11 / 79
第一章
011:怪が住まう国
しおりを挟む
「まずは、霊装を制御せずに、そのまま垂れ流しの状態にした場合、霊装はどうなるのかを見て頂きます」
その瞬間、黒衣の身体から黒い霊装が蒸気のように立ち昇っていった。
確かに、垂れ流し感がハンパない。
「そんなに霊装が出てて、身体には問題がないの?」
「流石にずっと霊装をこの状態にしておくと、霊装が枯渇してしまって1日は動けないようになるでしょう」
「そ、そんな事になんの? じゃあ、さっきまでの俺って結構ヤバい状態だったんじゃ……」
「そうですね。ですが、詩庵様の器の総量と、出力される霊装の量を見て、大丈夫だと判断致しましたのでご安心ください」
「黒衣は本当に凄いな。そこまで考えてくれているとは思わなかったわ」
褒めると直ぐに顔を赤くしてしまう黒衣さん可愛い。
それにしても、出会ってまだ数時間だというのに、なんで俺はこんなにもこの子のことを信頼しているのだろうか。
色々と教えてくれたから?
それももちろんあるし、黒衣から悪意というものを一切感じない。
初めて黒衣を見たときに感じたのだが、なんか魂が繋がっているというか、絶対にこの子は俺のことを裏切らないっていうのが分かってしまったのだ。
「そ、それでは、この垂れ流している霊装を制御したいと思います」
目の前で荒々しく噴出していた黒い霊装が、一変して黒衣の身体の周りを穏やかに揺らめいていた。
「これが霊装を使用して戦う際の、基本的なスタイルとなります。今の私は、霊装の膜を身体から20cmくらいの距離で維持させています。そして、膜の距離を維持させたまま出力を上げることで、霊装の密度が上がって攻撃力、防御力共に向上します」
「もし20cmよりも離れてたり、近かったりする場合はどうなるんだ?」
「身体と霊装の膜の距離が離れすぎると、力が分散してしまって威力が落ちてしまうのです。逆に近い場合は、霊装がダメージを吸収する遊び部分が少なすぎて、身体にダメージを与えてしまう可能性がございます」
なるほど。
今の話で霊装について2点のことが分かった。
まずは霊装を維持する際には、水風船のようなイメージを持つと良いということだった。
肉体から20cmくらいに、水風船の風船部分、つまり霊装の膜があることを意識して囲み、その中を霊装が揺らめいているイメージだ。
そして、分かったことのもう1点が、霊装の膜を20cmにする理由だ。
例えば、ホースから出る水をイメージしたら分かりやすいかも知れない。
同じ水量の水がホースから出たとしても、霧状に出力してしまうと効果は分散されてしまう。しかし、ホースの出口に圧力をかけることで、水の勢いは強まる。このような考え方が霊装でも適用されると言うことなのかも知れない。
さらに、黒衣も言っていたが、霊装にはショック吸収の役割もあるのだろう。ホースの理屈で言うと、身体と霊装の距離が短いほど圧力は強くなるのだが、その分硬くなりすぎてショック吸収の役割を果たさなくなってしまう。なので、恐らくこの20cmという距離は、先人たちの知恵が集結した距離感なんだろうな。
「よし、分かった。じゃあ、ちょっとやってみる」
自分の身体の周りに霊装が漂うイメージで、20cm先に霊装の膜があることを意識して集中をする。
俺のイメージでは、この時点で既に出来ているのだが、実際にやってみると全然上手くいかなかった。
(20cmに霊装をキープするってめちゃくちゃ難しくない?)
霊装を0%にするのは意外と出来るんだけど、20cmにキープさせるためには、そこに脳のリソースをかなり使わないとできなかった。……これを自然に扱えるようになるまでどれくらいの時間が必要になるんだよ。
俺は途方もない道のりに気が遠くなりそうだった。
その後もひたすら練習をしていたが一向に上達する気配はなかった。
「今日はもう遅くなりました。家に帰って身体を休めましょう。夜ご飯が終わりましたら、この場所のこと、そして私が顕現した理由を説明させて頂きます」
―
「あぁ~、もうお腹いっぱいだ。黒衣の作るご飯本当に美味しくて、ついつい食べすぎちゃうんだよな」
お世辞抜きで黒衣の作るご飯は、本当に美味しかった。正直このご飯を食べられるなら、普通にお金を出しても惜しくはないと思わせるレベルだ。
この料理を作った黒衣は、今キッチンで食器を洗ってくれている。俺が食事を褒めたら、ガチャンと何かを落とした音が聞こえたので、今も顔を赤らめていることだろう。
俺が黒衣のことをダイニングチェアに座って待っていると、コーヒーを持ってやってきた。
ひょっとしたら黒衣は、俺以上に我が家のキッチンを知り尽くしているのでは無いだろうか?
