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第三章
037:ごめんね。
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宴会の次の日に俺たちは、京の都を少しだけ観光してから杜京へ戻った。
春休みは後半戦に突入していたが、この間に俺と凛音はクランの登録をするために、資料を記入して提出したりと慌ただしい日々を過ごしていた。
その甲斐もあって、恐らく4月中頃にはクランを設立することが出来るだろう。
昨年末に怪に殺されてからダンジョンに一度も潜っていないので、ハンター活動をまた出来ることが嬉しくてワクワクしてしまう。
凛音も「なんか部活やってるみたいだね」と言いどこか楽しそうな雰囲気を出している。
実は俺も凛音も部活動などやったことがなく、このような誰かと一緒の目的を達成するために何かをすることはとても楽しかった。
龍の灯火にいた頃も、最初のうちは今のように楽しんでいたと思う。
しかし、次第に苦しみが勝ってしまった。
レベルが上がらないことへの焦燥感、みんなの足を引っ張っているという現実に……。
徐々に俺に対して冷たい目を向けてくる仲間たちの視線が怖かった。
あぁ、だけど唯一雪宮さんだけは、ずっと変わらずに俺と接してくれてたっけ。
今思えば彼女の存在に救われていたんだと思う。
次にまた会うことができたら「ありがとう」って伝えたいな。
――
日中は凛音と一緒にクラン設立準備をする以外は、日国に現れた怪と戦うだけではなく、葬送神器をした際の霊装制御の修行をした。
その修行の甲斐もあり、葬送神器をした際にご先祖様の神魂を40%まで使用できるようになったのだ。
修行をして分かったことがある。
それは葬送神器を使用すると体力の低下が著しいということだ。
しかし、破坐と戦っているときは疲れを感じることがなかった。
黒衣の見解によると、黒死天斬で斬るとその場で怪の魂を吸収して体力に変換しているのではないかということだった。
確かにそんな効果があるのなら、あの時体力が落ちなかった説明がつく。
そんな慌ただしい日々を過ごしていたら、あっという間に春休みは終わり、俺たちは2年生へと進級した。
俺と凛音はまた同じAクラスになることができた。ちなみに美湖や秋篠たちも一緒だ。
学力至上主義の英明学園は、クラス分けを成績優秀者の順番になっている。
AからFクラスまであり、Aクラスに所属する30人がこの学年のTOP30ということだ。
ちなみに1年のときは、入試の成績順でクラス分けされていた。
「分かってたことだけど、またしぃくんと同じクラスになれて良かったぁ」
「別々になったら少なくとも俺はボッチになってたから助かったよ」
「私だってそうだよ。やっぱり気心知れた人がいるっていうのは嬉しいことだね」
本人はそういうが、今の凛音ならクラスメイトが放っておかないだろう。
それが何故かというと、凛音が華麗なるイメチェンを果たしていたのである。
一年のときは、眼鏡をかけてヘアスタイルは三つ編みと地味な感じだった。
しかし、今の凛音はヘアスタイルをゆるふわミディアムにして、眼鏡ではなくコンタクトにしていた。
プライベートでは良く見た姿だったが、学校にこの姿で登校したのは初めての事だった。
そんな凛音が教室に入った途端に、クラスメイトたちがザワザワしたのは当然のことだっただろう。
そして、一時間目が終わって凛音が俺の席に来るのを遮るように、クラスメイトの数人が凛音の周りを囲んだ。
「弓削さんとても可愛くなったね!」
「教室入ったとき驚いちゃったよ。また一年よろしくな!」
一年の頃と比べてあからさまに態度が変わったクラスメイトに、「え? あの……」と凛音は困惑している。
しかし、その中にいた一人の男子生徒の発言で、凛音の表情が一変した。
「神楽くんみたいな元ヤンと一緒にいたら、弓削さんの評判も下がっちゃうよ。だから、これからは俺たちと仲良くしようよ」
この発言をしたのは、一年の二学期の終わりに俺のことを煽ってきたやつだった。
直前まで困惑してた凛音は静かに立ち上がり、その男子生徒のことを睨みつける。
「きゅ、急にどうしたんだよ……?」
「あなたに……。あなたなんかにしぃくんの何が分かるっていうんですか? しぃくんは凄い人です!」
凛音にしては大きな声を出したことに気付いたので、俺は席を立って凛音の元へと向かう。
