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レベル4.女騎士と女奴隷と日常①
41.女騎士と女奴隷と夏祭り(前編)
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「――本日、第○回八王子花火大会は、このあと19時からを予定しています。大幅な混雑が予想されますので、ご参加の方は、十分ご注意ください」
そんなアナウンスが流れるのは、八王子市の中心部にある富士森公園。
敷地内には野球場、陸上競技場、テニスコート等があり、市民体育館まで併設している大型の公園だ。
とてつもなく広いため、いつもはのびのびと開放感のある市民の憩いの場なのだが……。
今日は違った。
まるで八王子の市民の半分以上がそこに集中しているかのような芋洗い状態。
どこを見ても人、人、人。数十センチ先の景色すら見通せないほどにごった返している。
八王子花火大会。
市内でも有数の超特大イベントとして毎年の夏にこの場所で開催されている。
隅田川や葛飾のそれには及ばないが、毎年七、八万人ほどが訪れる大規模な催し。それが今日行われるというわけだ。
俺もこの八王子に越してきた年の夏に一度行った経験があるが、とにかくすごかった。
色彩豊かで、それでいて大迫力の花火を大勢の人々と一緒に盛り上がりながら楽しめる。打ち上がるたびに上空で轟音とともに咲き乱れる光。それと同時に湧き上がる歓声。次のはどんなのが打ち上がるんだろうというワクワク感。
一年も前だけど、今もあの時のことを一生忘れることはないだろう。
なぜなら。
その場にいながら、それを一切味わえなかったんだから。
もっと言うと、今回も味わえないかもしれない危機に瀕している。
「はーい! どうぞ寄ってってくださーい! カフェ『Hot Dog』の八王子花火大会特別出張店ですよー! 今ならコーヒーとマフィンのセットが1200円と、大変お高くなっております! 今後さらなる値上げが予想されますので、今のうちにご購入しておくことをおすすめいたします!」
意気揚々と手をたたきながらそう呼び込みをしているのは、髭と四角メガネが特徴的なダンディなオヤジ。
箱根さん。俺のバイト先であるカフェの店長だ。
今俺達がいるのは、公園内の大広場。花火大会ということもあり、そこには多数の出店が並んでいる。
じゃがバター、わたあめ、かき氷などなど美味そうなジャンクフード達が目を引く空間。
その一角で、カフェ「Hot Dog」もテキ屋として参加し、特別出張店舗を構えていたのである。
ここまでくればもうおわかりだろう。
そう、俺はその運営に駆り出されている真っ只中なのだ。
箱根さんは接客や呼び込み、豆挽きの実演など。俺は軽食類の調理を担当していた。
前回はそのせいでそこに縛られっぱなし。場所も悪かったのも相まって、ろくに花火を楽しめなかった。
で、今回も同様に大忙し。離れる暇もありゃしない。
「ほーらバイト君! ぼさっとしてないで、オーダー入ったよ! パンプキンスープ三つ! 早く早く!」
「へいへい……」
俺は力なく店長の言葉に生返事を返し、グツグツと煮える鍋をかき混ぜた。
自慢じゃないが、ていうか自虐だが。うちのカフェはめちゃめちゃ客足が少ない。
一日に十人もくればいい方で、普段は片手で数えられるくらい。一人も来ないなんて日もそう珍しくない。自分で言うのもあれだけど、なんでこの経営でバイトなんて雇えるのか不思議なくらいだ。
その万年閑古鳥のようなうちの店だが、今日に限っては大繁盛だった。
そりゃ周りにこれだけの人数で溢れかえっているんだ。少なくともいつも以上の集客は見込める。
まぁ祭りの場にカフェってのもどうかと最初は思ったが、意外に来るんだなーこれが。
メモ帳で来客人数をカウントしているが、もう五十人以上は来てる。この分じゃ花火はまた店にかかるBGMとしてでしか楽しめなさそうだ。
俺はおたまでパンプキンスープを器によそい、乾燥パセリとため息をトッピングして箱根さんに渡す。
「おまちどおさま」
「遅いよー。いつものペースじゃ間に合わないんだからもっとピッチ上げて! ……おまたせしました~パンプキンスープとアイスコーヒーでーす」
こんな気分で作業スピードを早めろと言う方が無理だっての。
俺は心の中でそうぼやく。いっそのこともうバックレちまえとも思ったが、後にワンオペさせられる店長のことを考えるとバツが悪くなりそうなんだよな。
「おいっすー。センパイ、おまたせー!」
そんな中、俺のどんよりした心情とは真逆の超ハイテンションな声が響く。
目を上げてみると、そこには……。
派手な浴衣に身を包んでいた若い女性が一名。
年齢は二十歳くらい。ちょっと濃いめの化粧にピアスや指輪などのアクセサリを身に着けている。
ウェーブのかかった眺めの茶髪はアップにして串で結わえ、可愛らしい巾着にカラフルな装飾が施されたサンダル。コテコテのお祭り娘コーデである。
浴衣は真っ赤な生地に白と黒の花模様。花びらの形状からして彼岸花だろう。どちらも入り乱れるように咲き誇っている、なかなか凝ったデザインの柄。
中でも目を引くのが、大きく露出している肩の部分。今にもポロリといっちゃいそうなその姿は、こちらを手招くように妖艶に誘う花魁のようであった。
「ふっふーん、渚ちゃんただいま参上ぉー! ってか? キャハッ★」
木村渚。
俺の大学の後輩にして、唯一のバイト仲間である。
立場上何かと話す機会は多く、交流関係はそれなりにある。
そして今の容姿描写と口調から分かると思うが、根っからのギャルである。
常に陽気でお調子者、誰にでも別け隔てなく接するスタイルを貫く彼女。時にはムードメーカーにもなれば、人をムカつかせるウザキャラにもなる。ちなみに俺は未だに後者としての印象しかないよ畜生。
「いやー、すんませんねぇ。かなり着替えに手間取っちゃいましてー。ていうかそれよかこれどうっすか? 今回の花火大会のためにわざわざ用意したんすよ。見よこのオフショルダー。ほれほれ」
前屈みになって胸の谷間をチラ見せさせながら、体をくねくねさせる渚。
俺だけでなく、周囲の観客も思わずその艶姿に足を止めて見入ってしまう。
「結構似合ってるじゃん。すげぇ可愛い」
「うきゃぁ♡ センパイが褒めてくれたぁー♡ ねぇねぇそれって……」
彼女は白い歯を見せていたずらっぽい笑みを俺に投げかけ――
たかと思うと一転。すぐにそれを消し、完全なる無表情へと顔を変えた。
チベットスナギツネのように目を細め、冷めた視線をまっすぐ向ける。
そして。
「あたしのことを言ってんすか? それとも後ろの二人のことっすか?」
と、自分の背後を親指で示した。
その先には――。
渚と同じ年くらいの女性が二人、落ち着きが無いといった感じでその場に立っていた。
どちらも同じく浴衣を着込んでいるが、渚ほど自信ありげではなさそう。遠慮がちに渚から一歩退いた位置で恥ずかしそうにしている。
それもそのはずだろう。だって彼女らにとって浴衣を着るというのは、初めての体験なのだから。
リファレンス・ルマナ・ビューア、そしてクローラ・クエリ。
異世界の帝国「ワイヤード」の女騎士と女奴隷である。
訳あって元いた世界で死んでしまい、こうして俺達の住む現代世界に転生。何故か俺の家に同居することになった方々。今はこの世界に馴染むべく、様々な文化や技術を勉強中だ。
「外国人に着物の着付けすんのにここまで手間取るとはね。骨折れましたわ」
