ニートってのは、働く意志がない奴のことを指すからだ。
クローラはすぐにでも働きたいと願い、俺の役に立ちたいと思っている。それ故に、何も出来ない今の自分の無力さを嘆いている。
それだけで、十分だ。
「クローラ」
俺は彼女の頭に手を置くと、軽く撫でた。
「ならさ、俺のことよりも、自分がやりたいことを調べていけばいいんじゃないかな」
「……?」
「何も出来なくても、『こういうので役に立ってみたい』っていうのは見つかると思うんだ。そういうことをPCで検索すればいい」
「私の、やりたいこと……」
「ああ。好きこそものの上手なれ、っていうだろ? これからの生活のために、色々勉強してスキルアップする。それが今のお前の仕事だからさ」
「私の、仕事……」
そう言って、クローラはPCを見つめた。
そこには全知全能の検索エンジンが無言で彼女を見つめ返している。
「……そうですね。私、大切なことを忘れていたのかもしれません」
たくしあげたエプロンで涙を拭い、女奴隷は言う。
「ご主人様のことを知れば、私にできることが見つかると思っていました。でも、その前に私自身が成長しなくちゃ意味がないですよね。ここの世界は、まだ知らないことだらけですから」
「その通り。きちんと適応してこそ、手伝えるものの幅も広がるってもんだ」
俺がそう元気づけると、彼女はすっかり笑顔に戻っていた。
「はい、ありがとうございますご主人様。クローラ、これからもっともっと勉強して……ご主人様に可愛がっていただけるよう、頑張ります!」
「おう、頑張れ」
「おーい、茶番は終わったかぁ?」
ふいに、台所のリファがカウンターを拳でコツコツ叩きながら呼びかけてきた。
そこには湯気を立てて美味しそうな匂いを放つシチューの皿が三人分。
「メシができたぞ。奴隷、さっさと支度しろ。食器運びくらいできるだろ」
「は、はい!」
クローラは勢い良く立ち上がると、小走りで台所に向かっていった。
そう、それでいいんだよ。
自分のできることから、少しずつ。
そのやる気さえあれば、人はどんどん成長していけるんだから。
○
後日。
「たでーま」
昼過ぎにバイトから帰ってくると、家の中は静かだった。
不思議に思って部屋に入ってみると。
「すぴー……」
「すぅすぅ……」
二人ともお昼寝の真っ最中であった。
リファはベッドで仰向けに。クローラはちゃぶ台の上で突っ伏すように。それぞれすやすやと寝息を立てている。
ったく、家主が働いて帰ってきたってのに呑気なもんだな。
気がつくと、ちゃぶ台の上にはクローラのPCが開かれた状態でおいてあった。
あれからというもの、彼女は一心不乱にググり続ける毎日を送っている。
さすがにもう性感帯だの性癖だのという言葉を検索させるわけにはいかないので、卑猥なサイト等はアクセスできないようにしておいた。
だから特に心配することもないかな、と思っていたのだが。
「……ちょっと見てみるか」
スリープ状態を解除し、インターネットブラウザを立ち上げる。
現れしグーグル先生。
俺はそこの右上のメニューを開いて、「アカウント」→「マイ アクティビティ」をクリック。
ここでは過去の検索履歴が表示される。
さてさて、どんな言葉を検索したのかな……?
「家 手伝い」
「料理 やりかた」
「美味しい料理」
「喜んでもらえる料理」
「珍しい料理」
「珍味」
「虫 食べられる」
「ゴキブリ」
「ゴキブリ料理」
「ゴキブリ 育て方」
「ゴキブリ 餌」
「ゴキブリ 隠し場所 バレない」
「虫かご クローゼット」
カサリ。
クローゼットから音がした。
「ぴーしー?」
「ああ。リファがスマホ使ってるの見たろ? あれと同じようなキカイだ」
裸エプロン女奴隷ことクローラは、ちゃぶ台の上に置かれたノートパソコンをまじまじと見つめた。
ちなみにこのパソコンは俺が使っているものではない。
今朝、家のポストに無造作にツッコまれていたものだ。
「木村さん……からですか」
「まぁな」
これで贈り物は何度めだ?
