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レベル50.女騎士と女奴隷と新しい日々
3.女騎士と女奴隷と入学(前編)
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「うおおおおおおお! ここが大学かぁ!」
「すごいですぅ!!」
念願のキャンパスに到着した異世界コンビ。
パンフレットで予習してはいたものの、やはり百聞は一見にしかず。実際に見たときのインパクトは相当なものだったらしい。さっきからキャイキャイとはしゃぎっぱなしである。
「えっと、あの建物が図書館でー、あっちにグラウンドがあってー……」
「リファさんリファさん、これ端から端まで走ったらどれくらいかかるんですかね? 軽く半日はかかるんじゃないでしょうか!」
「だな! まるでダンジョン、いや、これはもはや一つの国と呼ぶにふさわしいぞ! これは探検のし甲斐があるな……」
「そんな国の住民になれるなんて……なんて素敵なんでしょう! もういっそのことここに住みたいくらいです!」
非常に大興奮しているらしく、周囲の人達から向けられる訝しげな目線など気にも留めていないようだった。
入学式。
未知なる世界への門出とも言うべき、記念すべき儀式。
あの編入手続きという招待状が送られてきてから十数日。ついに来るべき時は来た。
本日岩倉大学へ二人の異世界人、クローラ&リファレンスが新しく学生として迎え入れられるのだ。
「いよいよですねリファさん」
「うむ……今か今かと待ちわびたぞ」
異世界コンビはひとしきりはしゃいだ後、感慨深そうに顔で腕を組みながらそう言う。
そんな二人を保護者の代わりとして同伴していた俺と渚は遠目に眺めていた。
「ついに二人も大学へ入学とは……月日が経つのは早いですのぉお爺さんや」
「そうですのぉ、しかし娘の成長を見ているようでその分喜ばしいものですぞお婆さんや」
はっはっはっはっは。
「「誰が爺さん
婆さん
じゃボケェぇぇぇぇぇ!!!」」
盛大にクロスカウンターが両者の間で炸裂。
容赦ない拳が互いの頬にぶち込まれて軽く血が出た。
「二人共何をふざけておる。入学式はもう始まっておるのだぞ?」
そんな俺達に向かって呆れたように言ってくるリファ女史。
俺は口元の血を袖で拭いながら、生返事を返した。
「ところでよぉクローラ、リファ」
「どうしました? 主くん」
「その服装は一体何?」
「ふくそう?」
服装。
入学式っつったら中学高校なら制服、大学ならスーツで来るのが一般的だ。
だが目の前にいる異世界人ズは、どう考えてもこの場には不釣り合いな格好だった。
「何って言われましても……」
もちろん入学式どころか日本の学校というものすら初めてである二人にとっては、それが正装であると信じて疑ってないようで、自分達の容姿を不思議そうに見つめる。
「セーラー服だが」
「振袖ですけど」
はいその通り。
リファは紺色に赤色のリボンがよく似合う清楚なセーラー服。足首まである長い丈のスカートも相まってその姿はまるでスケバン。本人のドギツイ性格によくお似合いなコスチュームである。
クローラはかなり本格的な作りの振袖。真っ赤な生地に桃色やオレンジの花が咲き乱れている。この前の黒い浴衣とはまた違った印象の、明るい雰囲気が漂うものであった。
二人ともよく似合ってる、それぞれの美しさを引き立たたせる素晴らしい着こなしであった。
が。
過去に遡りすぎ&未来に行き過ぎである。
なんで大学の入学式に高校生と卒業生がいるんだよ。さっきから周囲の訝しげな視線の原因それだってわかっとんのか。
「そうは言っても、なかなかこの服悪くないぞ。この前見繕ってくれたのより動きやすいし、結構馴染む」
「見てください主くん、これ可愛いですよ! 先日買ってくれた地味なやつより全然いいです!」
よくねぇよ。入学式でコスプレ大会開いてる奴の保護者の烙印押される俺の身にもなれよ。せっかくこないだ洋裁店で高いスーツ二着も買ってやったのに、誰だこんなもん着させた奴!
「センパイは馬鹿ですか? 世界広しと言えどこんな素敵な着付けできる奴があたし以外に誰がいると思ってんですかぁ!? あぁん!?」
「世界広しと言えども自慢と煽りと開き直りと逆ギレ交えて自白してくる犯人はお前だけだよ」
なんとも始まる前から頭の痛い出来事の連続である。
せっかくピカピカの一年生になるってのに、ここまでポンコツ丸出しとか冗談じゃない。
一生に一度しかない入学式。ふざけとる場合とちゃうねんぞ。せめて見てくれだけは何とかしろって。
「衣装は自らを表現するもの。騎士団に入隊した時だって、厚手の鎧を身にまとい、剣と掲げて盾を構え、これから始まる戦乱に身を投じる覚悟を身をもって示したものだ。この入学式とて同じ。一世一代の晴れ舞台……服一つとっても疎かにしてはならんのだ」
現在進行系で自分の人生疎かにしてる奴に言われたくねぇんだよなぁ。
「御託は無用。泣いても笑ってもこれが最初で最後。全力で臨むぞ」
「ですね。モタモタしてる暇はないです。この試練……何が何でもやり遂げねば」
嘆く俺をガン無視して二人はズンドコ先へ行ってしまう。
ああもう、早くも胃が痛くなってきたよ。
新入生の波に乗ってたどり着いた先は、入学式会場の大講堂。
収容数2000人の大コンサートホールである。音響設備も照明設備も最高級、非常に魅力あふれる施設だが、大多数の生徒はこういう大規模な式典や説明会以外で訪れることはないっていうね。
「こ、これはまたすごい……」
「さすが大学……セレモニーをやる規模も半端ないです……」
そびえ立つその巨大建築物に、思わず二人は息を呑んだ。
さて、ここからは別行動。リファ達は一階席、俺達は二階席だ。
「じゃあお前らはこっちの新入生用の入口から入ってって。後は係の人が案内してくれるはずだから」
「あたしらは上の席で見てるから。式典終わったらまたここ集合ね」
「うむ、わかった」
「了解です」
「他の人に迷惑かけんなよ?」
「何を言う。私が迷惑をかけていいのはマスターだけに決まっておろう」
いつ俺がそんな許可出したんだってんだよ。
「ではいざ行かん! 入学式会場へ!」
「ですっ!」
意気揚々と引率係のリファレンスさんは、お供のクローラさんを率いて講堂に突っ込んでいった。
それを遠い目で見送った俺と渚は、二人して肩を竦める。
「行っちゃいましたね。元気のよろしいことで」
「そーだな」
「じゃああたし達も行きましょうか」
「おう」
「ラブホテルに」
「一人で行ってろ」
○
それから約二時間後。入学式は特に滞りなくスムーズに進行した。
吹奏楽や応援団、チアリーディングサークルに所属する在学生のパフォーマンス。新入生代表のスピーチや校長及び主賓の方のお話。そして校歌斉唱。お決まりのパターンである。
正直新入生は校歌斉唱以外はただ座ってるだけなので退屈極まりない。案の定隣に座っていた渚は開始五分でぐっすりだったし、俺も何度欠伸をかましたか覚えてない。あいつらはどう思ってんだろうな、これ。
そして全行程が終了し、解放された生徒と保護者達がわらわらと会場を後にする。
目立つ服装だったせいか、異世界コンビとはすぐに合流できた。
あわただしくこちらに駆け寄ってきた彼女達は、意外にも満足そうな表情を浮かべていた
「どーよお二方、初めての入学式は」
「はい! 非常に有意義なものでした!」
感想を訊いてみると、クローラが一際ぴょんぴょん跳ねながら目を輝かせて言う。
「パレードといい音楽といい、すごい迫力でもうびっくりして心が躍るというか……とにかくとにかく、これから頑張ろうっていう元気が湧いてくるものでしたよ!」
「クローラって、元王族だったからアカデミーには通ってたんだよな? その時にこういうのってなかったの?」
「まったく。せいぜい学長さんの挨拶があるくらいですね。こんな華々しさは皆無でした」
「だな。騎士団の入隊式も全員に所信表明させたり、下手すれば早々上官からの叱責が飛ぶような堅苦しいものだったが……」
「マジでか」
「ああ。だがこれはそれに比べて、なんというか、歓迎してくれてるっていうことがわかるようなセレモニーって感じがした」
「ですです。先生方のお話も『一丸となって祖国に貢献せよ』みたいな内容ではなく、私達個人を応援してくれるような内容でしたし。今までより俄然やる気が出るような気がしてきました!」
なるほどな。集団意識の強い国だと、そういう場で個々の意識は軽視されがちらしい。
「断固たる自分の意思を持て」というスローガンを掲げておきながらこれとは、片腹痛い話である。
俺たちはつまんなかったけど、異世界人にとっては退屈どころか新鮮そのものといった体験だったのだろう。
「おーいみんなー! 次は教室でオリエンテーションだってよー!」
すると、クラス分けの掲示板付近に立っていた渚が俺達を大声で呼んできた。
「おりえんてぇしょん?」
「履修……まぁ授業の受け方とか色々説明を受けたりするんだよ。そこでクラスメイトとの顔合わせとかもあるから、そこで友達とか作っといたほうがいいぞ」
「ともだち……学友ということですか?」
「おう。せっかくの機会だし、俺以外にも気軽に話せる奴とかいた方がいいでしょ?」
と言ってみたものの、二人は顔をそむけてしまった。
ありゃ、あまり乗り気ではなさそう? なんでだろ。
「私は別に……ここには馴れ合いに来てるわけじゃないし」
「クローラも、気軽に話せる人は主くん一人いればいいかなー、なんて」
うーん、そういう認識だったか。
まぁさっきの話を聞く限り、ワイヤードのアカデミーも騎士団も友情を育むようなところじゃなさそうだしな。
でもせっかくこっちの世界の大学に入学したんだ。その辺についても価値観は変えていく必要がある。
なぜなら友達を作ることというのは、馴れ合い以外にも意味を持つからだ。
「じゃあさ、こう考えてみなよ」
「?」
「馴れ合うためじゃなく、人脈を広げるために友達を作るんだって」
「じんみゃくを……」
「ひろげる?」
ぽかんとして同時に小首をかしげる二人に、俺は人差し指を一本立てて説明した。
「確かに学校は馴れ合いの場じゃないし、友達と遊びほうけて本業を疎かにするのはよくないことだ。だけど、付き合い方次第ではお前らの大きな助けになる」
「どういうことです?」
「たとえば全てが個々の判断に委ねられるのが大学って前言ったよな。でも何もかもを一人で全部こなすのは非常に大変だ。そういう時に情報を共有したり、意見を交換したり、あるいはアドバイスしあえる仲間がいるのといないのとじゃ大きく違う」
「言われてみれば……」
「学生生活に限らず、作り上げた人脈は宝だ。人と接すること、交流を深めていくことは、あとあと決して無駄にはならないぜ」
そう諭すと、二人は納得したように大きく二、三度うなずいた。
「確かにその通りだな。頼れる奴は多いに越したことはない」
「ですね。ここは私達にとっては異世界ですし。何かと不自由も多いでしょうから」
「だろ? 今が絶好のチャンスだと思って、積極的に話しかけてった方がいい」
「ん。やってみる。不安だけど」
「主くん以外の、しかも初対面の人にどう話しかけてよいものやら……」
まぁそれは一理ある。誰もがぶち当たる壁だよな。
だがそこを乗り越えられるかが今後の行方を左右するわけなのも事実。
「安心しろよ。初対面なのは全員同じだから。自信持ってどーんと行けどーんと。渚を見てみろ。誰彼かまわず傍若無人に突っ込んでくあの様はそりゃもう目を見張るものがあるぜ」
「褒めてんのかけなしてんのかどっちですか?」
ズァッ! と、いつの間にか背後に忍び寄っていた渚が低い声で言ってきた。
もちろん褒め称えてるつもりですが何か?