花火大会直前に「ちょいとリファっちとクロちゃん貸して」なんて言って、二人連れて急にどっか行っちまったかと思ったら。遅れて来た理由はそういうことらしい。
「あの、マスター……」
「ご主人様……」
そこでようやく自己主張してきたリファとクローラ。俺は改めて二人の浴衣に注目する。
リファのは清潔そのものといったような白い生地に、黒い線で書き込まれた鈴蘭が咲き乱れていた。
クローラの方は吸い込まれてしまいそうなほどの黒生地をベースに、真っ赤なアネモネが随所に描かれている。
着こなしは双方ばっちりであり、帯が緩んでいたり左前だったりといったようなことはない。この辺は渚がきちんと教えてあげてたのだろう。
「うん、二人共いつにもましてすごく綺麗だよ」
「……ありが、と……」
「はぅ。嬉しいはずなのに……クローラ言葉が出てこないです……」
リファとクローラの顔が桃みたいなピンク色に染まる。
おっと、こんなこと言うとまた渚がブーブー言い出すだろうな。などと思ったのだが。
「ふーん……可愛いってのはあたしに向けて言ってくれてたんすね……ふーん、そっかそっか……」
意外にも自分のもみあげをくるくるいじりながら、そっぽを向いていた。何だ、照れてんのか? なぜかは知らんけど。
「やべぇ何あの娘達……かわいくね?」
「金髪? あと花魁ギャル……すげぇコスプレっぽい」
「なになに、イベントのコンパニオンか何か?」
そんな個性的な風貌の美女が揃ったせいか、そのインパクトに釣られて道行く人々(野郎多め)がぞろぞろとカフェ周辺に群がってくる。
それを逃しはしないと躍起になった人物が約一名。
「な、ナギちゃん達が集まっただけでこれだけ人が……何という宣伝効果! こいつら全員を引き込めばHot Dogの未来は明るいっ!」
女の子の浴衣姿よりも自分のカフェの経営事情しか眼中にない箱根店長。
彼は注文票とペンを取り、早口で俺達に行ってきた。
「ほらバイト君! これから忙しくなるよ! ナギちゃんも急いで接客手伝って!」
「あたし今日シフト入れてないんすけどぉ?」
「何言ってんの! この人達キミが連れてきたようなもんなんだから、責任とって捌かなきゃ駄目でしょーに!」
「へー、そりゃ悪うござんした。じゃあ責任とって、あたしらは別の場所に移動してこのギャラリー誘導してきますねー」
「わーっ、待った待った待った!」
半べそで渚を引き止める店長。ダンディな印象台無し。
「浴衣……着物と言うらしいが、日本独自の召し物だと渚殿に教わったんだが」
「私達が普段着ていたものとはずいぶん違うのですね……民族衣装のようなものでしょうか」
そんなコントみたいな光景を尻目に、まだ浴衣の着心地に慣れていない異世界人二人は、自分の着用物を眺めてそんな感想を述べる。
ホットドッグ用のソーセージをフライパンで焼きながら、俺は淡々と答えた。
「民族衣装っつーか、日本の昔の衣服だな。百年以上前はそれが普通だったんだ」
「そ、そうだったのか? 知らなかった……。『着物』って言うものだから、要はただの服のことだろうと思ったのだが」
「俺達がいつも着てるのは『洋服』だな。着物はそれと区別する意味合いで独自の単語になってるんだ。外国でも『KIMONO』って言えばそれで通じるし」
「すると近年になって、その『ようふく』に移り変わっていった……というわけなのです?」
「そういうこと」
「しかしなぜだ? 何か過去に他国からの侵略を受けて、それによって従来の『着物』の文化を捨てざるを得なくなったりしたのか?」
突飛な回答に聞こえるが、あながち間違ってないな。
ただ明治維新から太平洋戦争までの長ーい日本の変化を語る余力は今はないので、それはまたおいおいするとしよう。
「普段着てる服よりめっちゃ着るのに苦労したろ? だから簡単で楽な方にシフトしていったんだ。そんだけ」
「あら、存外ありきたりな理由……」
拍子抜けしたようにクローラは感想を漏らす。
リファも同じことを思ったのか、少し肩をすくめた。
「まぁ確かに、いつもの服よりも倍以上時間がかかったしな。袖を通して終わりではなく、おくみ? がどうたら、帯の巻き方はこうたら……。あれを日常的にやれと言われたら気が滅入りそうだ。鎧の装着だってあそこまで大変ではなかったぞ」
「でも、見る限り他にも結構着てる方いますよね……。いつもは街を歩いててもこんな格好の人なんていないのに……」
女奴隷はそう言って周囲をぐるりと見渡す。
確かに辺りには彼女達のように、色とりどりの浴衣を着こなす人々が行き来している。特に女性は浴衣じゃない人の方が少ないくらい。まるでここだけ衣服文化が本当に変わってしまったみたいだ。
「本当だな。なんで面倒なものをわざわざ……これはアレか? 過ぎ去った文化に固執する頭の古い奴等が集まる催しか何かか? ――もがっ!?」
「その頭の古い奴等の仲間入りおめでとう」
無差別に喧嘩を売る発言を紡ぐその口に、俺はできたてのホッドッグをねじ込んだ。
クローラにももう一人前素早く作って渡してやる。今回は俺の驕りだ。
彼女はお礼を言って深々と頭を下げると、呟くように言った。
「頭が古い、ですか……。というよりもクローラはなんというか、『古き良き時代を懐かしむ』ようなものではないかなと思うのです」
「ビーンゴ。留学生にしてはなかなか的を射てるじゃんクロちゃんよ」
いきなり渚がクローラの背後から抱きついてきた。
そして彼女が食べようとしていたホットドッグを横からぱっくんちょ、と齧る。
「花火大会にしろ、縁日にしろ、こういうお祭りはもうウン百年以上前から続いてるもの。言わば古来より続く伝統行事なのよ」
「でんとう……ですか」
「そ。廃れた文化ではあれど、こうして昔の雰囲気を擬似的に味合うのが目的なのよ。こうすれば、いつもとは違った体験ができるっしょ?」
口についたチリソースを色っぽく舐め取りながら、渚はクローラの肩に顎を乗せて続ける。
すると、ホットドッグにはむはむと噛み付いているリファが口を挟んだ。
「違った体験ができるのはそうかもしれんが、そうすることに何の意味があるのだ? 伝統など所詮は過ぎ去りしもの。それを掘り起こしても別にメリットがあるわけでもあるまいに」
「な~に言ってんのリファっちは」
その意見を渚は鼻で笑って一蹴。
「娯楽に意味なんて求めるなんてそれこそ無意味だよ。こうやって刺激を楽しむことが目的なんだから。メリットデメリットなんて言うだけ野暮野暮」
「娯楽? でも今しがた伝統文化だと……」
「娯楽だよ。実用性が失われると世の中からは姿を消す。つまり『非日常』になる。それを体験することはれっきとした娯楽。『いつもと違うことやってるあたしらカワイ~。すごーい』って自分に酔ったり他人に自慢したり……。そうやって自己満足するための道具という価値を持ってくるってわけ」
それには俺も同意見だ。
友達との話題にする、写真に収めて世界中に発信する。自己顕示欲の強い奴等にとって役に立つ場面はいくらでもあるだろう。
聞こえは悪いけど、どんな目的にしろそういうニーズが様々な伝統文化を今日まで支えてきた一面もある。でなければとっくに跡形もなく処分され、誰にも語り継がれないまま歴史の闇に消えていっているだろうし。
「利便性としての価値とはまた違った側面の価値が生まれるということですね……」
「そゆこと。この祭りだって年に数回しか訪れることのない『非日常』。衣装もそれに合わせることで、楽しさも倍増するってわけよ」
「非日常……か」