リファの戸籍書類に、スマホ。
つい先日にもクローラの戸籍謄本が届いてたので、今回もまたスマホかと思っていた矢先にまさかのPC。
いずれ教えるつもりではあった。だが自分のPCを触らせるのはいろいろな意味で抵抗がある。
大学で提出する予定の数々の論文、レジュメなどなど、そこそこ重要なデータが詰まっているのだ。
オイ今どうせエロ画像だろとか言った奴。オメー後で屋上な。
何にせよ、こうして彼女専用のPCが届いたのは非常にありがたい。これなら思いっきり好きに使わせてやれるしな。
しかし、まだネットの世界に足を踏みれるのは早いのではないだろうか。
クローラはこの世界にやってきてまだ1ヶ月も経たない。
生活習慣がようやく身についてきたレベルなのに、こんなもんを学ばせるのは些か急が過ぎる。
……と、いいたいところだが、実際そうでもない。
なぜなら。
「ふむ、なかなかこのクッ○パッドとやらは便利だな」
すでに先駆者がいるからである。
リファは台所でスマホを眺めつつ、鍋をかき混ぜている。レシピサイトを参考に、今日の昼食を作っているのだ。
彼女はすでに俺からTwitter、LINE、などのSNSの使用許可を得ている。
インターネットブラウザも、つい最近やっていいぞとのお触れを出した。もちろん、俺がその場にいる時に限っているが。
で、彼女がスマホを操る横で、クローラはそれを熱心に観察していたのである。
その度にドヤ顔でリファも彼女にあれこれと説明してくれていたので、すくなくともビギナーではない。
初めて目にするのは、単なる「PC」というデバイスであり、やることはスマホとほぼ変わらないからな。敷居はそれなりに低くなっている。
「すまほ以外にもねっとの世界に入れるキカイがあるのですね」
「歴史はこっちのほうが長いんだけどね。スマホはああやって持ち運びに便利だけど、スペックの関係上やれる事にはいろいろ制限がある。でも、このPCだとサイズはでかいけど、その分できる作業の幅は広いってわけ」
「なるほど」
「さて、じゃあ早速始めるか」
「はい!」
ということで、数分軽くタイピングの授業を行った俺達。
飲み込みが割りと早いクローラは、そこまで習得に時間はかからなかった。
「すまほ、とは随分違いますが……これのほうがやりやすそうです」
両手の人差し指で、ぎこちなくキーを叩きながら女奴隷は言った。
「リファさんに何度かスマホを触らせてもらいましたが、小さいし、複雑だったので思うように動かせなくて」
「確かにタップ、フリック、ホールド……指の動かし方一つとっても色々あるからな」
その点、これは押すだけでいい。
俺もスマホの文字入力は、かな入力ではなくローマ字入力だし。
だが世の中にはスマホ入力は簡単だけど、キーボードは苦手という人も大勢いる。要は向き不向きの問題だな。
「これを使って文字が打てるのはわかりましたが……次は何をすれば」
「んー、別になんでもいいんじゃない? ある程度はリファから教わってんだろ? SNSとか始めるんであればアカウントの登録から――」
「そ、それならば! 私、気になるものがあるのです!」
ずいっ、とクローラは俺に身を寄せて迫ってきた。
どうやらリファがやっているものの中で、興味惹かれるものがあったらしい。
果たしてそれは一体……。
「ぐーぐる先生という方にお会いしたいのです!」
○
人に当たり前のことを質問された時の魔法の言葉。
ググレカス。
人に聞くよりまずググれ、という意。
今の社会では、知識という知識はすべてネットの大海に流れ出る。
その支配者たるグーグル先生は、そこから求める回答を即座に探し当ててくれる。
どんなに曖昧なことでも、どんなにいい加減なキーワードでも、的確に。
俺達はただ知りたいことを彼に聞けばいい。そうすれば答えが返ってくる。
クローラは俺の指示の下、Googleというロゴと文字入力スペースだけが存在する簡素なページを開いた。
「わぁ」
念願の先生とご対面だ。さぁクローラさん、ご感想は?
「随分と特徴的なお顔をなさっていますのね!」
聞いたか今の?
まずこれを見て「顔」と認識するかふつー?