「なぁ、不思議だったんだけど、黒衣ってなんでそんなにうちのキッチンを使いこなしてるの? あと、クラスメイトたちのことも知ってるみたいだったし……」
「それは、詩庵様のお側でずっと拝見していたからです」
「……………ん? どういうこと?」
「詩庵様の祖先は、自分の子孫が怪に殺されたときに、神魂の発動と私の顕現が行われると説明させて頂きましたが、もっと細かく対象を説明すると、子孫の中でも長男か長女の血脈が対象となります。なので、詩庵様のお父上様やお祖父様のことも見守って参りました」
「つまり……、守護霊的な感じなのか?」
「守護霊とは違いますが、イメージとしては同じようなものです。詩庵様の祖先は、怪に殺されたときに神魂を発動させるという術式を仕込みましたが、ひとつ問題がございました」
「問題?」
「はい。それは、怪に殺された瞬間に神魂が発動しても、再び怪によって殺されてしまう、という問題でございます」
確かに生き返ったところで、殺されたときの傷は癒えてないし、俺の意識も戻っていない。そんな状態で神魂が発動したとしても、また怪によって殺されてしまうのがオチだろう。
「そこで私の役目でございます。神魂の発動と同時に私が一緒に顕現することで、怪から詩庵様の身を守れますし、傷を癒すことも可能になったのです」
「そういうことだったのか。どうして隠世で怪に殺されたはずの俺が、自分のベッドで寝ていたのか不思議だったんだが、黒衣が俺のことを助けてくれていたんだな」
目の前にいる小さな女の子に俺は深々と頭を下げて、「ありがとう」と心から伝える。
黒衣は「お止め下さい」と言っているが、正直頭を下げるよりももっと黒衣に対して感謝を伝えたいくらいだ。
「助けてくれたこともそうだけど、今まで俺たちのことを見守っててくれてありがとうな」
すでに神楽の血筋は俺一人になってしまったが、1000年以上に渡って守り続けてきてくれた黒衣には本当に感謝しかない。
礼を伝え終わって、頭を上げて黒衣を見ると、大粒の涙を零していた。
泣かせてしまった、と焦った俺はアワアワとしてしまったが、そんな俺を見て黒衣は涙を零しながらクスリと微笑んだ。
「ご心配なさらないでください。私は詩庵様にそう言ってもらえて、とても嬉しかったのです。今まで私はたくさんの最期を見て参りました。その全てが幸せなものではありません。病に伏せて苦しみながらお亡くなりになった方もいますし、お父上のように事故で亡くなられた方もいらっしゃいます」
話しながら黒衣は俯いてしまい、テーブルに大粒のシミを作っていた。
黒衣は今までどんな気持ちで、最期を見送ってきたのだろう。
俺が黒衣の立場だったらどうだ?
正直耐え切れる自信がない。だって色々あったとはいえ、父さんと母さんが事故で死んでしまってからの俺は、苦しみから逃げるように喧嘩ばかりしていた。
目の前にいる小さな女の子は、俺なんかよりも全然強い尊敬できる人なのだ。
「――そ、そして詩庵様が、怪に殺されているときも、私は傍観することしか出来ませんでした」
そう言うと今度こそ嗚咽を漏らして泣き出してしまった。
ダイニングチェアから立ち上がった俺は、黒衣の元まで行って小さな肩を支えるようにギュッと抱きしめる。
一瞬驚いた表情を浮かべた黒衣だったが、俺の顔を見ると胸に顔を押し付けながら大声で咽び泣いた。
どれくらい泣いていたのだろう。
落ち着いたのか、黒衣は俺の胸の中で口を開く。
「詩庵様、ありがとうございます。もう大丈夫でございます」
黒衣は俺の胸から顔を離すと、すぐに着物の袖部分で顔を隠してしまう。
なんで顔を隠してるのかと尋ねると、「わ、私の顔は今見て欲しくありません」と言うので、無理やり見てやろうとしたら滅茶苦茶怒られてしまった。
―