「クローラはそういうの好きです。道具にしろ文化にしろ、時間が経ってすぐに色んなものが消えて無くなってしまうのは寂しいですから。こういう形で続いていくというのは喜ばしいことだと思います」
「わかってるね、クロちゃん。それに服は自分を表現するもの、って言うでしょ。たまには趣向を変えてみて、新たな自分を発見できるってのもあるんじゃない?」
「新たな、自分……」
「それに……」
渚はスキップを踏んで今度はリファの方に背中から抱きつく。
「現にセンパイに、いつにもまして綺麗だって言ってもらえたし……ね★」
「あぅ」
思い出して恥ずかしさが蘇ったのか、リファはうつむいて黙りこくってしまう。
「自分の美しさを引き立てることで、愛しの相手に振り向いてもらえる……そーゆー意味ではメリットあるねぇ」
「……」
「だけどぉ、かんっぺきに落とすには大事な要素忘れてない?」
「だ、大事な要素って?」
渚の瞳が怪しく光ったかと思うと、奴は後ろからリファの袂のYの字部分に人差し指を差し込み、下にグッと押し下げた。
当然胸元が大きく御開帳。浴衣の谷間の奥から、すべすべした柔肌で形成された新たなる谷間が現れる。
途端に女騎士の顔がチリソースのような真紅に染まった。
「ひ、ひゃあああああああ! な、渚殿……ちょ、何を……やめっ……」
ジタバタと暴れまくる彼女を逃すまいとガッチリ片腕で拘束しながら、さらに渚は胸元をはだけさせていく。エロい。
「大事な要素……それはセクシーさ。結局はこれがないと男は最後までなびかないよ~」
「せ、セクシーだなんてッ! 何を言ってるのだ! 私は騎士だぞ! そんなものあるわけないだろう!」
「えー? リファっち結構スタイルはいいんだから、もっと露出度高めればイチコロだよ? センパイ射止めたくないの?」
「そ、そういう問題じゃなかろうが! やぁんっ! は、離せ~っ!!」
リファの羞恥とは正反対に、浴衣はどんどん着崩れ、清楚な雰囲気がみるみるうちに淫猥に変わっていく。
「せ、せくしぃさ……それなら、わ、私だって……」
そこで負けじと黙っちゃいないのが女奴隷クローラさん。
彼女はオタオタとしていたが、俺の方に歩み寄ってくる。そして意を決したように自分の浴衣の裾をつまむと。
ゆーっくりと、膝上までたくし上げていった。
黒きカーテンが上がり、白雪のように真っ白な太ももがお待ちかねとばかりに御身を見せる。もうちょいいけば、その柔らかな柱の頂点に待ち構える聖なる布生地を拝めてしまいそうだ。
おおっ、と周囲から歓声が上がる。だが衆人環視の中そんな大胆な真似を自分からやっちゃうクローラさんは、まったく羞恥など感じてない様子。
そりゃそーでしょ。だっていっつも裸エプロンという今よりももっと露出度高い服がデフォなんだから。
「どうですかご主人様……くろーら……せくしぃですか?」
「うっひゃ、クロちゃん大胆ー。リファっち、これだとあんた負けちゃうよー?」
「か、勝ち負けって……そんなことで勝負した覚えはない~っ!」
慌てふためきながら必死に抵抗する女騎士。なおも絡みついて攻めていくギャル。プチストリップを止めない女奴隷。ギャラリー大興奮。それを冷めた目で傍観する俺。
何だこのカオス。この状況なんとかしてくれる救世主はいないものか。
「はーい! 落ち着くんだそこのやんちゃガールズ!」
秒で現れた救世主。その姿は我らが店長、箱根さんであった。
手を叩き、鶴の一声でくんずほぐれつしている三人を黙らせることに成功。さすが、年長者の放つオーラは違うね。
「えー、こほん」
彼は小さく咳払いをすると、彼女達に注目している周囲の人達の前に出た。これからその下卑た視線を向けてくる輩を怒号で追っ払おうというわけですね。よっしゃ、いっちょぶちかましたれ店長!
「この続きは、こちらのカフェ『Hot Dog』をご利用して頂いた方のみご覧になれますッッ!!!」
「なれるわけねぇだろこのアコギクソ外道経営者がぁぁぁぁぁッッ!!!!」
○
店長をライダーキックで黙らせ、仕方なく俺が直々にギャラリーを追っ払った。
その後は徐々に客足も落ち着いてきて、ようやく一息つけるまでになった。
「ふぅ、だいぶ捌けたな」
「そっすねー。いやぁ、こんだけ大盛況なのも久しぶりっすよ」
そう言って渚は大きく背伸びをする。
「リファもクローラもありがとな。接客手伝ってもらって」
アウトドアテーブルを拭いている二人に礼を言うと、彼女達は笑顔で応じた。
「いえいえ、ご主人様のお役に立てたなら、これ以上の幸せはありません」
「造作も無いことだ。なにせこのリファレンス、一度このカフェで『あるばいと』したこともあるのだからな」
一日でクビになったけどな。
だが助かったのは事実だ。おかげでスムーズに仕事が進んだし、こっちの負担も減った。バイト代は出せないけど、後で何かご褒美やらないとな。
「それよかセンパイ早く色んなとこ見て回りましょーよ。せっかくの花火大会なのにバイト漬けで終わるとかありえないんで」
ホントだよ。あんな惨めな思いすんのは二度とゴメンだわ。
だけど……。
「この気絶したおっさん一人残して店離れるのもなぁ」
白目をむいてぶっ倒れている箱根さんを見下ろしながら俺はため息を吐く。
またいつさっきみたいな客の波が来るかもわかんないし。それで店長の恨みを買って今日のバイト代出ないとかいうことになったらそれはそれで嫌だし。
「やっぱり、俺はここに残るよ。だからお祭りは三人で楽しんできて」
「えー!? なにそれつまんなーい!」
「そ、そんな! ご主人様を残していくなんて、とてもできないです!」
「そうだ! マスターが必死に働いてるのに、そんな真似できるわけなかろう!」
言った途端に口々にブーイングが飛ぶ。
そりゃ俺だってお祭り楽しみたいし花火だって見てぇよ。なぜに現実というのはこうも俺達の前に立ちふさがり、繋がりを絶とうとするのか。まったくこの世はああ無情。
「まぁまぁ、店長が目を覚ましたら休憩もらって俺も合流するから」
「で、でも……!」
「いいんだって。それに俺に付き合ってお前らまで時間を無駄にしちゃ勿体無いだろ?」
「……」
「俺は大丈夫だからさ、初めての縁日……楽しんできなよ」
これ以上食い下がっても……と思ったのか、リファもクローラもうつむいて口をつぐんだ。
付き添ってやれないのは正直俺も残念だけど、せっかくのお祭りを彼女達が満喫できない方がよほど後悔するだろうからな。
「まったく、センパイはほんとに乙女心はわかんない人っすね」
突然渚が冷めた口調で言ってきた。乙女心って、どういう意味だよ。
彼女はその問いには答えず、リファとクローラの肩を抱くと苦笑しながら二人を諭した。
「ま、センパイがこう言ってるんじゃしゃぁない。あたしらだけで行きましょ」
「え? でも……」
「心配しなさんな。もし手が空いたら来るって言ってるし、ここで待ち続けたって気まずいだけだよ」
「……」
二人は最後まで後ろ髪を引かれているようであったが、渋々と渚についていくことを決めたようだ。
「じゃあセンパイ、後よろしくっす」
「おう、リファとクローラのこと頼んだ」
そして、あっという間に三人は人混みの中へと姿を消していった。
周囲の人だかりは消えていないのに、なんだか言い表せない物寂しさを感じる。
カッコつけて行かせたけど、やっぱ俺も一緒に回りたかったなー。
浴衣着た三人の美女とワイワイ楽しく屋台巡り……でかい魚を釣り逃した気分だ。
「あのー、すいません」
「今注文いいですかぁー?」
