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第一章

010:無個の霊装

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家の中で黒衣が突然出した扉の先に行くと、周囲を木々に囲まれている周囲100mくらいの広場の中心に俺たちは立っていた。
 夜なのでよく見えないのだが、その広場には古めかしい寺院や、キレイそうな池があるみたいだった。
 そして、空気中には濃度の濃い魔素が充満している。

 っていうか、あの扉は一体なんなの?
 黒衣ってひょっとして猫型の未来ロボットだったりするの?
 帰ったら勉強机の引き出しを開けてみないとな。まぁ、勉強机ないけど。


「黒衣……ここは一体どこなんだ?」


 実はこの場所に既視感を覚えていた。
 そう。ここは俺が殺されたあの場所に似ていたのだ。


「その質問には修行が終わって、家に戻った際にご説明させて下さい。その時に、私が顕現した理由もお話したいと思います。まずはどのような修行を行うか説明致します」


 黒衣が言うには、神魂が動き出すと霊装というオーラに似た力を体を得られるらしい。そして、その霊装の力の一端は、先程のリンゴ破裂事件で実証された通りだった。


「それでは、最初に黒衣の霊装を見て頂きたいと思います」

「え? 霊装を肉眼で見るなんてことできるのか?」

「はい。神魂が発動すると、霊装はもちろん、怪のことも日国内で見ることが可能です」


 ちなみにオーラは肉眼で見ることが出来ないのが当たり前とされている。
 アプレイザルがハンターの間で重宝される理由は、目に見えないオーラをレベルに置き換えて可視化してくれるからだった。

 正直まだ半信半疑ではあるのだが、黒衣の周りに黒い靄のようなものが揺らめいていることに気がついた。


「私の周りに何か見えますでしょうか?」

「なんか黒いもやみたいなのが見えるんだけど、それが霊装って呼ばれるやつなのか?」

「はい、その通りでございます。先ほどオーラと霊装は似て非なるものとお伝えしました。その理由として、オーラは洋服のようなものだと」

「確かにさっきそう言ってたよな」

「霊装はオーラと違い、魔素が付着してできるのではなく、神魂が生み出す力なのです。神魂を簡単に表現しますと、乗り物のエンジンと考えてもらって大丈夫です。普通の人間の魂がスクーターだとすると、神魂はジェット機のエンジンくらいの力がございます」

「そ、そんなに違うのか?」

「はい。根本的な魂の在り方が全然違うのです。あと、魔獣を倒した際に放出される魔素により、オーラが強化されることは詩庵様もご存知かと思います」


 俺は黒衣の言葉に、黙って首肯する。


「ですが、霊装の場合は、倒した相手の魂を吸収することで、強化されます」

「魂って、じゃあ魔獣や怪以外にも、動物や人間を殺しても強化されるってことなのか?」

「その通りです。ですが、動物や人間の魂は微弱ですので、殺したとしても大した力にはなりません。霊装を強化するのに一番最適なのが、魂だけの存在で圧倒的な力を持つ怪でございます」


 例え人間を殺してもめっちゃ強くなりますよ、って言われたとしても、俺は人殺しなんてしなかったと思うが、神魂を持ってる別のやつがそういう考えとは限らないので、黒衣の言葉を聞いて安心した。
 そうじゃないと、自分が強くなるために、人間の犠牲を厭わないやつなんて現れかねないもんな……。


「さっき黒衣は、強化って言葉を使ってたけど、オーラと同じように霊装もレベルアップするんだな」

「レベルアップの概念に関しては、霊装とオーラで違いはさしてございません。少し霊装の修行からは外れてしまいますが、どのようにしてレベルが上がるのか、その概念を説明させて頂きます」

「それ本当に教えてほしい。俺のレベルがずっと上がらなかった理由を知りたいんだ」

「詩庵様の場合は、イレギュラーになるのですが、一般的なレベルの概念を説明致します。レベルとは簡単に言うと、器の大きさでございます。例えばレベル1の器の大きさが、湯呑みくらいだとします。魔獣を倒して魔素を吸収すると、その湯呑みの中に魔素が入っていくのですが、何体も倒しているといずれその湯呑みから魔素が溢れてしまいます。この溢れ出た状態がレベルアップになるのです」

「その器の大きさって、みんな一緒だったりするのか?」

「いいえ、人それぞれ違います。なので、レベルアップのタイミングが人それぞれ変わってくるのです」


 つまり、レベル1だったとしても、器が大きすぎたら魔獣を倒しても魔素が一向に溜まらないけど、器が小さいとその分早く魔素が溜まってレベルが上がるってことなのか。


「その理屈で行くと、同じレベル2だったとしても、抱える魔素量には違いがありそうだよな」

「その通りでございます。なので、同じレベルの人間がいたとしても、必ず同じ強さとは限りません。神魂を発動していないものの強さの本質はレベルではなく、その者が抱える魔素量によって変わってくるのです」