「ゴホン。私が現世に顕現した理由は分かって頂けたかと思います。さて、それでは次は、私が発現させた扉の先の場所について説明をさせて頂きます」
「あぁ、あそこな。なんか隠世と同じ気配がしたんだよな」
隠世に囚われたときよりは、圧迫感が軽く感じたけど、扉の先のあの場所も日国とは比べ物にならないくらいに魔素が充満していた。
この日国にあんなにも魔素が充満している場所があるのだろうか。
「流石詩庵様でございます。隠世とは、怪が自分たちの生まれ故郷を、人為的に作った結界でございます。怪は魔素が充満している場所ではないと、力を十二分に振るうことができないので、隠世を作ってそこで狩りなどを行なっているのです」
「隠世があいつらの生まれ故郷ってことは、怪って日国のどこかで生まれてるわけじゃないってことか?」
「はい。怪は『怪の国』で生まれます。以前怪は輪廻転生の理から外れた魂だとお伝えしましたが、そのような魂は怪の国に誘われて怪となるのです。怪の国は魔素が充満しておりますので、怪にとっては暮らしやすい天国のような場所でございます」
「この話の流れだと、ひょっとしてさっきまで修行してたあの場所って――」
「ご想像の通りでございます。先ほどまで我々は、怪の国に居りました。ですが、ご安心ください。あの場所は特殊な結界が張っておりますので、外に我々の存在がバレることはございません」
その言葉を聞いて俺は安心してしまった。
だって、あんな化け物が、ウヨウヨいるような国にいたんでしょ?
もし大勢の怪が一気に襲ってきたと思ったら、正直笑い事にならないレベルでヤバイよね。
「あそこが安全なのは分かったけど、なんで黒衣は怪の国に行くことができるんだ?」
「私の能力のひとつでございます。遥か昔に私は怪の国に来たことがありました。その時にあの拠点を作って、霊扉の術式を組み込んだのです。この霊扉は、私が行ったことのある場所でしたら、どこにも移動することが可能です。とはいえ日国間で移動することはできませんが」
「それでもかなり凄い能力だよな! これからもその結界の中で修行するのか?」
「はい。ですが、怪の国での修行は霊装の制御が目的ではございません。あの場所は、怪の国の外れにある森でして、滅多なことでは怪も現れません。ですが、その代わりに霊獣が多く生息している森なのです」
――霊獣……なんか嫌な予感しかしない。
「霊装の制御が出来たら、霊獣を倒してレベル上げを致しましょう」
あぁ、目の前にいるのは、ニコニコ笑顔の悪魔だったのか……。
嫌な予感が的中した俺は、頭を抱えて天を仰ぐのであった。
―
そしてこの日の夜、ちょっとした問題が発生した。
「もう夜も遅くなってきたし、慣れないことして疲れたからそろそろ寝ようか」
そう俺が口にした時、俺の中でひとつの疑問が芽生えた。
――黒衣ってどこで寝るの?
昨日俺が一日中寝てるとき、黒衣はすでに顕現してた訳で、ってことはどこかで寝てたと思うんだけど……。
俺がハテハテとなっていると、黒衣は立ち上がって当然かのように俺の部屋へ入っていく。
何で俺の部屋に入るのかな、黒衣さん?
俺が慌てて部屋に入ると、ベットの脇にチョンと座って掛け布団を上げて「ささ、お入り下さいませ」と言っている。
「く、黒衣さんはどこで寝るのかな?」
俺がそう尋ねると、コテンと小首を傾げて不思議そうに俺の顔を見てくる。
「もちろん詩庵様と同じお布団で寝かせて頂きます」
「ちょ、ちょぉっと待とうか。俺はこう見えて、迸る欲望を内に秘めた16歳の野獣なんだよね? そんな俺と、黒衣みたいな可愛い女の子が一緒のベッドで寝るなんて危険すぎるから絶対にダメだろ!」
本当に何言ってるのかな、この子は。
マジで襲われても、文句言えないようなことを口にしてるって自覚あるのかね?
