異世界の女騎士と女奴隷が俺の家に住むことになったがポンコツだった件

コペルニクス

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レベル50.女騎士と女奴隷と新しい日々

4.女騎士と女奴隷と入学(後編)

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 それから数分後。

「ふぅ、ふぅ……ちょっと主くん……少し、休ませてくらはい」

 敷地内を走っていると、息を切らしたクローラがかすれ声でそう懇願してきた。リファも無言ではあったが、かなりつらそうな表情をしている。
 無理もない、勧誘から逃れるのに相当体力を使った直後に、こんなマラソンさせられちゃへばるのは当然だ。
 加えてオリエンテーション場所である5号館は、講堂からおよそ1キロほどの距離にある。まだまだ先は長い。
 まだ開始まで時間はあるようだし、勧誘軍団はもう追ってきていない。少し休んでも問題はないだろう。
 俺達はその辺にあったベンチに並んで腰掛けて一息ついた。

「まったく、初日なのに驚きの連続ですね……大学って」
「ああ、何もかも知らなかったことだらけだ」

 背もたれに背中を預けながら、二人は感慨深そうに言った。
 確かに、今までの暮らしじゃ触れてこないようなことばかりだからな。

「でもまぁ、それをこれから知っていくためにここで学ぶんですよね」
「そうだな。無駄にしないように頑張らないと」

 これから始まる新たな生活とそれに対する意気込みを聞き、頑張れよと小さくエールを送ろうとしたのだが。
 それは俺達の誰のものでもない声によって邪魔されてしまった。



「井の中の蛙……とはこういうことを言うのかしらね」



 ハスキーで落ち着き払った女の声。
 やや高飛車な、相手を見下したような声。

「くっくっく。こんなところに誰かいると思ったら……なんだ、戦闘力たったの5のゴミどもじゃない」

 現れたのは、不敵な笑みを浮かべた一人の少女。
 長い灰色の髪をツインテールにして先っちょはカールでぐるぐる巻きに。白い肌にルビーのような赤い瞳。身に纏うのは、ダークなオーラ漂うコテコテのゴスロリ服。
 そして極めつけに、手に持った凄まじく分厚い巨大な本。

 そいつの姿を見て、俺らは息を呑んでベンチから立ち上がる。
 この見るからに不思議で不気味なこの女。
 奴の名は――!

「出たな、マイケル・アリアス!」
「出ましたね、風呂敷さん!」
「出やがったな、ぐ~チョコランタン!」
「エイリアス・プロキシ・スプーフィングよ!!! 何回言わせりゃわかんのあんたらはぁっ!!」

 不敵な笑み、崩壊。
 ものっそい牙を剥いてゴスロリ少女大激怒。
 地団駄を踏みながらその分厚い魔導書を地面に叩きつけた。

「ったく、人生史上最大の侮辱だわ。三連続で名前を間違えられるなんて」
「だって長いし覚えづらいしおすし」
「どう考えてもわざとでしょ! 全然原型留めてないじゃないし、どーせ覚える気がなかっただけなんじゃないの!」
「バレたか」
「ぐぬぬ、この愚民どもが……」

 歯ぎしりをしてマイケル……いや違う、えー風呂敷、じゃないや、あー、そうそう、スプー、でもない……とにかく彼女は俺達を睨みつける。

「まったく、この間の一件といい、どこまでコケにすりゃ気が済むわけ? あたしは麗しきスプーフィング家の令嬢にして、ワイヤードの帝王なのよ!」
「おー、それだそれだ」

 そこに反応して、リファはセーラー服のリボンを緩めながら立ち上がった。

「あの後ようやく気づいてな。我々は貴様に敬意を表する気などないが、それは貴様が王の器にふさわしくないからだと思ってた。でもそもそもの話、貴様が王の器だろうがなかろうが、ましてや本当に王であったかそうでないかなど、まったくもって関係なかったのだなこれが。だろ、クローラ?」
「そうですね」
「な!? どういうことよ!」
「だって――」

 憤慨する彼女に向かって、クローラとリファは同時に令嬢様を指さして端的に言った。

「「そっちももう死んでるじゃん」」

 そーなんだよ。
 ワイヤードの帝王って肩書ばっかりに注意がいってて気づかんかったが、仮にこいつが王であったとしても、この日本国においてはただの一般人。内閣総理大臣でもないのに偉そうに言われる覚えはないというわけだ。
 それにあっちの世界だって、もう次の帝王を決めてる頃だろうし。もうその地位を名乗っても何の意味もない。

「な……それは……」
「こちらの世界では、私はもうワイヤードの騎士ではなく、マスターのパートナーだ。彼以外に付き従う義理などない」
「クローラも同じです。主くんにしか仕えるつもりはありませんので」
「……くっ、あんた達ねぇ」

 毅然とした態度で言う二人に、わなわなと拳を震わせるゴスロリさん。
 ここでまたこないだみたいにブチ切れて攻撃してくるのかと思ったが、すんでのところで矛を収めてくれたようだ。そして横髪をかき上げると、内心焦っているのがミエミエな震え声で余裕ぶる。

「ふ、ふんっ! ベッ、別にあんたらを服従させに来たわけじゃないし! あたしの目的はあなたよ!」

 ビシッと俺を指さして彼女は声たかだかに呼ぶ。

「どう? あたしの婿になる決心はついた?」

 まーたそれか。
 先日、突如として俺らの前に現れた彼女は突如として俺にプロポーズをしてきた。
 なぜ、一体どんな目的で、よりにもよって俺を夫に従っているのかは定かではないが、とにかく今俺は猛烈なアタックをこの女から受け続けている。