「じゃあ、俺の器って相当大きかったってことになるのかな?」


 俺が期待を込めて黒衣を見ると、申し訳なさそうな顔をして俯いてしまった。そして、上目遣いで俺の顔をチラチラと見てくる。


「あ、あの。確かに詩庵様の器が常人に比べたら、とても大きかったのは否定はしません。ですが、それでも通常でしたらレベル2になっていてもおかしくはないのです」

「え? そうなの? じゃあなんで俺のレベルは上がらなかったんだ……」

「そ、それは、詩庵様に神魂を発動させるための術式が影響してきているのです」


 黒衣は急に「申し訳ございません」と言いながら、頭を下げてくる。
 急に謝ってきた黒衣に困惑しながらも、どういうことなのか黒衣に話の先を促した。


「実は、祖先がかけた術式が、魔素を跳ね除けていたのです。つ、つまり、今まで詩庵様が倒してきた魔獣の魔素は、一切詩庵様のオーラに吸収されていないのです」

「――マ、マジで?」

「は、はい。本当のことでございます」


 俺はその言葉を聞いた瞬間に、膝から崩れ落ちてしまう。
 だってそうなるだろ?
 ハンターになってから、レベルを上げるために死に物狂いで戦ってきたのに、それが全て無駄だったって言われちゃったんだぜ?

 あはははは。
 そっか、俺は魔素を跳ね除けていたのかぁ!
 納得しちゃったよ。


「し、詩庵様……」

「あ、ありがとな、黒衣。やっと俺のレベルが上がらなかった理由が判明して、むしろ清々しい気持ちだわ。だって、この事実を知らなかったら、俺は永遠に無駄な努力を繰り返すことになってたんだからな」


 俺の口からは乾いた笑いが溢れてくるが、清々しい気持ちになったというのは本心からの言葉だ。
 そんな俺を見ながら黒衣はアワアワとしているが、それがコミカルでなんかとても面白いし、可愛かった。


「――大丈夫。本当にもう大丈夫だよ。だけど、神魂が発動したってことは、これからはレベルアップもするってことで良いんだよな?」

「は、はい。これからは詩庵様の強化を阻むものは何もございませんので、ご安心くださいませ」

「うん、分かった。じゃあこれからが本番ってことだな」


 やっと俺も前に進むことが出来るのか。
 遠回りした感じは否めないけど、絶望し続けた8ヶ月が一生続くよりも、俺にとっては全然良い結果となった。


「よし! じゃあ、早速霊装の力を制御する方法を教えてください、黒衣さん!」

「承知しました。ですが、話し方は普段通りの詩庵様でお願いします」


 あっ、弟子モードだったのに、速攻で拒否されてしまった。


「詩庵様にはまだ私の霊装が見えているかと思いますが、これはもっと強く出すこともできますし、逆にゼロにすることも可能です。ちなみに、詩庵様は現在霊装を出しているのですが、制御が出来ていないため垂れ流し状態になっています」

「え? けど、俺の周りを見ても黒い靄なんて見えないんだけど……」

「霊装は必ず黒というわけではございません。そして、詩庵様の霊装には色はございません」

「まさかの無色!?」

「はい。ご自身の腕を目の前に持ってきて、腕の周りから奥を覗いてみてくださいませ」


 黒衣に言われた通り、腕を持ち上げて奥を見てみると、ブラーが掛かったようにボヤけていた。
 こ、これが俺の霊装なのか……。


「黒と無だと何か違いがあるのか?」

「詩庵様が持つ霊装は、無個むこの霊装といいます。霊装の詳細説明は後日にさせて頂きますが、無個の霊装は万能にして無能と言われてます」

「万能にして無能ってめちゃくちゃ矛盾してるな……」

「神魂が発動し者は、霊器れいぎ神器じんぎと呼ばれる武器を持つことができるのですが、自分の霊装と同じ系統しか使用することが出来ません。ですが、無個の霊装は、どの系統の武器も使用することができるのです」

「おぉ、確かにめっちゃ万能じゃん!」

「ですが、神魂が発動した者は、自分の系統と武器にあった独自の技を編み出すことができるのですが、無個の霊装を持つ者は技を作ることはできません」


 俺は再び膝から崩れ落ちた。
 独自の技って必殺技のことだよね?
 必殺技とかめっちゃ憧れちゃうのに、俺には作ることができないって、こんな悲しい現実ってありますか?


「で、ですが、霊器や神器に備わっている技でしたら使用することができますので、必ずしも技がないという訳ではございませんので――そ、そんなに気を落とさないでくださいませぇ」


 ふと黒衣を見ると、少し涙目になっているようだった。


「べ、別に気なんて落としてないから大丈夫。ぶ、武器に技があれば使えるんだもんな。よーし、いつか強い武器を持てるように頑張るぞぉ」

「あっ、あと、無個の霊装のみに備わった特殊能力があります!」


 多分全然大丈夫じゃなかったのだろう。
 黒衣が慌てて、無個の霊装のみが使える特殊能力があると言ってきた。

 それにしても、無個だけの特殊能力ですか。
 いいですね、聞きましょう。
 俺の目がキラキラと光ったのを見て、黒衣がホッとした表情を浮かべて口を開いた。


「無個の霊装のみに備わった特殊能力とは、敵を倒してレベルが上がることで、神魂の力そのものを強くすることができるのです」

「ん? 霊装が強くなるのと、神魂が強くなるのって別なのか?」

「はい。別物でございます。では、先ほどのように乗り物で例えさせて頂きます」


 また乗り物で例えるのか。
 そういえば、黒衣って俺の神魂が発動して顕現したって言ってたけど、意外と近代のことに精通してるよな。
 家のキッチンも当たり前のように使ってたし。
 これに関しても、今度聞いてみるか。