しかし、黒衣も全然譲る気がなさそうで、一時間にも及ぶ会議の末、ベッドに俺が寝て、黒衣はベッドの隣に敷いた布団で寝ることになった。
ベッドの上で横になり、隣をチラリと見ると、黒衣と目が合って薄らと笑みを浮かべてくる。
くそっ、可愛い……。
こんな状況でどうやって寝ればいいんだよ……。
そんなことを考えていたが、今日のハードな一日の疲れは相当だったのだろう。
少し目を瞑っただけで、簡単に意識を飛ばしてしまったのだ。
なので、黒衣が呟いた言葉を、俺は最後まで聞くことは出来なかった。
「詩庵様のことは、必ず黒衣がお守りしてみせます」
その瞬間、黒衣の身体から黒い霊装が蒸気のように立ち昇っていった。
確かに、垂れ流し感がハンパない。
「そんなに霊装が出てて、身体には問題がないの?」
「流石にずっと霊装をこの状態にしておくと、霊装が枯渇してしまって1日は動けないようになるでしょう」
「そ、そんな事になんの? じゃあ、さっきまでの俺って結構ヤバい状態だったんじゃ……」
「そうですね。ですが、詩庵様の器の総量と、出力される霊装の量を見て、大丈夫だと判断致しましたのでご安心ください」
「黒衣は本当に凄いな。そこまで考えてくれているとは思わなかったわ」
褒めると直ぐに顔を赤くしてしまう黒衣さん可愛い。
それにしても、出会ってまだ数時間だというのに、なんで俺はこんなにもこの子のことを信頼しているのだろうか。
色々と教えてくれたから?
それももちろんあるし、黒衣から悪意というものを一切感じない。
初めて黒衣を見たときに感じたのだが、なんか魂が繋がっているというか、絶対にこの子は俺のことを裏切らないっていうのが分かってしまったのだ。
「そ、それでは、この垂れ流している霊装を制御したいと思います」
目の前で荒々しく噴出していた黒い霊装が、一変して黒衣の身体の周りを穏やかに揺らめいていた。
「これが霊装を使用して戦う際の、基本的なスタイルとなります。今の私は、霊装の膜を身体から20cmくらいの距離で維持させています。そして、膜の距離を維持させたまま出力を上げることで、霊装の密度が上がって攻撃力、防御力共に向上します」
「もし20cmよりも離れてたり、近かったりする場合はどうなるんだ?」
「身体と霊装の膜の距離が離れすぎると、力が分散してしまって威力が落ちてしまうのです。逆に近い場合は、霊装がダメージを吸収する遊び部分が少なすぎて、身体にダメージを与えてしまう可能性がございます」
なるほど。
今の話で霊装について2点のことが分かった。
まずは霊装を維持する際には、水風船のようなイメージを持つと良いということだった。
肉体から20cmくらいに、水風船の風船部分、つまり霊装の膜があることを意識して囲み、その中を霊装が揺らめいているイメージだ。
そして、分かったことのもう1点が、霊装の膜を20cmにする理由だ。
例えば、ホースから出る水をイメージしたら分かりやすいかも知れない。
同じ水量の水がホースから出たとしても、霧状に出力してしまうと効果は分散されてしまう。しかし、ホースの出口に圧力をかけることで、水の勢いは強まる。このような考え方が霊装でも適用されると言うことなのかも知れない。
さらに、黒衣も言っていたが、霊装にはショック吸収の役割もあるのだろう。ホースの理屈で言うと、身体と霊装の距離が短いほど圧力は強くなるのだが、その分硬くなりすぎてショック吸収の役割を果たさなくなってしまう。なので、恐らくこの20cmという距離は、先人たちの知恵が集結した距離感なんだろうな。
「よし、分かった。じゃあ、ちょっとやってみる」
自分の身体の周りに霊装が漂うイメージで、20cm先に霊装の膜があることを意識して集中をする。
俺のイメージでは、この時点で既に出来ているのだが、実際にやってみると全然上手くいかなかった。
(20cmに霊装をキープするってめちゃくちゃ難しくない?)
霊装を0%にするのは意外と出来るんだけど、20cmにキープさせるためには、そこに脳のリソースをかなり使わないとできなかった。……これを自然に扱えるようになるまでどれくらいの時間が必要になるんだよ。
俺は途方もない道のりに気が遠くなりそうだった。
その後もひたすら練習をしていたが一向に上達する気配はなかった。
「今日はもう遅くなりました。家に帰って身体を休めましょう。夜ご飯が終わりましたら、この場所のこと、そして私が顕現した理由を説明させて頂きます」
―
「あぁ~、もうお腹いっぱいだ。黒衣の作るご飯本当に美味しくて、ついつい食べすぎちゃうんだよな」
お世辞抜きで黒衣の作るご飯は、本当に美味しかった。正直このご飯を食べられるなら、普通にお金を出しても惜しくはないと思わせるレベルだ。
この料理を作った黒衣は、今キッチンで食器を洗ってくれている。俺が食事を褒めたら、ガチャンと何かを落とした音が聞こえたので、今も顔を赤らめていることだろう。
俺が黒衣のことをダイニングチェアに座って待っていると、コーヒーを持ってやってきた。
ひょっとしたら黒衣は、俺以上に我が家のキッチンを知り尽くしているのでは無いだろうか?