「ほー、そりゃ光栄っすね。じゃあえらい渚ちゃんへのご褒美としてセックスしてください」
「寝言は寝てから言え」
「いやだから一緒に寝てくれと言ってるんですが」
頼むから誰かコイツの体力削り切る方法教えてくれ、精神が持たん。
「まぁでも、あたしのこの陽キャスキルは見習っておいて損はないかもよ二人さん。群れができるまでって相当短いから、尻込みしてたらどんどん孤立してっちゃうぞ」
「そ、そうなんですか」
「うん。一人でいる奴に話しかけんのと、既にできてる輪の中に入っていくのとじゃ雲泥の差があるからね。タイミング逃さないように自分から積極的にアピってかないと」
「なるほど。善は急げというわけですね」
「そゆこと。もう誰彼かまわず『オッスオラ悟空』って言ってりゃ、いつの間にかクラスの人気者よ!」
それは別な意味で人気者になりそうだけどな。
まぁでもそれくらいの調子で臨んだ方がいいのは間違いない。
「わかりました……やれるだけやってみます!」
「うむ。このミッション、名付けて『友達を作ろう大作戦』……必ずや成し遂げてみせよう」
ふんす、と異世界人二人はそう一念発起するのであった。
さぁ、教室へと出発だ。
○
「えーっと、編入生は全員N組。集合場所は……5号館の301大教室か……」
「うーわ、よりにもよって一番遠いとこじゃないっすか。クッソだりぃわマジ」
こっちが案内書を見ながら道を先導して歩いている傍ら、引き続き異世界組は初キャンパスの風景で馬鹿騒ぎを続行。
「うほーっ! 見ろ見ろクローラ! でっかい芝生があるぞ芝生!」
「あ、これ昨日ググった時出てたやつです! 大学生はみんな、この芝生の上でくつろぎながら夢を語り合うそうですよ!」
「なぬ、そうなのか! では我々も早速座して夢語りに興じようではないか!」
「やりましょう!」
……。
…………。
……………………。
「語る夢を用意しておくべきだったか……」
「行きますか」
何やってだこいつら。
「二人共ー、そうやって呑気にしてるとアレに巻き込まれるよー!」
「「アレ?」」
不意に渚の言い放った謎の指示語に、二人は芝生から起き上がって反応した。
俺も一瞬なんのことやらと思ったが――すぐ思い出した。
そうか、入学式と言えば……アレだな。
「渚殿、アレとは一体何なのだ?」
「まぁ新入生が受ける洗礼みたいなもんだねぇ。ここから教室まではおそらく地獄が続くよー」
「地獄? ど、どういうことなのだ!」
「り、リファさん! 向こうから何かが来ます!」
どうやらクローラがいち早く察した模様。
彼女は震えながら自分たちが向かう先の方を指差す。
つられて他の三人がその方向に目を向けてみると……。
何やら大勢の人々が、慌ただしくドタドタと土煙を立てて走ってきていた。
ざっと50、いや100人以上はいる。まるで農民の一揆のよう。だがどいつもこいつも服装がバラバラだ。
サッカーのユニフォーム。テニスウェア。柔道着。白衣。デニムにインしたチェックのシャツ。
衣装だけでなく、持ってるものも様々。バットにラケット、バイオリン、天体望遠鏡、一眼レフカメラ、美少女フィギュア、将棋の駒、登山用ザック……。
何一つとして一貫性がない、てんでバラバラな集団であったが……共通している点が一つだけ。
それは全員が脇に抱えていた、大量のチラシの束。
ここまでくればおわかりだろう。
そう、サークル勧誘だ。
入学式を終えて晴れてこの学校の一員となった者達に襲いかかる魔の手。
一人でも多く引きれようと躍起になった部員達が、あの手この手を仕掛けてくる定番イベント。
「入学おめでとーーーーーう!!!!」
という祝福とともに一斉に俺達は、周囲の新入生もろともその勧誘者達の渦にぱっくりと呑まれてしまった。
「サッカー部でーす! 今日練習試合やるからぜひ見てって!」
「合気道部だよ! 第二体育館で午後から演武会やるんで来てください!」
「ワンダーフォーゲル部だよーん! 俺達と一緒に目指せ、エベレスト登頂!」
「ジャズバンドサークルです! 初心者大歓迎なので、体験入部待ってまーす!」
「そこのキミぃ! TRPG部に興味ないかい!? クトゥルフでもパラノイアでもソードワールドでも超面白いシナリオ揃ってるぜ!」
「兄ちゃん、なんか顔尾田栄一郎に似てるね! うちに来て漫画描かないか!?」
「ハンドメイド部でーす! アクセ作りやってみたいなって人いたら寄ってってねー!」
「弾幕ゲーム同好会だぜー! この部すげぇんだよ。だって、俺の知り合いにあの、日本で五番目に強い先輩いるもん、先輩! 花映塚、五番目に強い先輩!」
もみくちゃにされながら、そう勧誘文句を矢継ぎ早に投げかけられては、チラシをバシバシ押し付けられる。
さすがにこれには異世界人二人も大混乱。
「わぁーーー! 何だお前らは! 敵襲か!? ちょ、やめ――うわわ、マスター、マスター!」
「きゃーっ!! 主くーん! た、たしゅけてぇー!!」
遠くから彼女達の悲鳴が聞こえてくるが、姿は完全に見えない。
久しぶりだなぁ、あの頃を思い出す。全員何言ってるかさっぱり耳に入ってこないし、もらったチラシはどーせ全部ゴミ箱行きだってのに……みんなよーやるよなぁ。
感無量な気分になりながら苦笑を浮かべる俺は「俺新入生じゃないんで」と言ってくぐり抜け、その人混みから脱出した。
「ふぅー、危なかったー」
ぺしゃんこになるかと思ったよ。スーツもシワが寄ってるし、相変わらずすげぇ押しくら饅頭だこと。
さて、落ち着いてもいられない。クローラとリファを救出せねば。
と、思ったのだが。
「あのーすみません」
「ちょっといいですかー?」
と背後から声をかけられた。若い女の声だ。
ちっ、増援か。構ってる暇はない、さっさと追っ払おう。
「あー、俺新入生じゃないんですよー。なんで、まぁ、すみませんけど……」
と言って、俺は愛想笑いを浮かべながら振り返った。
瞬間。その声をかけてきた連中の顔を見て全身がドライアイスのように固まった。
「あー、やっぱりお兄さんだー! やっほー、奇遇だね!」
「ふふ、お久しぶりですねお兄さん。この間の夏祭り以来でしょうか」
でーたーよ例の逆ナンビッチども!
チャラ系茶髪と清純系黒髪ロングのタッグコンビ。
最初は海で、次は花火大会で。俺を一方的に口説いて連れ回そうとしたやべーやつら。二度あることは三度あるって言葉の意味を身をもって知ることになるとは思いもよらなかった。
「あんた達、どうしてここに……」
「どうしてって、このスーツ見ればわかるじゃーん」
「私達も今日からこの学校に入学することになったんです」
よく見てみると、二人共質素なスーツだったし、髪型も両者共にアップ型のポニーテールだった。そして手には大量の勧誘チラシの束。間違いなく新入生の証。
マジかよ……言葉が出てこねぇ。
「いやーよかった、知ってる人がいると安心だねー」
「これからは後輩として、よろしくお願いしますね。お兄さん」
「は、はは……どうも」
よろしくしたくねぇぇ……。
だがそんな思いとは裏腹に、二人は薄ら笑いを浮かべてジリジリと距離を詰めてくる。くそう、サークル勧誘以上に厄介なのに捕まったなぁ。
しかし道草食ってる場合ではない。俺には俺の役目がある。
「あの、俺ちょっと用事があるんでこれで――」
「えー、それってウチらより大事なこと?」
「こっちもお兄さんに用事があるんですけど、聞いてくれないんですか?」
ぎゅ。
と、両端から腕を組んでロック完了。物理的にも精神的にも逃げられない構図の出来上がりだ。
両腕に柔らかい物体が押し付けられ、心拍数が一気に上がって――ってまたこの流れかよ!