大人しい凛音が怒ったことに驚いたのか、周りにいた人たちは何も言えずに立ち尽くしていた。
俺は固まってる人垣を押し退ける。
「凛音、大丈夫だから。落ち着けって」
俺が凛音の肩に手を置くと、「うぅ。だってぇ……」と目に涙を湛えながら唸った。
「何を揉めてるんだ?」
俺たちがいる場所に声を掛けてきたのは、クール眼鏡イケメンこと秋篠雄馬だった。
「おいおい。二年になって初っ端から問題なんてやめてくれよな。みんなで仲良くしようぜ」
軽い感じで話し掛けてくるこの男は美湖や秋篠、真田さんといつも一緒にいる北条陽春だ。
北条は真面目そうな秋篠とは違って、チャラ男イケメンだった。
「いや、俺たちはただ弓削さんと仲良くしたかっただけなんだよ」
煽り男が秋篠たちに、媚びを売るような笑みを浮かべて言い訳をする。
秋篠はその言葉を無視して俺に向かって「また君か」と呆れ顔で言ってきた。
「最近は身の程を弁えてハンター活動も控えてるみたいだし、誰にも心配を掛けることもなく安心してたんだけどね」
「は? なんのことだよ?」
「まぁ、こっちの話だから気にしないでくれ」
「けど、神楽も良かったな! 弓削さんみたいな良い子が仲良くしてくれるっていうんだからさ」
チャラ男の北条がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、俺のことを品定めするように眺めてくる。
いや、なんで俺はこんなに下に見られてるんだ?
こんな風に絡まれなくても、この2人が俺に向ける視線は常に蔑みが含まれている。
高校に入学してから今に至るまで、この2人との関わりはない。入学前は言わずもがなだ。
凛音は大丈夫かとチラリと見ると、秋篠の後ろに目線を向けている。
「あぁ、そうだな」
北条に一言返すと、すぐに凛音の方を向いて「凛音、そろそろ授業始まるし席に戻るな」と言う。
凛音は少し心配そうな顔をしているが、俺が笑顔を見せると安心した表情を浮かべて「うん」と頷いた。
席に戻るとき美湖と真田さんがいたことに気付く。
しかし、美湖は顔を伏せていたのでその表情を窺い知ることはできなかった。
―
凛音パニックは、凛音自身がプチ切れをしたことにより早めの収束をし、俺たちはいつも通りの穏やかな時間を過ごせるようになった。
「この学校はなんで休み明け一日目からこんなにガチで授業するんだろうな……」
お昼休みに旧校舎の屋上で弁当を食べながら俺がボヤいていると、凛音が浮かない表情をしながら「そうだね」と返事をする。
「凛音さんどうかしましたか?」
黒衣が心配そうに顔を覗き込むと、「うーん。ちょっとね……」と何かを誤魔化している感じがする。
「さっきのこと気にしてるのか?」
さっきとは、もちろん秋篠たちに絡まれたことだ。
すると、凛音は手に持っていた弁当を下に置き、俺の方に顔を向けて真剣な表情をする。
「しぃくんは久遠さんと一度しっかり話をした方がいいと思うの」
「は? 突然何言ってるんだよ?」
「やっぱり久遠さんは、しぃくんのことを気にしてると思う。今日しぃくんが秋篠くんたちに言われてるとき、とても苦しそうな顔をしてたよ」
「そんなことないだろ。だって前も言ったけど高校に入って疎遠になったって。美湖にとって俺は無関係な存在なんだよ」
「そんなことないよ。しぃくんは意識して久遠さんのことを見てなかったから気付いてないかもだけど、実は私たちが話しているところを見てることがあるんだよ。それも、悲しそうな表情を浮かべて……。多分しぃくんに言えないような事情があるんだと思うの。だから……」
凛音は泣きそうな顔をしながら目を見つめてくる。
確かに凛音は人のことを観察して、分析することを得意としていた。
しかし、そんなことあるのか?
確かに俺は美湖の目を避けていた。
拒絶されるのが怖いからだ。
「何度か美湖と目が合ったことはあるが、俺のことを冷たい目で見てきたんだぞ? 俺のことを嫌ってるとしか思えないだろ」
「そっか。しぃくんには、久遠さんが自分を責めているような目に見えてたんだね。――多分その目は、久遠さんの苦しみの表情だと思うの」
美湖が苦しんでる?
何に苦しんでるというんだ?
美湖との関係が狂ったのは中学を卒業してからだ。
あの日以降にあいつに何かが起きたというのか?
凛音が言っていることが正しいのであれば、俺は美湖の本当の考えを知りたい。
だけど、どうやって話を聞けばいいんだ?