 ではひとまず初求婚時の回想をご覧いただこう。


 ○

「あなた、あたしの婿になりなさいっ!」
「イヤです」

 ○

 ハイ終わり。
 当たり前だろ。何でこんな女と結婚せなあかんねん。

 自分のことを王と呼ぶ。
 初対面の人間を見下しにかかる。
 平然と暴力振るう。
 服装が痛い。
 貧乳。

 どこをとってもマイナス要素しかない。結婚生活は長い会話とニーチェは言っていたが、こんなのとは一秒とて続く気がしねぇわ。
 第一俺には既に恋人がいる。
 ここにいるクローラと、リファ。かけがえのない、大切で愛おしい存在。彼女達を差し置いて別のやつに心移りする気など毛頭ない。既に二股かけといて何言ってやがるとかいうツッコミはナシで頼むぜ。

 ってことを説明したと言うのにこいつときたら……。

「やっぱり、流石に突然過ぎて混乱しているのよね。確かに一般庶民があたしみたいな高貴な身分の者と結婚しろと言われたら、戸惑うのも無理はないわ」

 ほーらこれだ。都合のいいように解釈して、アタックをやめる気配がない。
 自分の旦那になることをありがたく思わない奴などいないと、大方そう信じて疑ってないんだろう。要はただのKYもしくはDQNだ。強いて言うなら渚から下ネタ引いて中二病プラスした感じ。
 クローラもリファも最初は嫉妬故に憤慨していたが、流石に恋のライバルと認めるに値しない人間だと気づいたのか、返って憐憫と嘲笑の感情しか湧かなくなったようだ。
 初邂逅時は、できれば協力しあえたら、とか言っちゃったけど、それを曲解してこういうこと言ってきてるんなら大誤算だわ俺。この先もこの調子だと体力が持たないよ。
 途方に暮れていると、ゴスロリが俺の顔を覗き込みながら頬を膨らませた。

「ちょっと、聞いてるの? 少しは返事くらいしたらどう?」
「聞いてるよゴリ」
「ゴリッ!? ってなんなのよそれ! あたしはエイリアスだってば!」
「あーはいはい、わかったよエイリアス」
「エリアでいいわよ」

 面倒臭そうに言っても、彼女は一瞬で機嫌を直すと胸を張って鼻息を荒くした。初めて名前を呼ばれたことがよほど嬉しかったのだろうか。

「近いうちに夫婦になるんですもの。フルネームで呼んでちゃ堅苦しいにもほどがあるわ」
「そうかエイリアス・プロキシ・スプーフィング。よろしくな。ところでこんなところまでどうやって来たんだエイリアス・プロキシ・スプーフィング。お前在校生でもないだろエイリアス・プロキシ・スプーフィング」
「意地でも堅苦しい関係のままでいる気なの!?」

 はぁーと重々しく息を吐くと、エイリアス……もといエリアは腕を組んで説明を始めた。

「あんたらと同じ、あたしもこのだいがく? とやらに入学することになったのよ」
「「「ちっ」」」
「なんなのその舌打ちは!? ここは普通驚くとかするところでしょ!」

 正直驚きより不快な気持ちの方が上回ってたもんでね。
 でもこいつも入学というのは別におかしくはない。だって現にクローラとリファがこの大学に通うことになったのは他ならぬ死者処理事務局の仕業。だとしたら同年代である彼女にも同じ措置をとるのも自然な話だ。

「光栄に思いなさいよね。このあたしと同じ学び舎で共に修学できるんだから」
「マスター、この学校辞めたい」
「クローラもです」
「でもそうすると俺とこいつが二人きりになっちゃうかもだぞ」
「「じゃあ通う」」
「いい子だ」
「あんたら人をおちょくってそんなに楽しいわけ!?」
「でもよく考えたら、この人のためにクローラ達が辞めるのもおかしいですよね。いっそのこと彼女が辞めてくれれば万事解決……」
「クローラお前天才だな。おい貴様、悪いこと言わんからとっとと退学しろ」
「するわけないでしょ! 入学初日に退学とかどんなお笑いよ!」

 地団駄踏んでエリアはゼハゼハと息遣いを荒くして俺達を睨みつける。

「あたしはあなたを婿にするって決めたの! 夫婦たるものいついかなる時も共に過ごさねばならない。それはたとえ学び舎とて同じ。こうして一緒にいればあなたも決心がつくでしょ?」
「なぁ。貴様はなぜそこまでしてマスターに取り入るのだ? そんなに亭主を求めて一体何がしたい?」

 膝に肘をついて頬杖をつくリファはどうでもよさそうにエリアに問いただすと、彼女は待ってましたと言わんばかりに鼻を高くした。

「愚問ね! トーゼンあたしの帝国、ワイヤードを再建するためよ!」
「は?」
「確かにあたしは向こうの世界では死んだ身。だけどあたしの知能と、そしてこの魔導の力は今ここに顕在している。これだけであたしの目指すワイヤードの土台は整っているも同然。あとに残っているのは……」

 そこで再び彼女は俺をビシッと指差す。毎度毎度失礼なやっちゃな。

「あたしに相応しいパートナーと、そこから生み出される優秀な一族! あたしの知識とアイデアは子々孫々に受け継がれ、やがてはこの世界に第二のワイヤードが出来上がるって寸法よ!」

 意気揚々に語ったところで、俺達三人はしらけるだけであった。
 正直いつ釣り宣言してくれんのかなって本気で期待してるんだが。本気で言ってるんだとしたらガチで頭どうにかしてるレベルだよ。

