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第一章

012:流

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 黒衣から怪の国で、「霊獣討伐をしましょう」と笑顔で言われた俺は、正直不安で一杯だった。
 だって、低ランクダンジョンの2階層目で大苦戦してたんだよ?
 そんな俺が霊獣っていう、よく分からないのと戦えるのか不安でしかないよね?


「本当に俺でも戦うこと出来るのかな?」

「大丈夫です。ちゃんと霊装の制御さえ出来れば、結界周辺の霊獣でしたら戦うことはもちろん、勝つことだってもちろん可能です!」

「正直その霊獣っていうのがどれくらいの強さか分からないけど、黒衣がそこまで言うなら大丈夫……なのかな。ところで、霊獣ってさっきから言ってるけどさ、日国にいる魔獣と何か違うのか?」

「日国に漏れ出た魔素が動物を侵食して成るのが魔獣ですが、霊獣は怪と同様に肉体がなく、魂のみの存在です。なので怪と同様に霊装がないと戦うことができないのです」

「なるほど……。怪の国の野生動物って感じなのか……」

「そんな可愛らしいモノではありませんが、ニュアンスとしてはその通りでございます。ただ、強者に当たる怪でも遅れを取るくらいに強い霊獣もいますが、その分得られる力は相当のものがございます」

「そんなのに遭遇したら、シンプルにヤバくない?」

「ご安心ください。そのような霊獣は、霊獣の森――結界がある森のことですね。そちらの中心部にまで行かない限りは遭遇することは滅多にございません。さらに言うと霊獣の森は、日国がある世界で言うところの中部国と同様の広さがございます」


 な、なるほど。
 あの結界がある森って、そんなに広かったのか。
 来週から冬休みになるから、その期間はガッツリ修行になるのかな。
 俺が今後の予定を勝手に組み立てていると、黒衣がジッとこちらを見ていることに気がついた。


「ん? どうした?」

「いえ、もし詩庵様が大丈夫でしたら、来週から学校はお休み頂くことはできないでしょうか? みっちりと修行が出来ないかと思いまして」

「え? まだ学校終わってないんだけど……」

「存じ上げております。期末テストもつい先日終わり、詩庵様の成績はすこぶるよろしかったことも。詩庵様の成績とあの学校の校風でしたら、冬休みまでの数日間お休みしても問題ないかと愚行致しました」


 た、確かに黒衣の言うように、テストも終わったし成績だって学年で2位を取ることができた。

 ――ちなみに1位は美湖である。

 なので冬休みに入るまで休んだところで、特に何も言われることもないだろう。それにしても、俺のことだけではなく、周りのことをここまで把握しているとは……。
 黒衣、恐ろしい子……。

 そして、俺は黒衣に押し切られる形で、冬休みが始まるまでの学校は休むことになってしまった。
 だけど、癪に障るのは、俺がクラスメイトから逃げたと思われることだよな。
 まぁ、美湖のあの目から逃げられる口実ができたのは助かるけど……。

 とりあえず、学校には風邪引いたって言っとけばいいか。



 ―



 次の日から俺は朝から晩まで、ひたすら霊装制御の修行を繰り返していた。
 正直めちゃくちゃしんどい。

 毎日朝6時起きで、7時から霊装制御の修行を開始。
 そして、9時くらいになると、黒衣がどこからか集めてきた石を、俺に向かって全力で投げてきて、それを避けずに霊装で防ぐということをしている。
 ちょっとでも霊装が緩いところがあると、石が体に当たって半端なく痛いのだ。まぁ、怪我しても黒衣の治癒術ですぐに治ってしまうのだが。

 俺に向かって石を投げてくるときの、黒衣の表情は無である。
 控え目に言っても黒衣はとても可愛らしい女の子なのだが、無表情でガンガン石を全力で投げてくる光景は恐怖でしかない。
 正直、『殺られる!』と思ったのは、この短期間で一回や二回では済まなかった。

 そんな感じで午前を終えるのだが、この時点で俺はグロッキー状態になっている。
 そんな俺を叱咤激励する黒衣は、お昼ご飯からお肉たっぷりのガッツリ飯を出してきて、『午後からも頑張りましょう』と言う無言の威圧を与えてくるのだ。

 そして、食後の一時間くらい休憩したら、次は霊装を全身に均一に纏うのではなく、身体の一部分に集中的に霊装を集めるという修行をしている。
 この修行の内容を初めて聞いたのは、午後の修行の合間休憩のときだった。


「だいぶ霊装の制御が出来るようになって参りましたね」


 寺院の中で休憩をしていると、黒衣が俺が自然体で霊装を0%に出来ているのを見て、ゆっくりと立ち上がりながらそう言った。
 そして、俺を寺院の外に連れ出して、巨大な岩の前で立ち止まる。


「それでは次に修行する内容を説明致します。今は霊装を全身に満遍なく覆うように出していますが、これを応用するとこのようなことができます」


 右腕を上げると、それまで均一に身体の周りを揺蕩たゆたっていた霊装が、黒衣の右腕に集まり始めた。


「出力している霊装の80%を右の拳に集めて、残りの20%で全身を覆っている状態になります。そして、この状態でこの岩を殴るとどうなるのかお見せします」


 黒衣は自身の身長の倍以上もありそうな、巨大な岩の方を向き、霊装が集まっている右拳で殴り付けた。


 ドゴォォォォン!