そんな物憂げな気分に浸っている俺は、そんな声で我に返った。
いかんいかん。仕事中なんだから、気を抜かないようにしないと。
「はいすみません、大丈夫ですよー……って」
伝票とペンを手にとっていざ接客といこうとした時、俺はフリーズした。
「あれ、もしかしてこの間の海のお兄さん?」
「やだグーゼン! こんなとこでも会えるなんてー!」
高校生くらいの女子二人組。お洒落な水色と黄色の浴衣を着込み、ペロペロとわたあめを舐めていた。
片方は茶髪ツインテールのやんちゃっぽい風貌、もう片方は黒髪ストレートの清楚系。そして両者に共通する陽キャ特有の気さくな態度。
間違いない、以前海に行った時に逆ナンしてきたコンビだ!(レベル5「女騎士と女奴隷と海①」参照)
二人はキャイキャイ言いながらこっちに詰め寄ってくる。
「お兄さん屋台やってるんですね。しかもカフェって、すごくお洒落!」
「珍しいよねー、って思って寄ってみたんだけど。なかなか凝ってるじゃないですかー」
「あはは……どうも」
ペラペラと喋りまくる彼女らに苦笑いしながら適当に相槌を打つしかない俺。
まさかの再エンカウントとかなんなんだよ、質悪い運命のいたずらだなおい。
「でもこれ、お兄さんが全部仕切ってるってわけでもないですよね?」
「まぁ店長がいるんだけど、今は俺が店番任されてる状態で」
「マジ? せっかくの花火大会なのにワンオペで労働とかかわいそー」
「でも解放されたらされたで、特にすることなさそうですよね」
面識殆ど無いのに容赦なく傷口を開けて塩を塗り込むその無神経さも健在。ホント渚とは別な次元のウザさだ。向こうはからかい目的でやってるんだろうけど、こいつらは絶対無意識だよな。
しかも今回は実質逃げ場がない。追い返そうにも客だから立場上それは不可能。向こうがここから立ち去ってくれるのを待つしかない。なんだこの生き地獄は。こんなことになるなら店じまいして渚達についていけばよかったよ。
「ねぇねぇお兄さん!」
早くも後悔の念に苛まれていると、ツインテの方が正面から上目遣いに見てきた。
ぎこちなく「何でしょう」と訊くと、黒髪ロングの方が横から肩を寄せてきて耳打ちするようにこう言った。
「よかったらお祭り、私達と一緒に見て回りません?」
まさかの逆ナンリターンズ。
なんでこう会ったばっかの人間を軽くデートに誘えんの? いやそれがナンパなんだけど、それが普通に何食わぬ顔でできる人の精神が俺には理解できねーよマジ!
「いや、でも俺には店番が……」
「それより見てくださいよこの浴衣! 結構似合うでしょ!」
「私達読モやってるんですけど、撮影後にもらったやつなんです!」
「すごく可愛いんだけど、その時の雑誌の特集が『お祭りで気になるあの人のハートをゲット』とかいうやつでー。でも見ての通り今うちら女だけだし、意味ないじゃん的な?」
「やっぱり男の人と一緒の方がもっと楽しめるかなーって。でも私達彼氏とかいませんし……」
人の話を聞かずに聞いてもいない話を始めるんじゃないよ。
マシンガントークを浴びせられて若干グロッキー気味な俺に、二人は容赦なく追撃をかけてくる。
「いいじゃん、店番とかどーせもうすぐ花火始まるからこの辺過疎るって」
「ここだとよく見えないと思いますし。見晴らしのいい場所教えてあげますよ」
「あ、さっきめっちゃ美味しいりんご飴売ってるとこあってさ。そこもう一回行こうよ!」
「そういえば射的でどうしても欲しいものがあって、結局取れなかったんですけど……お兄さんリベンジお願いしていいですか?」
まずいな、なんかもう俺が行く前提になってきてる。
でもいかん。店番って理由で渚達との行動を断っといて、別の奴等と遊びに行くとか最低最悪の裏切りだ。そんなの向こうが許すわけないし、俺自身も許す気はない。
前回は水着のエロさと際どいスキンシップで危うく誘いに乗るとこだったが、ていうか乗ったが、今回はそうはいかんぞ。
「悪いけど、店を開けるわけにはいかないし、これが終わったら友達のとこに行く予定だから申し訳ないけど……」と、こんな感じかな。
美女二人を無碍に扱う感じで後味は悪いだろうが、やむをえん。
よし、と息をついて言葉を切り出そうとしたその瞬間。
ぐいっ!
と何か強い力で俺のシャツが背中から引っ張られた。
なにかと思って振り返ってみると、再び俺はフリーズ。
我が家の同居人、リファとクローラがそこにいた。
これほど歴史は繰り返すって言葉が似合うシチュもねぇなと思った。
二人はジト目で俺の脇から顔を出し、ツインテと黒髪ロングを睨みつけた。
対するナンパ組は過去の出来事を思い出したせいか、それだけでビビって萎縮してしまった。
「うげっ、あんたたち……!」
「な、なんでここに……」
リファとクローラは答えない。無言で彼女達から視線を離さず、俺を引っ張る力を更に強くする。
お前達には渡さない。そんな意思がひしひしと伝わるアクションだった。
反撃しようにも、どうにも相手が悪い。即座にそう判断したナンパガールズは険しい顔をしながら一歩後ずさる。
「くっ、また作戦失敗? せっかくもう一度会えて今度こそ、って時に……」
「さっき別れてたのが見えたから、しばらく戻ってこないかと思ってましたが……甘かったみたいですね」
なんかブツブツ言った後、二人は「用事を思い出した」とかいう見え透いた嘘を理由に、スタコラサッサと退散していった。
ふぅ、なんとか危機は去った。同じ轍を踏まずに済んでよかった、マジで。
「助かったよ。ありがとう」
「……」
「……」
俺が礼を言っても、リファとクローラは服を掴む手を離さなかった。おまけに何も言わずにうつむいたまま。いつもと明らかに様子が違う。
「おーい、リファっちー、クロちゃーん!」
すると、遠くから人混みをかき分けてこちらに小走りで向かってくる木村渚の姿が。
彼女は俺達のもとまでやってくると、肩で息をしながら事情を説明した。
「はぁ……はぁ……すいませんセンパイ。この娘達、やっぱりセンパイのことがどーしても気になってたみたいで……」
「え? そうなの?」
二人はコクリと無言で頷いた。
うーん、参ったなぁ。まさかそれで戻ってくるとは想定外だったよ。
「その、私はマスターをお守りするために在る騎士。だから、それを放棄するわけにはいかなくて……」
「クローラも……主に付き従うのが役目……なのでやっぱり……あの……」
ボソボソと聞き取りにくい声で何か言い訳を始めた。
俺が渚に目配せすると、彼女は肩をすくめるだけだった。彼女ではもうどうにもならないということだろう。
どうやら、いらん心配を懸けさせてしまったみたいだ。
……しょうがない。
「渚。店じまいの準備手伝ってくれ」
「センパイ……」
俺が言った途端、異世界転生コンビは瞬時に顔を上げる。
期待と不安が入り混じったような瞳に俺は笑いかけた。
「一緒に回ろう、お祭り」
「マスター……」
「ご主人様……」
彼女らの曇りがかった表情が、雲ひとつない快晴に変わる。
まるで欲しがっていた玩具を親に買ってやると言われて喜ぶ無邪気な子供みたいだ。
でも、それは俺も同じかもしれないな。
だってこれから彼女達と一緒に回れると思うと……こんなにも心が躍るのだから。
「まったく。人間って本当に面倒くさいっすよねぇ」
テーブルや椅子を畳みながら、渚が呆れ気味に言い出した。
「そう思いません、センパイ?」
ああ、まったくだ。
俺はそう皮肉気味に返すと、片付けに取り掛かった。
そう。面倒くさい。
だけどとても楽しくて、とても面白くて、とても愛おしい。