「なぁ、不思議だったんだけど、黒衣ってなんでそんなにうちのキッチンを使いこなしてるの? あと、クラスメイトたちのことも知ってるみたいだったし……」
「それは、詩庵様のお側でずっと拝見していたからです」
「……………ん? どういうこと?」
「詩庵様の祖先は、自分の子孫が怪に殺されたときに、神魂の発動と私の顕現が行われると説明させて頂きましたが、もっと細かく対象を説明すると、子孫の中でも長男か長女の血脈が対象となります。なので、詩庵様のお父上様やお祖父様のことも見守って参りました」
「つまり……、守護霊的な感じなのか?」
「守護霊とは違いますが、イメージとしては同じようなものです。詩庵様の祖先は、怪に殺されたときに神魂を発動させるという術式を仕込みましたが、ひとつ問題がございました」
「問題?」
「はい。それは、怪に殺された瞬間に神魂が発動しても、再び怪によって殺されてしまう、という問題でございます」
確かに生き返ったところで、殺されたときの傷は癒えてないし、俺の意識も戻っていない。そんな状態で神魂が発動したとしても、また怪によって殺されてしまうのがオチだろう。
「そこで私の役目でございます。神魂の発動と同時に私が一緒に顕現することで、怪から詩庵様の身を守れますし、傷を癒すことも可能になったのです」
「そういうことだったのか。どうして隠世で怪に殺されたはずの俺が、自分のベッドで寝ていたのか不思議だったんだが、黒衣が俺のことを助けてくれていたんだな」
目の前にいる小さな女の子に俺は深々と頭を下げて、「ありがとう」と心から伝える。
黒衣は「お止め下さい」と言っているが、正直頭を下げるよりももっと黒衣に対して感謝を伝えたいくらいだ。
「助けてくれたこともそうだけど、今まで俺たちのことを見守っててくれてありがとうな」
すでに神楽の血筋は俺一人になってしまったが、1000年以上に渡って守り続けてきてくれた黒衣には本当に感謝しかない。
礼を伝え終わって、頭を上げて黒衣を見ると、大粒の涙を零していた。
泣かせてしまった、と焦った俺はアワアワとしてしまったが、そんな俺を見て黒衣は涙を零しながらクスリと微笑んだ。
「ご心配なさらないでください。私は詩庵様にそう言ってもらえて、とても嬉しかったのです。今まで私はたくさんの最期を見て参りました。その全てが幸せなものではありません。病に伏せて苦しみながらお亡くなりになった方もいますし、お父上のように事故で亡くなられた方もいらっしゃいます」
話しながら黒衣は俯いてしまい、テーブルに大粒のシミを作っていた。
黒衣は今までどんな気持ちで、最期を見送ってきたのだろう。
俺が黒衣の立場だったらどうだ?
正直耐え切れる自信がない。だって色々あったとはいえ、父さんと母さんが事故で死んでしまってからの俺は、苦しみから逃げるように喧嘩ばかりしていた。
目の前にいる小さな女の子は、俺なんかよりも全然強い尊敬できる人なのだ。
「――そ、そして詩庵様が、怪に殺されているときも、私は傍観することしか出来ませんでした」
そう言うと今度こそ嗚咽を漏らして泣き出してしまった。
ダイニングチェアから立ち上がった俺は、黒衣の元まで行って小さな肩を支えるようにギュッと抱きしめる。
一瞬驚いた表情を浮かべた黒衣だったが、俺の顔を見ると胸に顔を押し付けながら大声で咽び泣いた。
どれくらい泣いていたのだろう。
落ち着いたのか、黒衣は俺の胸の中で口を開く。
「詩庵様、ありがとうございます。もう大丈夫でございます」
黒衣は俺の胸から顔を離すと、すぐに着物の袖部分で顔を隠してしまう。
なんで顔を隠してるのかと尋ねると、「わ、私の顔は今見て欲しくありません」と言うので、無理やり見てやろうとしたら滅茶苦茶怒られてしまった。
―
「ゴホン。私が現世に顕現した理由は分かって頂けたかと思います。さて、それでは次は、私が発現させた扉の先の場所について説明をさせて頂きます」
「あぁ、あそこな。なんか隠世と同じ気配がしたんだよな」
隠世に囚われたときよりは、圧迫感が軽く感じたけど、扉の先のあの場所も日国とは比べ物にならないくらいに魔素が充満していた。
この日国にあんなにも魔素が充満している場所があるのだろうか。
「流石詩庵様でございます。隠世とは、怪が自分たちの生まれ故郷を、人為的に作った結界でございます。怪は魔素が充満している場所ではないと、力を十二分に振るうことができないので、隠世を作ってそこで狩りなどを行なっているのです」
「隠世があいつらの生まれ故郷ってことは、怪って日国のどこかで生まれてるわけじゃないってことか?」
「はい。怪は『怪の国』で生まれます。以前怪は輪廻転生の理から外れた魂だとお伝えしましたが、そのような魂は怪の国に誘われて怪となるのです。怪の国は魔素が充満しておりますので、怪にとっては暮らしやすい天国のような場所でございます」
「この話の流れだと、ひょっとしてさっきまで修行してたあの場所って――」
「ご想像の通りでございます。先ほどまで我々は、怪の国に居りました。ですが、ご安心ください。あの場所は特殊な結界が張っておりますので、外に我々の存在がバレることはございません」
その言葉を聞いて俺は安心してしまった。
だって、あんな化け物が、ウヨウヨいるような国にいたんでしょ?