 黒衣が岩を殴った瞬間に、大きな爆音と爆風、そして土煙が俺の視界と聴覚を一気に遮断する。2、3分ほどすると、徐々に土煙も収まってきて、黒衣の姿を確認することができてきた。


「……………………え?」


 俺は驚愕して言葉を失ってしまう。
 黒衣の目の前にあったはずの巨大な岩が、突然消えてしまったのだ。いや、正確に言うと岩はまだある。しかし、元々あった岩の1/4程度のサイズになってしまっていたのだ。


「お分かり頂けたでしょうか。攻撃をする箇所に霊装を集めることで、このような破壊力を引き出すことができます。また、防御の際も同様で、霊装の多く集めた箇所は衝撃が少なくなりますし、霊装が薄い箇所はその分大きな衝撃を受けてしまいます」

「な、なるほど……。例えばだけど、霊装を使いこなしているやつと戦うとするじゃん。そのときって攻撃する右腕に霊装の60%を集めて、全身には40%の霊装を纏わせる。って言う感じの駆け引きとかしてるってこと?」

「はい。その通りでございます。先ほど詩庵様が仰ったような攻防を、コンマ一秒にも満たない時間で行わないとなりません。この霊装の移動を『りゅう』と呼びます」

「マジかぁ……」


 黒衣は簡単そうに言っているが、流を自由自在に操るくらいの達人になるのにどれくらいの時間がかかるんだよ。少なくとも24時間霊装に向き合って、10年? 20年? いや、それ以上の年月が必要になるかもしれない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。そこまでのレベルはさすがに厳しくないか?」


 俺は慌てて黒衣を止めようとしたが、当の黒衣は俺が一体何に慌てているのか分からないようで、「はて?」と可愛らしくキョトン顔していた。


「大丈夫ですよ。詩庵様なら近い将来必ず出来るようになります。神魂が発動しただけでも、身体機能がかなり向上されてます。特に詩庵様に関しては、幼少期より武術の心得がございますので、間違いなく成長速度は早いことでしょう」



 ―



 黒衣はすぐに出来るようになると言っていたが、はっきり言ってそんなのは俺を励ますための言葉だと思っていた頃が俺にもありました。

 というのも、最初の3日間くらいは手古摺ったものの、4日目から急にスムーズにできるようになってしまったのだ。


「実は霊装に関しては、祖先の神魂が大きな影響を与えております。もちろん詩庵様の天性の才能もございますが、神魂が霊装の扱い方を知っていたというのも大きな要因でございます」


 やっぱりなぁ。
 さすがに早すぎだと思ったんですよ。
 だってどう考えても流を会得するのは相当な時間を要するでしょ。

 ネタバレを聞いた俺は、寺院の床でクサクサしてると、慌てた黒衣がすかさずフォローをしてくれる。


「た、確かに神魂の力もありますが、それでも詩庵様の才が秀でてることは間違いございません。霊装は魂だけではなく、それを操る人の思考の速さや肉体の強さが影響してくるのですから」

「あぁ、気を遣わせちゃってごめん! クサクサはしたけど、納得はしてるし、それが理由で本当に腐って修行しなくなるなんて有り得ないからな。もっと頑張って霊装を使えるようになるよ。だって、俺が強くなるためなんだからな。よーし、気合い入れるぞぉ!」

「詩庵様……。はい。気合い入れましょう! その心意気に私も応えないとですね! それでは今からの修行は、流を実戦で使えるように組手を行いましょう!」


 ――え? 組手ですか?
 もはや悪い予感しかしないのですが……。



 ―



「詩庵様、大丈夫でしょうか?」

「あ、あぁ、大丈夫だよ」


 俺の悪い予感は見事に的中して、組手で見事なまでに完膚なきまでにボコボコにされたでござる。

 っていうか、黒衣は全然手加減とかしないんだな。ガチでボコボコにされてしまったよ。
 だけど、正面から相対して見た黒衣の流は、流れるように美しくて、まるで舞を踊っているかのようだった。

 俺は黒衣から治療を受けながら、何を意識して流を使っているのかと聞いたら、相手の流の動き出しを見て判断をしているとのことだった。

 はい。これが、天才の言葉です。

 黒衣曰く、流の動き出しを見ることで、どのような攻撃が来るのか先読みして戦っているとのことだった。
 猛者たちでは基本となる戦い方のようで、先読みされないためにも、流の流れを一瞬で終わらせたり、フェイントなどを入れたりする高度な駆け引きが発生するらしい。


「それにしても、詩庵様は霊装の組手が初めてのはずなのに、すぐに順応されて本当に凄かったです!」


 黒衣が鼻をフンフンさせながら、興奮気味に言ってくる。


「ボコボコにされたけどな」

「詩庵様はそう言いますが、本当に凄いことなのです。神魂が発動したとしても、常人はこんなにもすぐ順応することはできません。やはり幼少期からの鍛錬があってこその今でございます」

「あ、ありがとう……」


 ここまで真正面に褒められると、正直照れてしまうのは思春期の男子だからなのであろうか。しかも、褒めてくれているのが、見た目中学生の和服美少女なのだから致し方ないことだろう。
 つか、こんな子に褒められて、クールに対応できるほどの余裕があったら、学校でボッチになってないっつーの!

 俺は心の中で、第三者が聞いたら同情されるレベルの心の声を大絶叫するのであった。
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