「バカバカしい。貴様、自分が何のために転生してきたのか忘れたのか?」
「な、何よ? 何のためって、今言ったじゃない。あたしはあたしのために――」
「違うだろ。私達転生者の目的は――」
「『この世界で一般的な暮らしができるようにすること』であったはずですよ」

 その通り。
 文化や技術を新しく学んでいく中で価値観を見つめ直し、自分がこの世界で順応するためにはどうすればよいかを模索して実践していくのが転生者自身に課せられた使命であるはずだ。
 なのに生まれ変わってなお元の世界の道理を押し通そうなど、本来の道から逸れて――いや、逆走しているのと同じ。

「な、何を言ってんのよ。生まれ変わって何をしようが勝手でしょ? なんであんたらに正しい目的がどうこう言われなきゃいけないの!?」
「勝手も何も。貴様だって、死者処理事務局から審判を受けたのであろう? そこで生きるための職業
ジョブ
 を選ぶ。それが転生のシステムではないのか?」
「し、ししゃしょり? じょぶ……? 何?」 
「え?」
「は?」
「ん?」

 ……。
 全員の動きが止まった。
 あれ、話通じてない?
 エリアの眉はひくついていて、まるで理解できてない様子。何でだろう、難しい話ではないし、むしろ転生者ならごく当たり前のことのはずだが。

「そ、そそそそんなこと承知の上だわ! あえてよあえて! あたしの野望はそんなことで潰えないのよ。目的のためには誰の邪魔もさせないし、何にも縛られない! それがこのあたし、エイリアス・プロキシ・スプーフィングなの!」
「……」

 再びしらける俺達。
 するとクローラが目を閉じて呆れ気味に言った。

「まったく可哀想ですね」
「は? どこぞの者とも知れん輩に憐れまれる覚えないんだけど?」
「あなたではないです。あなたのパートナーです」
「パートナー?」

 と呆けた声を上げて、エリアは俺を見るがクローラは首を横に振った。

「何をとぼけてるんですか? 死者処理事務局に提示された職業
ジョブ
 を選んだ際、それに見合ったパートナーをあてがってもらったはずですよ。」
「……え? あ、あー……ん? え? えっと……」

 また言葉に詰まってしどろもどろになるエリア。一体どうしちまったんだろう。
 右往左往してしまっている彼女に、クローラは苛立たしげに追加で質問した。

「その人は右も左も分からないあなたに色々お世話してくれたのではないのですか? 今あなたが住んでいる家も、元々はその人のものですよね? 誰なんです、その人は」
「ん? ……あ、あーあーあー! パートナー、パートナーってそれね! あーなるほど、やっとわかったわ。ほ、ほらアレよ。あんたらもよく知ってるでしょ……あの、ほら……」

 ようやく理解したように彼女は嬉々として手を叩いた。だがまだ動揺は抜けきれてないみたいようで、少し噛み噛みで自らのパートナーを明かした。

「あいつよ……その、やつ、八越未來!」

 ……。
 …………。
 ……………………。


「マジかよおおおおぉ!!?」
「なんでさっきより驚いてるのよ、もぉ!!」

 そりゃ驚きもするわ。まさか彼女だったとは……全然そんなこと話してないから気づかなかった。
 まぁ彼女もまさかもう一組転生者とパートナーがいるなんて思いもしないだろうしな。
 いや待てよ。最初俺達が彼女に挨拶した時、クローラとリファはワイヤード出身だと名乗った。ってことは……あの時点ですでに気づいていた?
 じゃああの後急に血相変えたのって、それが理由?
 なんだ、そういうことだったのかー。余計に心配しちゃったよもう~。じゃあ本当に俺が変なこと言ったせいじゃなかったんだね。あーよかった、肩の荷が下りた。
 それにしても未來ってすごいなぁ。女手一つで、こんな自称帝王とか言ってる香ばしい令嬢様を世話してるなんて。

「ちょ、何言ってんのよ……褒めたって何も出ないんだからね!」

 オメーじゃねーよ。香ばしいの意味わかってんのかこいつ。

「ま、あいつもあいつで役に立っちゃいるけど。所詮はあたしの目的のための捨て駒でしかないわ。あたしはあたしの知識をこの世に広めていくっていう大義があるの。この世界の技術や文化なんて取るに足らないものなんだから学ぶ必要なんてないわ」
「そうかぁ? 私に言わせれば随分しっかりと研究しているように見えたがなぁ」
「はぁ?」

 片眉を釣り上げて威嚇してくるエリアに、リファは意地の悪い笑みで対抗しながら言った。

「貴様と初めて会った時、最初に私に食らわせようとしたあの炎の技……『火拳』って、あれは『ワンピース』のポートガス・D・エースの技だろ?」
「……」
「次の雷のエレメントを使用したのは……『雷掌イズツシ』って確かに言ってたな。あれは『HUNTER×HUNTER』のキルア・ゾルディックの念能力だ」
「な、ななななななにを……」
「ていうか、そのワイヤードでは見ないような服装だって、もしかして『ローゼンメイデン』の水銀燈のマネではないのか? 『乳酸菌摂ってる』って煽りも元はあいつのセリフだし」 
「こ、これは……その!」
「大体、私の片目をあの本で塞いで、死角になった方向から攻撃を仕掛けてくるあの手口……『推理の星くん』のブラックナイフが使う盲点を利用した技だろ? もっとも、バッチリ貴様の腕は見えていたから余裕で回避できたわけだが」
「なんでそんなマイナーなのまで知ってんのよ!!!」