学校では秋篠たちと常に一緒にいるし……。
学校帰りに家の近くで待ち伏せてみるしかないか。
「――分かった。俺は美湖に拒絶されるのが嫌で逃げていたのかも知れないな。今日あいつの家の近くで待ってみることにするよ。後押ししてくれてありがとな、凛音」
「ううん。余計なお世話だって分かってるの。だけど、しぃくんが久遠さんのことがずっと引っ掛ってたの気付いてたから……」
自分では上手く隠せてたつもりだったんだけどな。
マジで情けねぇな、俺は。
―
放課後になり、俺は美湖と子供の頃によく遊んでいた公園の前で、あいつの帰りを待っていた。
正直美湖に会うのは少し怖かったりする。
それでも、美湖に何か事情があるのなら、俺はそれをしっかりと聞きたかった。
俺は公園の柵に腰を掛けながら、悶々とした気持ちで美湖のことを待っていた。
俺が公園に到着して一時間くらいしたら、美湖が歩いてくるのが見えた。
少し美湖の体がピクリと動いたので、恐らくあちらも俺のことに気付いたのだろう。
美湖は目を伏せながら、俺の前を通り過ぎようとするが、その道を俺は塞ぐように立った。
「久しぶりだな、美湖」
美湖は困惑しているのか、目線が定まらずキョロキョロとしている。
「本当はもっとこうして話し掛ければ良かったんだよな。けど、俺がビビってたから今になっちまったよ」
美湖は怯えるような表情をしている。
こんな美湖の表情を見たのは初めてだった。
「なぁ、中学卒業してから何があったんだ? なぜ俺のことを無視するようになったんだ? なにか事情があるなら教えてくれよ」
美湖は再び顔を俯かせ、肩を小さく震わせていた。
なぁ、美湖。
なんでそんなに怯えているんだ?
俺はお前にとってそんなに恐ろしい人間なのか?
「悪い。もう話したくもないよな……」
俺は諦めて美湖の横を通り過ぎたそのとき、背後から「ごめんね、詩庵」と、美湖の小さな声が聞こえたような気がした。
急いで振り向いたが、俺が見えたのは美湖が走っている背中姿だった。
美湖と会ってもあいつの気持ちは何も分からなかったな。
だけど、何か事情がある。
これだけは確信したのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★
こちらで第三章は終了です!
春休みは後半戦に突入していたが、この間に俺と凛音はクランの登録をするために、資料を記入して提出したりと慌ただしい日々を過ごしていた。
その甲斐もあって、恐らく4月中頃にはクランを設立することが出来るだろう。
昨年末に怪に殺されてからダンジョンに一度も潜っていないので、ハンター活動をまた出来ることが嬉しくてワクワクしてしまう。
凛音も「なんか部活やってるみたいだね」と言いどこか楽しそうな雰囲気を出している。
実は俺も凛音も部活動などやったことがなく、このような誰かと一緒の目的を達成するために何かをすることはとても楽しかった。
龍の灯火にいた頃も、最初のうちは今のように楽しんでいたと思う。
しかし、次第に苦しみが勝ってしまった。
レベルが上がらないことへの焦燥感、みんなの足を引っ張っているという現実に……。
徐々に俺に対して冷たい目を向けてくる仲間たちの視線が怖かった。
あぁ、だけど唯一雪宮さんだけは、ずっと変わらずに俺と接してくれてたっけ。
今思えば彼女の存在に救われていたんだと思う。
次にまた会うことができたら「ありがとう」って伝えたいな。
――
日中は凛音と一緒にクラン設立準備をする以外は、日国に現れた怪と戦うだけではなく、葬送神器をした際の霊装制御の修行をした。
その修行の甲斐もあり、葬送神器をした際にご先祖様の神魂を40%まで使用できるようになったのだ。
修行をして分かったことがある。
それは葬送神器を使用すると体力の低下が著しいということだ。
しかし、破坐と戦っているときは疲れを感じることがなかった。