「いや、ちょ、離してもらえないかなぁー……」
「ウチらさぁ、これからオリエンテーション受けに行かなきゃいけないんだけど、教室の場所がわかんなくてぇ」
「この学校広いし、私達二人揃って方向音痴なんです。ですからこの通り迷ってしまって。よければお兄さん案内お願いできないですか?」
「上級生なんだから下級生助けるのはトーゼンだよねぇ?」
「ですねー。それに一緒にいれば、勧誘除けにもなりそうですし」
人を引きずったままアクセル全開で走行するんじゃないよ。精神的にもみじおろしにする気か貴様ら。
くそ、こんなところリファ達に見られたらそれどころじゃない。前回まではまだよかったけど、今回は事情がぜんぜん違う。
だって俺は……。
「ごめん」
俺は連行していこうとする二人に逆らって足を止めた。
そして半ば強引に腕を振りほどくと、彼女達から身を離してきっぱりと言った。
「俺、付き合ってる人いるから!」
「「付き合ってる!?」」
口を大開きにして驚愕する逆ナンガールズ。
よっしゃ、効果てきめんだぜ。さすがにこれ言っておけば諦めるだろ。いくらなんでも彼女持ちの人間にアタックするようなことはしてこないだろうし――
「やだもう気が早いよお兄さーん。ウチらまだ告白されてもいないのに! 恋は焦っちゃダメだぞ~★」
「それより、どっちと付き合ってるつもりだったんですか? まさか両方? うふふ、欲張りさんですね。まぁ別にそれでもいいんですけど……」
♪俺 の 話 を 聞 け ぇ!!
横山剣みたいに心中で声高に叫んだところで、その歌声は届くはずもなく。
二人は意地の悪そうな笑顔で、俺の手を両側から指まで絡めて握ってきた。
「まぁまぁ、そのへんは後でゆっくり話し合って決めればいいじゃん。てなわけでお兄さん案内よろ~」
「お兄さん、終わったらみんなきっと疲れてるでしょうから、どこか休める場所に行きません? カラオケとかネカフェとか」
「ちょ、待っ……」
ガシッ。
と、そこでスーツのネクタイが、茶髪でも黒髪でもない何者かに引っ掴まれた。
「ぐぇ」
首が絞まって変な声が出た俺はその何者かを見る。
誰だ? もしかしてリファ達……? と思って恐る恐る正面を見た俺は再度全身が硬直した。
グレーのスーツに、ボブカットの黒髪。
黒縁眼鏡をかけた、良くも悪くも地味な感じの若い女の子。
どこにでもいそうな、至って普通の人なのだが、俺は焦りと驚きを隠せなかった。
「八越……さん?」
八越未來。
先日俺のアパートに引っ越してきた、新しい住民。
少し暗めで人見知りしがちではあるものの、周囲のポンコツガールズに比べたら素直で礼儀正しい御方である。
どうしてこの場にいるのか、と思ったが愚問だった。
なぜならこの人もクローラ達と同じく、この秋に岩倉大学に入学する新入生だからだ。
そんな彼女がいきなり正面に現れ、先述の通り俺のタイをカツアゲでもするかのようにギリギリと掴みあげているのである。
「ちょ、何あんた……誰よ?」
「……」
驚いたのは逆ナンガールズとて同じであり、茶髪が焦り気味にそう言った。
しかし、八越さんは答えない。言葉どころか息遣いさえ聞こえてこない。しかも表情は前髪に隠れて見えないため、かなり不気味に思えた。
この感じ……そうだ。初めて会った日、何か急に態度が豹変したあの時と同じ……。
「な、なんですか? 私達今お兄さんと――」
黒髪が俺の手を握る力を強めながら、そう食って掛かろうと口を開いた瞬間である。
ぐぃぃっ、と八越さんはものすごい力でネクタイを引っ張って自分の方に俺を引き寄せた。
女の子のものとは思えない、まるで柔道の選手に技をかけられてるみたいだ。
「わわっ」
「きゃっ」
逆ナンコンビはたちまちよろけて、俺への拘束を強制解除させられてしまう。
強引かつ迅速な救出劇――と言っていいのかどうか……。とにかく八越さんは俺を彼女達から奪い取ると、早足でその場から離脱した。
「ちょ、八越さん? あの――」
「……」
返答なし。こちらに顔すら向けずにズンズンと構内を駆け抜けていく。
やばい、何か知らんけど暴走してる。早いとこ止めないと。
「八越さんちょっとタンマタンマ――苦しいって、首が!」
バシバシとネクタイを掴む手首を少々強めにひっぱたくと、眼鏡地味子はその場で急ブレーキをかけた。
おかげで首絞めからは逃れたが、勢い余って彼女の背中にぶつかってしまった。まったく、何もかもが突然すぎる。
「あ……」
そこでようやく八越さんはヨレヨレになったネクタイから手を離した。
咳き込んだり肩で息をしたりして呼吸を整える俺に、彼女はすぐさま頭を下げてきた。
「す、すすすすすすすすみません! むが、あの、無我夢中で……申し訳ありません!」
「あ、いや……大丈夫」
「ずっと話しかけるタイミングを見計らってたんですけど……変なのに絡まれてるのを見たら、いてもたってもいられなくなって……それで」
そこまで必死になる理由がよくわからんが……でもちゃんとお礼は言わないとな。
「そっか。ありがとね、おかげで助かった」
「い、いえいえ当然のことをしたまでです。あ、ちょっと手出してください」
「手?」
「はい、ちゃんと綺麗にしませんと」
八越さんは肩にかけていたやや大きめのバッグのポケットからゴソゴソと何かを取り出した。
目を細めて見てみると……なんてことない市販のウェットティッシュだった。それを一枚素早く取り出すと、彼女は俺の手を取ってそれをまんべんなくこすりつけた。
「消毒消毒、汚物は消毒……」
ごしごしごしごしごしごし……。
八越さんは掌から甲、指から爪の間まで丁寧丁寧丁寧に拭いてくれる。
が、あまりの突飛な行動に俺の頭は無数の?で埋め尽くされていた。
「えっと……八越さん?」
「ダメ……全然落とせてない。臭いが消えてない」
「え?」
臭い? 消えてない? なにそれ、ちゃんと毎日手は洗ってるんですけど!
自分で手を嗅いでみるけど、完全に無味無臭である。うん、大丈夫大丈夫。でも目の前の女の子はものすごい険しい表情で、またバッグの中をまさぐってる。
あれ、これもしかして遠回しにお前不潔だよって指摘されてるのかな。若干傷つくなぁ。そんなに露骨にしなくってもいいじゃないか……。
なんて思ってたら彼女が次に取り出したものは……。
エタノールのスプレー。
今や公共施設なら色んな所に置いてあるアレである。
「……これで消えるはず」
「ちょっと――」
有無を言わせず、八越さんはウェットティッシュをもう一枚取り出してそこにエタノールをぶちまけると、再び俺の手に擦りつけてきた。
「消えて消えてさっさと消えて消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ……」
「……」
なにこれ、オペごっこ? 執刀医かなんかか俺は。だとしたらこんな雑菌だらけの屋外でこんなん意味あるの? ていうかアレって手袋してやるもんじゃなかったっけ? どうでもいいが。
「――よし、綺麗になりました!」
「お、おう。どうも」
三十秒くらい経って、ようやくそのガバガバオペごっこは終了した。
やりきったように満足そうな笑みを浮かべ、八越さんはさっきまでの儚げな雰囲気の少女に戻った。
何だったんだよマジで今の……もしかして潔癖症なのかな? 次会う時は気をつけよ。
「あ、そうそう入学おめでとう。これからもよろしくね」
「ふゃっ!? は、はい……よろしくお願いします。その……こいび――じゃない、後輩として、ハイ」
キョドったように彼女は返事をすると、ガクガクと何度もまたお辞儀を繰り返した。
この娘もこの娘でなんか落ち着かないというか、周囲の状況によって不安定になる部分があるよな。今のといい、この前の時といい……あ、まだそのこと謝ってなかった。
「あの、こないだの引っ越しの時何か失礼なこと言っちゃったかな? なんか怒って急に帰っちゃったから心配で。本当ごめんなさい」
「へ? い、いえいえいえいえ! そんなことないです! すごく嬉しかっただけです! だから余計に許せなくて……それで」
「お?」
「な、ななななんでもないですなんでも!」
今度は首を横にねじ切れるくらいにブンブン振る。何かと首から上が忙しい人だな。
「そ、それにっ! わ、私の方こそ何か失礼やらかしませんでしたでしょうか?」
「八越さんが? 全然、そんなことないよ」
「そ、そうでしたか……」
当たり前だよ。こんな純粋無垢で人が良さそうなのに。失礼なんて、最も遠い言葉じゃないか。
「私……見ての通りテンパる癖があって。なんか知らない間に変なこと言ったり人が変わったようになってしまうから。ちょっと心配で」
前言撤回。
完全にさっきの分析ドンピシャじゃないですか。自覚があったとは驚きだぜ。
あんまし仲の良い友達とかいなかったのかなぁ。もちろんそんなこと本人には訊けないけど。
とは言え、誰にだって欠点の一つや二つあるもんだし、あのポンコツどもに比べたらちゃちなもんだ。
「大丈夫大丈夫。八越さんはきっと環境に慣れてないだけなんだと思うよ」
「環境、ですか?」
「うん。今はこうでもちょっとずつ交流を深めていけば、いつの間にか自然に振る舞えるようになるはずだから。別に家族に対してもそんな感じなわけじゃないでしょ?」
そう言うと、不安そうにしていた彼女の顔に少しだけ光が差した。
「そう……ですよね。確かに家族相手だと、気兼ねなく接することができますから。そんな人が増えていけばいいなとは思います」
「でしょ。せっかく大学はいるんだからサークルとかゼミとかで――」
「ではあなたと交流を深めてもいいですか?」
突然俺の言葉を遮って八越さんはまっすぐな目を俺に向けた。
いつもの可愛らしい表情ではあったのだが、なんだか瞳だけは吸い込まれそうな闇に染まってるような……ちょっと不気味だなと一瞬思ってしまった。
「お、俺と? うん、そりゃもちろん。喜んで」
「本当ですか?」
瞬き一つせず、八越さんは食い気味に肩を寄せてきた。
心なしか若干声色も変わってるような……どうしよう、早速悪い癖出ちゃってるよ。気の置けない友達がそんなに欲しかったのか、ちょっと躍起になってるのかなぁ。
そのちょっと豹変モードに入ってる彼女は、とうとう俺のジャケットの裾を軽くつまむと囁くように言った。
「嬉しいです……私と家族になってくれるのですね?」
……おいおい。
「いやいや、いくらなんでも飛躍し過ぎだって。少し落ち着こうよ、そういうとこだよ?」
「……そうですね、すみません。確かに気が早すぎましたね」
ぱちんと両手で自分の頬を軽くはたき、八越さんはプチ暴走を停止した。
難はありかもだけど、自分で制御できることのは立派なことだ。
「ところで八越さん」
「未來でいいです」
八越さんが少しだけ俺の前を行きながら言った。
「こ、これから交流を深めるのなら、名字呼びはよそよそしいです。せめて名前で呼んでくれるくらいはしていただいても……その、バチは当たらないかと」
「お、おう」
「い、いえむしろ……名前呼びしないとバチが当たるくらいかと!」
「マジっすか」
まだ会って間もない女の子をファーストネームで呼ぶのは気が引けるが、彼女の言うことも一理ある。努力しなきゃいけないのはこっちも同じだしな。
俺は小さく咳払いし、新しい後輩の背中に呼びかけた。
「未來……さん」
「……」
返事してくれない。
つーん、としたままそっぽを向いたまま。
ありゃ、聞こえなかったかな?