 我慢しきれなくなったように彼女は顔を真赤にして喚いた。
 完全勝利したリファは大仰に鼻で笑って足を組んだ。

「舐めるなよ。漫画ならマスターの家に腐るほどある。それを余すところなく何度も読み込んだ私に見抜けぬものなどない」
「くぬぬぬぬぬ……」

 歯を食いしばって悔しがるエリアとは対照的に、リファは手をひらひらさせながら煽り全一で続ける。

「そう怒るな。貴様も好きだからこそ、そこまでの知識を有しておるのだろう? ましてやそれを現実で再現してみようと試みる好奇心……私は嫌いではない」
「う……」
「要するに、結局この世界に来た以上、どんな奴でもそこにある文化や技術には染まらざるを得ないというわけだ。わかったらくだらない野望は捨てて素直に――」
「うわあああああああああ!! 覚えてろーっ! 地を這い泥水すすってでも戻ってきてやるーッ!!」

 唐突にエリアは泣き出すと走って行ってしまった。
 その背中はぐんぐん小さくなって、途中ですっ転んで……悔しそうに立ち上がり、こちらを一瞬振り返って、今あそこの角を曲がりました。以上中継でした。

「行ってしまったか。やれやれ、あんなんで一国一城の主とは笑わせる」

 呆れ気味にリファは首を振る。その傍らで、俺は彼女が消えた方向になんとなく目を向けていたのだが、地面にあるものが落ちているのを見つけて無意識に立ち上がった。

「……あれ。あの本」

 エリアが持っていたあの分厚い書物。さっき激昂して地面に叩きつけてそのまんま忘れてったようだ。俺はそれを拾い上げて汚れを軽く手で払う。
 まったく、大事なもんじゃないのかよこれ……。ていうか中には何が書いてあるんだ? 魔導の使い手とか自称してんなら、それ関係かもしれないけど……。
 ちょいと興味が出てきたもので、失礼して御開帳――といこうとしたが、それは叶わなかった。

「鍵、かかってら」

 これまた分厚い革のベルトと、大きめの錠前でしっかりと封印されている。このままじゃ読めない。ナイフとかで強制的に開封するつもりは毛頭ないので、中身の確認は諦めることに。
 大学内での落とし物の預け先は学生センターだけど、どうせ住んでるアパートも一緒だし直接返せばいいか。

 なんてことを考えてると、構内中にチャイムが鳴り響いた。
 おっといけない、時間を食いすぎたようだ。そろそろオリエンテーションが始まってしまう。急がないと。

「さぁ、俺達も行こうか」
「そうだな」
「……」
「どうしたクローラ」

 俺とリファが立ち上がる中、クローラだけはベンチに座って膝に目を落としたままだった。
 いつもの明るい雰囲気とは明らかに様子が違う。

「やっぱり、あいつのこと気に食わないか?」
「……」

 クローラは力なく首を横に振るが、そこには迷いが見え隠れしていた。
 無理もない。自分を貶めた張本人だ。しかも向こうは闇に葬っておきながら、本人の顔も名前も記憶してないときたもんだ。彼女にとってはこれ以上無い屈辱であっただろう。

 さすがに俺もあの時エリアに色々協力していこうと持ちかけたのは、クローラに対して不躾であったと反省した。そりゃそうだよな、そんな簡単に割り切れる問題じゃない。それを独断で決めようとした俺には確かに非はある。それは後でリファに改めて諌められたことでもあった。
 けれど彼女は頑なに気を使う必要はないの一点張りだった。今の自分が一番幸せだから何も問題はない、と。

「クローラ、無理することはないぞ。ムカついたらいつでもガツーンといけ! 心が決める意思のままに。ワイヤードの鉄則だぞ」
「そうじゃないんです……」

 クローラはまたふるふると首を振って否定した。

「私はただ、どう接していいのかわからないんです」
「……え?」
「確かに彼女のしたことは許せるかというとそうでもないです。だけど、それで私が怒りを向けるのは果たして正しいのかって……」

 正直な気持ちを口にすると、クローラは下唇を噛んで自分の両掌を見つめた。


「もともとスプーフィング家は、キカイの量産に対して流通初期から否定的でしたし、ああいうことをしてもおかしくはないなと思ってました。多分、彼女の言ってた魔導とやらの邪魔になるからかと」
「だからってそんな事理由になるはずないだろう。クローラは何一つ悪くないではないか! ただお前は――」
「だから違うんです」

 押し殺したような彼女の声にリファのセリフは遮断される。
 この感じ……まるで何かを恐れているような……。でも、だとしたら一体何に……。
 クローラは迷いと怯えが入り混じったような声で自分のジレンマの原因を告げた。


「それ以外にも私は……何か彼女に取り返しのつかないひどいことをしたような気がするんです」


 ……。
 どういうことだろう。
 彼女が、策に嵌められてもおかしくないようなことをエリアにしたとでも? でも、だとしたら向こうがクローラのことをまるで覚えていないのはおかしいし……。

「私は信じないぞ」

 思案に暮れていると、リファがはっきりとそう言った。

「クローラがそんなことをする人間なはずがない。きっとお前の思い込みなだけだ」
「リファさん。でも……」
「何故私がこんなことを言ってると思う? それはお前が何も言わないからだ。向こうが何をしたのか、そしてお前があいつに何をしたのか。それは当人同士が、互いに話し合うことでしかわからない。わかるか。これは私達がまだ本当の気持ちを打ち明ける前と同じ状況なんだぞ」
「……」
「口に出さなければ伝わらない。お前があいつときちんとケリを付けない限り、私達には知りようのないことだ。だから見たままを信じる。お前は何も悪くない」