黒衣の見解によると、黒死天斬で斬るとその場で怪の魂を吸収して体力に変換しているのではないかということだった。
確かにそんな効果があるのなら、あの時体力が落ちなかった説明がつく。
そんな慌ただしい日々を過ごしていたら、あっという間に春休みは終わり、俺たちは2年生へと進級した。
俺と凛音はまた同じAクラスになることができた。ちなみに美湖や秋篠たちも一緒だ。
学力至上主義の英明学園は、クラス分けを成績優秀者の順番になっている。
AからFクラスまであり、Aクラスに所属する30人がこの学年のTOP30ということだ。
ちなみに1年のときは、入試の成績順でクラス分けされていた。
「分かってたことだけど、またしぃくんと同じクラスになれて良かったぁ」
「別々になったら少なくとも俺はボッチになってたから助かったよ」
「私だってそうだよ。やっぱり気心知れた人がいるっていうのは嬉しいことだね」
本人はそういうが、今の凛音ならクラスメイトが放っておかないだろう。
それが何故かというと、凛音が華麗なるイメチェンを果たしていたのである。
一年のときは、眼鏡をかけてヘアスタイルは三つ編みと地味な感じだった。
しかし、今の凛音はヘアスタイルをゆるふわミディアムにして、眼鏡ではなくコンタクトにしていた。
プライベートでは良く見た姿だったが、学校にこの姿で登校したのは初めての事だった。
そんな凛音が教室に入った途端に、クラスメイトたちがザワザワしたのは当然のことだっただろう。
そして、一時間目が終わって凛音が俺の席に来るのを遮るように、クラスメイトの数人が凛音の周りを囲んだ。
「弓削さんとても可愛くなったね!」
「教室入ったとき驚いちゃったよ。また一年よろしくな!」
一年の頃と比べてあからさまに態度が変わったクラスメイトに、「え? あの……」と凛音は困惑している。
しかし、その中にいた一人の男子生徒の発言で、凛音の表情が一変した。
「神楽くんみたいな元ヤンと一緒にいたら、弓削さんの評判も下がっちゃうよ。だから、これからは俺たちと仲良くしようよ」
この発言をしたのは、一年の二学期の終わりに俺のことを煽ってきたやつだった。
直前まで困惑してた凛音は静かに立ち上がり、その男子生徒のことを睨みつける。
「きゅ、急にどうしたんだよ……?」
「あなたに……。あなたなんかにしぃくんの何が分かるっていうんですか? しぃくんは凄い人です!」
凛音にしては大きな声を出したことに気付いたので、俺は席を立って凛音の元へと向かう。
大人しい凛音が怒ったことに驚いたのか、周りにいた人たちは何も言えずに立ち尽くしていた。
俺は固まってる人垣を押し退ける。
「凛音、大丈夫だから。落ち着けって」
俺が凛音の肩に手を置くと、「うぅ。だってぇ……」と目に涙を湛えながら唸った。
「何を揉めてるんだ?」
俺たちがいる場所に声を掛けてきたのは、クール眼鏡イケメンこと秋篠雄馬だった。
「おいおい。二年になって初っ端から問題なんてやめてくれよな。みんなで仲良くしようぜ」
軽い感じで話し掛けてくるこの男は美湖や秋篠、真田さんといつも一緒にいる北条陽春だ。
北条は真面目そうな秋篠とは違って、チャラ男イケメンだった。
「いや、俺たちはただ弓削さんと仲良くしたかっただけなんだよ」
煽り男が秋篠たちに、媚びを売るような笑みを浮かべて言い訳をする。
秋篠はその言葉を無視して俺に向かって「また君か」と呆れ顔で言ってきた。
「最近は身の程を弁えてハンター活動も控えてるみたいだし、誰にも心配を掛けることもなく安心してたんだけどね」
「は? なんのことだよ?」
「まぁ、こっちの話だから気にしないでくれ」
「けど、神楽も良かったな! 弓削さんみたいな良い子が仲良くしてくれるっていうんだからさ」
チャラ男の北条がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、俺のことを品定めするように眺めてくる。
いや、なんで俺はこんなに下に見られてるんだ?