擬人化の先入観に囚われてるにしても、もうちょい他に感想あるだろうに……。
「あの、こんにちはグーグル先生! 私、クローラ・クエリと申します」
三指をついて深々と頭を下げる女奴隷。当然画面の検索エンジンは返事をしない。
うーん、これはマジモンの天然だなぁ。
「あの、あなたにお聞きすればわからないことなどない、とお聞きしたのですが」
先生は答えない。
「わ、私は実はこの世界とは違うところから来たばかりでして。ここでの生活は本当にわからないことだらけなのです。そこで、今後のためにもいろいろなことを知りたくて、グーグル先生のお力添えをいただきたく……」
先生は答えない。
「えっと……先生? 何か私、お気に触れることを申し上げましたでしょうか? さっきから何もおっしゃられないようなのですが……」
先生は答えない。
オロオロとし始めるクローラに俺は説明した。
「まぁ落ち着けよクローラ。まずグーグル先生ってのは見ての通り人間じゃない」
「そ、そうなのですか? 画面の中に潜む精霊だとリファさんは言っていたのですが」
あの野郎、テキトーぬかしおってからに。
「精霊と言うよりは……そう、図書館みたいなものだ。わかるか、図書館」
「としょかん……」
頭に?を浮かべるクローラを見て、俺は察した。
「あ、ごめん。奴隷ってやっぱそういうところには行けないものだったかな」
「いえいえ、そんなことはないです! たまに前のご主人様の用事でついていったことがあるので」
「あ、立ち入り自体は自由なんだ」
「はい。身分によって閲覧に制限がかかる書物はありますが、基本誰でも利用できる施設ですね」
「ふーん、結構寛容なんだな」
「ワイヤードでは身分にかかわらず、読み書きの教育を義務化していますから」
ああそういえばそうだったね。そんなら安心。
「話をもとに戻すけど、このグーグルってのは図書館にある本を探してきてくれるシステムだと思えばいい」
「本を探してきてくれる……?」
「例えば『ワイヤードの歴史について知りたい』って言えば、その手の資料を色々持ってきてくれるわけ」
「ふむ。彼自身がなんでも知っているわけではないということですか」
「そ。これを使えば大抵のことは調べられるから、いつしかこいつのことを先生って呼ぶようになっただけ。人間じゃないから声をかけても無駄なの」
「そうだったのですか……先程は恥ずかしい真似をしてしまいました」
ふぅ、と小さく溜息をつくとクローラは改めてグーグル先生に向き合う。
「それで……調べたいことがある場合はどうやってお聞きすれば?」
「それで文字を打つ。それだけ」
俺はキーボードを指して言うと、女奴隷はポンと手を叩いた。
「なるほど! 先程の操作はこのための伏線だったのですね!」
こんな想像するに容易いもんを伏線と呼ぶのなら、今の推理小説の大半が本格ミステリ大賞受賞しちまうよ。
「ではさっそく!」
ふんす、と鼻息を吐くとクローラは検索入力欄に文字を打ち込んだ。
さぁ、はたして彼女がこの世界で最初に調べたい項目とは一体……?
『ご主人様の性感帯』
こらこらこらこらこらこら。
何ちゅうもん調べてんねん。
記念すべき初検索がそんなんでいいのかい君ぃ。
「ご主人様のことを熟知しておくのは、奴隷として当然の勤めでございます」
「熟知しておくならもうちょい無難なところから調べるべきだと思うのですが!」
「ええ、ですから無難な事柄を――」
お前の最低レベル高すぎぃ!
「ではこれでグーグル先生が答えを出してくれるのですね!」
「出てたまるか!」
「出ました」
「でるんかーーーーーい!!!」
トップヒット
『君のご主人様の性感帯は左の上から二番目の肋骨』
ぴーーーーーんポインツっ!!!
ド直球すぎんだろ!! こうもドンピシャでヒットするとは思わなかったよ!!
ってかなにこれ? 何かの創作物のHPか?
俺とクローラはその下に書かれているスニペットを読む。
『カウンセラー木村のお悩み相談室:気になるカレの性感帯はずばりココ! 特に八王子郊外に住んでるご主人様は大抵ここが感じるよ!』
木村ァァァァァァ!!!!!
なんでオメーは異世界でも現実世界でも電脳世界でもしゃしゃり出てくんだよ!!!
いや別人だろうけど、言わせろ。いいかげんにしろよったくよぉぉぉぉ!!
ていうか八王子郊外とか範囲狭すぎんだよぉォォ!!
何!? この界隈じゃ俺以外にもご主人様が一定数いるの?