 彼女の前に立ち、両肩に手を置いてリファは真剣な眼差しで続ける。

「だけど、もしお前がまだ過去と決別できていないというのなら、私達が今見ているクローラが偽りの姿だというのなら……あのエセ帝王と向き合うべきだ」
「……」

 クローラはまだ深刻な面持ちでいたが、やがて目を閉じると閉ざしていた口を開いた。

「わかりました」
「クローラ……」
「ただ、すぐにという訳にはいかないです。正直まだ気持ちの整理がついていないので。だからそれまでは……あんまりあの人と話したくはないです」
「……そうか、わかった」

 リファは立ち上がると、俺に目配せした。それを見て俺も軽く頷く。
 彼女がこう言っている以上、エリアと無理に引き合わせるのは当面よしたほうが良さそうだ。

「あ、もちろん私に気を使ってお二人まで縛るつもりはありませんから! そっちの方がもっと辛いですし……。私は、主くんとリファさんと一緒にいられたら、他は全てどうなってもいい所存ですので」

 手を慌ただしく振ってクローラは弁解する。その気持は嬉しいと思う反面、縛っているのは俺達の方なんじゃないかと思ったりもするんだよな。

「そ、それより! 早くおりえんてぇしょん、とやらに行きましょう。早くしないと遅れてしまいますっ!」

 クローラはいつもの調子を取り戻して立ち上がると、俺達の手を取ってぐいぐいと引っ張ってきた。
 俺は彼女の無理したような笑顔を見ながら思った。たとえ何があっても、どうするかは全て彼女本人が決めることだ。急ぐことはない、気を落ち着ける時間だって必要だろう。わだかまりはまだ残ってはいるけれど、ひとまずはこのままで……。

「わかったよ。ほら、焦って転ぶなよ」
「焦りますよ。初日から遅刻なんて赤っ恥もいいとこです。ほら、早く早く」
「そ、そうだな。『友達を作ろう大作戦』のためにも急がねば」
「はいはい」

 そんなこんなで、俺達はあたふたと教室へ急行するのであった。



 ○


 5号館 301大教室


「ここだな」


 古臭い木造建築のその教室には既に数十名の学生が思い思いのことをして待機していた。
 既にグループを作ってるやつもいれば、イヤホンしてスマホをいじったりして早くもボッチの性能を開花させているのもいる。

「け、結構沢山いますね」
「N組は新入生と編入生の混合なんだと。だから他よりも人数は多いんでしょ」
「は、果たしてこいつらと友好な関係は築けるのだろうか……うむむ」

 クローラもリファも険しい表情で入口から敷居をまたげずに固まっている。
 入学式の時よりも格段に人数は少ないのだが、友達を作るという任務が彼女達の中で予想外に足を引っ張っているっぽい。

「そんなに難しく考える必要ないって。気楽に行け気楽に」
「……」

 と言ってもすぐそれができたら世話はないわけで。
 後はもう逆に向こう側から話しかけてくれたりするのに期待するしかないかな。
 なんたって、彼女達の服装は振袖とセーラー服。これは嫌でも注目を浴びる。
 普通に考えれば孤立確定は避けられないだろうが。だgはそれにかこつけて絡んでくるのは何人かいるはずだ。そこで上手く溶け込めれば一応切り抜けられるだろう。
 本当は無難な格好で行かせてやりたかったが、これは全て渚のせいだからもうしょうがない。
 何はともあれ、なるようになれだ。

「じゃあ、俺は一旦外出てるから」
「うぇ!? 何でですか! いくらなんでもあんまりです!」
「そーだマスター! こんな戦場のようなところにほっぽっていくなんて育児放棄だぞ!」

 戦場に乳児連れてく事自体育児としてどうかと思うんですがそれはいいんですかね?

「俺がいたらお前ら絶対俺としか話そうとしなくなるだろ。ちっとは自分達だけでやってみろって」
「主くん意外と薄情者ですね」
「何とでも言え。とにかくやれるだけやってみろ。せっかくの機会なんだから。ほーら行った行った」

 俺は二人の背中を押して、無理矢理教室へと押し込んだ。
 これでよし。あとはオリエンテーションが終わるのを待とう。
 プログラムは、履修説明と軽いサークル紹介、あとは余った時間を使って歓談タイムと……特に滞りなく進めば一時間程度か。
 さぁ、結果はどうなることやら。「友達を作ろう大作戦」……あいつらのお手並み拝見といこうか。

 
 そしてきっかり一時間後。


「そろそろかなー」

 近くの自販機コーナーで、コーヒーを飲みながらくつろいでいた俺は腕時計を確認。リファにはメールを送って終わったらここで落ち合うようには言っておいたが……まだ来る様子はないか。
 ひょっとして、無事に友だちができて時間を忘れるほど盛り上がっちゃってたりして。それならそれで非常に喜ばしいことだ。

「セン=パイ」
「人をジェダイマスターみたいに呼ぶんじゃないよ」
「あたしは既にダークサイドに堕ちそうです」

 本日三度目となる背後からの渚登場。
 彼女はさっきよりもやつれた表情で俺の隣に座ると、わざとらしくため息をつく。

「まったく、なんであたしがこんな目に……あたしは暗黒面堕ちよりもセンパイにハメられて快楽堕ちしたかったのに……!」
「あーはいはい悪かったよ。ほれ、ジュース」

 俺が差し出したオレンジジュースを渚は数秒で飲み干すと、口元を拭いながら報告してきた。

「終わりましたよ、リファっち達のオリエンテーション」
「は? お前あの教室にいたのか?」
「新入生のフリして忍び込んでたんですよ。流石にあの格好させて友達作れっていうのはハードル高すぎると思ったんで、なんかあったら助け舟出そうかなと」

 そこまで配慮してくれんなら最初からあんなもん着せるんじゃねぇよと5000兆回言いたい。マジで。

「で、どうだったんだよ。あいつらまだ来てねぇみたいだけど」
「……」

 渚は無言でハンドバッグからスマホを取り出すと、画面をフリックして俺に見せてきた。
 そこにはLINEのとあるグループ会話が表示されている。グループ名は「人文学部N組××期生」とある。どうやら新入生達が本日作成したものらしい。

 とくにこれ自体には何の問題もなさそうだが、リファ達も参加してるのかな? と思って現在も続いている会話の内容を確認してみると……。


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【大道克実】午前10:51
 おいさっきのセーラー服の金髪と振袖のコンビと話した奴いる?