こんな風に絡まれなくても、この2人が俺に向ける視線は常に蔑みが含まれている。
高校に入学してから今に至るまで、この2人との関わりはない。入学前は言わずもがなだ。
凛音は大丈夫かとチラリと見ると、秋篠の後ろに目線を向けている。
「あぁ、そうだな」
北条に一言返すと、すぐに凛音の方を向いて「凛音、そろそろ授業始まるし席に戻るな」と言う。
凛音は少し心配そうな顔をしているが、俺が笑顔を見せると安心した表情を浮かべて「うん」と頷いた。
席に戻るとき美湖と真田さんがいたことに気付く。
しかし、美湖は顔を伏せていたのでその表情を窺い知ることはできなかった。
―
凛音パニックは、凛音自身がプチ切れをしたことにより早めの収束をし、俺たちはいつも通りの穏やかな時間を過ごせるようになった。
「この学校はなんで休み明け一日目からこんなにガチで授業するんだろうな……」
お昼休みに旧校舎の屋上で弁当を食べながら俺がボヤいていると、凛音が浮かない表情をしながら「そうだね」と返事をする。
「凛音さんどうかしましたか?」
黒衣が心配そうに顔を覗き込むと、「うーん。ちょっとね……」と何かを誤魔化している感じがする。
「さっきのこと気にしてるのか?」
さっきとは、もちろん秋篠たちに絡まれたことだ。
すると、凛音は手に持っていた弁当を下に置き、俺の方に顔を向けて真剣な表情をする。
「しぃくんは久遠さんと一度しっかり話をした方がいいと思うの」
「は? 突然何言ってるんだよ?」
「やっぱり久遠さんは、しぃくんのことを気にしてると思う。今日しぃくんが秋篠くんたちに言われてるとき、とても苦しそうな顔をしてたよ」
「そんなことないだろ。だって前も言ったけど高校に入って疎遠になったって。美湖にとって俺は無関係な存在なんだよ」
「そんなことないよ。しぃくんは意識して久遠さんのことを見てなかったから気付いてないかもだけど、実は私たちが話しているところを見てることがあるんだよ。それも、悲しそうな表情を浮かべて……。多分しぃくんに言えないような事情があるんだと思うの。だから……」
凛音は泣きそうな顔をしながら目を見つめてくる。
確かに凛音は人のことを観察して、分析することを得意としていた。
しかし、そんなことあるのか?
確かに俺は美湖の目を避けていた。
拒絶されるのが怖いからだ。
「何度か美湖と目が合ったことはあるが、俺のことを冷たい目で見てきたんだぞ? 俺のことを嫌ってるとしか思えないだろ」
「そっか。しぃくんには、久遠さんが自分を責めているような目に見えてたんだね。――多分その目は、久遠さんの苦しみの表情だと思うの」
美湖が苦しんでる?
何に苦しんでるというんだ?
美湖との関係が狂ったのは中学を卒業してからだ。
あの日以降にあいつに何かが起きたというのか?
凛音が言っていることが正しいのであれば、俺は美湖の本当の考えを知りたい。
だけど、どうやって話を聞けばいいんだ?
学校では秋篠たちと常に一緒にいるし……。
学校帰りに家の近くで待ち伏せてみるしかないか。
「――分かった。俺は美湖に拒絶されるのが嫌で逃げていたのかも知れないな。今日あいつの家の近くで待ってみることにするよ。後押ししてくれてありがとな、凛音」
「ううん。余計なお世話だって分かってるの。だけど、しぃくんが久遠さんのことがずっと引っ掛ってたの気付いてたから……」
自分では上手く隠せてたつもりだったんだけどな。
マジで情けねぇな、俺は。
―
放課後になり、俺は美湖と子供の頃によく遊んでいた公園の前で、あいつの帰りを待っていた。
正直美湖に会うのは少し怖かったりする。
それでも、美湖に何か事情があるのなら、俺はそれをしっかりと聞きたかった。
俺は公園の柵に腰を掛けながら、悶々とした気持ちで美湖のことを待っていた。
俺が公園に到着して一時間くらいしたら、美湖が歩いてくるのが見えた。
少し美湖の体がピクリと動いたので、恐らくあちらも俺のことに気付いたのだろう。
美湖は目を伏せながら、俺の前を通り過ぎようとするが、その道を俺は塞ぐように立った。
「久しぶりだな、美湖」
美湖は困惑しているのか、目線が定まらずキョロキョロとしている。
「本当はもっとこうして話し掛ければ良かったんだよな。けど、俺がビビってたから今になっちまったよ」
美湖は怯えるような表情をしている。
こんな美湖の表情を見たのは初めてだった。
「なぁ、中学卒業してから何があったんだ? なぜ俺のことを無視するようになったんだ? なにか事情があるなら教えてくれよ」
美湖は再び顔を俯かせ、肩を小さく震わせていた。
なぁ、美湖。
なんでそんなに怯えているんだ?
俺はお前にとってそんなに恐ろしい人間なのか?
「悪い。もう話したくもないよな……」
俺は諦めて美湖の横を通り過ぎたそのとき、背後から「ごめんね、詩庵」と、美湖の小さな声が聞こえたような気がした。
急いで振り向いたが、俺が見えたのは美湖が走っている背中姿だった。
美湖と会ってもあいつの気持ちは何も分からなかったな。
だけど、何か事情がある。
これだけは確信したのだった。
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