「未來さーん?」
「……」
つーん。
と、またもや無視。
あやや、本当に機嫌損ねちゃったのかなぁ。
「さんは余計です」
「はい?」
「だ、だから……さんは要らないと言ってます」
呼び捨てにせよと。それはもっと気が引けるというか……。
「す、少なくとも呼び捨てにする以外に生きる道はないと思います」
「マジですか」
「マジです。呼び捨て or Alive です」
生きる道思いっきり残っとるやんけ。ツンデレかよお前。
「と、とととととにかく! 呼び捨てじゃないと、私は嫌……です」
「そんなに?」
「呼んでくれないと舌噛んで死にます」
生きる道がないのお前の方かよ。
しょうがない、こんなところで死なれても困る。ここは思い切って――。
「……未來」
ティロン。
「……録れた……ふふ、録れた……」
「……」
「はい、なんでしょうか」
「なんか今あからさまに反応遅かったよね? 絶対呼んでから返事するまでにワンクッション挟んだよね?」
「そ、そんなことないですよ。このくらいのラグは誤差です」
誤差。
「あ、あのあの、あのですね。音の震えは空気中の温度が低くなるほど伝わるのが遅くなるんです。最近は秋になって気温も下がってきてるので、これだけ聞こえるまでに間隔が開くんですよ」
「あーそーゆーことね完全に理解した」
これ以上問い詰めても無駄だということがな。
「じゃ、まぁ……そんなわけで、これからは……未來、でいいのかな」
「はい。それでお願いします。も、もはやそれ以外の呼び名は許されませんので」
「許されないんだ」
「許されないです」
きっぱりそう言い張ると、八越さ……じゃない、未來はこちらを振り返った。
「で、では、今後共よろしくお願いします。先輩」
「……」
先輩。
せんぱい。
せんぱいぱいぱいぱぃ……。
エコーのように俺の鼓膜がその呼び名に震えて脳に伝わる。
なんだろう。ごく普通の呼び方なのに……妙に心地よい響きだ。
「やつ……じゃなかった未來」
「?」
「もっかい呼んでみてくんないかな?」
「? せ、先輩?」
「もっかい」
「先輩」
「もっかい!」
「先輩!」
「もっかいもっかい!」
「先輩先輩せーんぱい!」
あぁ~耳が癒やされるわぁ。
こんな可愛い後輩に上目遣いで呼ばれる……ギャルゲーじゃないけど、俺今すげぇ幸せだわ~。
「センパァイ」
「死ね」
「なんか最近扱いひどくないっすかあたし!?」
いきなり耳元でキモい声で囁いてくるからです。
俺はまたまたいつの間にか背後に立っていた渚に振り向く。
少し髪は乱れ、彼女にしては珍しいシンプルなスーツは、衿がくしゃくしゃになってた。表情も心なしかげっそりしてら。
そんな渚に生暖かい息を吹きかけられた耳穴を小指でほじくりながら俺は言う。
「よく切り抜けられたな。半年前は全サークル分のチラシもらってやっと解放されたとか言ってたのに」
「ったく、大変でしたよもう~、ぺしゃんこになるかと思った。ってかどさくさに紛れてお尻触ってくる奴いたし……最悪」
「マジで? 大丈夫だったか?」
「全然大丈夫じゃないっすよ。こりゃぁもうセンパイに抱いてもらって嫌な思い出を忘れさせてもらうしか――」
「いやお前じゃなくて、クローラとリファの話」
「こっちガン無視!? あたしが一体センパイにどんな悪さしたっていうんですか!」
「今まで何もしてないって本気で思ってるならそれが一番の悪行だよ」
「あ、でもこれって新手の放置プレイともいえるのかな? そう考えるとそれはそれで興奮するぜウェヒヒ」
「うん全然大丈夫そうだね」
さて、忘れかけてたけどクローラとリファの捜索を再開せねば。
あいつらサークルがどういうものかまだ知らない上に、どっちも頼まれたらはっきりNOと言えないような性格してるからな。勝手に誘われるままどっかについて行く前に連れ戻さないと。
と思っていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
向こうの方からヨタヨタとおぼつかない足取りで歩いてくる人影が二つ。
きらびやかな振袖を着たくせっ毛と、ヒラヒラのセーラー服を着た金髪。
俺はその姿を見てほっと息を吐くと、彼女達のもとに駆け寄った。
「クローラ、リファ……どうしてここに? 自力で脱出を?」
「ええ、何とか……クローラは大丈夫です」
「ふ、ふん。あの程度の奇襲、このリファレンスにかかればどうということはない……」
と言っているが、どちらも疲弊しきってる様子。
俺と渚は二人が抱えていた大小のチラシの束を受け取ると、代わりにペットボトル入りの水を渡してやる。
「でも一体何だったのだ……ぶかつだのどーこーかいだの、わけがわからん」
「私達を招き入れようとしていたことだけはわかったのですが」
「サークルだよ。この学校で趣味とかスポーツとかをやる人で構成された集団のこと」
「しゅみ? すぽーつ? 学業に励む場でなぜそんなものを……」
水を一気に飲み干したリファは肩で息をしながらもっともな疑問を口にした。
それに対し渚はチッチッと指を振って自慢げに言う。
「わかってないねぇ。机に向かって勉強するのだけが学生生活ってわけじゃないってことよ」
「は?」
「普通に授業でて勉強はするけど、それで一日が終わるってわけじゃない。大学って結構自由な時間ができるもんなのよ。その時の過ごし方の一種ってわけ」
「要は暇つぶしってことですか?」
「まぁざっくり言えばね」
クローラの確認に渚は肩を竦めて答えた。
「もちろん余暇だから、何をするかは個人の勝手だよ。授業の復習するとかして全部勉強に費やすもいいけど……それだと息が詰まっちゃわない?」
「それはまぁ、そうかもですけど……」
「でしょ? 勉強以外の時間をどう使うかって、ぶっちゃけかなり重要なことだよ。だってその時でしかできないことがたくさんあるんだもの」
「その時しかできないこと?」
「そーそー。その代表例がサークル活動なのよ」
手に持ったチラシを何枚かめくりながら渚は話を続ける。
「サッカー、柔道……こういうスポーツは学業と並行して体力をつけたいって人がやってる。こっちの軽音部や手芸部は、学問とは別に音楽や裁縫の腕も磨きたいって人が集まってるし。こっちの卓上遊戯部やTCG部みたいに完全に遊びに特化した活動がしたいって人達もいる」
「なるほど……まぁわからなくはないですが」
「だが渚殿、そういうのはわざわざここでやることか? やりたければ一人でやればいい話だと思うのだが……正直関連性が見出せないというか……」
「意味があるのは『それをすること』じゃないよ。『それを一緒にやる仲間を見つけること』なんだよ」
「なかま……」
戸惑う彼女達に俺も水で喉を潤しながら補足した。
「さっきも言ったろ。友達を増やして人脈を広げることが大事だって」
「……あぁ」
ぽん、とそこでいち早く察したクローラが手を軽く叩いた。
「なるほど……そのための機会というわけですね」
「ああ。これだけ大勢の学生がいる。自ずと同じことをやってみたいって人は見つかるはずだ。そういう人と協力したり、助け合ったりすることは一人でやるよりずっといいはずだろ」
もちろん何がしたいかを決めるのは己自身。そういうところも個々の判断が全てなのは変わらない。
だが、こういう活動は後々のキャリアに影響するもの、今後のためにも二人にはちゃんと考えてもらわないとな。
「それにこれだけの設備もあるし、ある程度学校も支援してくれるし。利用しないのは勿体ないだろ」
「むぅ……言われてみれば確かに」
リファもチラシに目を配らせながらそう同意した。どうやらある程度理解は示してもらえたようだ。
「まぁこれだけ色々あると結構迷いそうだけどな……」
「急いで考える必要はないさ。時間はたっぷりあるし、じっくり考えて決めればいいよ。それと――」
「あ、あのっ!」
その時突然今まで黙っていた未來が声を上げた。
彼女はもじもじと何か言いにくそうにしていたが、やがて意を決したように尋ねてきた。
「あの、先輩は何かサークルには所属してないんでしょうか」
「え? 俺?」
「はい……見たところ、先輩は新入生に勧誘とかしてないので……帰宅部なのかなぁーと」
「……あー」
俺は口ごもって目線をそらす。
そういえば誰にも言ってなかったっけな。さて、どう説明したものやら。
「えっと、俺はね……」
頭の中で整理しながら、順序立てて説明しようとしたのだが。残念ながらそれは中断せざるを得なくなった。
なぜなら。
「おーい! こっちにまだいたぞ!」
「五人もいるぜ! よっしゃ全員まとめて確保やぁ!」
「一匹も逃がすなぁぁぁぁぁ! 何が何でも引き込めぇ!」
ドドドドド! とイナゴのごとく押し寄せてくるサークル勧誘の大群。
それを見た全員の顔が一斉に青ざめる。俺の話どころじゃないのは明白だ。
「ここは逃げるぞ! 八越さん、話はあとで! 教室一人で行けるよね?」
「え? あ、ちょ、待って――」
「よし、クローラとリファは俺に続け!」
「はいです」
「あいわかった!」
「渚は囮になって奴ら引き付けとけ! 頼んだ!」
「がってん――って、あれ!? あ? んん!?」
「よっしゃ行くぞぉぉぉぉぉぉぉぇっ!!」
未來と別れ、渚を大義のための犠牲にしたところで一旦解散。
俺達は全力疾走でその場を後にした。
「すごいですぅ!!」
念願のキャンパスに到着した異世界コンビ。
パンフレットで予習してはいたものの、やはり百聞は一見にしかず。実際に見たときのインパクトは相当なものだったらしい。さっきからキャイキャイとはしゃぎっぱなしである。
「えっと、あの建物が図書館でー、あっちにグラウンドがあってー……」
「リファさんリファさん、これ端から端まで走ったらどれくらいかかるんですかね? 軽く半日はかかるんじゃないでしょうか!」
「だな! まるでダンジョン、いや、これはもはや一つの国と呼ぶにふさわしいぞ! これは探検のし甲斐があるな……」
「そんな国の住民になれるなんて……なんて素敵なんでしょう! もういっそのことここに住みたいくらいです!」
非常に大興奮しているらしく、周囲の人達から向けられる訝しげな目線など気にも留めていないようだった。
入学式。
未知なる世界への門出とも言うべき、記念すべき儀式。
あの編入手続きという招待状が送られてきてから十数日。ついに来るべき時は来た。