【木場裕二】午前10:51
 話した話した! マジやべぇ。どっちも何言っても「オッスオラ悟空」としか言わない笑


【草加雅斗】午前10:52
 俺も! 最初は変な挨拶だなと思ったけどマジで全部の返答が「オッスオラ悟空」だった!
 よくないなぁ、こういうのは


【志村准一】午前10:53
 服装も変なら中身までやべぇのだったっていう。
 このグループあの二人は招待すんなよ


【須藤雅士】午前10:53
 ぜってぇ関わりたくねぇわ。よくあんな頭でここ受かったな


【朝倉武】午前10:54
 金髪の方は髪が逆立ったらマジモンのサイヤ人でしょあれ


【水木史朗】午前10:55
 最初はみんな興味ありそうに近寄ってたのに、みるみるうちに離れていって最終的に孤立してやんのw


【矢車爽】午前10:55
 もう教室中に何回オッスオラ悟空が響いたかわからん


【万野天十郎】午前10:56
 ひゃー! おでれぇたなぁ、あいつらゲェジかぁ? オラ草生えっぞぉ!


【石動壮一】午前10:58
 せめてまともに会話ができてたら仲良くなれそうだったのにな
 とりあえずあの二人はシカト決定で


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「……なんか、スンマセン」
「いや……」


 友達を作ろう大作戦 大失敗。


 ○


「まぁまぁ元気だしなって二人ともー。出鼻くじかれたからってこれから永久に友達できないってわけじゃないしさー!」

 とぼとぼとうなだれて歩くクローラとリファに、渚はさっきから必死で言葉をかけている。
 まさか、自分がふざけてしたアドバイスのせいでこんなことになるとは思わなかっただろうからな。
 リファ達もリファ達でこんなんで成功するはずないとは薄々思ってたみたいだが、きっと緊張してて冷静に考える余裕がなかったのだろう。

 ともかく、これでハブられが決定したわけで、これからどうしようかと四人で途方に暮れてたわけである。
 周りはグループでどっか寄り道したり、サークル見学に行ったりしているが、すっかり意気消沈してしまった異世界コンビのテンションはとてもそれらに参加できるようなものではなかった。
 明日から授業始まるけど、果たしてちゃんとやってけるのか。先行きは暗雲ですっぽり包まれ、一筋の光すら見えない状況。不安だなぁ。

「ふ、ふんだっ! 別に落ち込んでなどいない! 所詮私らに恐れをなして近寄れなかっただけだろう。そんな腰抜けどもなど、こちらから願い下げだ!」

 なんて思ってると、突然リファが鼻を鳴らして強がり始めた。
 まぁある意味恐れをなしてたと思うけど、それでもなお根気よく接しようとすることが肝が据わってるとは到底思えないですハイ。

「これは……きっと神様が私達が友達を作るなんておこがましいと仰ってるんでしょうか」
「そ、それは違うよクロちゃん! もっと前向きに考えなって。この失敗から学んで、めげずにチャレンジしていくことが重要なんだよ」
「なるほど、確かに学ぶことはありましたね。生ゴミさんの言うことは信用性皆無だということが」
「うぇーいクロちゃん激おこ~www」

 まぁそんなこんなで宛もないまま構内をトボトボ歩いていたときである。
 通りがかったラウンジ内のベンチに、見覚えのある姿が目に入った。

 灰色のスーツに、メガネをかけたストレートボブの地味子。
 大きめバッグを抱え、足を投げ出すような姿勢で座っていた。
 俺は足を止めて、無意識にその人物の名前を呼ぶ。

「未來?」

 その周囲に溶け込んでて危うくスルーするところだった彼女ははっと顔を上げ、こちらに顔を向けた。

「先輩!」
「よう。そっちもオリエンテーション終わったんだな」
「はい! それでここで先輩を待ち伏――いえ、ちょっと休憩を」

 未來はこっちに駆け寄ってくると、前髪を捻りながらテレテレと言った。
 どうやらさっきから独りのようで、他に同行していた奴はいないっぽい。クラスメイトとかとは話さなかったのかな。
 ということをやんわりと尋ねてみると、彼女は静かに首を横に振った。

「全然ダメでした。同高の人もいませんでしたし、終わったらそのまま教室飛び出してきちゃって」
「そっか。まぁ、でもこの先いくらでもチャンスはあるよ。そんなに落ち込むことないって」
「あ、ありがとうございます……」
「なぁに、ニューカマーもボッチ確定系~?」

 後ろから飛びつき、渚は俺の背中に覆いかぶさりながら未來にやや煽り気味に言う。
 それに対して未來は片眉を釣り上げて、鬱陶しげに返す。

「私『も』?」
「そーなんだよ。実はリファっちもクロちゃんも教室で盛大にボケかまして見事にシカトされちゃって出鼻くじかれて凹んじゃってるってわけ」

 そう言って渚が背後の異世界コンビを指差すと、未來は健気な笑顔を消して、露骨に目を細めた。
 そして俺の裾を軽く引っ張ると、

「先輩、何故あの人達までここに?」
「え? いや、今渚が言っただろ。友達ができなかったっていうから――」
「いうから?」

 冷たい、何の感情も籠もっていないような声で未來は俺の弁明を遮って詰問してくる。
 やばいな、また豹変モード入ってるっぽいぞ。上手く切り抜けないと。

「そりゃ……そのまま二人だけにしておくのもアレだし。ほら、あいつらその……」
「新入生だから、ですよね?」
「お、おう」
「まだいろいろと不安があるから――ですよね?」

 妙に「ですよね」を強調させた物言いだが、まぁ間違っちゃいない。だが恋人であることは伏せておいたほうが良さそうだ。男女で同棲してるって知られてるから、疑いの目を向けられているのは仕方がない。渚のときもそうだったし。
 ただ、あいつは脳天気だから関係性を知られても特に問題はなかったが……この娘はなぁ。バレたらドン引きされるのは確実だろう。いやそれが普通の反応なんだろうけどね、渚の方がイカれてるだけで。

「まぁそんな感じ……かな」
「……そーですか」

 100%表面上でしか納得してないようなリアクションだったが、ひとまず未來は俺の袖から手を離してくれた。ふぅ、なんとか窮地は脱したか。

「あ、そういえば」

 俺は思い出すと、カバンのチャックを開けて中からあるものを取り出した。

「はいこれ」

 ずっしりと重たくて、分厚い書物。
 エリアがオリエンテーションの前に落としていった、あの魔導書だ。
 直接返そうかと思っていたが、別に未來に渡してもさほど問題はないだろう。
 なぜなら彼女も俺と同じ、異世界人の世話と教育という使命を課せられたパートナーだからだ。そしてその相手こそ、あのワイヤードの帝王を自称する高ビーな令嬢様だったというわけ。

「な……なぜ、それを?」

 そんな未來はその馬鹿でかい本を見るなり、目を丸くして全身を硬直させた。
 俺ははにかみながら軽く事情を説明してやる。

「あいつにさっき会ってさ、そん時に落としてったから拾っといた。それで、悪いんだけど未來の方から返しといてもらっても――」

 いいかな? を言い終えるか言い終えないかのタイミングで、俺の手から魔導書が一瞬にして消え失せた。
 ワンテンポ遅れてそれに気付き、何が起きたのかと一瞬焦る。
 その直後に、同じ書物が未來の手に収まっていたのを確認して、ようやく彼女が素早く奪い取ったことを認識する。
 なんという電光石火の早業。びっくりしたなもう。

「あ、えっと……」
「……見ました?」
「え?」
「この中身」

 肩を上下させながら、未來は魔導書をかばうように抱えて言った。
 尋常じゃない空気……また何かスイッチ入っちゃってるっぽいぞ。

「いや、見てないし……ていうかそれ、鍵かかってるじゃん。読もうと思ったって読めないよ」
「……そうですね」

 そのことに気がついた彼女は俺への嫌疑を晴らすと、小さく息を吐いた。
 本当ならふざけて「ところでどんなこと書いてあんのそれ?」とか訊こうと思ってたけど、とても言い出せるような雰囲気ではないなこりゃ。
 でもエリア本人ならまだしも、何故未來がここまで焦ってるんだろう? 

「その様子だとあいつから……聞いたんですね……私達のこと」
「あ、ああ。びっくりしたよ、まさか未來の同居人だったなんて。実は俺もさ――」
「変な奴だったでしょう、あいつ」
「――え?」

 突然放たれた彼女の言葉に俺は耳を疑った?
 変? 変って……エリアが? まぁそれは否定しないけど……。

「いい年して異世界とか、帝王とか……笑っちゃいますよ。ああいうの中二病っていうんですよね。見ててて本当に痛々しいっていうか」
「はい?」

 ちょ、え? 何、中二病? な、何を言ってるの?
 頭の上におもちゃ箱をひっくり返されたようにこんがらがった俺は顔をひきつらせる。しかし、未來は手に持ったエリアの魔導書を冷たい目で睨みながら続ける。

「でもお互い苦労しますね。まさかそちらも同じとは思いませんでしたけど」
「あの……それってどういう?」
「違うんですか?」

 嘲笑したように鼻で笑うと、虚ろな目を本から俺へと向けた。

自分を異世界人だと思い込んでる精神異常者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、でしょう?」
「……」

 ……もしかして。

 この人、まさか彼女達が異世界人だって信じてない?

 マジかよ……。ああでも、別に変な話ではないか。
 思い出してみれば、俺だってリファが部屋に突然現れた際に最初は奇抜な格好した泥棒かなんかだと決めつけてかかってたし。
 むしろ、その日のうちに完全に向こうの言うことを信じて、普通に振る舞ってたこっちの方がおかしいのかもしれない。そう考えると、至って未來のこの反応は常識的なものだと思う。

 とすると、クローラやリファもそれと同じだと思われてるってわけか。
 なるほど、「ワイヤード」って言葉で妙に反応示してたもんな、初めて会った時。そこでおそらくエリアが話していたであろう自身の身の上話を思い出したに違いない。
 大方死者処理事務局からの連絡も、質の悪いいたずらとしか捉えていないんだろう。

 はてさて、これは誤解を解いておいた方がいいんだろうか。
 難しい問題だが、どっちに転んでもメリットデメリットはある。
 このまま勘違いしてもらっていたらいたらで、いろいろ話がこじれずに済む。
 ただ事情を理解できている現代人がいれば何かと助けにはなるのも確かだ。