わざわざそこまで絞らなくちゃならんくらいこの国にはご主人様溢れかえってんの!? メイド喫茶いらねぇなもう!
「……」
「さわんなや!」
「ひっ、すみません」
俺の左の上から二番目の肋骨に指を伸ばしていたクローラは、小さく悲鳴を上げて手を引っ込めた。
ったく、疑うことを知らない奴にこんなもん見せるとろくなことにならん。
「とにかく、これはもうやめ。別なの調べよーぜ」
「別なの……でございますか」
「もうちょっと普通なやつで頼むよー。もっとあるだろこう……なんていうか、趣味とかそういう話題」
「ご主人様の趣味……」
「いや、別に俺に限定しなくても……」
クローラは悶々とした表情でいつつも、またぱちぱちとキーボードを弾く。
『ご主人様の性癖』
待て待て待て待て待て!!
今普通って言ったよね!? 普通って言ったよね!?
ボクの話聞いてた!? 日本語通じないの? 今頃になって異世界人だから言葉通じねーよって理屈持ち出す気!?
「ご主人様の性癖を知れば、趣味とかも自ずと見えてくるのではないかと……」
「だったらなんで趣味の方をダイレクト検索しないのぉ!? 大体性癖で連想する趣味なんていかがわしいもんオンリーだろがぁ!」
「しかし、殿方がいかがわしいことを考えるのは普通なのではないかと」
「『普通』であることと、『それしか脳にないこと』は全く別モンなんだよ! 覚えとけこのすっとこどっこい!」
「わかりました。ご主人様はいかがわしいことしか脳にないのですね!」
んもぉぉぉぉぉぉぉこのポンコツ天然奴隷がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「そうと決まれば早速検索です!」
「だからそんなんで出るわけねぇだろっつってん――」
「出ました!」
「ホワァイ!?」
トップヒット
『君のご主人様の性癖は褐色!:カウンセラー木村のお悩み相談室』
『こんがり焼けた小麦色のグラマラスな身体に興味津々! 特に八王子郊外のご主人様に多め!』
木村ァァァァァァ!!!!!(2回目)
再びやってくれたなこの似非カウンセラーがぁぁぁ!! しかもまた八王子郊外でエリア制限かましやがってよぉぉぉ!!
八王子のご主人様全員褐色フェチとかきもっち悪ぃなオイ!! こんな変態ばっかが集まる街いたくねぇわ! 実家に帰りたいマジで!
「ご主人様は……お肌が焼けた女性が好みなのです……?」
クローラは色白な自分の腕を見ながら寂しそうにつぶやいた。
ほーら自信喪失しちゃったじゃぁん! 相談者落ち込ませといてなーにがカウンセラーじゃい!
「ご、ご主人様のお望みとあらば……火で自分の肌を炙るくらい……どうってこと……」
「ステイステイステイステイステイステイステイ!!!」
涙目で台所に向かっていこうとしたクローラを引き止める。
焼くってそっちじゃねぇわ! 小麦色どころか黒一色だわ! 世間ではそれを焦がすっていうんだわ!
くそー、余計な二次災害まで出さそうとしやがって……。
「もう性癖はわかったろ、次だ次!」
「ぐす……はい」
「今度はちゃんとまともなのにしろよ?」
「わ、わかりました……」
目尻に浮かぶ涙を拭き、クローラは三度キーを打つ。
『ご主人様のおちんちんの大きさ』
おいおいおいおいおいおいおいおいおい!!
今までで一番やべぇわこれ。性感帯とか性癖とかよりも格段にいけないボーダーライン超えちゃってるわ。
「だってご主人様のおちんちん、一度も見たことがなくて……」
「さも見せるのが当然みたいな言い方やめろい!」
「寝てる間にこっそり見ようにも、私は奴隷ですからそんな無礼は許されませんし……」
「それが無礼って自分でわかってんなら、主のちんちんのサイズ本人前にして調べるのも無礼って思ってくんない!?」
「こんな時にこそ、グーグル先生の出番ですっ! えい」
「聞けよ人の話!」
カチャカチャカチャカチャ。ッターン!