「無個以外の霊装でも、怪をたくさん倒すことでレベルは上がりますが、霊装を生み出すエンジン、つまり神魂の出力は変わりません。例えばエンジンは軽自動車だけど、フォルムだけがレースカーになるような感じでしょうか」

「つまり、出力自体は変わらないけど、そのエンジンを最大限活かせるように進化するってイメージ、かな?」

「仰る通りです。ですが、無個の霊装の場合は、レベルアップのタイミングで、神魂自体も強化されます。そのため、最初は軽自動車並みのエンジンだったとしても、最終的にジェット機くらいの出力にすることが可能なのです」


 それが本当であるなら、無個の霊装って相当チートなのではないだろうか?
 だって、レベルさえ上がれば、その分際限なく強くなるってことでしょ?
 普通にやばいよね、それ。


「俺の他にも無個の霊装を纏ってる人とかっているのか?」

「無個の霊装を持つ人物は、詩庵様以外おりません。この霊装は詩庵様のご先祖様が編み出したオリジナルの霊装なのです」

「霊装を作るって……。トマトの品種改良じゃないんだから……」

「それほどまでに力を持った陰陽師だったのでしょう。私の記憶がはっきりと残っていれば、全てをお答えできたはずなのですが……」

「別にそれはいいよ。ところで、俺の今の神魂ってどれくらいの出力があるの?」

「先ほど神魂化の進捗率が100%になったようなのですが、その力を見る限りは、レベル1の現時点で以前パーティメンバーだった、優吾という者よりも強い力はあるかと思います」

「え? レベル1なのに、優吾より強いの? あいつって結構レベルが上がってたと思うんだけど……」

「別に驚くことではございません。詩庵様はレベルごとの器が大きいので、レベル2に上がる頃には、優吾なんぞ取るに足らない存在になるでしょう」


 嘘でしょ?
 俺って今そんなに凄い事になってるの?
 これだったら、Sランクハンターも夢じゃないかも知れないぞ!
 それにしても優吾なんぞって……。
 俺は話の内容と優吾の扱いに驚いて、黒衣が優吾のことを何故知っているのか、疑問に感じることもなかった。



 ―



 俺が色々と質問してしまったせいで、話が脱線しまくってしまったが、ようやく霊装の制御について説明を受けることになった。


「足を肩幅くらいまで広げたら、丹田に力を入れてください。自分の力の全てが丹田に集まっているようなイメージです」


 俺は言われた通りに神経を集中させて、体に渦巻いている力を全てが丹田に集結するイメージをした。
 すると、丹田がポカポカとした熱を帯びてきたのが分かった。


「素晴らしいです。まさか一回で出来るとは思いませんでした。さすが剣術をやられていただけありますね」


 そう言われて目を開けると、黒衣が満面の笑みを浮かべて俺のことを見ていた。美少女と言っても過言ではない黒衣から、真正面から笑顔で褒められると少し照れてしまう。
 くっ……、可愛すぎるんだよ。


「そこまで出来ましたら、その姿勢のまま1時間ほどキープして頂きます。最終的には、呼吸をするくらい、自然に行えるようになって頂くことが目的ですので」


 気張った状態で一時間いるのは至難の業なので、俺は無駄に力を使わないために体を脱力させる。自然でいることが目的であるなら、丹田に力を入れ続けることを意識するのは良くないだろう。
 なので、俺は意識を丹田から身体中の気の廻りに意識を移した。

 なんか坐禅を組んでいるときみたいだな。
 気が身体中を巡って、丹田に集まってくるのが徐々に心地良く感じるようになってきた。
 正直今までは、坐禅を組んでいても気の廻りなんて感じたことはなかったが、神魂が発動したことで理屈ではなく、本能で理解が出来た気がする。


「お疲れ様でした、詩庵様。最初は一時間と申しましたが、あまりにも見事だったので私も見惚れてしまい、気付けば二時間以上が経過しておりました」

「そうか、もうそんなに経ったんだな。正直頭がずっとふわふわしてて、時が流れていることを忘れていたよ」

「流石でございます。それをもっと自然に、意識せず行えるようになったら、元通りの生活をすることが可能になるでしょう。この時点より、霊装を制御しながら、普段の生活をお送り下さい」

「分かった。やってみるな。だけど、今って霊装を体から出してない状態ってことだよな?――ってことは今の俺って、レベル1のハンターよりも弱いってことになるのか?」

「はい。そうなります。なので、次は詩庵様には、霊装を制御しながら身に纏う術を身につけて頂きたいと思います」


 こ、このままだと昨日までの自分よりも弱くなってしまう。
 まさかの展開に危機感を感じた俺は、気合い入れて修行することを心に誓ったのであった。
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