そんな三人と一緒に、このひとときを思いっきり楽しもう。
この賑やかなお祭りを、最高の思い出にしよう。
花火が始まるまで、あと一時間。
そんなアナウンスが流れるのは、八王子市の中心部にある富士森公園。
敷地内には野球場、陸上競技場、テニスコート等があり、市民体育館まで併設している大型の公園だ。
とてつもなく広いため、いつもはのびのびと開放感のある市民の憩いの場なのだが……。
今日は違った。
まるで八王子の市民の半分以上がそこに集中しているかのような芋洗い状態。
どこを見ても人、人、人。数十センチ先の景色すら見通せないほどにごった返している。
八王子花火大会。
市内でも有数の超特大イベントとして毎年の夏にこの場所で開催されている。
隅田川や葛飾のそれには及ばないが、毎年七、八万人ほどが訪れる大規模な催し。それが今日行われるというわけだ。
俺もこの八王子に越してきた年の夏に一度行った経験があるが、とにかくすごかった。
色彩豊かで、それでいて大迫力の花火を大勢の人々と一緒に盛り上がりながら楽しめる。打ち上がるたびに上空で轟音とともに咲き乱れる光。それと同時に湧き上がる歓声。次のはどんなのが打ち上がるんだろうというワクワク感。
一年も前だけど、今もあの時のことを一生忘れることはないだろう。
なぜなら。
その場にいながら、それを一切味わえなかったんだから。
もっと言うと、今回も味わえないかもしれない危機に瀕している。
「はーい! どうぞ寄ってってくださーい! カフェ『Hot Dog』の八王子花火大会特別出張店ですよー! 今ならコーヒーとマフィンのセットが1200円と、大変お高くなっております! 今後さらなる値上げが予想されますので、今のうちにご購入しておくことをおすすめいたします!」
意気揚々と手をたたきながらそう呼び込みをしているのは、髭と四角メガネが特徴的なダンディなオヤジ。
箱根さん。俺のバイト先であるカフェの店長だ。
今俺達がいるのは、公園内の大広場。花火大会ということもあり、そこには多数の出店が並んでいる。
じゃがバター、わたあめ、かき氷などなど美味そうなジャンクフード達が目を引く空間。
その一角で、カフェ「Hot Dog」もテキ屋として参加し、特別出張店舗を構えていたのである。
ここまでくればもうおわかりだろう。
そう、俺はその運営に駆り出されている真っ只中なのだ。
箱根さんは接客や呼び込み、豆挽きの実演など。俺は軽食類の調理を担当していた。
前回はそのせいでそこに縛られっぱなし。場所も悪かったのも相まって、ろくに花火を楽しめなかった。
で、今回も同様に大忙し。離れる暇もありゃしない。
「ほーらバイト君! ぼさっとしてないで、オーダー入ったよ! パンプキンスープ三つ! 早く早く!」
「へいへい……」
俺は力なく店長の言葉に生返事を返し、グツグツと煮える鍋をかき混ぜた。
自慢じゃないが、ていうか自虐だが。うちのカフェはめちゃめちゃ客足が少ない。
一日に十人もくればいい方で、普段は片手で数えられるくらい。一人も来ないなんて日もそう珍しくない。自分で言うのもあれだけど、なんでこの経営でバイトなんて雇えるのか不思議なくらいだ。
その万年閑古鳥のようなうちの店だが、今日に限っては大繁盛だった。
そりゃ周りにこれだけの人数で溢れかえっているんだ。少なくともいつも以上の集客は見込める。
まぁ祭りの場にカフェってのもどうかと最初は思ったが、意外に来るんだなーこれが。
メモ帳で来客人数をカウントしているが、もう五十人以上は来てる。この分じゃ花火はまた店にかかるBGMとしてでしか楽しめなさそうだ。
俺はおたまでパンプキンスープを器によそい、乾燥パセリとため息をトッピングして箱根さんに渡す。
「おまちどおさま」
「遅いよー。いつものペースじゃ間に合わないんだからもっとピッチ上げて! ……おまたせしました~パンプキンスープとアイスコーヒーでーす」
こんな気分で作業スピードを早めろと言う方が無理だっての。
俺は心の中でそうぼやく。いっそのこともうバックレちまえとも思ったが、後にワンオペさせられる店長のことを考えるとバツが悪くなりそうなんだよな。
「おいっすー。センパイ、おまたせー!」
そんな中、俺のどんよりした心情とは真逆の超ハイテンションな声が響く。
目を上げてみると、そこには……。
派手な浴衣に身を包んでいた若い女性が一名。
年齢は二十歳くらい。ちょっと濃いめの化粧にピアスや指輪などのアクセサリを身に着けている。
ウェーブのかかった眺めの茶髪はアップにして串で結わえ、可愛らしい巾着にカラフルな装飾が施されたサンダル。コテコテのお祭り娘コーデである。
浴衣は真っ赤な生地に白と黒の花模様。花びらの形状からして彼岸花だろう。どちらも入り乱れるように咲き誇っている、なかなか凝ったデザインの柄。
中でも目を引くのが、大きく露出している肩の部分。今にもポロリといっちゃいそうなその姿は、こちらを手招くように妖艶に誘う花魁のようであった。
「ふっふーん、渚ちゃんただいま参上ぉー! ってか? キャハッ★」
木村渚。
俺の大学の後輩にして、唯一のバイト仲間である。
立場上何かと話す機会は多く、交流関係はそれなりにある。
そして今の容姿描写と口調から分かると思うが、根っからのギャルである。
常に陽気でお調子者、誰にでも別け隔てなく接するスタイルを貫く彼女。時にはムードメーカーにもなれば、人をムカつかせるウザキャラにもなる。ちなみに俺は未だに後者としての印象しかないよ畜生。
「いやー、すんませんねぇ。かなり着替えに手間取っちゃいましてー。ていうかそれよかこれどうっすか? 今回の花火大会のためにわざわざ用意したんすよ。見よこのオフショルダー。ほれほれ」
前屈みになって胸の谷間をチラ見せさせながら、体をくねくねさせる渚。
俺だけでなく、周囲の観客も思わずその艶姿に足を止めて見入ってしまう。
「結構似合ってるじゃん。すげぇ可愛い」
「うきゃぁ♡ センパイが褒めてくれたぁー♡ ねぇねぇそれって……」
彼女は白い歯を見せていたずらっぽい笑みを俺に投げかけ――
たかと思うと一転。すぐにそれを消し、完全なる無表情へと顔を変えた。
チベットスナギツネのように目を細め、冷めた視線をまっすぐ向ける。
そして。
「あたしのことを言ってんすか? それとも後ろの二人のことっすか?」
と、自分の背後を親指で示した。
その先には――。
渚と同じ年くらいの女性が二人、落ち着きが無いといった感じでその場に立っていた。
どちらも同じく浴衣を着込んでいるが、渚ほど自信ありげではなさそう。遠慮がちに渚から一歩退いた位置で恥ずかしそうにしている。
それもそのはずだろう。だって彼女らにとって浴衣を着るというのは、初めての体験なのだから。
リファレンス・ルマナ・ビューア、そしてクローラ・クエリ。
異世界の帝国「ワイヤード」の女騎士と女奴隷である。
訳あって元いた世界で死んでしまい、こうして俺達の住む現代世界に転生。何故か俺の家に同居することになった方々。今はこの世界に馴染むべく、様々な文化や技術を勉強中だ。
「外国人に着物の着付けすんのにここまで手間取るとはね。骨折れましたわ」
花火大会直前に「ちょいとリファっちとクロちゃん貸して」なんて言って、二人連れて急にどっか行っちまったかと思ったら。遅れて来た理由はそういうことらしい。
「あの、マスター……」
「ご主人様……」
そこでようやく自己主張してきたリファとクローラ。俺は改めて二人の浴衣に注目する。
