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第二章

017:神隠し

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 冬休みが終わって早くも1ヶ月が経過して、すでに2月に入っていた。
 二学期の最後は一週間サボったということもあって、正直また嫌がらせみたいなのを受けるのかと思っていたが、そのようなことは一切なく快適なぼっちライフを過ごすことができた。

 また、俺のオーラが無くなったことで、何か不利益なことが生じるのではという不安も今はもう無くなっている。
 正直美湖が俺のオーラが無くなっていることに気付いているのか、気付いていないのかは判断がつかない。
 しかし、誰からもオーラのことで何かを言われることはないので、俺の中ではどちらでも良いやという気持ちになっていた。

 ちなみに、先ほど俺はボッチ生活と言ったが、実は一点だけ大きな変化が起きていた。
 それは、お昼ご飯を一緒に食べる仲間ができたのだ!
 その仲間の名前は――黒衣である。

 なぜこんなことになっているのかを説明するためには、新学期の朝まで遡らなくてはいけない。



 ―



「今日から俺は学校に行くけど、黒衣は家でゆっくり留守番しててくれな。部屋は好きなように使ってもらってても大丈夫だから」


 黒衣が作ってくれた朝食を一緒に食べながら、黒衣に有意義に過ごしてくれ的なことを言うと、目をパチクリとさせて「この人は何を言ってるのだろう?」という感じで小首を傾げてくる。
 そして、何かに思い至ったのか、ポンと手を叩いて口を開いた。


「私も学校までお供させて頂きますよ?」

「え? 学校内は関係者以外入ることが出来ないんだが?」


 いくら学力至上主義で、成績さえ良ければ多少のことは目を瞑ってくれる学校だったとしても、中学生くらいの女の子を教室に連れ込むのは流石に了承してくれないだろう。


「もちろん存じ上げてございます。なので、誰にも気付かれぬように同行しようかと思っておりました」

「霊装断絶を使うってことか? けど、確かあれって、一時間くらいしか継続しないんじゃなかったっけ?」

「今回は霊装断絶は使いませんよ。――まぁ、見て頂くのが一番早いかと思いますので、詩庵様そちらに立って頂けないでしょうか」


 俺は黒衣に言われたまま、ダイニングテーブルの横に立つと、黒衣がスタスタと歩み寄ってきた。
 そして、俺の間近にまで来たと思ったら、一瞬で姿を消してしまったのだ。


「――――え? 黒衣、どこ行ったん?」


 周りをキョロキョロ見渡しても、黒衣の姿はどこにも見当たらなかった。
 俺が呆然と立ち尽くしていると、何やら足元の方で「詩庵様、詩庵様……」と名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
 その声がする方を向くと、床から顔だけをひょっこり出して、ニコニコと笑っている黒衣がそこにいた。
 その姿は完全に生首のそれだった。そして、生首が笑顔でこちらを見ている光景は完全にホラーである。


「うわぁぁぁ! どう言うこと? これどう言うことなの、一体???」


 あまりの出来事に驚愕した俺を尻目に、黒衣は床から全身を出して「うふふ」と悪戯っぽい笑顔を浮かべている。


「これも私の能力の一つで、影入かげいりと申します。この能力は、主様の影の中で入り込んで、共に移動ができるというものです」

「な、なるほど……。じゃあ、その影入を使って一緒に学校へ行くってことなのか」

「はい、その通りでございます」



 ―



 そして、共に学校へ行くことになった黒衣は、現在旧校舎の屋上にある給水タンクの上で、俺の隣に座りながら美味しそうにお弁当を食べていた。
 教室でボッチ飯をするのは正直しんどいので、探索の結果この場所を発見したのだ。

 旧校舎は普段はあまり使用されずに、特別授業があるときや、受験のときなどに使われているくらいなので、あまり人が来ない穴場だったりする。
 しかも、屋上へ出る扉の鍵はほとんど壊れている状態で、ドアノブをガチャガチャと何度か回していると勝手に鍵が空いてしまうのだ。

 ドアを閉めるときは、屋上側のドアノブにあるボタンを奥まで押し止めて、そのままドアを閉めるだけで施錠完了してしまう、どうしようもない仕様になっていた。
 俺にとっては助かるから良いんだけど、流石にセキュリティ甘くないですかね?
 まぁ、旧校舎の屋上なんて何もないし、誰も来ないんだろうけどさ。

 黒衣の美味しいお弁当を食べながら、ふとあることを思い出した。


「そういえば、弓削さんまだ見つかってないみたいだな?」

「新学期が始まったときに先生が仰ってた、一人のクラスメイトが行方不明になったというお話のことですね」


 新学期が始まった初日のSHRで、担任がクラスメイトの弓削 凛音ゆずりりんねさんが行方不明になったと発表をした。その言葉にクラスは一気に騒がしくなったが、全員が心配そうな表情を浮かべていたことを覚えている。