「出ました!!」
「もうなんでもありかよ!」
トップヒット
『ご主人様のおちんちんのサイズは松茸Mサイズ程度:カウンセラー木村のお悩み相談室』
『気になるご主人様のアソコのサイズが知りたい? 大丈夫! 八王子郊外に住んでるご主人様は殆どこれぐらいの大きさだよ!』
木村ァァァァァァァァ!!!!(3回目)
よくもこんなえげつねぇこと書きやがったなゴラァ! 松茸って表現でマイルドにした気になってんじゃねぇぞ!!
だいたいMサイズってなんだよ!? 結局それって具体的にどれくらいなんだよ!!
俺はポケットから自分のスマホを取り出して、松茸Mサイズが何センチなのかをググる。
ってか、なんで俺の方が気になってんだよくそ! 木村の手の上で転がされてるみたいで腹立つなもう!
程なくして結果が出た。
『松茸Mサイズ:約7~8センチメートル』
木ィィィィィィ村ァァァァァ!!!!(4回目)
おい八王子市民! 今すぐ武器持って立ち上がれ!
このくそったれカウンセラー野郎の素性突き止めてぶっ殺しに行くぞ!
俺らの男たる所以をここまでコケにしやがったこいつを生かしておくわけにいかねぇ!
「ご主人様! どうか、どうか落ち着いてくださいまし!」
クローラは怒り狂う俺の腰にしがみついて必死に止めようとする。
「ええい、止めてくれるな! 男には立ち向かわなければならない時が二つある! 大切な人を守る時と、己のプライドを守る時だぁ!!」
「気をしっかり持ってくださいご主人様! まだこの文章には続きがあるのです!」
続きだと?
俺は一旦矛を収めて、先ほどのスニペットの続きを目で追った。
『※注:勃起時』
熱盛ィィィィィィィィィィィィ!!!
「ご主人様! ダメです! 熱盛と、熱盛と出てしまっています!!」
「うるせぇーーーー!! 熱盛もクソ森もねぇんだよおどりゃ!! 俺のサイズはこんなもんじゃねぇぞ! 見たけりゃ見せてやr――」
ドスッ!
と突如そんな音がして俺達を強制的に黙らせた。
何かと思って音がした方を見てみたら。
ありました。
ちゃぶ台に深々と突き刺さる出刃包丁が。
それをぶん投げた張本人である女騎士は、ニコニコと屈託のない笑顔で俺達を見つめていた。
そして端的に一言。
「うるさい」
「「ごめんなさい」」
○
「もういいだろ。俺に関することはこれでおしまい」
「……はい」
しゅんとしてクローラは力なく言った。
はぁ、なんで好きなことをググるってだけの作業でこんなことに……。
まぁ十中八九木村のせいなんですけどね! ホント最悪だよ。
「でも、ご主人様のことを調べてはならないとなると……ほかに何を調べたらいいというのでしょう」
「他にいくらでもあるだろ……何でそんな俺のことばっか知りたがるんだよ」
「だって……私、奴隷なのに……ご主人様に尽くさなければならないのに……ご主人様のこと、何も知らない」
「……」
「何も知らなければ、ただの他人。ご主人様と距離を縮められなければ、それこそ奴隷にとっては死んでいるのと同じ。主のことを熟知しないと、お世話などできるはずがありませんから」
「クローラ……」
「ここに来てから、私、何の役にも立ってないです。料理も家事も、全部リファさんかご主人様がやっちゃいますし。私はその手ほどきを、たまに受けるだけ」
「それはお前がこの世界に来たばかりだから――」
「でも、何もできることがないわけではないはずです! 今の私は、本当に何もしていない……」
うつむいたまま悲痛な声を上げて、訴えかけるように彼女は言う。
「ワイヤードの生活では考えられませんでした。だって、こんなにも役に立たない奴隷は、絶対にすぐ捨てられるでしょうから。行き場をなくした奴隷に待っているのは、死のみ」
「……俺は別にお前を捨てたりなんか――」
「ご主人様はお優しいです。優しすぎます」
「え」
「こんな役立たずでも、笑ってこの家においてくださります。料理を作ってくれます。服を与えてくれます。でもそうされる度に辛いのです!」
両腿の上に置いた彼女の拳に、ポタポタと涙が落ちる。
「本当は私がすべきことを、全部私がしてもらっている。なんだか、自分がとてつもなく悪いことをしている気がするのです! ご主人様やリファさんが優しくしてくれると、その都度胸が締めつけられるような感じがして……このままずっと私は二人に世話をかけながら生きていくのだと思うと……耐えられません」