リファのは清潔そのものといったような白い生地に、黒い線で書き込まれた鈴蘭が咲き乱れていた。
クローラの方は吸い込まれてしまいそうなほどの黒生地をベースに、真っ赤なアネモネが随所に描かれている。
着こなしは双方ばっちりであり、帯が緩んでいたり左前だったりといったようなことはない。この辺は渚がきちんと教えてあげてたのだろう。
「うん、二人共いつにもましてすごく綺麗だよ」
「……ありが、と……」
「はぅ。嬉しいはずなのに……クローラ言葉が出てこないです……」
リファとクローラの顔が桃みたいなピンク色に染まる。
おっと、こんなこと言うとまた渚がブーブー言い出すだろうな。などと思ったのだが。
「ふーん……可愛いってのはあたしに向けて言ってくれてたんすね……ふーん、そっかそっか……」
意外にも自分のもみあげをくるくるいじりながら、そっぽを向いていた。何だ、照れてんのか? なぜかは知らんけど。
「やべぇ何あの娘達……かわいくね?」
「金髪? あと花魁ギャル……すげぇコスプレっぽい」
「なになに、イベントのコンパニオンか何か?」
そんな個性的な風貌の美女が揃ったせいか、そのインパクトに釣られて道行く人々(野郎多め)がぞろぞろとカフェ周辺に群がってくる。
それを逃しはしないと躍起になった人物が約一名。
「な、ナギちゃん達が集まっただけでこれだけ人が……何という宣伝効果! こいつら全員を引き込めばHot Dogの未来は明るいっ!」
女の子の浴衣姿よりも自分のカフェの経営事情しか眼中にない箱根店長。
彼は注文票とペンを取り、早口で俺達に行ってきた。
「ほらバイト君! これから忙しくなるよ! ナギちゃんも急いで接客手伝って!」
「あたし今日シフト入れてないんすけどぉ?」
「何言ってんの! この人達キミが連れてきたようなもんなんだから、責任とって捌かなきゃ駄目でしょーに!」
「へー、そりゃ悪うござんした。じゃあ責任とって、あたしらは別の場所に移動してこのギャラリー誘導してきますねー」
「わーっ、待った待った待った!」
半べそで渚を引き止める店長。ダンディな印象台無し。
「浴衣……着物と言うらしいが、日本独自の召し物だと渚殿に教わったんだが」
「私達が普段着ていたものとはずいぶん違うのですね……民族衣装のようなものでしょうか」
そんなコントみたいな光景を尻目に、まだ浴衣の着心地に慣れていない異世界人二人は、自分の着用物を眺めてそんな感想を述べる。
ホットドッグ用のソーセージをフライパンで焼きながら、俺は淡々と答えた。
「民族衣装っつーか、日本の昔の衣服だな。百年以上前はそれが普通だったんだ」
「そ、そうだったのか? 知らなかった……。『着物』って言うものだから、要はただの服のことだろうと思ったのだが」
「俺達がいつも着てるのは『洋服』だな。着物はそれと区別する意味合いで独自の単語になってるんだ。外国でも『KIMONO』って言えばそれで通じるし」
「すると近年になって、その『ようふく』に移り変わっていった……というわけなのです?」
「そういうこと」
「しかしなぜだ? 何か過去に他国からの侵略を受けて、それによって従来の『着物』の文化を捨てざるを得なくなったりしたのか?」
突飛な回答に聞こえるが、あながち間違ってないな。
ただ明治維新から太平洋戦争までの長ーい日本の変化を語る余力は今はないので、それはまたおいおいするとしよう。
「普段着てる服よりめっちゃ着るのに苦労したろ? だから簡単で楽な方にシフトしていったんだ。そんだけ」
「あら、存外ありきたりな理由……」
拍子抜けしたようにクローラは感想を漏らす。
リファも同じことを思ったのか、少し肩をすくめた。
「まぁ確かに、いつもの服よりも倍以上時間がかかったしな。袖を通して終わりではなく、おくみ? がどうたら、帯の巻き方はこうたら……。あれを日常的にやれと言われたら気が滅入りそうだ。鎧の装着だってあそこまで大変ではなかったぞ」
「でも、見る限り他にも結構着てる方いますよね……。いつもは街を歩いててもこんな格好の人なんていないのに……」
女奴隷はそう言って周囲をぐるりと見渡す。
確かに辺りには彼女達のように、色とりどりの浴衣を着こなす人々が行き来している。特に女性は浴衣じゃない人の方が少ないくらい。まるでここだけ衣服文化が本当に変わってしまったみたいだ。
「本当だな。なんで面倒なものをわざわざ……これはアレか? 過ぎ去った文化に固執する頭の古い奴等が集まる催しか何かか? ――もがっ!?」
「その頭の古い奴等の仲間入りおめでとう」
無差別に喧嘩を売る発言を紡ぐその口に、俺はできたてのホッドッグをねじ込んだ。
クローラにももう一人前素早く作って渡してやる。今回は俺の驕りだ。
彼女はお礼を言って深々と頭を下げると、呟くように言った。
「頭が古い、ですか……。というよりもクローラはなんというか、『古き良き時代を懐かしむ』ようなものではないかなと思うのです」
「ビーンゴ。留学生にしてはなかなか的を射てるじゃんクロちゃんよ」
いきなり渚がクローラの背後から抱きついてきた。
そして彼女が食べようとしていたホットドッグを横からぱっくんちょ、と齧る。
「花火大会にしろ、縁日にしろ、こういうお祭りはもうウン百年以上前から続いてるもの。言わば古来より続く伝統行事なのよ」
「でんとう……ですか」
「そ。廃れた文化ではあれど、こうして昔の雰囲気を擬似的に味合うのが目的なのよ。こうすれば、いつもとは違った体験ができるっしょ?」
口についたチリソースを色っぽく舐め取りながら、渚はクローラの肩に顎を乗せて続ける。
すると、ホットドッグにはむはむと噛み付いているリファが口を挟んだ。
「違った体験ができるのはそうかもしれんが、そうすることに何の意味があるのだ? 伝統など所詮は過ぎ去りしもの。それを掘り起こしても別にメリットがあるわけでもあるまいに」
「な~に言ってんのリファっちは」
その意見を渚は鼻で笑って一蹴。
「娯楽に意味なんて求めるなんてそれこそ無意味だよ。こうやって刺激を楽しむことが目的なんだから。メリットデメリットなんて言うだけ野暮野暮」
「娯楽? でも今しがた伝統文化だと……」
「娯楽だよ。実用性が失われると世の中からは姿を消す。つまり『非日常』になる。それを体験することはれっきとした娯楽。『いつもと違うことやってるあたしらカワイ~。すごーい』って自分に酔ったり他人に自慢したり……。そうやって自己満足するための道具という価値を持ってくるってわけ」
それには俺も同意見だ。
友達との話題にする、写真に収めて世界中に発信する。自己顕示欲の強い奴等にとって役に立つ場面はいくらでもあるだろう。
聞こえは悪いけど、どんな目的にしろそういうニーズが様々な伝統文化を今日まで支えてきた一面もある。でなければとっくに跡形もなく処分され、誰にも語り継がれないまま歴史の闇に消えていっているだろうし。
「利便性としての価値とはまた違った側面の価値が生まれるということですね……」
「そゆこと。この祭りだって年に数回しか訪れることのない『非日常』。衣装もそれに合わせることで、楽しさも倍増するってわけよ」
「非日常……か」
「クローラはそういうの好きです。道具にしろ文化にしろ、時間が経ってすぐに色んなものが消えて無くなってしまうのは寂しいですから。こういう形で続いていくというのは喜ばしいことだと思います」
「わかってるね、クロちゃん。それに服は自分を表現するもの、って言うでしょ。たまには趣向を変えてみて、新たな自分を発見できるってのもあるんじゃない?」