もし大勢の怪が一気に襲ってきたと思ったら、正直笑い事にならないレベルでヤバイよね。
「あそこが安全なのは分かったけど、なんで黒衣は怪の国に行くことができるんだ?」
「私の能力のひとつでございます。遥か昔に私は怪の国に来たことがありました。その時にあの拠点を作って、霊扉の術式を組み込んだのです。この霊扉は、私が行ったことのある場所でしたら、どこにも移動することが可能です。とはいえ日国間で移動することはできませんが」
「それでもかなり凄い能力だよな! これからもその結界の中で修行するのか?」
「はい。ですが、怪の国での修行は霊装の制御が目的ではございません。あの場所は、怪の国の外れにある森でして、滅多なことでは怪も現れません。ですが、その代わりに霊獣が多く生息している森なのです」
――霊獣……なんか嫌な予感しかしない。
「霊装の制御が出来たら、霊獣を倒してレベル上げを致しましょう」
あぁ、目の前にいるのは、ニコニコ笑顔の悪魔だったのか……。
嫌な予感が的中した俺は、頭を抱えて天を仰ぐのであった。
―
そしてこの日の夜、ちょっとした問題が発生した。
「もう夜も遅くなってきたし、慣れないことして疲れたからそろそろ寝ようか」
そう俺が口にした時、俺の中でひとつの疑問が芽生えた。
――黒衣ってどこで寝るの?
昨日俺が一日中寝てるとき、黒衣はすでに顕現してた訳で、ってことはどこかで寝てたと思うんだけど……。
俺がハテハテとなっていると、黒衣は立ち上がって当然かのように俺の部屋へ入っていく。
何で俺の部屋に入るのかな、黒衣さん?
俺が慌てて部屋に入ると、ベットの脇にチョンと座って掛け布団を上げて「ささ、お入り下さいませ」と言っている。
「く、黒衣さんはどこで寝るのかな?」
俺がそう尋ねると、コテンと小首を傾げて不思議そうに俺の顔を見てくる。
「もちろん詩庵様と同じお布団で寝かせて頂きます」
「ちょ、ちょぉっと待とうか。俺はこう見えて、迸る欲望を内に秘めた16歳の野獣なんだよね? そんな俺と、黒衣みたいな可愛い女の子が一緒のベッドで寝るなんて危険すぎるから絶対にダメだろ!」
本当に何言ってるのかな、この子は。
マジで襲われても、文句言えないようなことを口にしてるって自覚あるのかね?
しかし、黒衣も全然譲る気がなさそうで、一時間にも及ぶ会議の末、ベッドに俺が寝て、黒衣はベッドの隣に敷いた布団で寝ることになった。
ベッドの上で横になり、隣をチラリと見ると、黒衣と目が合って薄らと笑みを浮かべてくる。
くそっ、可愛い……。
こんな状況でどうやって寝ればいいんだよ……。
そんなことを考えていたが、今日のハードな一日の疲れは相当だったのだろう。
少し目を瞑っただけで、簡単に意識を飛ばしてしまったのだ。
なので、黒衣が呟いた言葉を、俺は最後まで聞くことは出来なかった。
「詩庵様のことは、必ず黒衣がお守りしてみせます」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
85
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる