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第一章

002:高校生活に夢を見る

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 初めて魔獣が日国にちこくで目撃されてから30年が経つらしい。
 突然魔獣が現れた当時を知る人は、「あれは地獄だった」と口を揃えて言っていた。

 それから30年が経った現在でも、当時の日国を題材とした映画やドラマ、漫画などの新作が頻繁に出てくるくらいショッキングな出来事だったということは、当時まだ生まれていなかった俺にも何となく理解ができる。

 魔獣とは、元々普通の動物だったとのことだ。
 地中から魔素という何かが溢れ出ているらしく、それに犯された動物が変態して魔獣となった――らしい。
 うーん。我ながら曖昧なことばかり言ってるな。だけど、魔獣が現れてから30年の間で、優秀な方々が必死に研究した結果、それくらいのことしか分かってないのだから仕方ないんだよ。

 なぜ魔獣化するのか。
 生態系はどうなってるのか。
 魔獣から動物に戻すことができるのか。
 分からないことはまだまだ多い。

 ちなみに魔獣は今でも元気に日国で生息中だ。数だって年々右肩上がりで増えているってニュースで言っていた。
 だけど、今の日国には悲壮感なんて特にないし、普通に日常生活を送るくらいには平和だ。

 この平和を作っているのは、25年前に設立された『ハンター協会』のお陰なのは日国に住む人たち全員が知るところだろう。
 実は魔素が地上に漏れ出るようになって変化が起きたのは、動物に限ったことだけではなく、人間にも例外なく影響を与えたのだった。

 魔素が人間に与えた影響。

 それは、従来の人間の持つ力を引き上げる、オーラを纏うことが出来るようになったのだ。
 そして、このオーラは、魔獣を倒せば倒しただけ強化される可能性があるということが判明している。

 このオーラを駆使して、魔獣を倒す者たちのことを『ハンター』と呼んだ。
 ハンターの仕事は、主に2つある。
 まず一つ目が、ダンジョン化した洞窟に潜って魔獣を倒したり、鉱石を回収したりする通称『クエスト』をすること。
 そして二つ目が、ハンター協会に第三者が依頼した仕事の『オーダー』を完了させることだ。

 このハンターという職業は、あっという間に市民権を得て、15年連続で男女問わず『大人になったらやりたい職業』でトップを飾っている。
 日国に住む人たちにとって、ハンターという仕事は憧れそのものだったのだ。

 そして、俺もハンターに憧れている内の一人だった。
 俺の名前は神楽詩庵かぐらしあん。明日から国立英明学園の一年生になる15歳だ。


「やっと。やっと、明日になったら高校生になれる!」


 別に早く高校へ通いたいということではなく、ハンター登録できるのが、15歳以上の高校生だからである。
 実はハンターには条件さえクリアしていたら、誰にでもなれる職業で、登録者数は人口の7割にも及んだ。
 とはいえ、登録だけしてるけど活動はしていない、という人がほとんどなので、実際に活動しているのは日国内で10,000人くらいだと言われていた。

 ハンターは、SからJの11段階でランク付けされている。Sが最も優秀なハンターで、全体でも4人しかSランクになっていない。そういう彼らは、それぞれのパーティやクランのトップを張っていて、ソロで活動している人はいなかった。

 ちなみに一番人数が多いのはJランクだ。
 とりあえず登録だけした、っていう人がほとんどなので仕方がないだろう。
 また、ハンター登録を初めてした人は、空手や柔道などでどれだけ好成績を収めていたとしても、必ずJランクからのスタートになる。
 理由としては、人と魔獣との戦いは必ずしもイコールにならないから、ということだった。

 俺の夢はもちろんSランクのハンターになって、未踏破ダンジョンを攻略して英雄になることだ。
 魔素が日国に溢れて以来、数多くのダンジョンが出現したのだが、その中のほとんどがまだ未踏破だ。その中でも一番最恐のダンジョンと言われているのが、俺の住む杜京とうきょうからすぐ近くにある『嚥獄えんごく』だった。

 嚥獄の由来は、一度足を踏み入れると、あまりの難易度に戻ってこれないハンターが続出したことから名付けられている。ちなみに現在の踏破階層は昔活躍したSランクパーティの『覇道』が達成した29階層が最高だ。現在のSランクは26階層が最高到達地点となっている。嚥獄がどこまで続いているのかはまだ未知数らしいのだが、ダンジョンの規模から考えても100階層くらいまではあるのではないかと噂されている。



 ―



「あー、お腹空いてきたな」


 俺はリビングのソファーに座りながら、嚥獄を踏破したときの妄想をしてムフムフしていたのだが、腹の虫がグゥ~と鳴いたので時計を見てみると、もうすでに19時になっていた。そりゃお腹だって空くはずだ。

 キッチンに向かい冷凍庫の中を見ると、いつもストックしているおかずがほとんど無くなっていた。


「そういえば、最近ストック作ってなかったな……」


 仕方がないので、面倒だけど食材を買いに行くことにした。


「行ってきまーす」


 2LDKの我が家を出るときに、行ってきますと挨拶をしても誰からも返事は返ってこない。
 だって俺はこのマンションで、中一の頃から一人暮らしをしていたのだから、返事がないのは当然のことだった。

 なぜ俺が一人暮らしをしているかというと、2年前の夏に両親が車で買い物に出掛けているときに、信号待ちで停車していたところを引越し業者のトラックに後ろから突っ込まれて死んでしまったのだ。
 両親は即死だったらしい。苦しまずに両親が逝くことが出来たのは、不幸中の幸いだったと今でこそ思えるが、当時は正直そんなこと受け入れられるわけがなかった。

 その引越し業者は、テレビCMをガンガン流している最大手の会社だったため、多額の慰謝料を受け取ることができた。そして、両親の生命保険料も支払われたため、かなり多くの資産を俺は中一にして得ることになったのだった。

 しかし、そのお金に目が眩んだ親族が、俺の周りにたくさん集まってきた。ぶっちゃけ一度も会ったこともない自称親族まで現れて、まだ両親が亡くなって精神的にも参っていた俺は、本当に心配してくれていただろう親族含めて全員を拒絶をした。

 そして、その後の俺は分かりやすくグレた。
 幼少の頃から剣術をやっていた俺は、そこら辺の不良なんかに負けることはなく、中2になる頃には近辺の顔になっていた。

 金には全然不自由してなかったし、誰かと連んで遊ぶこともしなかったので、ただただ毎日喧嘩に明け暮れる毎日を過ごしていたのだ。
 そんな生活が続いたある日のこと。学校帰りの俺を待ち伏せていた、10人くらいの高校生にリンチされてしまった。

 全治一週間の怪我を負ってしまった俺は、完治してから一人ひとりに報復しに行こうと家を出る。
 すると家の前に、俺の幼馴染の久遠美湖くおんみこが立っていた。何しに来たのか聞くと、どうやら俺のことを、身体を張って止めに来てくれたらしい。美湖は俺が学校中の生徒に怖がられていたにも関わらず、ずっと態度を変えることなく接してくれた唯一の人だ。


「もうこれ以上喧嘩なんてしないで。あなたが傷付くところも、あなたが人を傷付けるところももう見たくないの。詩庵は喧嘩してても、全然楽しそうじゃない。それどころかいつも苦しんでる。だったらもう辞めましょ。今なら引き返せるから」


 最初はそんな言葉を無視して歩き続けるも、仕舞いには両目と鼻から大量の液体を垂れ流しながら、俺の腰に腕を回して必死に止める美湖を見て、なんだかムキになってる自分が馬鹿らしくなってしまったのを今でも覚えている。

 だって、美湖って本当は明るくて元気で可愛らしい女の子なんだよ?

 それなのに形振り構わず俺を止めてくれる姿を見たらさ、なんかどうでも良くなっちゃったんだよな。だから俺は美湖の言うことを素直に聞いて、これからはもう喧嘩をしないって誓ったのだった。

 正直言って、俺がもう喧嘩しないって言ったところで、周りの人たちには関係がない話なので、これからも絡まれるんだろうなとは思っていたけど、不思議なことにそれ以降誰からも絡まれることがなかった。
 そうして、美湖のお陰で道をこれ以上踏み外さなくて済んだ俺は、次の日学校が始まる前に、教壇の前に立ってクラスメイト全員に今までのことを謝罪した。

 頭を下げたからと言って、急に受け入れられるなんて虫のいい話はなかったけど、それでも中3になる頃には、ポツリポツリとお話ししてくれる人も増えてきた。どうやら美湖が裏で俺のことをたくさんアピールしてくれていたらしい。美湖には正直本当に頭が上がらない。

 そんな俺が美湖に惚れないわけがなかった。
 高校になっても同じ学校へ通いたいと思った俺は、美湖の進路をさり気なく聞いてみたら、国立英明学園を志望しているということが分かった。この学校は日国にある高校の中で最難関と言われており、学力至上主義の校風として有名だった。

 その校風がどんなものかは比較的分かりやすい。例えば成績が良ければ授業に出なくても目を瞑ってくれるのだが、一定の学力ラインに満たない場合は即退学という感じだ。なんて恐ろしい学校なのでしょうか。

 俺は不良やってたくせに、学校の成績は悪い方ではなく、学年でも3番目には必ず入っていた。ちなみに学年1番は、1年の1学期からずっと美湖が独占している。
 なので、美湖と同じ高校へ進学するために、俺はとにかく勉強しまくった。
 その甲斐もあって、俺は無事に合格を掴んで、高校になってからも美湖と同じ高校へ通うことができるようになったのだ。



 ―



 美湖と俺の関係は至って良好だと思われる。
 勉強だってほぼ毎日一緒にしていたし、普段からたくさん話をしていた。卒業式の当日まで、登下校も毎日一緒だった。
 それは明日からも続いていくのだろう。

 高校生にもなっていよいよハンター登録ができるし、美湖とまた一緒に学校生活を過ごすことが楽しみすぎてワクワクしてしまう。
 このときの俺はカレーライスの具材を、スーパーのカゴに放り込みながら能天気に考えていた。
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