「新たな、自分……」
「それに……」
渚はスキップを踏んで今度はリファの方に背中から抱きつく。
「現にセンパイに、いつにもまして綺麗だって言ってもらえたし……ね★」
「あぅ」
思い出して恥ずかしさが蘇ったのか、リファはうつむいて黙りこくってしまう。
「自分の美しさを引き立てることで、愛しの相手に振り向いてもらえる……そーゆー意味ではメリットあるねぇ」
「……」
「だけどぉ、かんっぺきに落とすには大事な要素忘れてない?」
「だ、大事な要素って?」
渚の瞳が怪しく光ったかと思うと、奴は後ろからリファの袂のYの字部分に人差し指を差し込み、下にグッと押し下げた。
当然胸元が大きく御開帳。浴衣の谷間の奥から、すべすべした柔肌で形成された新たなる谷間が現れる。
途端に女騎士の顔がチリソースのような真紅に染まった。
「ひ、ひゃあああああああ! な、渚殿……ちょ、何を……やめっ……」
ジタバタと暴れまくる彼女を逃すまいとガッチリ片腕で拘束しながら、さらに渚は胸元をはだけさせていく。エロい。
「大事な要素……それはセクシーさ。結局はこれがないと男は最後までなびかないよ~」
「せ、セクシーだなんてッ! 何を言ってるのだ! 私は騎士だぞ! そんなものあるわけないだろう!」
「えー? リファっち結構スタイルはいいんだから、もっと露出度高めればイチコロだよ? センパイ射止めたくないの?」
「そ、そういう問題じゃなかろうが! やぁんっ! は、離せ~っ!!」
リファの羞恥とは正反対に、浴衣はどんどん着崩れ、清楚な雰囲気がみるみるうちに淫猥に変わっていく。
「せ、せくしぃさ……それなら、わ、私だって……」
そこで負けじと黙っちゃいないのが女奴隷クローラさん。
彼女はオタオタとしていたが、俺の方に歩み寄ってくる。そして意を決したように自分の浴衣の裾をつまむと。
ゆーっくりと、膝上までたくし上げていった。
黒きカーテンが上がり、白雪のように真っ白な太ももがお待ちかねとばかりに御身を見せる。もうちょいいけば、その柔らかな柱の頂点に待ち構える聖なる布生地を拝めてしまいそうだ。
おおっ、と周囲から歓声が上がる。だが衆人環視の中そんな大胆な真似を自分からやっちゃうクローラさんは、まったく羞恥など感じてない様子。
そりゃそーでしょ。だっていっつも裸エプロンという今よりももっと露出度高い服がデフォなんだから。
「どうですかご主人様……くろーら……せくしぃですか?」
「うっひゃ、クロちゃん大胆ー。リファっち、これだとあんた負けちゃうよー?」
「か、勝ち負けって……そんなことで勝負した覚えはない~っ!」
慌てふためきながら必死に抵抗する女騎士。なおも絡みついて攻めていくギャル。プチストリップを止めない女奴隷。ギャラリー大興奮。それを冷めた目で傍観する俺。
何だこのカオス。この状況なんとかしてくれる救世主はいないものか。
「はーい! 落ち着くんだそこのやんちゃガールズ!」
秒で現れた救世主。その姿は我らが店長、箱根さんであった。
手を叩き、鶴の一声でくんずほぐれつしている三人を黙らせることに成功。さすが、年長者の放つオーラは違うね。
「えー、こほん」
彼は小さく咳払いをすると、彼女達に注目している周囲の人達の前に出た。これからその下卑た視線を向けてくる輩を怒号で追っ払おうというわけですね。よっしゃ、いっちょぶちかましたれ店長!
「この続きは、こちらのカフェ『Hot Dog』をご利用して頂いた方のみご覧になれますッッ!!!」
「なれるわけねぇだろこのアコギクソ外道経営者がぁぁぁぁぁッッ!!!!」
○
店長をライダーキックで黙らせ、仕方なく俺が直々にギャラリーを追っ払った。
その後は徐々に客足も落ち着いてきて、ようやく一息つけるまでになった。
「ふぅ、だいぶ捌けたな」
「そっすねー。いやぁ、こんだけ大盛況なのも久しぶりっすよ」
そう言って渚は大きく背伸びをする。
「リファもクローラもありがとな。接客手伝ってもらって」
アウトドアテーブルを拭いている二人に礼を言うと、彼女達は笑顔で応じた。
「いえいえ、ご主人様のお役に立てたなら、これ以上の幸せはありません」
「造作も無いことだ。なにせこのリファレンス、一度このカフェで『あるばいと』したこともあるのだからな」
一日でクビになったけどな。
だが助かったのは事実だ。おかげでスムーズに仕事が進んだし、こっちの負担も減った。バイト代は出せないけど、後で何かご褒美やらないとな。
「それよかセンパイ早く色んなとこ見て回りましょーよ。せっかくの花火大会なのにバイト漬けで終わるとかありえないんで」
ホントだよ。あんな惨めな思いすんのは二度とゴメンだわ。
だけど……。
「この気絶したおっさん一人残して店離れるのもなぁ」
白目をむいてぶっ倒れている箱根さんを見下ろしながら俺はため息を吐く。
またいつさっきみたいな客の波が来るかもわかんないし。それで店長の恨みを買って今日のバイト代出ないとかいうことになったらそれはそれで嫌だし。
「やっぱり、俺はここに残るよ。だからお祭りは三人で楽しんできて」
「えー!? なにそれつまんなーい!」
「そ、そんな! ご主人様を残していくなんて、とてもできないです!」
「そうだ! マスターが必死に働いてるのに、そんな真似できるわけなかろう!」
言った途端に口々にブーイングが飛ぶ。
そりゃ俺だってお祭り楽しみたいし花火だって見てぇよ。なぜに現実というのはこうも俺達の前に立ちふさがり、繋がりを絶とうとするのか。まったくこの世はああ無情。
「まぁまぁ、店長が目を覚ましたら休憩もらって俺も合流するから」
「で、でも……!」
「いいんだって。それに俺に付き合ってお前らまで時間を無駄にしちゃ勿体無いだろ?」
「……」
「俺は大丈夫だからさ、初めての縁日……楽しんできなよ」
これ以上食い下がっても……と思ったのか、リファもクローラもうつむいて口をつぐんだ。
付き添ってやれないのは正直俺も残念だけど、せっかくのお祭りを彼女達が満喫できない方がよほど後悔するだろうからな。
「まったく、センパイはほんとに乙女心はわかんない人っすね」
突然渚が冷めた口調で言ってきた。乙女心って、どういう意味だよ。
彼女はその問いには答えず、リファとクローラの肩を抱くと苦笑しながら二人を諭した。
「ま、センパイがこう言ってるんじゃしゃぁない。あたしらだけで行きましょ」
「え? でも……」
「心配しなさんな。もし手が空いたら来るって言ってるし、ここで待ち続けたって気まずいだけだよ」
「……」
二人は最後まで後ろ髪を引かれているようであったが、渋々と渚についていくことを決めたようだ。
「じゃあセンパイ、後よろしくっす」
「おう、リファとクローラのこと頼んだ」
そして、あっという間に三人は人混みの中へと姿を消していった。
周囲の人だかりは消えていないのに、なんだか言い表せない物寂しさを感じる。
カッコつけて行かせたけど、やっぱ俺も一緒に回りたかったなー。
浴衣着た三人の美女とワイワイ楽しく屋台巡り……でかい魚を釣り逃した気分だ。
「あのー、すいません」
「今注文いいですかぁー?」
そんな物憂げな気分に浸っている俺は、そんな声で我に返った。
いかんいかん。仕事中なんだから、気を抜かないようにしないと。
「はいすみません、大丈夫ですよー……って」
伝票とペンを手にとっていざ接客といこうとした時、俺はフリーズした。
「あれ、もしかしてこの間の海のお兄さん?」