本日岩倉大学へ二人の異世界人、クローラ&リファレンスが新しく学生として迎え入れられるのだ。
「いよいよですねリファさん」
「うむ……今か今かと待ちわびたぞ」
異世界コンビはひとしきりはしゃいだ後、感慨深そうに顔で腕を組みながらそう言う。
そんな二人を保護者の代わりとして同伴していた俺と渚は遠目に眺めていた。
「ついに二人も大学へ入学とは……月日が経つのは早いですのぉお爺さんや」
「そうですのぉ、しかし娘の成長を見ているようでその分喜ばしいものですぞお婆さんや」
はっはっはっはっは。
「「誰が爺さん
婆さん
じゃボケェぇぇぇぇぇ!!!」」
盛大にクロスカウンターが両者の間で炸裂。
容赦ない拳が互いの頬にぶち込まれて軽く血が出た。
「二人共何をふざけておる。入学式はもう始まっておるのだぞ?」
そんな俺達に向かって呆れたように言ってくるリファ女史。
俺は口元の血を袖で拭いながら、生返事を返した。
「ところでよぉクローラ、リファ」
「どうしました? 主くん」
「その服装は一体何?」
「ふくそう?」
服装。
入学式っつったら中学高校なら制服、大学ならスーツで来るのが一般的だ。
だが目の前にいる異世界人ズは、どう考えてもこの場には不釣り合いな格好だった。
「何って言われましても……」
もちろん入学式どころか日本の学校というものすら初めてである二人にとっては、それが正装であると信じて疑ってないようで、自分達の容姿を不思議そうに見つめる。
「セーラー服だが」
「振袖ですけど」
はいその通り。
リファは紺色に赤色のリボンがよく似合う清楚なセーラー服。足首まである長い丈のスカートも相まってその姿はまるでスケバン。本人のドギツイ性格によくお似合いなコスチュームである。
クローラはかなり本格的な作りの振袖。真っ赤な生地に桃色やオレンジの花が咲き乱れている。この前の黒い浴衣とはまた違った印象の、明るい雰囲気が漂うものであった。
二人ともよく似合ってる、それぞれの美しさを引き立たたせる素晴らしい着こなしであった。
が。
過去に遡りすぎ&未来に行き過ぎである。
なんで大学の入学式に高校生と卒業生がいるんだよ。さっきから周囲の訝しげな視線の原因それだってわかっとんのか。
「そうは言っても、なかなかこの服悪くないぞ。この前見繕ってくれたのより動きやすいし、結構馴染む」
「見てください主くん、これ可愛いですよ! 先日買ってくれた地味なやつより全然いいです!」
よくねぇよ。入学式でコスプレ大会開いてる奴の保護者の烙印押される俺の身にもなれよ。せっかくこないだ洋裁店で高いスーツ二着も買ってやったのに、誰だこんなもん着させた奴!
「センパイは馬鹿ですか? 世界広しと言えどこんな素敵な着付けできる奴があたし以外に誰がいると思ってんですかぁ!? あぁん!?」
「世界広しと言えども自慢と煽りと開き直りと逆ギレ交えて自白してくる犯人はお前だけだよ」
なんとも始まる前から頭の痛い出来事の連続である。
せっかくピカピカの一年生になるってのに、ここまでポンコツ丸出しとか冗談じゃない。
一生に一度しかない入学式。ふざけとる場合とちゃうねんぞ。せめて見てくれだけは何とかしろって。
「衣装は自らを表現するもの。騎士団に入隊した時だって、厚手の鎧を身にまとい、剣と掲げて盾を構え、これから始まる戦乱に身を投じる覚悟を身をもって示したものだ。この入学式とて同じ。一世一代の晴れ舞台……服一つとっても疎かにしてはならんのだ」
現在進行系で自分の人生疎かにしてる奴に言われたくねぇんだよなぁ。
「御託は無用。泣いても笑ってもこれが最初で最後。全力で臨むぞ」
「ですね。モタモタしてる暇はないです。この試練……何が何でもやり遂げねば」
嘆く俺をガン無視して二人はズンドコ先へ行ってしまう。
ああもう、早くも胃が痛くなってきたよ。
新入生の波に乗ってたどり着いた先は、入学式会場の大講堂。
収容数2000人の大コンサートホールである。音響設備も照明設備も最高級、非常に魅力あふれる施設だが、大多数の生徒はこういう大規模な式典や説明会以外で訪れることはないっていうね。
「こ、これはまたすごい……」
「さすが大学……セレモニーをやる規模も半端ないです……」
そびえ立つその巨大建築物に、思わず二人は息を呑んだ。
さて、ここからは別行動。リファ達は一階席、俺達は二階席だ。
「じゃあお前らはこっちの新入生用の入口から入ってって。後は係の人が案内してくれるはずだから」
「あたしらは上の席で見てるから。式典終わったらまたここ集合ね」
「うむ、わかった」
「了解です」
「他の人に迷惑かけんなよ?」
「何を言う。私が迷惑をかけていいのはマスターだけに決まっておろう」
いつ俺がそんな許可出したんだってんだよ。
「ではいざ行かん! 入学式会場へ!」
「ですっ!」
意気揚々と引率係のリファレンスさんは、お供のクローラさんを率いて講堂に突っ込んでいった。
それを遠い目で見送った俺と渚は、二人して肩を竦める。
「行っちゃいましたね。元気のよろしいことで」
「そーだな」
「じゃああたし達も行きましょうか」
「おう」
「ラブホテルに」
「一人で行ってろ」
○
それから約二時間後。入学式は特に滞りなくスムーズに進行した。
吹奏楽や応援団、チアリーディングサークルに所属する在学生のパフォーマンス。新入生代表のスピーチや校長及び主賓の方のお話。そして校歌斉唱。お決まりのパターンである。
正直新入生は校歌斉唱以外はただ座ってるだけなので退屈極まりない。案の定隣に座っていた渚は開始五分でぐっすりだったし、俺も何度欠伸をかましたか覚えてない。あいつらはどう思ってんだろうな、これ。
そして全行程が終了し、解放された生徒と保護者達がわらわらと会場を後にする。
目立つ服装だったせいか、異世界コンビとはすぐに合流できた。
あわただしくこちらに駆け寄ってきた彼女達は、意外にも満足そうな表情を浮かべていた
「どーよお二方、初めての入学式は」
「はい! 非常に有意義なものでした!」
感想を訊いてみると、クローラが一際ぴょんぴょん跳ねながら目を輝かせて言う。
「パレードといい音楽といい、すごい迫力でもうびっくりして心が躍るというか……とにかくとにかく、これから頑張ろうっていう元気が湧いてくるものでしたよ!」
「クローラって、元王族だったからアカデミーには通ってたんだよな? その時にこういうのってなかったの?」
「まったく。せいぜい学長さんの挨拶があるくらいですね。こんな華々しさは皆無でした」
「だな。騎士団の入隊式も全員に所信表明させたり、下手すれば早々上官からの叱責が飛ぶような堅苦しいものだったが……」
「マジでか」
「ああ。だがこれはそれに比べて、なんというか、歓迎してくれてるっていうことがわかるようなセレモニーって感じがした」
「ですです。先生方のお話も『一丸となって祖国に貢献せよ』みたいな内容ではなく、私達個人を応援してくれるような内容でしたし。今までより俄然やる気が出るような気がしてきました!」
なるほどな。集団意識の強い国だと、そういう場で個々の意識は軽視されがちらしい。
「断固たる自分の意思を持て」というスローガンを掲げておきながらこれとは、片腹痛い話である。
俺たちはつまんなかったけど、異世界人にとっては退屈どころか新鮮そのものといった体験だったのだろう。
「おーいみんなー! 次は教室でオリエンテーションだってよー!」
すると、クラス分けの掲示板付近に立っていた渚が俺達を大声で呼んできた。
「おりえんてぇしょん?」
「履修……まぁ授業の受け方とか色々説明を受けたりするんだよ。そこでクラスメイトとの顔合わせとかもあるから、そこで友達とか作っといたほうがいいぞ」
「ともだち……学友ということですか?」
「おう。せっかくの機会だし、俺以外にも気軽に話せる奴とかいた方がいいでしょ?」
と言ってみたものの、二人は顔をそむけてしまった。
ありゃ、あまり乗り気ではなさそう? なんでだろ。
「私は別に……ここには馴れ合いに来てるわけじゃないし」
「クローラも、気軽に話せる人は主くん一人いればいいかなー、なんて」
うーん、そういう認識だったか。
まぁさっきの話を聞く限り、ワイヤードのアカデミーも騎士団も友情を育むようなところじゃなさそうだしな。
でもせっかくこっちの世界の大学に入学したんだ。その辺についても価値観は変えていく必要がある。
なぜなら友達を作ることというのは、馴れ合い以外にも意味を持つからだ。
「じゃあさ、こう考えてみなよ」
「?」
「馴れ合うためじゃなく、人脈を広げるために友達を作るんだって」
「じんみゃくを……」
「ひろげる?」
ぽかんとして同時に小首をかしげる二人に、俺は人差し指を一本立てて説明した。
「確かに学校は馴れ合いの場じゃないし、友達と遊びほうけて本業を疎かにするのはよくないことだ。だけど、付き合い方次第ではお前らの大きな助けになる」
「どういうことです?」
「たとえば全てが個々の判断に委ねられるのが大学って前言ったよな。でも何もかもを一人で全部こなすのは非常に大変だ。そういう時に情報を共有したり、意見を交換したり、あるいはアドバイスしあえる仲間がいるのといないのとじゃ大きく違う」
「言われてみれば……」
「学生生活に限らず、作り上げた人脈は宝だ。人と接すること、交流を深めていくことは、あとあと決して無駄にはならないぜ」
そう諭すと、二人は納得したように大きく二、三度うなずいた。
「確かにその通りだな。頼れる奴は多いに越したことはない」
「ですね。ここは私達にとっては異世界ですし。何かと不自由も多いでしょうから」
「だろ? 今が絶好のチャンスだと思って、積極的に話しかけてった方がいい」
「ん。やってみる。不安だけど」
「主くん以外の、しかも初対面の人にどう話しかけてよいものやら……」
まぁそれは一理ある。誰もがぶち当たる壁だよな。
だがそこを乗り越えられるかが今後の行方を左右するわけなのも事実。
「安心しろよ。初対面なのは全員同じだから。自信持ってどーんと行けどーんと。渚を見てみろ。誰彼かまわず傍若無人に突っ込んでくあの様はそりゃもう目を見張るものがあるぜ」
「褒めてんのかけなしてんのかどっちですか?」
ズァッ! と、いつの間にか背後に忍び寄っていた渚が低い声で言ってきた。
もちろん褒め称えてるつもりですが何か?