 弓削さんは、物静かでいつも自分の席で本を読んでいるような女の子だった。
 身長は低めでなんとか150cmを超えたかな程度しかなく、髪型も三つ編みだったので、中学生と間違われても仕方がなさそうな外見をしていた。

 俺は彼女と一度会話をしたことがあるのだが、大人しそうな感じなのにそれでも自分の意志をしっかりと伝えられる子だったのが、とても意外だったので印象深く記憶に残っている。
 実はそんな彼女のことを俺はかなり好意的に思っているのだ。
 なぜかと言うと、俺が無能と呼ばれて蔑まされていたときも、心配そうな顔をして俺のことを見てくれていたから。

 自分でもチョロイって分かってるよ。
 だけど、あのクラスの状況で、多分唯一心配そうな顔をして俺のことを見てくれた子だったんだよ。
 そんな子に対して、好印象を抱かないはずがない。


「多分家出とかじゃないと思うんだよな。そんなことが出来そうな子じゃなさそうだし。そうなると事故にあったのか、何かしらの事件に巻き込まれてしまったのか――」

「もしくは、怪に攫われた……という可能性もございます。そして、この怪に攫われて、突如行方不明になってしまう現象のことを、『神隠しにあった』と古来より人間は考えておりました」


 俺の話を遮った黒衣は、聞き捨てならないことを口にした。


「え? 怪に攫われた? そんなことがあるのか?」

「はい。長い年月を生きている怪は、しっかりとした自我があり、怪の国で人間のように生活をしております。そこでの労働力として、怪は人間を攫って奴隷として働かせているのです」

「マジかよ……。ただ魂を喰うだけじゃなく、人間を奴隷にしてるのか……」

「怪の国には、伽沙羅という国家、そして首都がございます。その周辺には大小様々の街や村が点在しており、そこで働く労働力として人間を使っているのです」


 正直怪のことを、知能のない化け物だと思い込んでいた。
 しかし、話を聞けば聞くほど、その思い込みが間違えていたことに気付かされる。
 正直怪に対して、嫌悪感しかない。

 確かに人間だって、生き物を家畜にするし、殺して食べたりもする。
 だけどさ、人間がそういう扱いをされているって思うだけで、本能的に嫌悪感を抱いてしまうのだ。

 身勝手だと思われてもいい。
 しかし、俺の中で怪を倒す理由がまたひとつ出来てしまった。


「じゃあ、ひょっとしたら弓削さんも、神隠しにあった可能性があるってことだよな?」

「はい、その可能性は否めません。ですが、可能性のひとつなので、そこまで気にされることはないかと……」

「うーん。……つかぬことを聞くけどさ、俺って怪と戦ってもそこそこ良い勝負できると思う?」

「その質問の真意は、怪の村に行って怪たちと戦えるのか、ということでよろしいでしょうか?」

「あぁ、その通りだ」


 黒衣は「そうですか」と一言口にして、少しの間何かを思案しているようだった。


「その前に、怪についてもっとお話した方が良いかと思います。そして、この話は少し長くなってしまうと思うので、ご帰宅されてからのご説明でもよろしいでしょうか?」

「あぁ、それで問題ないよ。つか、そろそろ授業も始まりそうだしな。じゃあ、今日の修行が終わったら家で話を聞かせてくれよ」

「承知しました」


 俺は立ち上がって教室へ向かおうと歩き始めると、黒衣がスルッと影に入るのが気配で分かった。

 ――うーん。俺の影の中ってどんな感じになっているのだろうか。全然居心地良さそうな気がしないんだけどな。

 そんなことを考えていると、チャイムの音が聞こえてきたので、俺は焦って早歩きをするのであった。



 ―



 その日の夜。
 怪の国で霊獣を倒し終わった俺は、夕食も済ませてソファーで寛いでいた。
 ちなみに、今の俺のレベルは5になっている。
 だが、ここからが全然上がらなくて、黒衣曰く「この周辺の霊獣では、これ以上詩庵様のレベルを上げるには足りないのかも知れません」ということだ。

 以前黒衣が言っていたように、俺の神魂の器は結構大きいらしく、数多くの魂か、とても強い魂を吸収しない限りなかなかレベルが上がらないらしい。
 だけど、レベル1から先に進まなかった頃に比べたら、精神的にかなりのゆとりが俺の中にはあった。