「……」
まぁ気持ちはわからんでもない。
何もせず、食っちゃ寝の繰り返し。でもそれは誰かの助けなしにはありえない生活。
だから何らかの形で報いなきゃならない。何もこれは奴隷に限ったことじゃない。
だが、世間にはその等価交換の法則を無視した奴がいる。
それが俗に言うニート。
家に金も入れず、手伝いもせず、浪費するだけの毎日。
今のクローラは限りなくそれに近い生活を送っている。
でも、彼女はニートじゃない。
ニートってのは、働く意志がない奴のことを指すからだ。
クローラはすぐにでも働きたいと願い、俺の役に立ちたいと思っている。それ故に、何も出来ない今の自分の無力さを嘆いている。
それだけで、十分だ。
「クローラ」
俺は彼女の頭に手を置くと、軽く撫でた。
「ならさ、俺のことよりも、自分がやりたいことを調べていけばいいんじゃないかな」
「……?」
「何も出来なくても、『こういうので役に立ってみたい』っていうのは見つかると思うんだ。そういうことをPCで検索すればいい」
「私の、やりたいこと……」
「ああ。好きこそものの上手なれ、っていうだろ? これからの生活のために、色々勉強してスキルアップする。それが今のお前の仕事だからさ」
「私の、仕事……」
そう言って、クローラはPCを見つめた。
そこには全知全能の検索エンジンが無言で彼女を見つめ返している。
「……そうですね。私、大切なことを忘れていたのかもしれません」
たくしあげたエプロンで涙を拭い、女奴隷は言う。
「ご主人様のことを知れば、私にできることが見つかると思っていました。でも、その前に私自身が成長しなくちゃ意味がないですよね。ここの世界は、まだ知らないことだらけですから」
「その通り。きちんと適応してこそ、手伝えるものの幅も広がるってもんだ」
俺がそう元気づけると、彼女はすっかり笑顔に戻っていた。
「はい、ありがとうございますご主人様。クローラ、これからもっともっと勉強して……ご主人様に可愛がっていただけるよう、頑張ります!」
「おう、頑張れ」
「おーい、茶番は終わったかぁ?」
ふいに、台所のリファがカウンターを拳でコツコツ叩きながら呼びかけてきた。
そこには湯気を立てて美味しそうな匂いを放つシチューの皿が三人分。
「メシができたぞ。奴隷、さっさと支度しろ。食器運びくらいできるだろ」
「は、はい!」
クローラは勢い良く立ち上がると、小走りで台所に向かっていった。
そう、それでいいんだよ。
自分のできることから、少しずつ。
そのやる気さえあれば、人はどんどん成長していけるんだから。
○
後日。
「たでーま」
昼過ぎにバイトから帰ってくると、家の中は静かだった。
不思議に思って部屋に入ってみると。
「すぴー……」
「すぅすぅ……」
二人ともお昼寝の真っ最中であった。
リファはベッドで仰向けに。クローラはちゃぶ台の上で突っ伏すように。それぞれすやすやと寝息を立てている。
ったく、家主が働いて帰ってきたってのに呑気なもんだな。
気がつくと、ちゃぶ台の上にはクローラのPCが開かれた状態でおいてあった。
あれからというもの、彼女は一心不乱にググり続ける毎日を送っている。
さすがにもう性感帯だの性癖だのという言葉を検索させるわけにはいかないので、卑猥なサイト等はアクセスできないようにしておいた。
だから特に心配することもないかな、と思っていたのだが。
「……ちょっと見てみるか」
スリープ状態を解除し、インターネットブラウザを立ち上げる。
現れしグーグル先生。
俺はそこの右上のメニューを開いて、「アカウント」→「マイ アクティビティ」をクリック。
ここでは過去の検索履歴が表示される。
さてさて、どんな言葉を検索したのかな……?
「家 手伝い」
「料理 やりかた」
「美味しい料理」
「喜んでもらえる料理」
「珍しい料理」
「珍味」
「虫 食べられる」
「ゴキブリ」
「ゴキブリ料理」
「ゴキブリ 育て方」
「ゴキブリ 餌」
「ゴキブリ 隠し場所 バレない」
「虫かご クローゼット」
カサリ。
クローゼットから音がした。
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