 それに、俺達のような奴らが異世界人に及ぼす影響は大きい。未來が普段からどのようにエリアと接しているのかはわからないが、あいつのこの世界での人生設計は確実にリファ達のそれとは異なっている。

 推測される理由は二つ。
 一つは、まともに現代文化を教えておらず自分の生活に支障をきたさない限りで好き勝手やらせている。
 もう一つは、最初こそ真面目に教えようとしたものの、本人の難ありな性格に嫌気が差して距離をおいている。
 どちらにしても辻褄は合う。少なくとも俺達みたいに円満な関係とは言えないようだ。エリアもエリアで未來のことを役に立つ道具程度にしか見てないような言い方してたし。

「あんまり知られたくなかったんですよね。あんな奴とルームシェアしてるなんて……なんか恥ずかしいし。ましてや一緒の大学に通うことになるなんて」

 肩を落としながらぼやく未來を見て、抱いていた俺の推測は確信へと変貌を遂げた。
 やっぱり、パートナーではあるものの……言葉本来の意味が指すような間柄ではないみたいだな。

 何より入学式当日に本人達が別行動を取っているのが最大の証拠。
 友達ができなかったとしても、二人で話すよりは一人を選ぶっていうんだから相当だ。

「先輩……できればこの件、内緒にしておいてもらえませんか? 多分あいつ、絶対この大学で変なことやらかすと思うので」
「あー、うん。わかったよ」

 もうだいぶやらかしてますけどね。
 と、俺は心の中で付け加えた。
 ぶっちゃけ、やらかさないよう務めるのが俺達の役目だとも思うんだが……彼女の方はそんな気はサラサラないんだろうね。

「ありがとうございます。……ホント、なんであんな奴と一緒にいなきゃなんないんだろ。ああでも、先輩もあの二人
ゴミども
 のこと煙たがってるはずだから一緒に処分してそうすれば二人きりになれるからあいつも必要なくなるかも……」

 またブツブツ聞き取りにくい声で何か言ってるよ。ホントに嫌いなんだな、エリアのこと。
 にもかかわらず、未來が彼女と一緒に暮らしている理由。 
 一見、そんな厄介者を自分の家に住まわせる理由などない気がするが……どっこい、十二分にあるんだな。
 そう、死者処理事務局からの出資金である。
 毎月十万単位で口座に振り込まれんだから、乗らない手はない。異世界人か、ただの精神異常者かっていう問題は正直未來にとってはどうでもいいんだと思う。体のいい小遣い稼ぎだと思えばそこまで悪い話ではない、と。

 しかしこうくると、二人が出会ってから今に至るまでの経緯は気になるよな。
 クローラとリファの話からして、エリアが死んだ時期は二人よりも後なのは明白。
 そして未來は入学前には通信制高校の寮に住んでいた。多分寮にかくまっておくことはいろいろと無理があるだろうから、あのアパートに引っ越してきた直後?
 ということは、あの日……初めて未來が挨拶に来て、エリアが俺にプロポーズをしてきたあの日が転生初日だったというわけか?

 にしては妙だ。
 未來はそんな素振り全然見せなかったし、現に今の彼女の物言いだと結構異世界人との暮らしに慣れてるような口ぶりだった。エリアも異世界に転生してきたばかりだったにしてはかなり順応してたように思えたしな。

 なんてことを大真面目に考察していると。
 べしっ、と背中を結構強めにひっぱたかれた。
 驚いて振り返ると、むすーっと頬を膨らませた渚が俺を恨めしそうに言ってきた。

「ちょっとセンパーイ。さっきから何内輪ネタで盛り上がってるんすかー。チョー居心地悪いんすけど」
「え? あ、ああ。悪い」

 いっけね。渚がいるの忘れてた。
 こいつもこいつでクローラとリファが異世界人を自称する中二病患者であると認識してはいるが、ここで未來と話を繰り広げるとややこしいことになりそうだ。気になることは多々あるけれど、今日はひとまずこの辺にしておこう。
 話を切り上げて行こうとした時、未來がまた俺の袖を軽くつまんできた。

「ところで、先輩はこれからどうするんですか? もう特に予定もないはずですけど」
「うーん。本当は校舎案内とかしてあげようかなとか思ってたんだけど、あの調子だと今日は無理そうだし。このまま帰ろうかなって」
「そ、そうでしたか。でしたら――」
「はいはーい、じゃー提案あるっすあたし!」

 俺の肩をガタガタと揺さぶりながら渚が横槍を入れてきた。
 早くも嫌な予感しかしないが、一体何を企んでいる?

「同じアパートに住む者同士。同じ大学に通う者同士。んでもってデビュー失敗して友達がいない者同士。それがせっかくこんだけ集まったんだし、やることっつったら一つしかないっしょ」
「さらっと俺までボッチ扱いしないでもらいてぇんだが」
「あたしとくっついてないセンパイなんてボッチとなんも変わんないっす」

 ボッチの定義とは一体。

「ところで渚殿、やることとは何なのだ?」
「そりゃもちろん、学生生活の真骨頂さ」

 俺に全体重をかけておぶさりながら、そのギャルは待ってましたと言わんばかりに語り始める。

「切っても切れない、もはや生活必需品といっても過言じゃない。これをなくしてキャンパスライフは楽しめねぇ。学ぶ場にこそ必要な憩い。集う場にこそ必要な儀式……その名も」
「その名も?」

 興味深そうにリファが咲きを促した途端。白い歯を剥き出しにして気色悪い笑みを浮かべ、渚は人差し指を天高く掲げると言い放った。




「新歓コンパだよッッ!!」 
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