「詩庵様、お昼の続きをお話してもよろしいでしょうか?」


 黒衣はキッチンから出てくると、いつも通りお茶とお茶請けを持っていた。
 そして、今日はダイニングテーブルではなく、ソファーの前にあるテーブルにそれらを置いて、黒衣は絨毯の上で正座で座る。


「もちろん。俺はいつでも大丈夫だよ」


 黒衣は俺の言葉を聞いて、小さく頷くと口を開いてゆっくりと話し始めた。
 その話を要約すると、こういうことらしい。

 かつて陰陽師は怪の強さを図るために、1から7の等級を作った。
 生まれたてで自我の芽生えていない怪を7等級、逆に強い怪を1等級に据えたらしい。
 この等級は、当時の陰陽師が神魂が発動した者だけに聞こえる鈴に術式を組み込んで、1度鳴ると7等級で、7度鳴ると1等級というようにしたのだが、ここで一つの疑問が湧いてくる。

 それは、なぜ等級と鈴の音をあべこべにしたのか、という疑問だ。
 それについて聞いてみたら「7等級が一番頻繁に現れるので、その度に7回も鈴が鳴るのが煩わしかったのでしょう」ということだった。

 ――なるほど。

 また、怪は日国に現れるときは、無理やり空間を歪ませてやってくるらしい。
 この空間の歪みを黒衣は察知できるらしいのだが、強ければ強い怪ほど歪みは大きくなるとのことだった。
 そしてその歪みの影響は、日国と怪の国のどちらにも深刻な影響を与えてしまうみたいだ。

 なので毎日のように、日国と怪の国を行き来できる怪の等級は4等級くらいまでで、3等級や2等級の怪は一度日国に来ると当分の間は怪の国に戻れなくなってしまうとのことだった。
 しかし、3等級は稀に日国に現れるらしいので、最低でも3等級の怪を倒せないと、日国内で怪と戦うのはダメということだった。
 このことについては納得したのだが、そうなるとある疑問が生まれてきてしまう。


「俺たちが霊装を制御するみたいに、怪も霊装を抑えてからこっちに来れば良いんじゃないのか?」

「怪は我々のように、霊装を制御することができません。――いえ、正確に言うとやろうと思ったらできるのですが、怪はそのようなことは絶対にしないのです」


 うーん。
 黒衣が何を言いたいのかイマイチよく分からないな。
 俺が不思議そうに、うんうん唸っていると、「怪と我々の違いはわかりますか?」と聞いてきた。


「俺たちと怪との違い……。えっとぉ、魂を入れてる器があること、かな? 俺だったら肉体で、黒衣だったら刀みたいな」

「素晴らしいですね。その通りでございます。我々が霊装を制御しているのは、体や依代の外に漏れ出る霊装であって、実際には内側では霊装が常に充満している状態になっているのです。ここまではよろしいでしょうか?」

「うん、大丈夫。まだちゃんとついていけてるよ」

「詩庵様に初めてお会いした頃に、怪には肉体や依代というものはなく、怪魂という魂で形作られていることを説明したかと思います。もし内側に霊装を閉じ込める器がない怪が霊装を制御してしてしまうと、どうなってしまうのかお分かりになりますか?」

「霊装を内側に圧縮することで、逆に強くなっちゃうとか?」

「いえ、そうではなく、制御した分の霊装を消失してしまうのです。そして、消失した霊装を取り戻すためには、また長い年月を掛けて魂を吸収する必要があります」

「あぁ、なるほど。ボディビルダーの人が筋肉を失ってしまったら、その筋肉をまた取り戻すために過酷なトレーニングを長期間に渡ってやらないといけないのと同じ理屈なのか」

「わ、私はボディビルダーの生体に詳しくはないのですが、恐らくそのような考え方で間違っていないかと思います」


 この黒衣の話をまとめると、日国に来て人間を攫う怪の目的は大きく2つありそうだな。

 一つ目は、労働力としての人間。
 そして、二つ目は日国に来れない怪に献上する、食糧としての人間。

 俺はこの考えを黒衣に伝えると、「少しだけ誤りがございます」と指摘して理由を教えてくれた。


「怪にとって一番魅力的だと感じるのは、苦しみや後悔、怒りや恨み、悲しみなどの負の感情に塗れた魂です。なので、攫ってきていきなり魂を吸収するなんてことは致しません。奴隷にして苦しませてから、最高の状態に仕上げて吸収するのです」

「じゃあ、奴隷にしている人たちは、全員が怪の食糧になっちまうってことなのか……」

「最終的には、そうなってしまいます」


 くっそ胸糞悪りぃな。
 もし弓削さんが怪の国に攫われているかも知れないと考えると、腹の底からドス黒い何かが湧き上がってくるような感じがした。


「それでは次に、怪の国についてご説明します」
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