「ほー、そりゃ光栄っすね。じゃあえらい渚ちゃんへのご褒美としてセックスしてください」
「寝言は寝てから言え」
「いやだから一緒に寝てくれと言ってるんですが」
頼むから誰かコイツの体力削り切る方法教えてくれ、精神が持たん。
「まぁでも、あたしのこの陽キャスキルは見習っておいて損はないかもよ二人さん。群れができるまでって相当短いから、尻込みしてたらどんどん孤立してっちゃうぞ」
「そ、そうなんですか」
「うん。一人でいる奴に話しかけんのと、既にできてる輪の中に入っていくのとじゃ雲泥の差があるからね。タイミング逃さないように自分から積極的にアピってかないと」
「なるほど。善は急げというわけですね」
「そゆこと。もう誰彼かまわず『オッスオラ悟空』って言ってりゃ、いつの間にかクラスの人気者よ!」
それは別な意味で人気者になりそうだけどな。
まぁでもそれくらいの調子で臨んだ方がいいのは間違いない。
「わかりました……やれるだけやってみます!」
「うむ。このミッション、名付けて『友達を作ろう大作戦』……必ずや成し遂げてみせよう」
ふんす、と異世界人二人はそう一念発起するのであった。
さぁ、教室へと出発だ。
○
「えーっと、編入生は全員N組。集合場所は……5号館の301大教室か……」
「うーわ、よりにもよって一番遠いとこじゃないっすか。クッソだりぃわマジ」
こっちが案内書を見ながら道を先導して歩いている傍ら、引き続き異世界組は初キャンパスの風景で馬鹿騒ぎを続行。
「うほーっ! 見ろ見ろクローラ! でっかい芝生があるぞ芝生!」
「あ、これ昨日ググった時出てたやつです! 大学生はみんな、この芝生の上でくつろぎながら夢を語り合うそうですよ!」
「なぬ、そうなのか! では我々も早速座して夢語りに興じようではないか!」
「やりましょう!」
……。
…………。
……………………。
「語る夢を用意しておくべきだったか……」
「行きますか」
何やってだこいつら。
「二人共ー、そうやって呑気にしてるとアレに巻き込まれるよー!」
「「アレ?」」
不意に渚の言い放った謎の指示語に、二人は芝生から起き上がって反応した。
俺も一瞬なんのことやらと思ったが――すぐ思い出した。
そうか、入学式と言えば……アレだな。
「渚殿、アレとは一体何なのだ?」
「まぁ新入生が受ける洗礼みたいなもんだねぇ。ここから教室まではおそらく地獄が続くよー」
「地獄? ど、どういうことなのだ!」
「り、リファさん! 向こうから何かが来ます!」
どうやらクローラがいち早く察した模様。
彼女は震えながら自分たちが向かう先の方を指差す。
つられて他の三人がその方向に目を向けてみると……。
何やら大勢の人々が、慌ただしくドタドタと土煙を立てて走ってきていた。
ざっと50、いや100人以上はいる。まるで農民の一揆のよう。だがどいつもこいつも服装がバラバラだ。
サッカーのユニフォーム。テニスウェア。柔道着。白衣。デニムにインしたチェックのシャツ。
衣装だけでなく、持ってるものも様々。バットにラケット、バイオリン、天体望遠鏡、一眼レフカメラ、美少女フィギュア、将棋の駒、登山用ザック……。
何一つとして一貫性がない、てんでバラバラな集団であったが……共通している点が一つだけ。
それは全員が脇に抱えていた、大量のチラシの束。
ここまでくればおわかりだろう。
そう、サークル勧誘だ。
入学式を終えて晴れてこの学校の一員となった者達に襲いかかる魔の手。
一人でも多く引きれようと躍起になった部員達が、あの手この手を仕掛けてくる定番イベント。
「入学おめでとーーーーーう!!!!」
という祝福とともに一斉に俺達は、周囲の新入生もろともその勧誘者達の渦にぱっくりと呑まれてしまった。
「サッカー部でーす! 今日練習試合やるからぜひ見てって!」
「合気道部だよ! 第二体育館で午後から演武会やるんで来てください!」
「ワンダーフォーゲル部だよーん! 俺達と一緒に目指せ、エベレスト登頂!」
「ジャズバンドサークルです! 初心者大歓迎なので、体験入部待ってまーす!」
「そこのキミぃ! TRPG部に興味ないかい!? クトゥルフでもパラノイアでもソードワールドでも超面白いシナリオ揃ってるぜ!」
「兄ちゃん、なんか顔尾田栄一郎に似てるね! うちに来て漫画描かないか!?」
「ハンドメイド部でーす! アクセ作りやってみたいなって人いたら寄ってってねー!」
「弾幕ゲーム同好会だぜー! この部すげぇんだよ。だって、俺の知り合いにあの、日本で五番目に強い先輩いるもん、先輩! 花映塚、五番目に強い先輩!」
もみくちゃにされながら、そう勧誘文句を矢継ぎ早に投げかけられては、チラシをバシバシ押し付けられる。
さすがにこれには異世界人二人も大混乱。
「わぁーーー! 何だお前らは! 敵襲か!? ちょ、やめ――うわわ、マスター、マスター!」
「きゃーっ!! 主くーん! た、たしゅけてぇー!!」
遠くから彼女達の悲鳴が聞こえてくるが、姿は完全に見えない。
久しぶりだなぁ、あの頃を思い出す。全員何言ってるかさっぱり耳に入ってこないし、もらったチラシはどーせ全部ゴミ箱行きだってのに……みんなよーやるよなぁ。
感無量な気分になりながら苦笑を浮かべる俺は「俺新入生じゃないんで」と言ってくぐり抜け、その人混みから脱出した。
「ふぅー、危なかったー」
ぺしゃんこになるかと思ったよ。スーツもシワが寄ってるし、相変わらずすげぇ押しくら饅頭だこと。
さて、落ち着いてもいられない。クローラとリファを救出せねば。
と、思ったのだが。
「あのーすみません」
「ちょっといいですかー?」
と背後から声をかけられた。若い女の声だ。
ちっ、増援か。構ってる暇はない、さっさと追っ払おう。
「あー、俺新入生じゃないんですよー。なんで、まぁ、すみませんけど……」
と言って、俺は愛想笑いを浮かべながら振り返った。
瞬間。その声をかけてきた連中の顔を見て全身がドライアイスのように固まった。
「あー、やっぱりお兄さんだー! やっほー、奇遇だね!」
「ふふ、お久しぶりですねお兄さん。この間の夏祭り以来でしょうか」
でーたーよ例の逆ナンビッチども!
チャラ系茶髪と清純系黒髪ロングのタッグコンビ。
最初は海で、次は花火大会で。俺を一方的に口説いて連れ回そうとしたやべーやつら。二度あることは三度あるって言葉の意味を身をもって知ることになるとは思いもよらなかった。
「あんた達、どうしてここに……」
「どうしてって、このスーツ見ればわかるじゃーん」
「私達も今日からこの学校に入学することになったんです」
よく見てみると、二人共質素なスーツだったし、髪型も両者共にアップ型のポニーテールだった。そして手には大量の勧誘チラシの束。間違いなく新入生の証。
マジかよ……言葉が出てこねぇ。
「いやーよかった、知ってる人がいると安心だねー」
「これからは後輩として、よろしくお願いしますね。お兄さん」
「は、はは……どうも」
よろしくしたくねぇぇ……。
だがそんな思いとは裏腹に、二人は薄ら笑いを浮かべてジリジリと距離を詰めてくる。くそう、サークル勧誘以上に厄介なのに捕まったなぁ。
しかし道草食ってる場合ではない。俺には俺の役目がある。
「あの、俺ちょっと用事があるんでこれで――」
「えー、それってウチらより大事なこと?」
「こっちもお兄さんに用事があるんですけど、聞いてくれないんですか?」
ぎゅ。
と、両端から腕を組んでロック完了。物理的にも精神的にも逃げられない構図の出来上がりだ。
両腕に柔らかい物体が押し付けられ、心拍数が一気に上がって――ってまたこの流れかよ!
「いや、ちょ、離してもらえないかなぁー……」
「ウチらさぁ、これからオリエンテーション受けに行かなきゃいけないんだけど、教室の場所がわかんなくてぇ」
「この学校広いし、私達二人揃って方向音痴なんです。ですからこの通り迷ってしまって。よければお兄さん案内お願いできないですか?」
「上級生なんだから下級生助けるのはトーゼンだよねぇ?」
「ですねー。それに一緒にいれば、勧誘除けにもなりそうですし」
人を引きずったままアクセル全開で走行するんじゃないよ。精神的にもみじおろしにする気か貴様ら。
くそ、こんなところリファ達に見られたらそれどころじゃない。前回まではまだよかったけど、今回は事情がぜんぜん違う。
だって俺は……。
「ごめん」
俺は連行していこうとする二人に逆らって足を止めた。
そして半ば強引に腕を振りほどくと、彼女達から身を離してきっぱりと言った。
「俺、付き合ってる人いるから!」
「「付き合ってる!?」」
口を大開きにして驚愕する逆ナンガールズ。
よっしゃ、効果てきめんだぜ。さすがにこれ言っておけば諦めるだろ。いくらなんでも彼女持ちの人間にアタックするようなことはしてこないだろうし――
「やだもう気が早いよお兄さーん。ウチらまだ告白されてもいないのに! 恋は焦っちゃダメだぞ~★」
「それより、どっちと付き合ってるつもりだったんですか? まさか両方? うふふ、欲張りさんですね。まぁ別にそれでもいいんですけど……」
♪俺 の 話 を 聞 け ぇ!!
横山剣みたいに心中で声高に叫んだところで、その歌声は届くはずもなく。
二人は意地の悪そうな笑顔で、俺の手を両側から指まで絡めて握ってきた。
「まぁまぁ、そのへんは後でゆっくり話し合って決めればいいじゃん。てなわけでお兄さん案内よろ~」
「お兄さん、終わったらみんなきっと疲れてるでしょうから、どこか休める場所に行きません? カラオケとかネカフェとか」
「ちょ、待っ……」
ガシッ。
と、そこでスーツのネクタイが、茶髪でも黒髪でもない何者かに引っ掴まれた。
「ぐぇ」
首が絞まって変な声が出た俺はその何者かを見る。
誰だ? もしかしてリファ達……? と思って恐る恐る正面を見た俺は再度全身が硬直した。
グレーのスーツに、ボブカットの黒髪。
黒縁眼鏡をかけた、良くも悪くも地味な感じの若い女の子。
どこにでもいそうな、至って普通の人なのだが、俺は焦りと驚きを隠せなかった。
「八越……さん?」
八越未來。
先日俺のアパートに引っ越してきた、新しい住民。
少し暗めで人見知りしがちではあるものの、周囲のポンコツガールズに比べたら素直で礼儀正しい御方である。
どうしてこの場にいるのか、と思ったが愚問だった。
なぜならこの人もクローラ達と同じく、この秋に岩倉大学に入学する新入生だからだ。
そんな彼女がいきなり正面に現れ、先述の通り俺のタイをカツアゲでもするかのようにギリギリと掴みあげているのである。
「ちょ、何あんた……誰よ?」
「……」
驚いたのは逆ナンガールズとて同じであり、茶髪が焦り気味にそう言った。
しかし、八越さんは答えない。言葉どころか息遣いさえ聞こえてこない。しかも表情は前髪に隠れて見えないため、かなり不気味に思えた。
この感じ……そうだ。初めて会った日、何か急に態度が豹変したあの時と同じ……。
「な、なんですか? 私達今お兄さんと――」
黒髪が俺の手を握る力を強めながら、そう食って掛かろうと口を開いた瞬間である。
ぐぃぃっ、と八越さんはものすごい力でネクタイを引っ張って自分の方に俺を引き寄せた。
女の子のものとは思えない、まるで柔道の選手に技をかけられてるみたいだ。
「わわっ」
「きゃっ」
逆ナンコンビはたちまちよろけて、俺への拘束を強制解除させられてしまう。
強引かつ迅速な救出劇――と言っていいのかどうか……。とにかく八越さんは俺を彼女達から奪い取ると、早足でその場から離脱した。
「ちょ、八越さん? あの――」
「……」
返答なし。こちらに顔すら向けずにズンズンと構内を駆け抜けていく。
やばい、何か知らんけど暴走してる。早いとこ止めないと。
「八越さんちょっとタンマタンマ――苦しいって、首が!」
バシバシとネクタイを掴む手首を少々強めにひっぱたくと、眼鏡地味子はその場で急ブレーキをかけた。
おかげで首絞めからは逃れたが、勢い余って彼女の背中にぶつかってしまった。まったく、何もかもが突然すぎる。
「あ……」
そこでようやく八越さんはヨレヨレになったネクタイから手を離した。
咳き込んだり肩で息をしたりして呼吸を整える俺に、彼女はすぐさま頭を下げてきた。
「す、すすすすすすすすみません! むが、あの、無我夢中で……申し訳ありません!」
「あ、いや……大丈夫」
「ずっと話しかけるタイミングを見計らってたんですけど……変なのに絡まれてるのを見たら、いてもたってもいられなくなって……それで」
そこまで必死になる理由がよくわからんが……でもちゃんとお礼は言わないとな。
「そっか。ありがとね、おかげで助かった」
「い、いえいえ当然のことをしたまでです。あ、ちょっと手出してください」
「手?」
「はい、ちゃんと綺麗にしませんと」
八越さんは肩にかけていたやや大きめのバッグのポケットからゴソゴソと何かを取り出した。
目を細めて見てみると……なんてことない市販のウェットティッシュだった。それを一枚素早く取り出すと、彼女は俺の手を取ってそれをまんべんなくこすりつけた。
「消毒消毒、汚物は消毒……」
ごしごしごしごしごしごし……。
八越さんは掌から甲、指から爪の間まで丁寧丁寧丁寧に拭いてくれる。
が、あまりの突飛な行動に俺の頭は無数の?で埋め尽くされていた。
「えっと……八越さん?」
「ダメ……全然落とせてない。臭いが消えてない」
「え?」
臭い? 消えてない? なにそれ、ちゃんと毎日手は洗ってるんですけど!
自分で手を嗅いでみるけど、完全に無味無臭である。うん、大丈夫大丈夫。でも目の前の女の子はものすごい険しい表情で、またバッグの中をまさぐってる。
あれ、これもしかして遠回しにお前不潔だよって指摘されてるのかな。若干傷つくなぁ。そんなに露骨にしなくってもいいじゃないか……。
なんて思ってたら彼女が次に取り出したものは……。
エタノールのスプレー。
今や公共施設なら色んな所に置いてあるアレである。
「……これで消えるはず」
「ちょっと――」
有無を言わせず、八越さんはウェットティッシュをもう一枚取り出してそこにエタノールをぶちまけると、再び俺の手に擦りつけてきた。
「消えて消えてさっさと消えて消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ……」
「……」
なにこれ、オペごっこ? 執刀医かなんかか俺は。だとしたらこんな雑菌だらけの屋外でこんなん意味あるの? ていうかアレって手袋してやるもんじゃなかったっけ? どうでもいいが。
「――よし、綺麗になりました!」
「お、おう。どうも」
三十秒くらい経って、ようやくそのガバガバオペごっこは終了した。
やりきったように満足そうな笑みを浮かべ、八越さんはさっきまでの儚げな雰囲気の少女に戻った。
何だったんだよマジで今の……もしかして潔癖症なのかな? 次会う時は気をつけよ。
「あ、そうそう入学おめでとう。これからもよろしくね」
「ふゃっ!? は、はい……よろしくお願いします。その……こいび――じゃない、後輩として、ハイ」
キョドったように彼女は返事をすると、ガクガクと何度もまたお辞儀を繰り返した。
この娘もこの娘でなんか落ち着かないというか、周囲の状況によって不安定になる部分があるよな。今のといい、この前の時といい……あ、まだそのこと謝ってなかった。
「あの、こないだの引っ越しの時何か失礼なこと言っちゃったかな? なんか怒って急に帰っちゃったから心配で。本当ごめんなさい」
「へ? い、いえいえいえいえ! そんなことないです! すごく嬉しかっただけです! だから余計に許せなくて……それで」
「お?」
「な、ななななんでもないですなんでも!」
今度は首を横にねじ切れるくらいにブンブン振る。何かと首から上が忙しい人だな。
「そ、それにっ! わ、私の方こそ何か失礼やらかしませんでしたでしょうか?」
「八越さんが? 全然、そんなことないよ」
「そ、そうでしたか……」
当たり前だよ。こんな純粋無垢で人が良さそうなのに。失礼なんて、最も遠い言葉じゃないか。
「私……見ての通りテンパる癖があって。なんか知らない間に変なこと言ったり人が変わったようになってしまうから。ちょっと心配で」
前言撤回。
完全にさっきの分析ドンピシャじゃないですか。自覚があったとは驚きだぜ。
あんまし仲の良い友達とかいなかったのかなぁ。もちろんそんなこと本人には訊けないけど。
とは言え、誰にだって欠点の一つや二つあるもんだし、あのポンコツどもに比べたらちゃちなもんだ。
「大丈夫大丈夫。八越さんはきっと環境に慣れてないだけなんだと思うよ」
「環境、ですか?」
「うん。今はこうでもちょっとずつ交流を深めていけば、いつの間にか自然に振る舞えるようになるはずだから。別に家族に対してもそんな感じなわけじゃないでしょ?」
そう言うと、不安そうにしていた彼女の顔に少しだけ光が差した。
「そう……ですよね。確かに家族相手だと、気兼ねなく接することができますから。そんな人が増えていけばいいなとは思います」
「でしょ。せっかく大学はいるんだからサークルとかゼミとかで――」
「ではあなたと交流を深めてもいいですか?」
突然俺の言葉を遮って八越さんはまっすぐな目を俺に向けた。
いつもの可愛らしい表情ではあったのだが、なんだか瞳だけは吸い込まれそうな闇に染まってるような……ちょっと不気味だなと一瞬思ってしまった。
「お、俺と? うん、そりゃもちろん。喜んで」
「本当ですか?」
瞬き一つせず、八越さんは食い気味に肩を寄せてきた。
心なしか若干声色も変わってるような……どうしよう、早速悪い癖出ちゃってるよ。気の置けない友達がそんなに欲しかったのか、ちょっと躍起になってるのかなぁ。
そのちょっと豹変モードに入ってる彼女は、とうとう俺のジャケットの裾を軽くつまむと囁くように言った。
「嬉しいです……私と家族になってくれるのですね?」
……おいおい。
「いやいや、いくらなんでも飛躍し過ぎだって。少し落ち着こうよ、そういうとこだよ?」
「……そうですね、すみません。確かに気が早すぎましたね」
ぱちんと両手で自分の頬を軽くはたき、八越さんはプチ暴走を停止した。
難はありかもだけど、自分で制御できることのは立派なことだ。
「ところで八越さん」
「未來でいいです」
八越さんが少しだけ俺の前を行きながら言った。
「こ、これから交流を深めるのなら、名字呼びはよそよそしいです。せめて名前で呼んでくれるくらいはしていただいても……その、バチは当たらないかと」
「お、おう」
「い、いえむしろ……名前呼びしないとバチが当たるくらいかと!」
「マジっすか」
まだ会って間もない女の子をファーストネームで呼ぶのは気が引けるが、彼女の言うことも一理ある。努力しなきゃいけないのはこっちも同じだしな。
俺は小さく咳払いし、新しい後輩の背中に呼びかけた。
「未來……さん」
「……」
返事してくれない。
つーん、としたままそっぽを向いたまま。
ありゃ、聞こえなかったかな?