「やだグーゼン! こんなとこでも会えるなんてー!」
高校生くらいの女子二人組。お洒落な水色と黄色の浴衣を着込み、ペロペロとわたあめを舐めていた。
片方は茶髪ツインテールのやんちゃっぽい風貌、もう片方は黒髪ストレートの清楚系。そして両者に共通する陽キャ特有の気さくな態度。
間違いない、以前海に行った時に逆ナンしてきたコンビだ!(レベル5「女騎士と女奴隷と海①」参照)
二人はキャイキャイ言いながらこっちに詰め寄ってくる。
「お兄さん屋台やってるんですね。しかもカフェって、すごくお洒落!」
「珍しいよねー、って思って寄ってみたんだけど。なかなか凝ってるじゃないですかー」
「あはは……どうも」
ペラペラと喋りまくる彼女らに苦笑いしながら適当に相槌を打つしかない俺。
まさかの再エンカウントとかなんなんだよ、質悪い運命のいたずらだなおい。
「でもこれ、お兄さんが全部仕切ってるってわけでもないですよね?」
「まぁ店長がいるんだけど、今は俺が店番任されてる状態で」
「マジ? せっかくの花火大会なのにワンオペで労働とかかわいそー」
「でも解放されたらされたで、特にすることなさそうですよね」
面識殆ど無いのに容赦なく傷口を開けて塩を塗り込むその無神経さも健在。ホント渚とは別な次元のウザさだ。向こうはからかい目的でやってるんだろうけど、こいつらは絶対無意識だよな。
しかも今回は実質逃げ場がない。追い返そうにも客だから立場上それは不可能。向こうがここから立ち去ってくれるのを待つしかない。なんだこの生き地獄は。こんなことになるなら店じまいして渚達についていけばよかったよ。
「ねぇねぇお兄さん!」
早くも後悔の念に苛まれていると、ツインテの方が正面から上目遣いに見てきた。
ぎこちなく「何でしょう」と訊くと、黒髪ロングの方が横から肩を寄せてきて耳打ちするようにこう言った。
「よかったらお祭り、私達と一緒に見て回りません?」
まさかの逆ナンリターンズ。
なんでこう会ったばっかの人間を軽くデートに誘えんの? いやそれがナンパなんだけど、それが普通に何食わぬ顔でできる人の精神が俺には理解できねーよマジ!
「いや、でも俺には店番が……」
「それより見てくださいよこの浴衣! 結構似合うでしょ!」
「私達読モやってるんですけど、撮影後にもらったやつなんです!」
「すごく可愛いんだけど、その時の雑誌の特集が『お祭りで気になるあの人のハートをゲット』とかいうやつでー。でも見ての通り今うちら女だけだし、意味ないじゃん的な?」
「やっぱり男の人と一緒の方がもっと楽しめるかなーって。でも私達彼氏とかいませんし……」
人の話を聞かずに聞いてもいない話を始めるんじゃないよ。
マシンガントークを浴びせられて若干グロッキー気味な俺に、二人は容赦なく追撃をかけてくる。
「いいじゃん、店番とかどーせもうすぐ花火始まるからこの辺過疎るって」
「ここだとよく見えないと思いますし。見晴らしのいい場所教えてあげますよ」
「あ、さっきめっちゃ美味しいりんご飴売ってるとこあってさ。そこもう一回行こうよ!」
「そういえば射的でどうしても欲しいものがあって、結局取れなかったんですけど……お兄さんリベンジお願いしていいですか?」
まずいな、なんかもう俺が行く前提になってきてる。
でもいかん。店番って理由で渚達との行動を断っといて、別の奴等と遊びに行くとか最低最悪の裏切りだ。そんなの向こうが許すわけないし、俺自身も許す気はない。
前回は水着のエロさと際どいスキンシップで危うく誘いに乗るとこだったが、ていうか乗ったが、今回はそうはいかんぞ。
「悪いけど、店を開けるわけにはいかないし、これが終わったら友達のとこに行く予定だから申し訳ないけど……」と、こんな感じかな。
美女二人を無碍に扱う感じで後味は悪いだろうが、やむをえん。
よし、と息をついて言葉を切り出そうとしたその瞬間。
ぐいっ!
と何か強い力で俺のシャツが背中から引っ張られた。
なにかと思って振り返ってみると、再び俺はフリーズ。
我が家の同居人、リファとクローラがそこにいた。
これほど歴史は繰り返すって言葉が似合うシチュもねぇなと思った。
二人はジト目で俺の脇から顔を出し、ツインテと黒髪ロングを睨みつけた。
対するナンパ組は過去の出来事を思い出したせいか、それだけでビビって萎縮してしまった。
「うげっ、あんたたち……!」
「な、なんでここに……」
リファとクローラは答えない。無言で彼女達から視線を離さず、俺を引っ張る力を更に強くする。
お前達には渡さない。そんな意思がひしひしと伝わるアクションだった。
反撃しようにも、どうにも相手が悪い。即座にそう判断したナンパガールズは険しい顔をしながら一歩後ずさる。
「くっ、また作戦失敗? せっかくもう一度会えて今度こそ、って時に……」
「さっき別れてたのが見えたから、しばらく戻ってこないかと思ってましたが……甘かったみたいですね」
なんかブツブツ言った後、二人は「用事を思い出した」とかいう見え透いた嘘を理由に、スタコラサッサと退散していった。
ふぅ、なんとか危機は去った。同じ轍を踏まずに済んでよかった、マジで。
「助かったよ。ありがとう」
「……」
「……」
俺が礼を言っても、リファとクローラは服を掴む手を離さなかった。おまけに何も言わずにうつむいたまま。いつもと明らかに様子が違う。
「おーい、リファっちー、クロちゃーん!」
すると、遠くから人混みをかき分けてこちらに小走りで向かってくる木村渚の姿が。
彼女は俺達のもとまでやってくると、肩で息をしながら事情を説明した。
「はぁ……はぁ……すいませんセンパイ。この娘達、やっぱりセンパイのことがどーしても気になってたみたいで……」
「え? そうなの?」
二人はコクリと無言で頷いた。
うーん、参ったなぁ。まさかそれで戻ってくるとは想定外だったよ。
「その、私はマスターをお守りするために在る騎士。だから、それを放棄するわけにはいかなくて……」
「クローラも……主に付き従うのが役目……なのでやっぱり……あの……」
ボソボソと聞き取りにくい声で何か言い訳を始めた。
俺が渚に目配せすると、彼女は肩をすくめるだけだった。彼女ではもうどうにもならないということだろう。
どうやら、いらん心配を懸けさせてしまったみたいだ。
……しょうがない。
「渚。店じまいの準備手伝ってくれ」
「センパイ……」
俺が言った途端、異世界転生コンビは瞬時に顔を上げる。
期待と不安が入り混じったような瞳に俺は笑いかけた。
「一緒に回ろう、お祭り」
「マスター……」
「ご主人様……」
彼女らの曇りがかった表情が、雲ひとつない快晴に変わる。
まるで欲しがっていた玩具を親に買ってやると言われて喜ぶ無邪気な子供みたいだ。
でも、それは俺も同じかもしれないな。
だってこれから彼女達と一緒に回れると思うと……こんなにも心が躍るのだから。
「まったく。人間って本当に面倒くさいっすよねぇ」
テーブルや椅子を畳みながら、渚が呆れ気味に言い出した。
「そう思いません、センパイ?」
ああ、まったくだ。
俺はそう皮肉気味に返すと、片付けに取り掛かった。
そう。面倒くさい。
だけどとても楽しくて、とても面白くて、とても愛おしい。
そんな三人と一緒に、このひとときを思いっきり楽しもう。
この賑やかなお祭りを、最高の思い出にしよう。
花火が始まるまで、あと一時間。
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