「未來さーん?」
「……」
つーん。
と、またもや無視。
あやや、本当に機嫌損ねちゃったのかなぁ。
「さんは余計です」
「はい?」
「だ、だから……さんは要らないと言ってます」
呼び捨てにせよと。それはもっと気が引けるというか……。
「す、少なくとも呼び捨てにする以外に生きる道はないと思います」
「マジですか」
「マジです。呼び捨て or Alive です」
生きる道思いっきり残っとるやんけ。ツンデレかよお前。
「と、とととととにかく! 呼び捨てじゃないと、私は嫌……です」
「そんなに?」
「呼んでくれないと舌噛んで死にます」
生きる道がないのお前の方かよ。
しょうがない、こんなところで死なれても困る。ここは思い切って――。
「……未來」
ティロン。
「……録れた……ふふ、録れた……」
「……」
「はい、なんでしょうか」
「なんか今あからさまに反応遅かったよね? 絶対呼んでから返事するまでにワンクッション挟んだよね?」
「そ、そんなことないですよ。このくらいのラグは誤差です」
誤差。
「あ、あのあの、あのですね。音の震えは空気中の温度が低くなるほど伝わるのが遅くなるんです。最近は秋になって気温も下がってきてるので、これだけ聞こえるまでに間隔が開くんですよ」
「あーそーゆーことね完全に理解した」
これ以上問い詰めても無駄だということがな。
「じゃ、まぁ……そんなわけで、これからは……未來、でいいのかな」
「はい。それでお願いします。も、もはやそれ以外の呼び名は許されませんので」
「許されないんだ」
「許されないです」
きっぱりそう言い張ると、八越さ……じゃない、未來はこちらを振り返った。
「で、では、今後共よろしくお願いします。先輩」
「……」
先輩。
せんぱい。
せんぱいぱいぱいぱぃ……。
エコーのように俺の鼓膜がその呼び名に震えて脳に伝わる。
なんだろう。ごく普通の呼び方なのに……妙に心地よい響きだ。
「やつ……じゃなかった未來」
「?」
「もっかい呼んでみてくんないかな?」
「? せ、先輩?」
「もっかい」
「先輩」
「もっかい!」
「先輩!」
「もっかいもっかい!」
「先輩先輩せーんぱい!」
あぁ~耳が癒やされるわぁ。
こんな可愛い後輩に上目遣いで呼ばれる……ギャルゲーじゃないけど、俺今すげぇ幸せだわ~。
「センパァイ」
「死ね」
「なんか最近扱いひどくないっすかあたし!?」
いきなり耳元でキモい声で囁いてくるからです。
俺はまたまたいつの間にか背後に立っていた渚に振り向く。
少し髪は乱れ、彼女にしては珍しいシンプルなスーツは、衿がくしゃくしゃになってた。表情も心なしかげっそりしてら。
そんな渚に生暖かい息を吹きかけられた耳穴を小指でほじくりながら俺は言う。
「よく切り抜けられたな。半年前は全サークル分のチラシもらってやっと解放されたとか言ってたのに」
「ったく、大変でしたよもう~、ぺしゃんこになるかと思った。ってかどさくさに紛れてお尻触ってくる奴いたし……最悪」
「マジで? 大丈夫だったか?」
「全然大丈夫じゃないっすよ。こりゃぁもうセンパイに抱いてもらって嫌な思い出を忘れさせてもらうしか――」
「いやお前じゃなくて、クローラとリファの話」
「こっちガン無視!? あたしが一体センパイにどんな悪さしたっていうんですか!」
「今まで何もしてないって本気で思ってるならそれが一番の悪行だよ」
「あ、でもこれって新手の放置プレイともいえるのかな? そう考えるとそれはそれで興奮するぜウェヒヒ」
「うん全然大丈夫そうだね」
さて、忘れかけてたけどクローラとリファの捜索を再開せねば。
あいつらサークルがどういうものかまだ知らない上に、どっちも頼まれたらはっきりNOと言えないような性格してるからな。勝手に誘われるままどっかについて行く前に連れ戻さないと。
と思っていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
向こうの方からヨタヨタとおぼつかない足取りで歩いてくる人影が二つ。
きらびやかな振袖を着たくせっ毛と、ヒラヒラのセーラー服を着た金髪。
俺はその姿を見てほっと息を吐くと、彼女達のもとに駆け寄った。
「クローラ、リファ……どうしてここに? 自力で脱出を?」
「ええ、何とか……クローラは大丈夫です」
「ふ、ふん。あの程度の奇襲、このリファレンスにかかればどうということはない……」
と言っているが、どちらも疲弊しきってる様子。
俺と渚は二人が抱えていた大小のチラシの束を受け取ると、代わりにペットボトル入りの水を渡してやる。
「でも一体何だったのだ……ぶかつだのどーこーかいだの、わけがわからん」
「私達を招き入れようとしていたことだけはわかったのですが」
「サークルだよ。この学校で趣味とかスポーツとかをやる人で構成された集団のこと」
「しゅみ? すぽーつ? 学業に励む場でなぜそんなものを……」
水を一気に飲み干したリファは肩で息をしながらもっともな疑問を口にした。
それに対し渚はチッチッと指を振って自慢げに言う。
「わかってないねぇ。机に向かって勉強するのだけが学生生活ってわけじゃないってことよ」
「は?」
「普通に授業でて勉強はするけど、それで一日が終わるってわけじゃない。大学って結構自由な時間ができるもんなのよ。その時の過ごし方の一種ってわけ」
「要は暇つぶしってことですか?」
「まぁざっくり言えばね」
クローラの確認に渚は肩を竦めて答えた。
「もちろん余暇だから、何をするかは個人の勝手だよ。授業の復習するとかして全部勉強に費やすもいいけど……それだと息が詰まっちゃわない?」
「それはまぁ、そうかもですけど……」
「でしょ? 勉強以外の時間をどう使うかって、ぶっちゃけかなり重要なことだよ。だってその時でしかできないことがたくさんあるんだもの」
「その時しかできないこと?」
「そーそー。その代表例がサークル活動なのよ」
手に持ったチラシを何枚かめくりながら渚は話を続ける。
「サッカー、柔道……こういうスポーツは学業と並行して体力をつけたいって人がやってる。こっちの軽音部や手芸部は、学問とは別に音楽や裁縫の腕も磨きたいって人が集まってるし。こっちの卓上遊戯部やTCG部みたいに完全に遊びに特化した活動がしたいって人達もいる」
「なるほど……まぁわからなくはないですが」
「だが渚殿、そういうのはわざわざここでやることか? やりたければ一人でやればいい話だと思うのだが……正直関連性が見出せないというか……」
「意味があるのは『それをすること』じゃないよ。『それを一緒にやる仲間を見つけること』なんだよ」
「なかま……」
戸惑う彼女達に俺も水で喉を潤しながら補足した。
「さっきも言ったろ。友達を増やして人脈を広げることが大事だって」
「……あぁ」
ぽん、とそこでいち早く察したクローラが手を軽く叩いた。
「なるほど……そのための機会というわけですね」
「ああ。これだけ大勢の学生がいる。自ずと同じことをやってみたいって人は見つかるはずだ。そういう人と協力したり、助け合ったりすることは一人でやるよりずっといいはずだろ」
もちろん何がしたいかを決めるのは己自身。そういうところも個々の判断が全てなのは変わらない。
だが、こういう活動は後々のキャリアに影響するもの、今後のためにも二人にはちゃんと考えてもらわないとな。
「それにこれだけの設備もあるし、ある程度学校も支援してくれるし。利用しないのは勿体ないだろ」
「むぅ……言われてみれば確かに」
リファもチラシに目を配らせながらそう同意した。どうやらある程度理解は示してもらえたようだ。
「まぁこれだけ色々あると結構迷いそうだけどな……」
「急いで考える必要はないさ。時間はたっぷりあるし、じっくり考えて決めればいいよ。それと――」
「あ、あのっ!」
その時突然今まで黙っていた未來が声を上げた。
彼女はもじもじと何か言いにくそうにしていたが、やがて意を決したように尋ねてきた。
「あの、先輩は何かサークルには所属してないんでしょうか」
「え? 俺?」
「はい……見たところ、先輩は新入生に勧誘とかしてないので……帰宅部なのかなぁーと」
「……あー」
俺は口ごもって目線をそらす。
そういえば誰にも言ってなかったっけな。さて、どう説明したものやら。
「えっと、俺はね……」
頭の中で整理しながら、順序立てて説明しようとしたのだが。残念ながらそれは中断せざるを得なくなった。
なぜなら。
「おーい! こっちにまだいたぞ!」
「五人もいるぜ! よっしゃ全員まとめて確保やぁ!」
「一匹も逃がすなぁぁぁぁぁ! 何が何でも引き込めぇ!」
ドドドドド! とイナゴのごとく押し寄せてくるサークル勧誘の大群。
それを見た全員の顔が一斉に青ざめる。俺の話どころじゃないのは明白だ。
「ここは逃げるぞ! 八越さん、話はあとで! 教室一人で行けるよね?」
「え? あ、ちょ、待って――」
「よし、クローラとリファは俺に続け!」
「はいです」
「あいわかった!」
「渚は囮になって奴ら引き付けとけ! 頼んだ!」
「がってん――って、あれ!? あ? んん!?」
「よっしゃ行くぞぉぉぉぉぉぉぉぇっ!!」
未來と別れ、渚を大義のための犠牲にしたところで一旦解散。
俺達は全力疾走でその場を後にした。
0
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